59 同盟
五人は再び中央花園に集った───
まつみは影鬼の装備に身を包んでいる。
ぼろぼろの黒いスカーフが口元と肩を覆い、表情は読み取れない。上半身は黒のタイトなベストのみ。影そのものと化したかのような黒が、彼女の完璧なプロポーションを浮き彫りにする。下はメッシュパンツにボロボロの黒布を纏い、美しくも死を予感させる雰囲気を纏っていた。
パシュスも銀色に輝く重装甲へと換装している。
装甲の内層は強靭な竜皮、その上に弾性のある軟鋼、外殻はダイヤモンド並みに硬い──銀爍鉱から精錬された銀鎧だ。関節の一つ一つまで装備で覆われ、背には片肩掛けの深藍色の豪奢なマント。見ただけで暑苦しく重そうだが、揺るがぬ山のような信頼感があった。
「まこの召喚獣、まだ魔狼なんだな。」
パシュスが笑う。
「まこはね、霊力を集めて、ちっちゃい動物を全部集めるの!」
まこは目を輝かせた。
「まずはグズ城で募集しよう。」
むぐちは地図を見ながら言う。
「うん。トリに準備させる。」
ニフェトが頷いた。
【密信 トリへ:転職終わった。グズ城で合流して。ギルドの拠点に異常はある?】
白い小鳥がニフェトの肩から飛び立ち、北東の空へ向かう。
「その手、ほんとにうまくいくのか?」
パシュスが不安げに尋ねた。
「はっ!作戦は完璧よ」
まつみの表情は黒いスカーフに隠れているが、影鬼に似つかわしくない下世話な顔が容易に想像できた。
「失礼ですが、むぐち やよい様でしょうか?」
鎧を着たプレイヤーが声をかける。
「いえ、違います。彼女に何か用ですか? 伝言なら承りますが。」
むぐちは横目で仲間たちを見た。
「城主アンドリア様より、皆様を銀龍の刻印のギルドホールへお招きするようにと。」
プレイヤーはどもりながら告げる。
「あなたも銀龍の刻印のメンバー?」
「はい。」
「一人じゃないでしょ。他の人も出てきなさい。」
むぐち やよいが周囲を見回す。
草むら、家の裏、さらには池の中からも、完全武装のプレイヤーたちが次々と姿を現し、二十人ほどが彼らを取り囲んだ。
「どうやら、断れないみたいね。」
ニフェトは悔しそうに呟く。
…
【密信 トリ:ちょっと待って。まだ経験値吸ってる。さっき赤ネームが二人襲ってきたけど、ブチャが斬り殺してくれた。俺は赤になってない、はは!──00日前00時間05分前】
…
銀龍の刻印ギルドホール内────
「Kanatheon? ずいぶん妙な名前ね。」
アンドリアは露骨に嫌そうな顔をする。
「銀龍の刻印も、かなり俗っぽいけど。」
むぐちが言い返した。
二人の魂が空中で火花を散らす中、六人は長いテーブルに着き、青や緑の飲み物を前に談笑していた。
「私たちを呼んだ理由は、雑談だけじゃないでしょう。」
ニフェトが真剣に問う。
「あなたは誰? 新しい仲間?」
アンドリアはニフェトを指さす。
ニフェトは頬を赤らめ、説明に詰まる。
「彼女はニフェトだ。前に会ってるだろ。ただ女キャラに戻しただけ。」
パシュスが笑って補足する。
「よくもプラムスを堂々と歩けるわね。私があなたたちを捕まえて牢に入れると思わないの?」
アンドリアは厳しい口調で脅した。
「城主ともあろう方が、スリを捕まえる以外にやることはないの?」
むぐちは一歩も引かない。
二人の視線が、再び激しく交錯した。
「単刀直入に言うわ。私と同盟を結びなさい」
アンドリアは冗談めかした様子もなく、真剣な口調で告げた。
「最初からそう来ると思ってたわ。で、同盟を組むメリットは?」
むぐちは鼻で笑った。
「契約金として竜貨一万を出す。それに、プラムスの近くでギルドを発展させることを許可する。」
竜貨一万がどれほどの大金かは言うまでもない。しかもプラムスの隣での発展を認めるというのだ。プラムス城内で二階建ての小さな家を買うだけでも竜貨八千が必要になる。これは掘っても掘り尽くせない金鉱を丸ごと差し出すようなものだった。
