61 「顔は……殴らない約束だろ……」
グズ城へ向かう道中────
「勇者様! 謎の組織に追われているんです。助けてください!」
森の中から、緑髪で白衣の少女が飛び出し、必死に彼らへすがりついた。
「NPCか? まさか隠しクエスト?」
パシュスが驚いて声を上げる。
「ダメ。今は勧誘に集中しないと、二週間後にハググの城門すら突破できないわ」
ニフェトが即座に反対した。
「でも神器が出るかもよ?」
まこが笑って言う。
「……時間配分くらいは、考えてもいいんじゃない?」
むぐち やよいが苦笑する。
その瞬間、三人の黒衣の男が木々の上に姿を現し、統率された動きで地面へと跳び降りた。
「D・D。皇帝陛下と誓約を結んだ身だ。大人しく我々と戻れ」
黒衣の男が淡々と告げる。
「嫌! 助けて、勇者様!」
D・Dはパシュスに抱きつき、甘えた声を上げた。
「ちょっと! 私の仲間に絡まないで!」
ニフェトが苛立ち、D・Dを押しのける。
「……あいつら、三次転職っぽいぞ。本気ならヤバいな」
「遊ぶ気がないなら、さっさと行こう」
黒衣の男たちが小声で相談するのを、むぐち やよいは目を細めて聞いていた。
「勇者様! あの人たちは Guessに操られた兵士です! この祝福された木剣でしか倒せません!」
D・Dは三本の木剣を差し出した。
「………………」
六人は黙って、手にした木剣を見下ろす。
「ただのボロ木剣じゃない! ふざけるな!」
まつみが激怒し、木剣をD・Dに投げつけた。
「チッ、ノリ悪いな~。じゃあ別の人を探そっか」
D・Dは黒衣の男たちと共に、そのまま去っていった。
「……誰か説明してくれ」
トリが完全に混乱した顔で言う。
「システムメッセージが出てない。つまり、あれはロールプレイのプレイヤーよ。
NPCを演じて、自作シナリオに他のプレイヤーを巻き込んでるだけ」
ニフェトは安堵の息を吐いた。
まつみのずる賢そうな表情を見て、全員が察する。
またろくでもないことを思いついた顔だ。
「勧誘の方法、分かったわ」
……
「はぁ……迷うなぁ。転職したけど、どこ行けばいいか分からない」
女の魔導士が、真っ白な地図を前に肩を落とす。
「グズ城の南は、レベル170帯らしい。行ってみるか」
狩人が提案した。
「……どこにも行かなくていい」
木の陰から、黒衣の男が姿を現す。
「赤ネーム!」
女魔導士は即座に武器を構えたが、その肩を誰かがそっと撫でた。
「ふふ……いい匂いだな」
耳元で囁く声。
女魔導士は悲鳴を上げて振り返るが、そこには何もない。
あるのは自分の影だけだった。
「探してる?」
頬を軽くつままれ、周囲に人影が揺らぐ。
「電弧衝撃!」
女魔導士は魔杖を高く掲げ、足元から無数の小さな雷虫を四方へ放った。
狩人は木際の黒衣へ矢を二本放つ。
しかし相手は黒煙となって消え去った。
「アサシンだ! 背後に気をつけろ!」
狩人は女魔導士と背中合わせになり、警戒を強める。
狩人が口笛を吹くと、空を旋回していた鷹が急降下し、透明な何かを引き裂いた。
「星火連焼!」
女魔導士が地面を炎の海へ変える。
「熱っ! 熱い!」
黒衣の男は悲鳴を上げ、焼ける足を跳ねさせる。
「もらった!」
狩人は勝利を確信し、眉間を狙って矢を放った。
ヒュッ――パシッ!
