29 後ろの正面
その一言で、 大広間にいる全員が言葉を失った。
「四次転職……!? それって、レベル三百五十近いってことか……!」
黒衣たちは完全に動揺する。
「ノクスは……?」ルシュは、闇へ落ちるように呟いた。
「彼は、最初から私の忠実な従者。 あなたのような屑を欺くため、 影武者になることすら厭わなかった」
アンドリアは静かに言った。
「そんなに強いなら、最初から出てくればよかっただろ!! そうすれば、誰も死ななかった!!」
ルシュは必死に叫ぶ。
「切り札は隠すものよ。 それで常に優位に立てる。 それに――敵を容易く蹂躙できるなら、 正体を明かす必要もないでしょう?」
アンドリアは冷笑する。
「多くの犠牲は、 全部お前自身の野望のためか!!」 ルシュが吼えた。
「……ルシュ。 同じギルドマスターとして、教えてあげるわ」
アンドリアは一歩も引かない。
「私の覇業と覚悟に比べたら、 あなたは足元の虫。 私は正々堂々、報酬を提示して兵を集めた。 どこが卑怯なの?」
言葉だけで、
ルシュは完全に圧倒された。
「くそおおおお!!」
「授業は終わりよ」
アンドリアは、 白い歯を見せて笑った。
グリフォンが跳躍し、激しく翼を打つ。
黒衣の者たちは我先にと大広間を逃げ出した。
紅晶の槍に白い炎が灯る。
「天虹衝撃!」
アンドリアの咆哮とともに、グリフォンは流星のように、黒衣の群れへ突っ込んだ。
ドォン!!!尖塔の外壁に巨大な穴が穿たれた。
叛軍の一団は一瞬で消し飛び、衝撃点から莫大な光塵が噴き上がる。雪のように大広間を満たし、宙に漂った。
きらめく光塵は水流のように、アンドリアの肩からさらさらと零れ落ちていく。
彼女とグリフォンは全身が眩く輝き、まるで精霊のような幻想的な美しさを放っていた――それが「光塵は死骸の欠片だ」という事実を忘れられるなら、の話だ。
アンドリアは光に包まれたグリフォンから降り、むぐち やよいたちの前へ歩み寄る。
五人は、獲物として見据えられた感覚に襲われ、身動き一つ取れなかった。
「ノクスを殺したのは、あなた?」
アンドリアはむぐち やよいの前で足を止め、厳しい声音で問いかけた。
「ええ。毒で死にかけていたところを、殺戮状態に入って仕留めた」
むぐち やよいは迷いなく答える。アンドリアの前では、逃げ場がないことを理解していた。
「理由は?」
「城主の座を、クズの手に渡したくなかった。それだけです」
アンドリアは他の面々を一瞥し、満足そうに微笑むと、背を向けてグリフォンへ向かった。
「いい判断ね。明日の戦功宴、忘れずに来なさい」
「ア……アンドリア……様……城戦は、終わったんですか?」
まつみが引きつった笑みを浮かべて尋ねる。
「まだ少し残っているわ。ノクスが叛軍に襲われたと知って、すぐに飛騎を呼んで西門を掃討したけれど……間に合わなかった」
アンドリアは小さく息を吐いた。
「あなたは、正体を隠し続けることもできたはず。ノクスがゲームオーバーになった後なら、敵もあなたの正体には気づかなかった」
むぐち やよいがそう告げる。
アンドリアは瞬きを一つし、苦笑した。
「覚悟が足りなかったのね……仲間を救いたい気持ちが勝って、身分を晒してしまった」
「それじゃ、ノクスの覚悟を無駄にした。護心石やアカウントも」
「ふん。ずいぶん老成した口を利くじゃない」
アンドリアは自分より背の高いむぐち やよいへと身を寄せ、姉に甘える妹のような距離感で言った。
「誰に向かって話しているか、分かってる? 私、あなたより三百レベルも上よ」
「レベル上げに出遅れていなければ、お前は外で城を仰ぎ見る攻城側に過ぎなかったでしょうね。」
むぐち やよいは一歩も引かなかった。
「ふふ……面白いわ。休みなさい。じきに敵はいなくなる」
アンドリアは朗らかに笑い、グリフォンに跨ると、翼を打って青空へと飛び去った。
……
「むぐち、出番取りすぎ……」まつみが、まだ震える声で言う。
「終わったの……? まこ、吐きそう……」
まこはその場にへたり込む。
「ええ……終わったわ」
ニフェトはようやく息を吐き、苦笑した。




