35 「もう、逃げない!!!」
ドボン!
我に返ると、まこはすでに水の中に立っていた。
むぐち やよいは白樹の根元にもたれ、深手を負っている。腰と背中に裂傷があり、血が周囲の湖水を赤く染めていた。
「むぐちお姉ちゃん! どうしたの?!」まこは慌ててしゃがみ込む。
「気をつけ……」
むぐちは手を上げ、前方を指さした。
浪人の男と魔導士の女が水の中に立っている。男は大斧、女は長い魔杖を構えていた。
さっきの宿にいたプレイヤーだ!
だが二人とも殺戮状態には入っておらず、装備も平常のままだ。
「え? なにが起きてるの?! まこ、わからないよ……」
まこは慌てて左右を見回す。
「城戦でPK解放して、ノクスを殺した……。システムに私が犯人だって判定された。PVP解放後は……パーティー外の人全員に、私が赤ネームで見える。奇襲されてから気づいた……。油断した……」
むぐちは痛みに顔を歪め、傷口を押さえた。
「おい、下がれ。お前に危害は加えないが、赤ネーム狩りの邪魔はするな。」
浪人の男が大斧でまこを指す。
「待って! むぐちお姉ちゃんには理由があるの!」
まこは必死に訴えた。
「私たちを馬鹿にしてるの?」
魔導士の女が苛立って言う。
「むぐちお姉ちゃんは城戦で反乱軍を止めるために、城主を倒したの!」
まこは声を張り上げた。
「なあ、聞いたか?」
魔導士の女が嘲るように浪人へ振り向く。
「聞いた聞いた。反乱軍を止めるために城主を殺した、だってさ。ははっ。城主様~、護衛はどこだ?」
浪人の男が一歩前に出る。
「その……すぐには説明できなくて……。お願い、やめて……」
まこは声を落とし、涙をこぼした。
「やめろ? 赤ネームは殺人犯だ。俺たちは正義を執行してる。それに~、金も持ってそうだ。装備も経験値も、相当だろ。」
浪人の男は唇を舐めた。
「やだ……」
まこは水の中にへたり込む。
「逃げて……。まだPK解放する気がないうちに。あなたは赤ネームじゃない、傷つかない……」
むぐちは必死に刀を支えに立ち上がる。
「まだヒーロー気取り? フレンド転送の表示、残りHP二〇%だ。楽にしてやるよ!」
魔導士の女が高笑いし、魔杖を掲げた。
「溶岩術!」
赤く灯り、溶岩を滴らせる火球がむぐちへと撃ち出される。
まこは呆然とむぐちを見つめ、脳裏にかなの顔がよぎった……。
「聞いて……私のIDはmu――」
言い終える前に、火球が目前に迫る。
ドン!
爆ぜた火球が黒煙を巻き上げた。
「ふん、カッコつけ。」
魔導士の女と浪人の男が歩み寄る。
黒衣の人物が、むぐちの前に立って火球を受け止めていた。
「もう、逃げない!!!」
まこはPK解放を決意し、目を見開く。魔狼の瞳も赤く輝いた。
「愚かな選択だ。」
浪人の男が大斧を担ぐ。
「私……もうHPがない。このままだと、あなたも逃げ切れない……」
むぐちはよろめきながら立つ。
「それでも……最後になっても。友だちを守る!」
まこは震える両手を握り、叫んだ。
戦うのは怖い。
でも、友だちが光の塵になるのを見る方が、もっと怖かった。
強い意志が、恐怖を押し伏せる。
「ふん。二人で一人分だ。来い。」
浪人の男が大斧を回して肩を慣らす。
「魔力共鳴!」
まこは召喚杖を掲げ、声を張り上げた。
身体に赤い紋様が浮かび、魔狼の毛並みの奥から青い光が滲む。低い唸り声が響いた。
