72 黒騎士の逆襲
「また会いましたね、勇者様」
アンドリューは振り返り、まこに向かって穏やかに微笑んだ。
「え……ちょっと待って……あなたは……?」
まこは動揺を隠せず問い返す。
「あなたはKanatheonギルドのメンバーではないでしょう。どうやって入ってきたの?! フレンド転送はプライベート闘技場では使えないはずよ!」
アンドリアは獅鷲の手綱を強く握り、警戒を緩めない。
「私はすでに、まこ様と異体同心。まこ様の一部なのです」
アンドリューは親指を立て、まこに向かって微笑んだ。
まこは混乱した。黒騎士に覚えはない。だが、なぜか懐かしさを覚える。
「ふざけたことを!」
アンドリアは激昂し、赤晶の槍をアンドリューに突きつける。
「アンドリア……四次職は、あなたの専売特許ではありませんよ」
アンドリューはゆっくりと振り返り、微笑んだ。
「あなた……四次職したの?!」
アンドリアは子どものように叫ぶ。
「開拓者が解散してから、貴女は新しいギルド運営に夢中で、昔の仲間には無関心だったようですね。会長が空羽谷で死亡してから、私とリリーは二人で冒険を続けました。ですが、浮遊王座の前で羽竜に奇襲され、リリーもキャラロストしました」
――開拓者。
そのギルド名を、まこは歴史学者のホールで見た記憶があった。
「開拓者は五人。残りの三人もすでにGameOverです。その後、アンドリアは銀龍の刻印を立ち上げ、大事業を始めた。一方で私は目的を失い、ムー大陸を彷徨っていました。――あなたに出会うまでは。まこ様」
アンドリューはまこの頭をそっと撫で、柔らかく笑う。
圧倒的な存在感に、まこは身動きできなかった。だが、その仕草は優しく、警戒心は少しずつ薄れていく。
「ごめんなさい……やっぱり、あなたのことを知りません」
まこは一歩退き、その手をやんわりと避けた。
「では、顔を変えましょう」
アンドリューはインターフェースを数回操作し――老いた樵夫の姿へと変わる。
「これで思い出しましたか? まこ様~」
「あっ! おじさん! どうしてここに?!」
「…………………」
アンドリューは言葉を失った。
「えっ?! あなた、プレイヤーだったの?!」
まこは数拍遅れて理解した。
ぷうっ。
樵夫の姿は白い霧となって消え、紫紅の重装甲を纏ったアンドリューへと戻る。
「ふふ。各地を旅してNPCと仲良くなりましてね。あの樵夫から変装ポーションをもらったのです」
「じゃあ……ずっと……」
まこの声が震える。これまでの光景が脳裏をよぎった。
「初めてです。あそこまで私に親切に接してくれたプレイヤーは。だから、ずっと密かにあなたたちを見守っていました。高木湖で、あなたが身を挺して仲間を守ろうとした時……私は、あなたが好きになった。
最後に、あなたたちを囲んでいた連中はすべて始末しました。私が赤ネームにならなかったのは、より多くの赤ネームを殺していたからです。贖罪の仮面を見れば、分かりますよ。はは」
まこの記憶は高木湖へと跳ね戻った。
空に漂い、木々に付着していた光の粒――それは、プレイヤーが死亡した後に残る光塵だった。
背筋に寒気が走る。
アンドリューは……殺しをためらわない存在だった。
「ちょっと! 話は終わった?! ここはGvGよ! 部外者が何しに出てきたの?!」
アンドリアが怒鳴る。
「この空間ではHPは0%で固定されますが、システム上はGameOverと判定されます。その瞬間から、私は彼女の代わりにダメージを引き受ける。
