51 「……読書?」
アサヤとことのはが光となって散ったあと、周囲の青ネームたちは次々と去っていった。
六人は転ぶように走り込み、息もつかぬまま大聖堂へ飛び込むと、正面には木製の衝立が立ち、内部の様子は見えない。
衝立の前には長方形の木製燭台が置かれ、修道女が一本の蝋燭を手に、静かに立っていた。
燭台の中央には、ラロ神を象徴する正方形の白い紙が置かれ、その周囲には長さの異なる白蝋燭が幾本も灯されている。
溶けた蝋は台の上を覆い、縁から滴り落ちては固まり、小さな蝋柱となっていた。ここが長い年月を経てきた場所であることが、一目でわかる。
「勇者様、ワスティン大聖堂へようこそ。聖域へは、いかなるご用件でお越しでしょうか」
修道女は丁寧に一礼し、問いかけた。
「こちらで赤ネームを洗浄できますか」
パシュスは声を抑え、厳かな空気に合わせて答えた。
「もし贖罪をご希望でしたら、奥の大祭壇におられる預言者デイマンをお訪ねください。祭壇へ進む前に、武器とバッグをすべてお預けいただきます。神の御前に、俗世の煩いは不要です。
また、燭台に蝋燭を一本お灯しください。これは祭壇を訪れた証となります。衝立の先からは祭壇の領域です。私語は慎み、違反した場合は強制退去となります」
修道女は柔らかな口調で、しかし絶対の権威をにじませて告げた。
穏やかな声音に逆らう気は起きず、六人は大人しく武器とバッグを差し出した。
衝立を回り込むと、壮麗なワスティン大聖堂の内部が一気に視界へ広がる。
空中には無数の白い光の花弁が舞い、陽光はステンドグラスを通して万華鏡のような色彩となり、堂内へ降り注いでいた。
両脇には質素な長椅子が並び、奥には白晶石で築かれた祭壇がある。左右には巨大な蝋燭が一本ずつ立ち、上空からは白い布が垂れ下がり、その下に粗衣をまとった人物が立っていた。
六人は天井の彩色壁画を見上げる。そこには、ラロ神が魔王軍を討ち滅ぼす戦の光景が描かれていた。
飛竜が空で組み合い、地上では眩い魔法が乱れ飛び、重装の軍勢同士が激突する。どの人物も生きているかのようで、まるで戦場を見下ろしている錯覚に陥る。
「汝ら、なぜ神の御前に立つ」
預言者デイマンが、六人を見据えた。
デイマンは老婆で、額には深い皺が刻まれている。何より印象的なのは、左右で色の異なる瞳――片方は茶、もう片方は青だった。
「はは。預言者なら、赤ネームを洗浄しに来たって最初から分かってて、いきなりクエスト説明すると思ってた」
まつみが小声でパシュスに囁き、笑う。
「だよな~。ゲームの預言者って美人だと思ってたのに……」
パシュスも吹き出しそうになりながら応じる。
「だよねだよね!」
トリが軽くまつみを叩き、同意した。
ドンッ!
「うわああっ!!」
三人は神の力に弾き飛ばされ、祭壇の空間を優雅に弧を描いて吹き飛び、入口付近へと転がった。
「勇者様、禁を犯されましたね」
修道女は微笑みを崩さず言った。
「申し訳ありません。二度としません」
パシュスは慌てて頭を下げる。
「罰として、お一人につき竜貨一枚を頂戴しました。資金は大聖堂の修繕に充てられます」
修道女は穏やかに告げた。
三人は顔を上げ、堂内の豪奢な装飾を見回す。
この資金がどこから来ているのか、ようやく理解した。
……
「汝ら、なぜ神の御前に立つ」
預言者デイマンは、まことむぐち やよいを見据えて問う。
「赤ネームを洗浄」まこが答えた。
「贖罪」むぐち やよいが続ける。
パシュスたち三人も、二人のもとへ戻ってくる。
「汝らは、いかなる罪を犯した」
デイマンが問いかけた。
「殺戮状態のプレイヤーです。元の中立状態に戻りたい」
むぐち やよいが説明する。
まこは何度も頷き、むぐちに全権を委ねている。
「真に悔い改めるなら、ラロ神はその罪を赦そう。
ただし注意せよ。贖罪の試練は開始と同時に完遂せねばならぬ。途中でログアウト、あるいは祭壇の領域を離れた場合、リセットされる。
勇者よ、今この時、贖罪を始める覚悟はあるか」
デイマンは厳かに告げた。
【システムメッセージ: 贖罪を決定しますか(Y/N)】
「所要時間はどれくらい?」
トリが尋ねる。
「カルマ値および、犯した行為の内容による」
デイマンは淡々と答えた。
「-61」むぐち やよいがステータスを確認する。
「まこは-87……」まこは頭を抱えた。
「-325……」トリは恥じ入るように呟いた。
「ここで待つ?」
むぐち やよいがニフェトたちに尋ねる。
「うん。長椅子で少し寝る。現実の体も休めたいし」
まつみは木椅子に横になった。
「私は教会内を見学してくるわ」
ニフェトが言う。
三人はYを選択した。
「贖罪とは、自らが何を罪としたかを理解すること。最も直接的な方法は、神の言葉から啓示を得ることだ」
デイマンはそう言うと、腰の後ろからピアノほどもある分厚い書物を取り出し、ドンと床に置いた。
表紙には大きく―― 「ラロ経」
「待って! 贖罪って、モンスター討伐とか重労働じゃないの?」
トリの暗殺者としての勘が、嫌な予感を告げる。
「否。罪とは心の空虚と不安から生まれる。教会は信じている。すべての存在はラロ神の創造物であり、心を改めてこそ真の救済があるとな」
デイマンは“ピアノ”を開き始めた。
「……読書?」
むぐち やよいが、引きつった笑みで尋ねる。
「然り、勇者よ。経文の内容を問い、正解一つにつきカルマ値を+3とする。汝の値が0に戻るまで続ける」
デイマンは淡々と告げた。
トリとまこは、がっくりと膝をつき、魂が抜けたようにうなだれる。
「よかった~。私たち、悪いことしてないもんね」
まつみが肘でパシュスを突き、極小声で囁いた。
次の瞬間、パシュスの顔が絶望に染まり、同じく膝をつく。
「……さっきで、-12になった」
パシュスは滝のように涙を流し、まつみを見る。
「えっ?!」
まつみは慌ててステータスを開き、アサヤの死亡が自分たちの加算対象になっていることを知る。
「……理不尽すぎる!!!!!!!!!」
まつみは天を仰いで絶叫した。
ドン……。
「なんでゲームの中でも勉強しなきゃいけないの……」
まつみは泣きながら呟く。
彼らは肩を寄せ合い、悲壮な面持ちでラロ経を読み始める。
涙は次々と紙面に落ちていった。
………




