79 獣人族長 赤牙
大竜亀が水面を突き破り、口を閉じる。
水飛沫が弾け、むぐち やよいとまこは視界から消えた。
パシュスは水面を見つめたまま、身体が凍りつく。
緑の光矢がさらに数名を射倒し、重装隊は崩壊寸前。
両ギルドは城壁からの砲火に晒され、桟橋は壊滅状態。上陸作戦は完全に崩壊した。
「撤退だ! 退け!」
神曲のギルドマスターは唯一無事な鉄皮艇へ乗り込む決断を下す。
神曲の面々は我先にと船へ殺到し、何人かは押し出されて水へ落ちた。
小艇はゆっくりと離れ、取り残された者たちが必死に逃げる。
Kanatheonはようやく落水者を救出し、桟橋に取り残された。
甚大な被害。連携回復と神官の意地だけで辛うじて持ちこたえる。
むぐち やよいを失った衝撃は重く、士気は今にも砕けそうだった。
いつの間にか、砲撃が止んでいる。
Kanatheonの肩に、小さな白い鳥が止まった。
「ギルドチャンネル むぐち やよい:私とまこはワスティン大聖堂に戻った。無理に城へは入らない。これより攻城指揮はパシュスに任せる。頼んだ。──5分前」
「そうだ……護心石!」
パシュスは思い出し、目に光を取り戻す。
「城壁の真下まで走れ! あそこは砲撃の死角だ! 俺に続け!」
銀月盾を掲げ、真っ先に駆け出す。
「うおおおお!!!」
Kanatheonは再び闘志を燃やし、突撃する。
「来い! 立ち尽くしてる場合じゃない!」
ニフェトが湖畔に取り残された神曲の残党へ叫ぶ。
「急げ!!!」
Kanatheonが手を振る。
神曲の残兵は矢雨を浴びながら駆け寄る。
「選択は二つ。今すぐギルドを抜けてこちらへ来るか……それとも処刑されるか」
ニフェトの表情が変わり、全員が武器を構えた。
【システムメッセージ: 一樹 ギルドに参加しました】
【システムメッセージ: 明日香 ギルドに参加しました】
【システムメッセージ: 湖下童子 ギルドに参加しました】
【システムメッセージ: 黒髪ロング ギルドに参加しました】
【システムメッセージ: 貧乳はステータス ギルドに参加しました】
【システムメッセージ: 嘘つき ギルドに参加しました】
「城壁沿いに進み、城の入口を探そう」
パシュスは唾を飲み込む。指揮を任された重圧が肩にのしかかる。
……
まつみ、トリ、瑠璃、そしてかみこは混乱に紛れてハググの大手門を潜り、城壁上の砲兵と斬り結ぶ。
かみこは城壁を歩く。鏡の盾は周囲を高速で巡り、飛来物を次々と弾き落とす。
北側の桟橋はすでに瓦礫と化し、砲弾が地面を穿った大穴がいくつも残る。血痕が至る所に散っていた。北側の二ギルドも相当な被害を受けたらしい。
別働隊は円形城壁上で獣人砲兵と戦いながら、下の味方を北門へ誘導する。
巨大な鉄の顎が現れた――ハググ城の正門だ。
「……行くぞ」
パシュスは覚悟を決め、足を踏み入れる。
内部は円形の軍事要塞。赤油を塗られた鉄皮の兵舎が密集し、街路はすべて中央の三基の高台へ伸びている。高台の頂からは青雷が走り、轟いていた。
「見て」
まつみが中央の魔法陣を指す。
そこに立つのは軍旗を背負い、黒鉄の重鎧を纏い、白い戦紋を刻み、血釘の巨斧を携えた獣人――族長 赤牙。
……
足を踏み入れた瞬間、狭い街路から剣斧を構えた獣人兵が雪崩れ込む。
重装が前へ出て受け止め、激しく押し合いながら斬り合う。
敵を足止めし、後衛に射線を作る。
「総員、全力射撃!」
かなの号令。
魔法が一斉に降り注ぎ、狩人の矢が的確に敵を射抜く。獣人兵は次々と崩れ落ちた。
聖職者は途切れなく治癒を重ねる。
別働隊も合流し、反撃に転じる。獣人兵は押し返され、散り散りになる。
さらに進み、幾度となく押し寄せる敵勢を退け、三基の高台の足元へ到達した。
「止まれ!」
パシュスはついにハググ領主の目前へ辿り着く。
赤牙は魔法陣の中央に立ったまま、動かない。
不用意に踏み込まず、外周から様子を窺う。
ガタン。
周囲の建物から机を引きずるような音が響く。誰かが潜んでいるようだ。
だが全員の視線は赤牙へ向けられ、注意を払う余裕がない。
「この魔法陣は高台と連動しているはずです」
ニフェトが眉を寄せる。
「領主の能力強化か……?」
パシュスは低く呟く。
「城壁の弓兵は全滅させた。城は広くない。中央の三基以外に目立つ要素はない」
トリが告げる。
「援護バフ!」
パシュスの号令で再び強化が重なる。
上陸戦の大損害を経て、残るのは新加入を含めて二十数名。これが総力だ。
「むぐち やよいは戻れない。私たちでやるしかない。……幸運を」
ニフェトが静かに息を吐く。
「前進」
パシュスの声は重い。
一歩踏み込んだ瞬間、魔法陣が青く閃く。
赤牙がゆっくりと顔を上げ、黒い瞳で彼らを射抜く。
そして口元を歪め、太い赤牙を剥き出しにした。
「グオオオオオオオオオ!!!!!!!」
赤牙が咆哮する。周囲の鉄皮が震えた。
三基の高台から走る雷導が激しさを増し、バチバチと弾ける。
幾多の戦いを越え、ついに城主との決戦だ。
……