先ほど釣りをしていた最中、突然胸に激痛が走り、HPが一気に25%減りました。そこで双生魂転送を使い、彼女のもとへ来たのです」
アンドリューは一歩前に出る。その身体から、青い炎が一気に噴き上がった。
「私はKanatheonには属していません。しかし、この身はまこ様のために戦う。さあ、かかってきなさい。アンドリア」
「近衛兵の四次職………職名は?」
アンドリアは冷たい視線で問いかけた。
「守魂衛です」
アンドリューはあっさり答える。
「え?! どうして今まで出てこなかったの?!」
まこが驚いて声を上げる。
「説明が少し難しいですね。これまでは、ほとんどHPの減少に気づきませんでした。つまり、攻撃が弱すぎたということです。
あなたが100のダメージを受ければ、私も同じ100を受けます。しかし、あなたのHPが0%になった後に攻撃を受けると、その分は私が代わりに引き受ける。結果、実質的に二倍のダメージになる。だから、一秒でも早く君の元へ行き、守る必要があった」
アンドリューは微笑む。
「今回、私のHPが急落した。それは、あなたが極めて危険な状況に陥った証拠です。そして、アンドリアを見て……すべて理解しました」
まこはようやく悟った。
ワスティン大聖堂で扉に指を挟まれたのに、傷跡が残っていなかった理由を。
「天虹衝撃!」
二人に無視され、堪えきれなくなったアンドリアが、グリフォンに騎乗したまま先制攻撃を放つ。
「腐食の火」
アンドリューは青い炎をまとった黒竜の盾を掲げて受け止めた。
ドンッ――!
大地が揺れ、衝撃波に呑まれ闘技場のプレイヤーたちがよろめく。
「相変わらず、せっかちですね。アンドリア」
アンドリューは穏やかに微笑んだ。
紅晶の槍は黒竜の盾に完全に阻まれ、その刃は寸分も通さない。
アンドリアは即座に空中へ退避する。
槍先に青い炎が絡みつき、騎槍全体が燃え上がった。
「なっ……これは?!」
アンドリアは驚愕し、慌てて槍を振り回し、青い炎を振り払おうとする。
青い炎そのものにダメージはない。
だが、アンドリアの身にはデバフ――腐食 が刻まれていた。
与ダメージ66%減少、持続59秒。
「ちっ……!」
アンドリアは紅晶の騎槍を投げ捨て、黒焔剣を抜く。
カン――
アンドリューも双刃の虹光剣を抜き、山のように揺るがず、まこの前に立ちはだかった。
ズン……。
グリフォンをも凌ぐ巨大な影が、空に現れる。
悪魔のような翼、鈍く光る黒鱗、鼻孔から噴き出す紅炎、腕ほどもある鋭い牙、燃え盛る獣角――黒淵竜。
その羽ばたきの風圧はグリフォンを遥かに超え、空気は灼熱に変わる。
まことアンドリューの肌が、じりじりと焼けるように熱を帯びた。
「下位竜種から古代装備を得たのでしょう。ならば……上位竜種の力を見せてあげます」
アンドリアが静かに告げ、黒淵竜が大きく翼を打つ。
「ただのGvGでも、全力ですか」
アンドリューは深く息を吸い、集中して黒竜を見据える。
「烈炎粉」
アンドリアが小さく呟く。
黒淵竜の両翼から、赤い光の粒子がばら撒かれる。
雪のように舞い落ちるそれらに、攻撃力はない。
「失礼します、まこ様」
アンドリューは即座にまこを抱き寄せた。
「え?!」
まこは驚き、抵抗もできないまま、竜翼膜のマントに包み込まれる。
「火竜ブレス!」
ゴォォ――
黒淵竜が紫紅の竜炎を吐き出した。
「魂の盾!」
着弾の直前、アンドリューが叫び、全身を透明な結晶の装甲が覆う。
ドドドドドドドドドドドドドッ!
赤い光粒が一斉に燃え上がり、連鎖爆発を引き起こした。
ズガァァァァン――!
