160 黒真珠の魔女
「悪夜!」まつみは息をのんで叫び、すぐに二本の短剣を抜いた。
ボウッ! まこの大剣が一瞬で火竜みたいに燃え上がり、空中で何度も回って、黒い煙の筋を残す。
「まこ、床はなるべく壊すなよ」荒道一狼は右腕を揉みながら、正面の影鬼に舌なめずりした。
影鬼は仮面を着けていても、荒道一狼への怯えは隠しきれない。じりじりと後ろへ下がっていく。
「Kanatheonのみなさまが黒真珠のような無頼の地へお越しとは。主催のギルド、夢の唇としてはお迎えが遅れました。至らぬ点がありましたら、どうかご容赦ください」影鬼の一人が仮面を外して進み出る。悪夜の隊長、ディベルだった。
短い黒髪。両手に武器はないのに、口元には嫌な笑みが浮かんでいる。
「Kanatheon? 人違いだろ」まつみは平静を装って言った。
ディベルは首を振って苦笑し、まこを指さした。
まこの白い魔法ローブには、二枚翼の魔導書――Kanatheonのギルド紋章がはっきり入っている。紋章表示を切っていなかったのだ。
「だから何? 闇市で装備を買いに来ちゃいけないの? 黒真珠は誰でも歓迎って言ってるじゃん!」まこが言い返す。
そもそもまこは、むぐちの計画を知らない。荒道一狼と一緒に闇市のオークションを見て、すぐ修行に戻るつもりだっただけだ。
「影鬼が二十人か。腹の足しにもならねえな~」荒道一狼の体から眩い赤光が噴き上がり、拳がカボチャほどに膨れ上がった。
「か……過負荷?!」
「何の職業だ……」
「まさか噂の、プラムス血夜の……?」
影鬼たちは、どうやら四人より後からこのゲームに入った連中らしい。
荒道一狼とH十字軍がプラムスを血で血を洗うは、いまや“歴史”として語られ、ネットにはそのゲーム史をまとめたページまであって、多くの人間が読みに来ていた。
「そうだ! このディオダ!」荒道一狼はソーセージみたいに太い指で自分を突いた。
「誤解なさらず。戦うつもりはありません。ギルドマスターの柑柑が、みなさまを本拠地へお招きしたいと」ディベルは微笑んだ。
「行かねえ。ぐだぐだ言うな。やるか、消えるかだ」荒道一狼は腕を組み、鼻で笑う。
一人の気迫だけで二十人の影鬼を押さえ込み、影鬼たちは棒立ちのまま、迂闊に動けない。
「残念ですが、選択肢はありません」ディベルは困ったように笑った。
やたらと細かい足音が路地の奥から押し寄せ、夢の唇の連中が数十人、完全武装で宿を包囲する。
「たかが数十の烏合の衆――」荒道一狼は内心まずいと思いながら、虚勢を張って相手を怯ませようとした。
その瞬間、銀の線がまつみたち四人の目の前を真っすぐ貫いた。ディベルの姿がホールの反対側で掻き消えた――と思った瞬間、奴は荒道一狼の目の前に立っていた。
「夢葬者?!」まつみが叫ぶ。
「あなたのイヤリングが落ちていました。拾っておきましたよ」ディベルはいつの間にか荒道一狼の目の前に立ち、掌に赤い宝石のイヤリングを載せていた。
荒道一狼はすぐ左耳に手をやる。案の定、イヤリングはディベルに一瞬で斬り落とされていた。
「我々に危害を加える意思はありません。柑柑ギルドマスターは、ただ皆さまと会いたいだけです。あなた方の立場になって考えてみてください。この場であなた方を殺しても、我々には何の得もない。戦場でも使者は斬らないものです。ましてや、我々は敵対関係ですらない。何を恐れる必要があるのです? それとも……すでに黒真珠を相手にするつもりでしたか?」
ディベルは目を細め、意地の悪い笑みを浮かべた。
四人は言葉を失う。まつみは、この男の舌がむぐちと同じくらい危険だと悟った。
「論理は正しい」かみこは無表情のまま皆を見て言った。
「どうぞ」ディベルは微笑み、軽く恭しく一礼して手で道を示す。四人を夢の唇のギルドホールへ案内した。
……
彼らはそのまま五階まで上がる。目の前には黒い木の扉があり、表面には見事な花々が描かれていた。薔薇、百合、菊、水仙。どの花もそれぞれの姿を見せ、色合いはやや沈んでいるが、扉全体から妖しく誘うような神秘の気配が滲んでいる。
ディベルが大きな扉を押し開けると、床から雲のような白い薄煙が湧き上がった。
真っ暗な部屋には細い煙が漂い、空気には甘く濃い香水の匂いが混じっている。
妖艶な柑柑が熊皮の大椅子に横たわっていた。黒地に白い花模様の旗袍が太腿からゆっくり滑り落ち、重ねた白い脚が露わになる。チャイナドレスはちょうど脚の間で止まり、暗い裾の奥から淡い光がちらりと覗く。
彼女は目を閉じ、顎を支えながら長い煙管を吸っていた。豊かな胸が押し上げられ、体にぴったり張り付く旗袍の胸元に深い谷間を作っている。
二人の美しい少女が大きな羽扇を持ち、その主を扇いでいる。だが成熟した色気の前では、彼女たちさえ子どものように見えた。
「会長、Kanatheonの客人をお連れしました」
ディベルが頭を下げて言う。
妖艶な美女目は開く。酒紅色の瞳が白煙を突き抜け、四人へ向けられた。荒道一狼は、冬の中で裸になったように、その熱い視線に引き寄せられる。
「ようこそ、Kanatheonの大物さん。私のひ・み・つ・の・お部屋へ」
蜜のように甘い声で、からかうように言った。
ゆっくり身を起こし、白い長い脚を組み替える。その瞬間、裾の奥の光が一瞬だけ揺れた。
まつみと荒道一狼は、目の前の魔女に見とれてしまい、言葉が出ない。
「あなたたちのこと、もっ~と知りたいわ」
柑柑は舌を軽く動かし、赤い唇を噛んで笑った。
……




