40 魔王軍の情報
どさり、と足に重みが戻る。
気づけば、硬く締まった地面を踏みしめていた。
焦げた臭いの代わりに、草と水の匂い。
黒血の代わりに澄んだ小川。
壊れた家屋の代わりに、鬱蒼とした森。
ダークエルフは川辺へ歩み寄り、顔を洗った。
五人は顔を見合わせ、状況を整理していた。
「説明、してくれる?」
まつみが横目で言う。
ダークエルフは布で水滴を拭い、深く息を吸って五人を見る。
「……達者で。」
そう言い残し、うつむいたまま背を向けて歩き出した。
「戻って狩り、続ける?」
まつみはまるで物語に興味がない様子だった。
「エルフを数体倒して、五レベル上がってる。効率は異常だね。」
むぐち やよいはステータス画面を確認する。
「危険すぎるわ。エルフは想像以上に強い。150帯に戻った方がいいと思う。」
ニフェトは魔力ポーションを飲みながら言った。
「同感だ。俺の装備じゃ、あの火力は受けきれない。」
パシュスは穴の開いた虫殻盾を見る。
「えっと……本当に、あの人は放っておくの?」
まこは苦笑しながら、ダークエルフを指差した。
ダークエルフは背を向けたまま、静かに立っている。
「イベントだろ。話しかけないと進まないタイプだ。先に、この場で狩り続けるか決めよう。」
むぐち やよいが言う。
「まこは……あんまり、良くない気がする……」
「レベル上げ優先よ。二人とも赤ネームなんだから。」
ニフェトが現実的に言った。
「でも、少し話を聞くくらいなら悪くない。」
むぐち やよいが突然、まこのまこの肩に手を置いた。
他の三人は一瞬驚いたが、反対はしなかった。
「すみません……あなた、誰ですか?」
まこはダークエルフの背後に近づいて声をかけた。
反応はない。
背を向けたまま、沈黙。
「おい、話しかけてるんだけど!」
まつみが乱暴に言っても、沈黙は続く。
「……大丈夫?」
まこがそっと肩に手を置いた瞬間、イベントが発動した。
ダークエルフは地面に崩れ落ち、号泣した。
「( -_ -)」
「ヽ(´ー`)ノ」
「・・・」
五人は顔文字だけで意思疎通し、感情演出を邪魔しないよう沈黙を守る。
「村が……家族が……すべて、奪われた……」
ダークエルフは嗚咽混じりに言った。
「……私たちに、できることはありますか?」
まこは優しく問いかける。
ダークエルフはぴたりと泣き止み、目を見開いて立ち上がった。
「ある! 村長が連れ去られた! 君たちがいれば、助け出せる!」
興奮した様子で、まこの手を強く握る。
「おい! お前、誰だ!」
パシュスが苛立って、その手を振り払った。
「はは、また嫉妬?」
むぐち やよいが意地悪く笑う。
「俺はルーク。ダークエルフの村の、生き残りだ。」
「誰が、なぜ襲った?」
むぐち やよいは端的に問いかけた。
ルークは目つきを変え、こめかみに怒りの青筋を浮かべた。
「ハイエルフの裏切り者どもだ! あいつらは魔王の陣営に寝返った!!!」
声を張り上げ、喉が裂けるほどに叫ぶ。
「魔王?!」
五人は一斉に息を呑み、物語への興味を露わにした。
「見ただろう。あの聖なる白い肌に刻まれた黒いルーン。それが魔王に与した証だ。」
ルークは低く言った。
「ダークエルフとハイエルフは何が違うの? なぜ、魔王に加わった彼らがあなたたちを襲うの?」
ニフェトが問いかける。
「我らエルフは、創造物の中でも最も優れた種だ。神の知恵と力を受け継いでいる。
ダークエルフはさらに神の秘術を継承しているが、数が少ない。だからハイエルフが精霊評議会を組織し、ヴィニフ宮殿を掌握して、エルフ全体の代表を名乗った。」
ルークは悔しそうに語った。
「まだ理由を聞いてない。」
むぐち やよいが鋭く促す。
「勇者様……話す前に、約束してほしい。必ず村長を救ってくれるか?」
ルークは真剣な目で言った。
【システムメッセージ: ルークの依頼を受諾しますか。(Y/N)】
「どうする?」
まつみは表示を見つめ、迷いを口にする。
「受けよう。隠しクエストの可能性が高い。嫌なら後回しにもできる。」
むぐち やよいが判断した。
「同意。魔王絡みの情報は興味深い。」
ニフェトも頷く。
Y──五人は依頼を受諾した。
…
「ありがとう……勇者様……!」
ルークは涙と鼻水まみれで、まこの足にすがりついた。
「触るな! 誰だと思ってる!」
パシュスが足でルークの顔を押しのける。
「俺はルーク。ダークエルフの村の、生き残りだ。」
立ち上がり、改めて名乗る。
「…………………」