闘技場の半分が焦土と化し、地面には無数の小さなクレーターが穿たれ、白煙が幾筋も立ち上る。
竜翼のマントが翻る。
爆心地の中央で、まことアンドリューは無傷のまま立っていた。
「……咳。全力ですか、アンドリア」
アンドリューは軽く咳き込み、苦笑する。
「防御力が桁外れだ……全員、構え!」
アンドリアは二人の前に降り立ち、白狐へと姿を変えた。
二十数名の銀龍の刻印メンバーが、その背後に集結する。
全身に強化を纏い、眼光は鋭い。
「進撃!」
アンドリアは紅晶の騎槍を拾い上げ、白狐に騎乗して突撃する。
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
銀龍の刻印の一団が、雪崩の如く二人へ襲いかかった。
「犠牲!」
「憎悪の力!」
アンドリューの黒竜盾が金色の炎を噴き上げ、淡い蒼光が彼とまこの心臓を結ぶ。
アンドリアの一突きが盾に突き刺さり、アンドリューはわずかに後退した。
直後、銀龍の刻印の人波が一斉に押し寄せる。
雷撃、炎、剣突、斬撃――
正面からの攻撃はすべて、アンドリューが黒竜盾で受け止めた。
「きゃあ!!!」
背後からアサシンの奇襲を受け、まこは激痛に声を上げる。
だが、ダメージの三〇%減衰後、すべてがアンドリューへ転送された。
「ぐっ……」
アンドリューは血を吐き、今の一撃が致命傷であったことが見て取れる。
「わ、わたし……っ!」
思考が完全に乱れ、判断不能になったまこは、召喚杖を振り回し、周囲の敵を無差別に叩いた。
直後、二発の火魔法が彼女を直撃する。
「憎悪反射!」
アンドリューが怒号を放つ。
黒竜盾に燃えていた紅炎が、瞬時に虹光剣とまこの召喚杖へと移った。
まこは隣にいた浪人を叩きつけてしまった。相手は弱々しい召喚杖だと、完全に油断していたのだ。
「ぐあああああああああああ!!!!!」
浪人の右腕はへし折れ、肩ごと陥没した。
【銀龍の刻印15 戦闘不能 】
周囲の者たちは即座に距離を取り、まこから離れた。
「魂護衝撃!」
アンドリューは虹光剣と竜盾を掲げ、砲弾のように敵陣へ突進する。
【 銀龍の刻印18 戦闘不能 】
【 銀龍の刻印13 戦闘不能 】
【 銀龍の刻印19 戦闘不能 】
【 銀龍の刻印21 戦闘不能 】
【 銀龍の刻印23 戦闘不能 】
【銀龍の刻印24 戦闘不能 】
ボウリング球のように敵を弾き飛ばし、人混みの中に一直線の道を切り開いた。
「タンクが、こんな火力を……?!」
アンドリアは愕然とし、即座に振り返ってアンドリューを突く。
刹那、アンドリューは身を翻し、騎槍をかわすと、虹光が閃き、白狐の腹部を逆袈裟に斬り裂いた。
アンドリアは地面に叩き落とされ、何度も転がり、口の中は焦げた土でいっぱいになる。
「やれやれ……もう少し慎重に動くべきでしたね、副長」
アンドリューは苦笑した。
「虹火はダメージを吸収して、攻撃力に変換する!
盾が紅く燃えている間は、絶対に攻撃するな!」
アンドリアは口元を拭い、怒鳴る。
「次はどうするの?!」
まこはアンドリューと背中合わせになり、十数人に包囲されていた。
「困りましたね……手品は見抜かれました。もう勝てません」
アンドリューは古代の黒兜を外し、整った素顔を晒す。
短い黒髪、通った剣眉、輝く鋭い眼差し。
疑いようもなく、美貌の青年だった。
彼は突然、まこの肩に手を置き、優しく身体を回転させ、頬に軽く口づける。
「……こうするしか、ありません」
「えっ?!」
まこの顔が、林檎のように真っ赤に染まった。
「攻撃!」
アンドリアが号令を下す。
ズガァァァァン!
【Kanatheon03 戦闘不能 】
【銀龍の刻印 3:1 Kanatheon】
【 銀龍の刻印が勝利しました。即時、黒竜像入口へ転送します。ではまた】
……




