196 「これが……魔王の姿か……」
ニフェト軍団の中ほどで血肉が飛び散り、一瞬で地獄絵図と化した。
赤い光の正体は巨大な魔導砲弾だった。あまりにも遠距離から一直線に撃ち込まれたため、視覚上は動いていないように見えたのだ。カンドウが気づいた時には、もはや回避は不可能だった。
直撃を受けたプレイヤーたちの皮膚は瞬時に溶け崩れ、戦場は悲鳴に満ちる。司教団はその光景に呆然と立ち尽くした。
「だめだ! 構ってられない! 全速前進!!!!!!」むぐちは恐怖で全身を震わせながら叫ぶ。魔都の姿すらまだ見ていないのに、この火力だ。ここで立ち止まれば――。
「回復大聖環!! 移動詠唱を使って!!」ニフェトは必死に聖職者たちへ指示を飛ばした。
「突撃だ!!」カンドウが怒号を上げると、金竜が突如まばゆい黄金の光を放つ。
彼らは肝を潰しながら前へ突っ込んだ。違う――突撃ではない。逃走だ。前へ、ただ前へと逃げるしかなかった。
アンドリアはその光景を目の当たりにし、即座に全軍突撃を命じる。彼女の軍団は機動力が高く、たちまちニフェト軍団を追い越して前方へ出た。
「カンドウ! アンドリアに減速するよう伝えて!!!」むぐちは慌てて叫ぶ。
「でも……俺は……」カンドウは苦い表情を浮かべる。味方軍の光はすでに吹雪の中にかき消えていた。
…
氷竜に騎乗したアンドリアは吹雪をものともせず、黒い影へ向かって空を一直線に突き進んだ。
だが突然、視界が闇に覆われる。正面から黒い壁に激突したのだ。
数十メートル急落し、地面に叩きつけられる寸前、咄嗟に翼を打って氷竜の体勢を立て直す。どうにか無事に着地した。
そして黒壁にぶつかった瞬間、周囲を荒れ狂っていた吹雪がぴたりと止んだ。
氷竜は巨体だ。軍勢の中でもひときわ目立つ、人間十人を積み上げたほどの高さがある。。
アンドリアは呆然と目を見開き、ゆっくりと顔を上げる……。
そこには、魔都の城壁がそびえていた。アンドリアの氷竜でさえ、まるで小さく縮んだキノコのように矮小に見えるほどだ。
プラムスはムー大陸でもっとも堅牢な城壁を誇る。高さは二十メートル近く、厚さは五メートルほど。最大威力の火砲を五十発受けても耐えうる。
だが魔都の城壁は、そのプラムスの城壁よりさらに倍近く高かった。
漆黒の壁面には流動する幻光の紋様が浮かび、夜空のように絶えず姿を変えている。
やがてニフェト軍団も到着し、この途方もない黒壁を見て同じように息を呑んだ。
連合軍の脳裏を、無数の疑問が埋め尽くす。
「魔王はどこだ!?」
「どうやって攻め込むんだ……」
「城門はどこにある?」
両軍は盾を掲げたまま必死に黒壁の根元へ駆け寄った。だが奇妙なことに、魔都の中は死んだように静まり返っている。微動だにしない。魔導砲を一発撃って以来、完全に沈黙していた。
連合軍は行動を一本化することを決め、一時間かけて魔都を一周する。その結果、構造が円形であることは分かった。だが守備兵の影はどこにも見当たらない。
「ここだ……」ニフェトは四匙地図を見下ろし、それから顔を上げた。
連合軍が足を止めた先には、黒壁に刻まれた二枚の巨大な壁画――魔都の城門があった。
……
全軍は城門を前にして陣形を整えた。魔導士たちは横一列に並び、同時に詠唱を開始する。狙撃手は弾丸を装填し、近衛兵たちは盾を組み合わせて盾の壁を作り、城門へ圧力をかける。どんな生物でも、この第一波の火力をまともに受ければ跡形もなく吹き飛び、粉砕されるはずだった。
竜騎兵の騎獣が咆哮を放ち、血と嵐の戦いを迎え撃つ。
「来い!! 魔王!!」カンドウは壁画の城門に向かって怒鳴りつけた。
だが魔都は応えない。静まり返った黒い城は、まるで亡者の国のように大地に鎮座、プレイヤーは、干渉の糸口すら見いだせなかった。
軍勢のあいだに不穏な空気が広がり始める。敵はどこにいるのか――。
「陣形を崩すな!」兵長がすぐさま将兵に怒鳴り、敵襲に備えさせる。
「なるほど……」むぐちは、魔王の意図に気づいたようだった。
「分かったなら言いなさい。もったいぶるな!」アンドリアは苛立ちを隠せず、今にも素手で黒壁を掘り破りそうな勢いだった。
「たぶんAIは、こちらの勢いが最高潮にあると判断して、逆に士気が落ちるのを待ってる」むぐちは、眼前に実在する魔都を見上げながら言った。
「ならなおさら攻め込むしかないでしょ! 工兵! 破城槌を作れ!」アンドリアはついに我慢できなくなり、強攻策を選んだ。
「どうする?」ニフェトが仲間の顔を窺うと、すでにアンドリアの指示で簡易の破城槌が組み上がりつつあった。
「もう賭けるしかない。バフ展開!!!」むぐちは、アンドリアを援護する決断を下した。
連合軍はただちに陣形を変更し、アンドリア軍団を堅く守る形に組み替える。
「放て!」十数人のプレイヤーが力を合わせて破城槌を引き、腕を放した瞬間、羊頭の破城槌は獲物を求める鉄塊のように一直線に壁画の城門へ激突した。
ドンッ!
