24 罠
*R18*に関わる内容は、別の場所で公開します。
北門の戦況はようやく安定した。
アンドリアは追撃を止め、すぐに騎兵団を率いて東へ回り込み、背後から東門を逆襲する構えを取る。
「会長、北門が敗走しました! アンドリアの騎兵団がこちらへ突進しています!」
攻城側の斥候が即座に会長へ報告した。
「くそ……撤退だ。いったん下がれ!」
会長は緊急撤退を命じる。
「待て! 置いていくな!」
「逃げろ!」
必死に攻め上がっていた者たちは、背後の味方が退き始めたのを見て士気を完全に失い、我先にと城壁から離れた。逃走の最中、次々と討ち取られる者も出る。
東門の城壁から最後の星塵が漂い消えたとき、守軍の視界に敵の姿はなくなっていた。
ゲーム世界が、ふっと静止する……。
「うおおおおおおおおお!!!」
守軍は腕を振り上げ、地鳴りのような歓声を上げた。
アンドリアは敵軍の敗走を確認しつつも、騎兵団の兵力ではこれ以上の追擊は危険と判断し、進軍を止めて撤退を決断した。
こうして第一日の城戦は、防衛側優勢のまま終了し、双方とも疲弊した状態で休戦に入った。
……
「え? もう終わり?」
歓声を聞いたまつみが、興奮して跳ね上がる。
「お腹痛いのは治ったの? もう仮病じゃないんだ?」
むぐち やよいがからかう。
「ちぇっ。俺様、出番なかったな」
「ははは。じゃあ今夜は夜警でもやるか? 敵の暗殺者とタイマンだ。城主暗殺か人形破壊、絶対に仕掛けてくるからな」
シモンはそう言って豪快に笑った。
まつみは、最初に遭遇した黒衣の刺客を思い出し、全力で首を横に振る。
「城主が戦勝祝いの宴を用意している。まだログアウトしていない者は、尖塔へ集合だ」
シモンは庭園に集まったプレイヤーたちへ告げた。
「私は先に休む。分配金が出たら取っておいて」
むぐち やよいは淡々と言う。
「うん。おやすみ、むぐち」
ニフェトが答えた。
……
紅の大広間の中央には、山のようなごちそうが並んでいた。
エビ尾虫、八脚鶏、魚人の肉など、見渡す限り豪華な料理ばかりだ。
「本日の戦死者報告――
火原トカゲ 戦死十九名、残存三十一。
精霊ねこ屋 戦死二十四名、残存二十六名。
ガブリエル聖剣 戦死十一名、残存二十九名。
銀龍の刻印 戦死四十三名、残存七十七名。
軽音部 戦死七名、残存六十三名。
紅の教条 戦死零名、残存二十名。
黒の騎士団 戦死零名、残存三十五名。
夜勤O棟 戦死零名、残存五十名。
以上、各ギルド会長からの報告です」
シルナが大きな声で読み上げた。
「諸君、ご苦労だった。補給は十分に用意してある。遠慮なく取ってくれ。倒れた仲間たちが、再び目覚めることを願おう」
ノクスは階段の上から告げる。表情は相変わらず冷ややかだった。
まつみたちは正式な任務を受けていなかったが、それでも宴の席に招かれていた。
彼らは豪勢な料理と酒を思う存分楽しむ。
「この料理、ステータスがちょっと上がる! すごい!」
まつみは全能力+2の効果を見て目を輝かせる。
「課金アイテムだろ、これ」
パシュスは口いっぱいに食べながら言った。
ニフェトは飲み物だけを口にしている。
「食べないの?」
まつみは鶏肉を片手に酒杯を持ち、口元を脂で光らせながら尋ねる。
「いいえ。ゲーム内で食べると、現実の体も空腹になるの。太りたくないから」
ニフェトは優雅に飲み物を啜った。
そのとき、大広間の一角で怒鳴り声が上がった。
「持ち場を離れるのが、どれだけ重大かわかってるのか?!」
シモンが軽音部の騎士長の襟首を掴んで詰め寄る。
「東門の戦況を立て直したのは事実だ。皆が見ていただろう」
騎士長は一歩も引かずに言い返した。
軽音部のメンバーたちが、騎士長の背後に次々と並び立つ。
「もし西門に敵の奇襲が来ていたら――」
シモンは青筋を立てて怒鳴りかけたが、騎士長に遮られる。
「結果的に、来なかった」
「やめろ。戦はまだ終わっていない。皆、十分に戦った」
アンドリアが強く割って入り、二人を引き離した。
「アンドリア様! 彼らは命令に背――」
シモンが必死に訴えかけるが、別の声がそれを止める。
「東門への増援を出す判断は、私の意見だ。城主様、どうかお咎めなく」
ルシュが静かに言った。
ノクスは無言のままルシュを見つめる。
その瞳から、感情は一切読み取れなかった。
「なぜ作戦を逸脱した?」
アンドリアが問いかける。
「東門が破られても、西門が破られても結果は同じだ。資源を少し再配分しただけ。戦争には常にリスクがある。責任はすべて私が負う。その覚悟で軽音部の一部を東門へ回した」
ルシュは自信に満ちた口調で答えた。
「後出しだな」
シモンは吐き捨てるように視線を逸らす。
「ノクス城主。城戦は残り二日。明日は敵も総力で来るはずだ。第三日目に持ち越す気はないでしょう。兵力配分は、より慎重に。明日が決戦です」
ルシュは深く頭を下げた。
「貴様……アンドリア様の戦術を疑うのか?!」
シモンが殴りかかろうとするのを、アンドリアが引き止める。
「……そうだ」
ノクスは淡々と応じた。
「はあ? この城主、無能すぎないか?」
「全部アンドリア任せって、何が城主だよ」
「俺なんて二次転職の神官でも、もっと働いてるぞ」
会場がざわめき、私語が広がる。
「私は諸君を信頼している。敗北を危惧したことは一度もない。食事を続けてくれ。私は公会の要員と話がある。おやすみ」
ノクスは軽くうなずき、暗門の向こうへと姿を消した。
……
「俺たち、口を挟む隙もなかったな」
パシュスが悩ましげに言う。
「そうだよ! 主役は私たちなのに!」
まつみが不満げに声を上げる。
「見て」
ニフェトが、隅にいる二人のプレイヤーを指さした。
第二班の五人が出撃し、戻ってきたのは二人だけだった。
その表情は、深い悲しみに沈んでいる。
「…………」
……
深夜のプラムス城で、まだログインしている者はわずかだった。
西門の城壁から放たれた一本の黒い矢が、城外の大樹の幹に突き刺さる……
……