むぐち やよいは内心、息をのんだ。
「対価として、何を求めている?」
ニフェトは表情を崩さずに問う。
「同盟を結ぶ。それだけよ。」
「どうしてそこまで私たちを優遇する? あなたは他のギルドの提携の申し入れはすべて拒否し、時には軍を出して討伐し、村ごと潰してきた。それなのに、なぜ私たちだけプラムスの傍での発展を許す?」
むぐちは核心を突いて問い詰めた。
「あなたたちの実力を信じている。それだけ。」
「今の私たちは六人しかいない。あなたにとっては取るに足らない存在だ。城戦は二週間後、戦局を左右できるとも思えない。」
ニフェトはなおも疑いを捨てなかった。
「勘違いしないで。私が信じているのは――彼女一人よ。」
アンドリアはむぐちを指さし、意地の悪い笑みを浮かべた。
「プラムスと引き換えに、彼女をもらう。」
「なっ……?! 王都と一人のプレイヤーを交換するって?!」
全員が声を上げ、むぐち自身も言葉を失った。
「ふん。彼女が本気で私に従うなら、半日でプラムスは奪い返せる。三か月あればムー大陸を統一できるわ。」
アンドリアは淡々と言い放つ。
「あなたたちのギルドには、それほどの人材が眠っている。ギルド長にとって本当に価値があるのは資産じゃない。人よ。プレイヤーは増え続け、いずれ競争は激化する。私は人材に飢えているの。」
そう言って、アンドリアは悔しそうにむぐち やよいを見つめた。
「……さすがに大げさよ。」
むぐちは気まずそうに言った。
「大げさではないさ」
ノクスが後方から姿を現す。
「アンドリア様は、あなたのことをずっと忘れられなかった。」
「あっ、ノクス! 戻ってきたんだ!」
まこが駆け寄り、元気よく手を振った。
「久しぶりだ、まこ。」
「なんか前より明るくなったね。」
まつみが笑う。
「あの時は、アンドリア様のために秘密を守る必要があった。他人と距離を取るしかなかったんだ……許してほしい。」
「背後からの一撃は、なかなか効いたわ。」
むぐち やよいが冗談めかして言う。
「正直、驚いた。でも、いい判断だった。」
ノクスは親指を立てた。
「今も霊媒師なの?」
ニフェトが尋ねる。
ノクスはアンドリアを見る。
彼女が小さく頷いた。
「アンドリア様が経験値を分配してくれた。今は、もう遅れは取り戻している。」
「ふん……口は悪いくせに、意外と面倒見がいいのね。」
むぐちがアンドリアをからかった。
「タダで受け取るわけにはいかないわ。その条件は飲めない。」
ニフェトは静かに言った。
「ただし、次の城戦ではプラムスを狙わないと約束する。」
「ははははは!」
アンドリアは大笑いした。
「私はあなたたちを恐れているんじゃない。気に入っているだけよ。本気で潰す気なら、スキルを使う暇もなく死んでいるわ。」
五人は言葉を失った。
確かに、四次職はいまだ謎に包まれている。条件を満たしているはずなのに、方法が分からないプレイヤーも存在していた。
「じゃあ、こうしましょう。」
アンドリアが提案する。
「竜貨五千を渡す。その代わり、あなたたちが持っている“情報”を教えてほしい。」
五人は顔を見合わせ、静かに頷いた。
「半月前までは、あなたたちは二次転職したばかりだった。」
アンドリアが言う。
「それが今は三次転職。――必ず、いい狩場があるはずね。教えてちょうだい。」
「闇精霊の村で隠しクエストに遭遇して、レベル上げもできたし、ついでに神器まで手に入った。」
むぐちが言った。
「闇精霊の村?」
「隠しエリアです。グズ城の北東、黒い森の奥深くにあります。」
ニフェトが答える。
「クエスト内容は?」
全員がもう一度顔を見合わせ、頷いてからアンドリアに情報を渡すことにした。
