33 別れの時
パシュスは市庁舎の脇にある、正方形の白く質素な建物――衛兵訓練場へと向かった。
中央の広い訓練場では、数十人のNPC衛兵が集団訓練を行い、武器を振り続けている。
その前方に立っていたのは、重装甲に龍紋のマントをまとった教官だった。
パシュスは歩み寄り、声をかける。
「ようこそ、勇者よ」
教官が尋ねる。
「剣士の転職を担当している方ですか?」
パシュスは問い返した。
「ああ、そうだ。転職希望か?」
「はい」
「気をつけ!」
突然の号令に、パシュスは慌てて背筋を伸ばし、身体を固くする。顔は真っ赤だ。
「パシュス。剣士とは、ムー大陸でもっとも優れた身体能力を誇る職だ。重装甲から両手武器まで、すべてが我々の専門。しかし、防具や武器はただの道具にすぎん。重要なのは戦う意志だ。
堅牢な精神と体力がなければ、無敵にはなれん。多くの場合、我々は先頭に立ち、突撃し、仲間の生死から目を背けてはならない。
我々の剣は己の名誉そのものだ。貴様は、名誉を追い求める者か?」
教官が問う。
「ハッ、教官殿!」
「跪け!」
命令と同時に、パシュスは即座に片膝をついた。
教官は長剣を抜き、パシュスの両肩に軽く当て、そのまま頭上で剣を止める。
「我、プラムス城貴族騎士長の名において、お前を――騎士に叙する。
立ち上がった瞬間から、名誉のために生きよ。立て、騎士!」
教官はそう宣言した。
立ち上がると、銀色の騎士剣が手渡される。
「よし! 急いで仲間と合流しろ!」
剣を収め、背を向けたその時、訓練場に六口やよいが入ってくる。背後には、銀龍の刻印ギルドのメンバーが二人続いていた。
二人は立ち止まり、無言で見つめ合う。言葉にならない感情が交錯する。
「やあ~、転職かい?」
パシュスは微笑んで声をかけた。
「うん。他のみんなは?」
やよいはうなずき、問い返す。
「もう転職して、グズ城へ向かうよ。
幸運を祈ってる。城主戦は気をつけて。副長って大変だろ。
連絡先、交換しない? いつかお互いログインしてなくて、君が危険な目に遭ったら、連絡取れなくなるのは嫌だからさ」
笑いながら言った。
「それは……」
やよいが眉をひそめて口を開きかけた、その時。
「副長、早く転職をお済ませください。アンドリア様が、重要な話があるそうです」
ギルドメンバーが割って入る。
「……また会おう」
そう言い残し、やよいは足早に訓練場へ入っていった。
背中を見送り、パシュスは小さくため息をつく。
……
四人は二次転職用の装備に身を包み、新たな武器を携えた。
神官、アサシン、召喚師、騎士。
四人のパーティーは、グズ城を目指して出発する。
再び西へ向かい、城壁の外の大樹を通り過ぎる。
六口やよいに教わり、PKを解放して黒衣をやり過ごした記憶がよみがえり、誰も言葉を発さなかった。
「出てきて! ポポ!」
まこは黒い結晶石を召喚杖に押し込み、地面へ突き立てる。
その傍らに、猟犬ほどの体躯を持つ魔狼が跳び出した。
「さっそくスキルを試したいみたいだな~。はは」
パシュスが笑う。
「まこ、木の下にPK解放してる人がいる!」
大樹を見つめ、緊張した声を上げる。
「なに!? 24時間はまだだろ、誰だ?!」
まつみが視線を向けると、黒衣の人物がフードを外す――六口やよいだった。
むぐち やよいは、きらめく装甲に身を包み、彼らに向かって手を振った。
四人は思わず歓声を上げ、駆け寄る。
「どうしてここに? 見送りに来てくれたの?」
まつみが真っ先に問いかける。むぐち やよいは、いつの間にかとんでもない装備に身を替えていた。
「もう三次転職したんだよね?」
ニフェトは少し寂しそうに聞く。妬みではなく、仲間を失うかもしれない気持ちからだ。
「違うよ。これは――君たちの分」
むぐち やよいはバックパックを開き、十数点の強化装備を床にばらまいた。法衣、魔杖、短剣、装甲――一通り揃っている。
「城主、太っ腹すぎない?!」
地面いっぱいの神装備に、全員がごくりと唾を飲む。
「違う違う。銀龍の刻印ギルドの倉庫から盗んできた」
にやりと、悪戯っぽく笑った。
「えっ?! 副長が盗み?!」
パシュスが目を丸くする。
「覚えてる? 私が二次転職で何を選ぶつもりだったか」
むぐち やよいは問い返す。
「まこ、浪人って言ってたの覚えてる」
まこが思い出すように言った。
「パシュス。転職の最後の質問、何だった?」
さらに意地悪そうな笑みを浮かべる。
「……名誉を追い求める者か、だったな?」
パシュスは、はっと何かに気づく。
「ふん。銀龍の刻印は堅苦しくて退屈。考え直したら、やっぱり合わなかった。だって私は――浪人だから!」
むぐち やよいは高らかに笑った。
「なになになになに?! まこ、全然わからない! 説明して!」
嬉しそうに飛び跳ね、ニフェトの腕を引っ張る。
「どうやら、銀龍の刻印を抜けるつもりみたい」
ニフェトは笑って答えた。
「じゃあ経験値カードは?! 一枚五百万だよ!」
まつみが慌てて聞く。
むぐち やよいは、バックパックから黒いカードを一枚取り出した。
五人は息を呑み、生唾を飲み込む。
シュッ、シュッ、シュッ――
カードが引き裂かれた瞬間、大量の光塵が弾け飛んだ。
木の葉に星屑が降りかかり、きらきらと輝く。まるでクリスマスツリーの飾りのようだ。
「は……?」
パシュスは信じられないといった様子で、間の抜けた笑みを浮かべる。
「まつみが言ってたでしょ。自分たちのギルドを作って、大魔王を倒すって。
アンドリアは、いつか私たちの敵になる。だったら使わずに、壊したほうがいい」
むぐち やよいは、悪戯っぽく言った。
五人は星屑の中で、顔を見合わせて微笑む。
「いたぞ!!!」
城門の方から、銀龍の刻印のメンバーが十数人飛び出してくる。
「逃げよう! PKが解放される前に、ここを離れる!」
むぐち やよいは、まこの手を引いて走り出す。
「行くよ! グズ城へ出発!!!」
まつみは跳ねるように走り、皆を連れて西へと駆け出した。
...
※もし、あなたが六口だったら──同じ選択をしますか?