浪人の男と魔導士の女は、わずかにためらう。召喚師と戦うのは、初めてだった。
まこは二人を睨みつける。頭の中は混乱し、戦術など浮かばない。
「なら、望み通りだ!」
二人は同時に攻めに出た。
まこは魔狼を前に出す。
数度の跳躍で敵前へ躍り出ると、まず魔導士の火球をかわし、続けて浪人の斧撃を躱す。二人の間を縫うように走り回り、一瞬で注意を引きつけた。
「なんだこの犬は?!」
浪人は魔狼の動きが想像以上に素早いことに驚き、ほんの一瞬気を取られた。その隙に、魔狼が肩へ噛みつく。
「炎牙!」
まこが即座に指示を飛ばす。魔狼の口内が一瞬で灼熱の溶岩に満ち、浪人の肩を焼いた。
「ぐあああっ!!!! 誰か、早く引きはがせ!」
浪人は激痛に叫ぶ。
「氷晶嵐!」
魔導士の女は、味方ごと巻き込む形で範囲魔法を放ち、魔狼を強引に退かせた。
「戻って!」
まこが叫ぶと、魔狼は軽やかに跳び、すぐ傍へ戻る。
「私も……」
むぐち やよいは二刀の刀を握り、参戦しようとする。
「座って。私が守るから。」
水しぶきをまとったまこは微笑んだ。月光に照らされ、その姿は白い梨の花のように澄んでいた。
むぐちは、その背中を驚いたように見つめる。
浪人の右肩には無数の噛み跡が穿たれ、焼け焦げて血も流れていない。慌てて回復ポーションを一気に飲み干した。
「くそ……あの狼、やたらと厄介だな。」
傷口を押さえ、魔導士の女に吐き捨てる。
「一緒に召喚獣を落とす?」
魔導士の女が問う。
「いや、お前は――」
浪人は眉をひそめる。
「氷牢!」
まこが先手を取り、浪人の動きを凍らせようとする。同時に魔狼を突撃させた。
相手は間一髪で氷魔法をかわし、水中を二度転がる。魔狼が追いすがり、再び飛びかかって噛みついた。
「何を見てやがる、さっさと召喚使い本人を狙え!」
浪人は灼熱の牙を必死に押さえ込み、仲間へ怒鳴る。
「白の矢!」
魔導士の女はようやく我に返り、まこへ直接放つ。
「白の矢!」
まこも同じ術式を撃ち返した。
ドンッ!
二条の白光が正面衝突し、爆風が走って水面を大きくうねらせる!
「なっ……うあっ!」
魔導士の女は数メートル吹き飛ばされ、水飛沫を引いた。
「雷導術!」
まこは間髪入れず追撃する。紅い雷が天から落ち、魔導士の女を貫いた。
「ぎゃああっ!!!」
女と、近くにいた浪人が同時に落雷を受け、悲鳴を上げる。
どうやら水属性エリアでの雷属性攻撃には、環境による追加ダメージが乗るようだ。
「二次職を使え! あの犬、強化で魔法攻撃力が上がってる。動きが速すぎて捕まえられんし、火力も高い。放置できない、速攻で決めるぞ!」
浪人は大斧を振るい、なおも魔狼と斬り結ぶ。
「氷晶嵐!」
魔導士の女が叫び、無数の氷の刺がまこへ降り注ぐ。
「うわああっ!!!」
まこは回避せず、氷晶の雨を最後まで受け切った。胸元には氷刺が突き立ち、血が滲む。
「溶岩術!」
範囲技で動きを縛られたのを見て、魔導士の女は最大火力の単体火属性魔法を叩き込む。
灼熱の火球がまこへ一直線に飛ぶ。沸騰する表面が水面を蒸発させ、白い蒸気の尾を引いた。
「まこ、避けて!」
むぐちが叫ぶ。
「白の矢!」
まこは火球を睨み、弾き飛ばそうと放つ。
ドンッ!
溶岩が四散した。
【システムメッセージ: フレンド まこ HPが20%になりました】
「絶対に許さない!」