「ハイエルフが魔王側について闇精霊を裏切った。私たちは闇精霊を救い出した。それで闇精霊が私たちに――」
ニフェトが神殿のキーストーンの話を口にしかけた瞬間、むぐちに遮られた。
「深淵護甲をくれたの!!」
ニフェトは反射的に口を閉じ、むぐち やよいに続きを任せた。
アンドリアはその一部始終を、まぶたの裏に焼き付けるように見ていた。
「……あなたたちのことは気に入ってる。けど、それと嘘を許すかは別よね。」
空気が一気に氷点下まで落ちた。
大広間に、細い殺気が糸のように漂う。
「わかったわよ。」
むぐち やよいは仕方なさそうに言う。
「ギルド守護像――ブチャ大天使長を手に入れた。」
「大天使長?!」
アンドリアとノクスが同時に息を呑んだ。
「もともとは隠しクエストのボスだった。でも、たまたま条件を踏んで、こっちに寝返った。今はうちのギルドホールに設置してある。」
むぐちは肩をすくめる。
「戦闘力はまだ未知数だけど、レベル二六〇のモンスターを余裕で蹂躙した。」
「ギルド守護像は白氷原の洞窟で、雑魚が七体出ただけだった。まさかボスまでカード化できるなんて……」
アンドリアは信じられないという顔で問う。
「その隠し場所を、どうやって知ったの?」
「ただの樵夫NPCから地図をもらっただけ。」
今度はむぐちが正直に答えた。
「まこが好感度カンストしてて、情報を山ほど吐かせた。少し間違いはあったけど、大筋は当たってた。」
「NPCから地図……そんな仕様があったのね。」
アンドリアは即座にノクスへ命じた。
「ノクス。明日、プラムスのNPC全員に竜貨百を配れ。」
「アンドリア様、衛兵まで含めるとプラムスにはNPCが四百以上います。ギルドの財産がかなり減ります。」
ノクスが青ざめて言う。
「やれ。」
アンドリアは即答した。
「ギルド守護像は重要すぎる。それに、ボスのカード化は一度きりの可能性が高い。価値が比較にならない。」
「……承知しました。」
ノクスは渋々頷いた。
「その“間違い”って何?」
アンドリアが追及する。
「王都の名前を取り違えてました。」
ニフェトが答える。
「ハググをハグァグって読んで、ヴィニフ宮殿をヴィニフ城って。」
「違う。間違いじゃない。」
アンドリアが身を乗り出した。
「あれはαテスト時代の王都名よ。最後にプレイヤー投票で改名された。」
声音が弾む。
「その樵夫NPC、旧データを持った超レア個体かもしれない……! クローズドβにしか出なかった場所、今も未更新の場所――そういうのまで知ってる可能性がある。運が良すぎる!」
勢いのまま言い切り、手を伸ばした。
「その地図、見せて。」
「ごめん、闇精霊の村でNPCに破かれた。」
むぐちが即答した。
「……古い資料の廃棄なら筋は通る。」
アンドリアは少し肩の力を抜く。
「残ってたら、逆に怖すぎるし。」
「アンドリアのほうは情報ある?」
ニフェトが切り返した。
「ブチャ大天使長の情報は相当レアだよ。正直、竜貨五千じゃ安すぎる。」
「じゃあ、話すわ。」
アンドリアは指を折りながら言った。
「プラムス南の海岸で、異端者がよくプレイヤーを襲ってる。ギルドの犯行っぽいけど、私たちが駆けつける頃には必ず撤退している。」
「それと、ハググの近くで三つのギルドが縄張り争いで潰し合ってる。ひとつはギルドごと全滅した。」
アンドリアは続ける。
「生き残ったうちの一つは牧藍の歌。人数は三十人くらい。」
「……なるほど。だいたい二週間後の相手は見えてきたね。」
全員がそう理解した。
「じゃあ、今日はここまでにしよう。何かあったら密信を送って。できる限り力になる。」
ニフェトが言う。
「待って! どうしてもブチャ大天使長を見せて。」
アンドリアは食い下がった。
五人はため息をつき、頷いた。
……