矢は女魔導士の耳元で、一本の手に掴み取られた。
彼女の隣に黒い影が浮かび上がり、女の黒衣が姿を現す。
「探知不能の隠身……三次転職の影鬼?!」
狩人は愕然と叫んだ。
影鬼は女魔導士の腹に拳を叩き込み、彼女は唾を吐きながら苦痛に身を折った。
至近距離では狩人は弓を振るうしかなかったが、標的は黒煙となって消え、次の瞬間には背後に現れて足を斬り裂いた。
狩人は傷を負って膝をつく。影鬼がゆっくりと木剣を持ち上げ、とどめを刺そうとしたその背後から、野太い咆哮が轟いた―――
「初心者を虐めるクズども! 相手は俺たちだ!」
白銀の重装をまとった金髪の美青年と、不穏な黒気を纏う紫髪の少女が決めポーズで登場し、その傍らにはケルベロスがいた。
「わ……私たち……パシュス、ギルドの名前、どう読むんだっけ?」
紫髪の少女は言いよどみ、騎士に耳打ちする。
「俺たち《Kanatheon》は、絶対に見て見ぬふりはしない!」
パシュスが怒鳴る。
「そ……そうだよ!」
「まさか、新人に優しくて雰囲気が超楽しい《Kanatheon》?! 最近、赤ネーム界隈で警戒しろって噂の新興ギルド!」
影鬼が大げさな口調で言った。
「こわ~い~」
アサシンは気だるげに呟き、まるで緊張感がない。
全員が、その違和感だらけのアサシンを見つめた。
「なにっ?! Kanatheonだと?!」
アサシンは自分が芝居から外れていることに気づき、慌てて短剣を構え叫ぶ。
「助けて! 奇襲されたの!」
女魔導士は Kanatheonの名を聞くや、慌ててパシュスに救いを求めた。
「なら、助けてみろ!」
影鬼は木剣を振り上げ、女魔導士へ突き出す。
「天護の衝撃!」
パシュスは光を放つ聖月の盾を掲げ、閃光となって殺し屋を弾き飛ばした。
そして、天より降り立つ聖者のように二人へ手を差し伸べ、微笑んで尋ねる。
「大丈夫か?」
「うん……」
二人は歓喜に目を輝かせ、彼の腕を掴んで立ち上がった。
「後ろ!」
女魔導士は、パシュスの背後に立ち上る煙に気づき叫ぶ。
パシュスは予見者のように影鬼の刺突を防ぎ、振り向きざまに斬り返す。
だが相手は再び消え、瞬時にパシュスの脇へと回り込んだ。
「動くな! 斬れない!」
再び剣を振るうが、相手は軽々と躱す。
「だから……動・く・な・って!」
「急所スキャン!」
影鬼は木剣を捨て、蒼刃の黒鋼短剣を抜き、正確にパシュスの背へ突き立てた。
カンッ!
鋭い刃は銀甲を貫き、パシュスにダメージを与える。
「うわっ! 木剣はどうした?!」
「攻撃力、前から試したかったんだ」
影鬼は笑い、拳を振るってパシュスの顔面を狙う。
間一髪、パシュスはその拳を掴み、信じられないという顔で声を落として怒鳴った。
「顔は……殴らない約束だろ……」
「拳に目はないのよ! ははは!」
まつみは高笑いし、旋回横蹴りでパシュスを吹き飛ばした。
「ならば……ラロ次元剣!」
パシュスは咆哮し、宝石の長剣を膝立ちで地面に突き立てる。
黄金の巨剣が地中から噴き上がり、まつみの尻に突き刺さった。
「痛いっ!!!」
「……バカ二人」
傍らのアサシンは、木にもたれて他人事のように観戦していた。
「雷矛!」
女魔導士は魔杖を掲げ、アサシンへ黄金の雷を放つ。
「星火連焼!」
まこは魔狼に指示し、女魔導士の攻撃と連携させた。
「おい! 待て! 台本は―――」
ドォン!
【システムメッセージ: フレンド トリ HPが20%になりました】
「止めろ!」
まつみとパシュスが同時に、まこを制止する。
「えへへ……雷属性の霊力を付与した魔狼、こんなに強いんだ」
まこは驚きつつ、手の召喚杖を見つめた。
「三次転職の戦い、レベル高すぎて分からない……」
狩人は唾を飲み込み、女魔導士と並んで震えながら観戦していた。
「撤退!」
まつみが叫ぶ。
二人の殺し屋は森の中へ逃げ込み、そのまま姿を消した。
「助けてくれてありがとう!」
女魔導士と狩人が駆け寄り、礼を言った。
「気にするな。俺たちKanatheonは新人に優しいのが売りでね。ギルドに入った仲間は、特に手厚く面倒を見る」
パシュスは微笑んだが、その瞳は期待に輝いていた。
二人はそれを聞き、ぱっと表情を明るくする。
「えっと……私たちでも、加入する資格はありますか?」
女魔導士がはにかみながら尋ねた。
「も~ち~ろ~ん大歓迎だ! 名前は?」
パシュスは感激して涙ぐみながら言った。
「蟹座です」
女魔導士が答える。
「山羊座だ」
狩人が続けた。
「一応言っておくけど、うちは戦場特化ギルドだよ。城戦にも必ず参加する」
まこが補足する。
「問題ない。城戦はこのゲームの華だって聞いてる」
二人は即答した。
「よし、じゃあ招待するぞ!」
パシュスはインターフェースを開いた。
【システムメッセージ: 蟹座 ギルドに参加】
【システムメッセージ: 山羊座 ギルドに参加】
「ようこそ~!」
まこが元気よく手を振る。
「わあ……他のメンバーもレベル高いですね。でも人数は少なめなんですね」
山羊座がギルド情報を見て言った。
「元々は精鋭制で、200レベル以上しか採用していなかったんだ。でも最近は新人も多くて、会長の判断で方針転換した。
この道をまっすぐ行くと、淡い水色の髪の主教と、濃紺の髪の血魔がいる。会長と副長だから、挨拶してきな」
パシュスは笑いながら、二人の背を押した。
「はい!」
……