【システムメッセージ: ギルドメンバー xxxxx HP残り20%】
【システムメッセージ: ギルドメンバー xxxxx HP残り20%】
【システムメッセージ: ギルドメンバー xxxxx HP残り20%】
【システムメッセージ: ギルドメンバー xxxxx HP残り20%】
【システムメッセージ: ギルドメンバー xxxxx HP残り20%】
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【システムメッセージ: ギルドメンバー xxxxx HP残り20%】
【システムメッセージ: ギルドメンバー xxxxx HP残り20%】
【システムメッセージ: ギルドメンバー xxxxx HP残り20%】
破城槌が城門にぶつかった瞬間、壁画の城門がぱっと発光した。次の瞬間、破城槌は粉々に砕け散り、爆ぜた木片と鉄片が周囲のプレイヤーたちを傷つける。
「ギミック!?」ニフェトは眉をひそめて城門を見つめた。やはり魔都は、普通の手段では攻め落とせないらしい。
「どうすんのよ!? 山越え谷越えしてやっと城門まで来たのに、中に入れないって? まさか今回の北伐、ただの合宿旅行で終わるわけじゃないでしょうね!?」アンドリアは魔導士たちに城門への砲撃を命じたが、鉄粉ひとつ削り落とせなかった。
「蕾! 魔都の情報はないの?」ニフェトは振り返って呼びかける。
蕾は再び六神翼を広げて空へ舞い上がり、蝶のように優雅にニフェトのそばへ降り立った。
「……知らぬ」
「お前、彼女を支配して答えさせられないの?」アンドリアは不満げに問いただす。
「私は蕾と同盟関係なの。蕾には意志を持っているから、行動を支配することはできない。お願いする」ニフェトは説明した。
「全軍、百メートル後退して休息。カンドウ、城壁を越えて内部の様子を確認してきて。砲撃に気をつけて」むぐちは、張り詰めっぱなしの兵たちに一度武器を下ろさせることを決めた。このままでは精神が先に限界を迎える。
「了解! むぐち様!」カンドウは虫羽の大剣を掲げ、金竜に乗って黒壁の上へ飛び上がった。
幹部たちは壁画の前に集まり、突破口になりそうな手がかりを探す。
左の城門には、不規則な図形がいくつも描かれている。人のようで人ではなく、まるで抽象画だ。右の城門は一面空白で、その上に古びて黄ばんだ羊皮紙が一枚貼りついていた。
かなは左側の人物画にピースが足りない箇所があるのを見つけ、ぴんときた。
「ちょっと見て! そこ、ひとつ足りなくない!?」かなは巨大な壁画を指差して叫ぶ。
「はあ……?」アンドリアは半信半疑で壁画を見上げた。
たしかに、壁画の中央にはひとつ欠けた箇所がある。
「これってスライドパズルじゃない!? 空いたマスを使って絵を動かして、正しい形に揃えたら開くとか!」かなは興奮して、自分の推理をまくしたてた。
「でもさ……お前、届くの?」まつみは含みを持たせた言い方で返し、幹部たちは小柄なかなを見てこっそり笑った。
数十メートルもある上層の壁画なんて、そもそも触ることすらできない。もしこのギミックが翼騎兵にしか解けない仕様なら、他職への不公平がひどすぎる。
「じゃあ、あんたに何か名案でもあるの、ザコ!?」かなは顔を真っ赤に沸騰させて食ってかかった。
「いやいやいや、滅相もないです」まつみは慌てて愛想笑いする。
かみこは壁画の最下層まで歩み寄り、顕微鏡のような目つきで左側の壁画の細部をひとつずつ観察し始めた。ほかの幹部たちはすぐその背後に並び、彼女の発見を待つ。
「この壁画……何かのトリガーになってるのかしら?」かみこは独り言のように呟き、城門の前を行き来しながら考え込み始めた。
「上の絵なんて、ただのカビの黒点か普通の模様なんじゃないの? それより中に入る方法を考えましょうよ」アンドリアは苛立ちを隠さず言った。
かみこは左の城門の壁画の下まで歩み寄り、角度を変えながら観察する。
やがて微笑み、皆に手招きした。
「弱点見つけたのか!?」「ギミックはどこだ!?」幹部たちは駆け寄り、口々に問いかける。
「仕掛けは見つかってない。でも、この壁画の内容は分かったよ」かみこは笑って言い、すべての鏡体を使って両門の足元に小さな鏡の盾を呼び出した。抽象的だった壁画の絵柄が、鏡の盾の中で左右対称の図形へと変わる。
「足……腰……胸……」かみこはゆっくり言い、鏡の盾は少しずつ上昇していく。
「頭……」鏡の盾は壁画の最上部で止まった。
「鏡体転換」
【システムメッセージ: フレンド かみこ HP残り20%】
Kanatheonのメンバーが駆けつけるが、パシュスはすぐ手を振って問題ないと示した。
「どうして回復できないの!?」ニフェトは驚いて問いただす。かみこが何か罠を発動させたのではないかと不安だった。
「鏡体転換は、私のHPを鏡体に変換するの。だから十分間、体力は20%で固定される。大丈夫、それより見て」かみこは城門を指さした。
彼女は巨大で薄い鏡を一枚召喚する。高さは壁画とほぼ同じだ。
その鏡像を見つめるうちに、皆の背筋に寒気が走る。恐怖と圧迫感が蟻のように全身を這い上がっていく。
翼を持つぼやけた人影が、鏡の中に浮かび上がる。
「これが……魔王……なのか」まつみは巨大な人影の反射を見て、手足を震わせた。




