137 最後の王都
長いプレイヤー隊列が森の中を縫う。
空気は再び重い。全員が息を詰め、警戒を最大まで引き上げる。緊張は一秒ごとに心身を削った。
二時間が瞬く間に過ぎる。どれだけ進んだのか分からない。前方は相変わらず緑一色で、出発地点と変わらぬ景色に焦燥が募る。
「おかしい……静かすぎる」むぐちは長時間の緊張で神経をすり減らし、不気味なほどに静穏な森に対して、言いようのない苛立ちを覚えた。
「右前方に桃色の湖! 対岸に白い建造物!」哨戒隊がアンドリアとむぐち の前へ駆け込む。
「薔薇湖……ヴィニフ宮殿!!」歓声が上がる。
幹部たちは哨戒の案内で慎重に湖畔へ進む。
淡いピンク、苺ミルクのように甘い香りを漂わせる大湖。その対岸に、荘厳な聖白の建築がそびえる。遠目にも精緻な彫刻と無数の宝石が輝いていた。
最後の王都、ハイエルフの皇城ヴィニフ宮殿が、ついに姿を現す。
……
夕暮れ。空は水彩のような紫紅に染まる。
広い空の下、整然と続く深緑の樹線。その足元に、芳香を放つ薔薇湖が広がる。
薔薇湖はエルフ族の御用聖湖。祭礼のたび、湖中央に舞台が築かれ、盛大な宴が催される。
「重装は前列、聖職者は中央、後衛は自由射撃!」むぐち とアンドリアは即座に陣形を組み直す。景色に見とれる余裕はない。
森の冷気が分厚い鎧の隙間へ忍び込む。周囲にあるのは、ざわめく樹音と味方の重い足音だけ。ヴィニフ宮殿へ近づくほど、空気に混じる不安は濃くなっていく。
平坦だった地形は再び変わる。右は薔薇湖、中央は湖沿いに伸びる広い一本道、左は傾斜の高地。
連合軍は一本道を進み、視線を遠方のヴィニフ宮殿へ固定した。
……
ルリとトリは高地の偵察を任される。二人は幹を盾に交互に前進し、終始ステルスを維持した。
どの木の裏にも伏兵が潜む可能性がある。視界に入るわずかな揺れも見逃さぬよう神経を研ぎ澄ます。
トリが突然足を止め、ルリは危うくぶつかりかけた。
……
二人は同時に幹の陰から覗く。小さな斜面に、十数名のハイエルフ魔導士が待ち伏せている。
ルリは即座に短剣を抜き、飛び出そうとするが、トリが腕を押さえた。
「今出なきゃ味方が危ない! ただのエルフ魔導士だ、やれる!」ルリは焦る。
「違う……あの豪奢なローブ……低位兵じゃない。むぐち に知らせろ」トリはルリに帰還を命じ、自身は監視を続ける。
「わかった……」ルリが一歩踏み出した瞬間、ピンと微かな音。髪ほどに細く、ほとんど透明な鋼糸に足を取られ転倒する。
「はあ……道も歩けないのかよ」トリは呆れ、振り向いてルリを起こそうとした。
「来ないで、ここに——」言い終える前に、トリも同じ鋼糸に引っかかり、ルリの上に倒れ込む。
慌てて腕を突っ張る。鼻先が触れそうな距離。
ルリは目を細め、平手打ちを叩き込んだ。
「待て! わざとじゃねえ——」トリが弁解しかけ、頬を押さえた瞬間、視界の端に長太刀が現れる。その刃がルリの肩を深く貫く。
銀の裂布を纏い、長太刀を携えた女ハイエルフ――エルフの放浪者。
「くそっ!」トリは短剣を抜き、斬りかかる。
放浪者は滑らかに太刀を引き抜き、静かに攻撃を躱す。夜に舞う妖精のような所作。銀光が閃き、回避の流れから反撃に転じ、トリの腕を斬り裂いた。
逃げるべきか、ルリを置いていけないか。思考が錯綜する。
躊躇の刹那、エルフの放浪者は二歩退き、身体を銀の花弁へ変えて消えた。
ハイエルフにも隠密クラスがいるとは。トリは歯噛みし、ルリを抱えて撤退を図る。
「う……」ルリは首を振り、眉を寄せ、涙を滲ませる。
「司教の治療を受けなきゃ死ぬ。耐えろ!」顔は紙のように白い。これ以上遅らせられない。
前方で銀光が弾け、長太刀が正面から突き出される。トリはルリを放し、短剣で受け止めた。
放浪者は前転し、その勢いのままルリの背にさらに一太刀を刻む。そして再び銀の花弁となり、消失した。
【注意: フレンド ルリ HP残り20%】
トリは退路も策もなく、膝をついてルリにスタミナポーションを飲ませる。
ヒュッ——銀光が一直線にトリの顔面へ。
「影縛術!」
背後から黒い縄が飛び、放浪者を拘束する。長太刀の刃先はトリの眼前で止まった——まつみが到着したのだ。
「急いで! むぐち がもうすぐ伏兵の射程内に入る。彼女を連れて離脱して!」同じ哨戒班のまつみは全力で放浪者を引き止める。
トリは重傷のルリを抱え、大部隊へ走った。
やがて放浪者は影の縛鎖を振りほどき、立ち上がって太刀を構える。鋭い視線で周囲を探るが——まつみはすでに姿を消していた。
……
【注意: フレンド … HP残り20%】
【注意: フレンド … HP残り20%】
「迎撃準備!」むぐち は遊撃班の重傷通知が連続で届くのを見て、即座に命じる。
アンドリアと視線を交わす。
「銀龍の刻印、左へ展開! 高地を奪え!」アンドリアは銀龍の刻印を率いて高地へ駆け上がり、陣を敷く。
連合軍は二手に分かれた。高地の銀龍の刻印、湖畔の広路に布陣するKanatheon。
しかし密林の地形は連合軍に不利だ。戦士職の多い銀龍の刻印は開けた地を必要とし、魔導士職の多いKanatheonは視界の確保が火力に直結する。
「職業不明のハイエルフを数名確認。だが哨戒を視認すると即座に撤退、交戦の意思なし」カンドウが報告する。
「どういう意味……」むぐち は眉を寄せる。
ヴィニフ宮殿は目前。伏撃はないというのか。
その時、薔薇湖の水面がまばゆい金光を放つ。巨大で豪奢な白い彫刻門が二枚、空中に浮かび、黄金の粉を滴らせた。
「重装、右転! 湖に向けて布陣! 後衛は水際から離れろ!」むぐち は即座に陣形を変更する。
高地の銀龍の刻印は湖上の異変を呆然と見つめる。
「Kanatheonを救援しますか、アンドリア様?」ノクスが問う。
「いや。前後から挟まれたら終わりだ。高地を維持する……」アンドリアは暗い森を睨む。
……