「いい加減にしろ。襲われた理由は何だ。」
むぐち やよいが苛立ちを隠さず切り込む。
「ダークエルフは、ラロ神から託された秘命を代々果たしてきた──神殿のキーストーンの守護だ。
魔王はそれを手に入れれば、異界の軍勢を召喚し、世界を滅ぼせる。
だからハイエルフは、神殿のキーストーンを奪うために村を襲った。」
ルークは噛みしめるように言った。
「……世界滅亡ルート、踏んだみたいね。」
ニフェトが乾いた声で呟く。
「神殿のキーストーンは、もう奪われたのか?」
パシュスが問う。
「所在を知るのは村長だけだ。だから、必ず助けてほしい!」
ルークは地に跪き、額を打ちつけた。
「面倒くさそう。」
まつみは露骨に嫌そうな顔をする。
「でも、魔王が手に入れたら、みんなゲームオーバーだよ……」
まこは不安げに言った。
「ちっ……ただのイベント、だよな? ……たぶん。」
まつみの態度は一転し、歯切れが悪くなる。
このゲームのシナリオがどこまで狂っているか、誰にも分からない。
「村長はどこに囚われている?」
むぐち やよいが要点を押さえる。
「村の北にある、樫の牢獄だ。」
ルークが答えた。
「ほら……樫の牢獄……あった。ここも190帯だ。」
五人は地図に指を重ね、確認する。
「それは何だ?」
ルークが地図を指差す。
「ゲームマップだけど?」
ニフェトが不思議そうに返す。
「あり得ない……! ダークエルフの村は秘匿されてきた。存在を知るのは精霊評議会の長老だけのはずだ!」
ルークは動揺し、地図を奪い取った。
そこには、ダークエルフの村と樫の牢獄が、はっきりと記されていた。
「好感度の高い木こりから譲ってもらった。」
ニフェトが答えた。
「それは邪術の産物だ!!!」
ルークは突然、地図を引き裂いた。
五人は唖然とし、破片が光の粒子となって消えていくのを見送るしかなかった。
「何のつもりだ!」
パシュスは激怒し、襟首を掴み上げる。
「邪術の品は残せない。案内は俺がする。それで十分だ。」
「紙は? 誰か持ってない?! 地形なら大半は覚えてる!」
ニフェトは慌ててバッグを漁り、手が震える。
まつみとパシュスはルークに拳と蹴りを浴びせ、まこは必死に止めに入る。
その中で、むぐちは顎に手を当て、黙って考え込んでいた。
「獣人の首都の名は?」
むぐち やよいは鋭い視線で問う。「答えを間違えたら、任務は放棄する。」
「ハググ。」
腫れ上がった顔でルークは答えた。
「エルフの首都は?」
「ヴィニフ宮殿。」
「お前にとって、首都は全部同じ名前なのか?」
核心を突く。
「そうだ。ムー大陸の首都は、すべて一つの名前しかない。」
むぐちは再び沈思した。
「どうしたの、むぐち。」
ニフェトが心配そうに尋ねる。
「木こり……怪しい。」
むぐち やよいは目を細めた。
「具体的には?」
「地図の説明で、ハグァグとヴィニフ城と言った。さっきの検証どおり、NPCが理解する名は一つだけ。食い違うはずがない。」
疑点を並べる。
「聞き間違いか、バグじゃない?」
まつみは単純な可能性を挙げた。
「聞き間違いはない。バグの可能性はあるが、地図はどう説明する?
ルークは、闇のエルフの村の所在を知るのは精霊評議会の長老だけと言った。通常、隠しエリアは他のシナリオで露出しない。」
むぐちは糸を手繰る。
「じゃあ、むぐち姉は……?」
まこが不安げに聞く。
「木こりは魔王の手先で、私たちを闇のエルフの村へ誘導した可能性がある。」
むぐち やよいは言った。
「なにそれ?! 難易度高すぎだろ!」
パシュスは目を見開く。
「でも、それならハイエルフと戦えば、神殿のキーストーン獲得を邪魔することになる。」
ニフェトが反論する。
「私たちが“欠けた条件”なのかも。結界を壊す、聖遺物を充填する……推測にすぎないけど。」
むぐちは肩をすくめた。
「はははは! そいつは大誤算だ!」
まつみが立ち上がり、空を指して高笑いする。
「何か思いついたの?」
まこが尋ねる。
「村長を救う! エルフを倒してレベルを上げたら、任務は放置だ。陰謀は成立しない!」
自信満々に言い切った。
「私も賛成。村長を救えば、情報も増える。」
むぐち やよいは頷いた。
「ルーク、案内しろ。」
六人は北の樫の牢獄へ向かった。
「まこ、大丈夫?」
不安げな表情に、パシュスが声をかける。
「うん。まこは平気。」
作り笑いを浮かべ、白い親指を見下ろす――
あの木こりとの“契約”は、いったい何だったのか。
…




