185 「…………裏切るの?」
「またあんた!?いったい何しに来たのよ!」むぐちは荒道一狼の姿を見るなり、露骨に苛立った表情を浮かべる。いつも最悪のタイミングで現れる男だった。
「その命は俺のもんだ!」荒道一狼は気絶した柑柑を指差し、怒鳴る。
「どうして居場所を……はぁ~まこ……なんで……」むぐちは荒道一狼の背後から歩み出るまこの姿を見て、Kanatheonの計画を漏らしたのが彼女だとすぐ悟った。
「むぐちお姉ちゃん、正しいかどうかは分からない。でも師匠を信じただけだよ~責めないで。」まこは眉を寄せて言う。
むぐちとレックスは同時に荒道一狼を睨みつけた。
「俺は~あの女が好きだ。だからもう俺のもんだ。くだらねぇ話は終わりだ、邪魔するなら来いよ!ハハッ!」荒道一狼は大笑いし、ドンと鮮紅の光を爆発させて過負荷状態へ突入した。
「ちっ……」むぐちはこの強力な厄介者と戦いたくなくてたまらず、露骨に面倒くさそうに腰へ手を当てて荒道一狼を見た。
「だったら最初から目的を言いなよ。」
パン、パン、パン、パン、パン。
荒道一狼は拍手で応え、不敵な笑みを浮かべる。
「人助けしたいだけだ。ダメか?」
「黒真珠とハググの因縁、知ってる?」
「多少はな。俺には関係ない。」
「単刀直入に言うよ。公私混同抜きにしても、柑柑を殺すのが一番合理的なんだ。あんた、それと釣り合う価値のものを出せる?」むぐちはナックルを握り締めながら、真顔で交渉を持ちかけた。
荒道一狼はバッグを開き、低級装備を数点、わずかな草薬と小さな金袋をぶちまけた。
「俺には……全部で85竜貨分の物資しかない。」地面にしゃがみ込み、残りわずかな財産を数えながら、荒道一狼は苦笑して顔を上げた。
チリンチリンチリン――突然、きらめく武器や防具が次々と空中から現れ、大量の砕けた宝石とともに小さな山を築いた。まこは全財産を投げ打ち、バッグの中の高価な装備をすべて吐き出したのだ。
「ここに……だいたい30000竜貨分あるよ。師匠はいつも装備をくれたから、全部貯めておいたの。」まこはむぐちの視線をわざと避け、うつむいて床を見つめた。
むぐちは胸の奥でため息をつき、首を振って苦笑する。
「彼女一人で70000竜貨持ってるのに、あなたたちの金じゃ全然足りないね。代わりにあなたが死ぬなら、考えてもいいけど?」むぐちは値を吊り上げながら、荒道一狼を挑発した。
「まだある!」
ドン、と荒道一狼の身体が突如黒炎の魔へと変貌し、牙をむいてむぐちへ笑いかける。
「まこを助けてくれた恩はある。……だから最後に一度だけ、見逃してあげる。本心から、この件に関わらないでほしい。」むぐち やよいは静かに告げながら、すでに腰を落とし、迎撃の構えを取っていた。
「筋が通ってるな、ちょうど俺と同じだ!」荒道一狼は豪快に笑う。
「水精霊。」「魔力増幅!」そのとき、まこも召喚体を呼び出した。
「どういうつもり?」むぐちは信じられないという目でまこを見た。
「ごめんね……むぐちお姉ちゃん。師匠はただ人を助けたいだけだから……」失望しきったむぐちの視線に耐えきれず、まこは涙をこらえて答えた。
むぐち やよいの頬を、最後の一滴の涙が伝う。
覚悟は決まっていた。深い藍色の瞳は、魂が枯れたように虚ろに沈んでいる。
四人と気絶した柑柑が、狭い教会の中で睨み合う。互いに軽々しくは動けない。
「始めるか?」荒道一狼が沈黙を破った。
「砕岩!」レックスはためらいもなく剣を振り下ろした。手にした原罪の大剣は凄まじい切れ味で、荒道一狼の腕を一撃で深く裂いた。
攻撃力を見誤った荒道一狼は歯を食いしばり、痛みに耐えながらレックスへ蹴りを放つ。
「覇王華震!」レックスはその瞬間、天を仰ぐように脚を振り上げ、半秒の溜めのあと、重く踏みつけた。
ゴゴォン――
教会の壁は完全に崩壊し、むぐち やよいとまこは落石を弾き飛ばす。
荒道一狼は後方に三度跳んで街路へ退き、急いで傷を治療しながら、改めてレックスの戦闘力を測り直した。
……
―――その頃。
むぐち やよいの動きはまこよりも速かった。落石で注意が逸れた隙を突き、柑柑の前へ一気に踏み込み、カタールを掲げて眉間へ突き刺そうとする。
「水衝弾!」水精霊が腕を振り、硬質な水球をむぐちへ撃ち出した。
むぐちは身をひねってかわし、水球は砕けた石に当たって大きな水しぶきを上げる。
再び柑柑へ突進しようとした瞬間、足取りが重いことに気づいた。全身に「濡れ」「鈍足」「防御低下」の三つの状態異常が付与されている。
「雷導術!」まこは閃雷の大剣を振るい、猛攻を仕掛けてくる。
むぐちは、まこが自分へ刃を向けたことをどうしても受け入れられなかった。失望は絶望へ変わる。この少女こそ、自分を救ってくれた存在だったのに――なぜ今……
「うあっ……」一瞬回避を忘れ、大剣が腹部へ叩き込まれる。四肢が痺れるような衝撃が走ったが、痛みはない――刃ではなく、峰打ちで打たれたのだと、そこで初めて気づいた。
「むぐちお姉ちゃん……私たちはただ人を助けたいだけなの……」まこは胸を締めつけられるような痛みに耐えていた。自分が、いつも誰よりも優しくしてくれたむぐち やよいを斬ってしまったのだから。
「腐血の蔦!」数十本の触手が地面を突き破り、まこへ絡みつこうと襲いかかる。
まこは二度跳躍して宙へ跳ね上がる。
「星火連焼!」炎の大剣が空中で弧を描き、円をなぞるように振るわれ、数十本の触手を同時に断ち切った。
「魔鬼の触手!」
一本の血管が高速で射出される。回転を止めたばかりのまこは反応が遅れ、血管が肩に吸いついた。肩にかすかな痒みを感じた瞬間、血管が自分のHPを吸い上げているのに気づく。慌てて剣を振り下ろし血管を断ち切ったが、直後、凄まじい力で引き寄せられた。
むぐちはまこを丸ごと引き寄せ、目の前へ引き据えて静かに問う。
「…………裏切るの?」




