12 闇市場
中央要塞の庭園の脇に建つ、白い大理石の建物――プラムス中央銀行。
正面には広く白い階段が伸び、中央に赤い絨毯が敷かれている。段の両脇には、鎧を着たNPCの近衛兵が整列していた。
その奥には古代神殿のような建築がそびえ、入口には百人近いプレイヤーが群がっている。
「次は+7黒竜皮スパイクシールド! 開始価格は竜貨百! 一回の入札ごとに十竜貨ずつ上乗せだ! スタート!」
大きな木箱の上に立った競売人が、拡声器で叫ぶ。
周囲の重装備プレイヤーたちが一斉に手を挙げる。
「百十!」「百二十!」「百五十!」「百八十!」
叫び声は秒単位で更新され、盾の価格は一気に二百五十竜貨まで跳ね上がった。
「すごい……」
まこは熱気に満ちた光景に目を丸くする。
「物理防御+三百五十、全耐性+二十、物理攻撃に五%で『脚砕き』付与……強すぎない?」
まつみは表示された性能を読み上げた。
「レベル制限二百八十ですし、今の私たちには無理ですね」
ニフェトが冷静に言う。
「パシュス、どれも高すぎるし、レベルも合ってない!」
まつみは不満そうだ。
パシュスは人混みをかき分け、左側へ進んだ。
そこでは、全員が一枚の大きな掲示板を見上げている。
板一面に白い紙が貼られ、それぞれに装備の画像と性能が印刷されていた。
隣の喧騒とは対照的に、ここでは誰もが無言で、獲物を狙う目をしている。
「こっちは『定価オークション』だ。制限時間内で最高額を出した人が落札。即買い価格もある」
パシュスは掲示板を睨みながら説明した。
「……性能、だいぶ落ちますね」
ニフェトは不満げだ。
「個人の競売人は手数料に加え10%のコミッションを取る。金持ち向けだな」
パシュスは視線を外さない。
「あっ! この杖、強いし安いよ!」
まこが背伸びして、右上の小さな紙を指差した。
「こら、まこ!!!」
パシュスは慌てて彼女の口を塞ぐ。
その瞬間、人だかりが死体の群れのように殺到し、次の瞬間には紙は消え、別の商品が貼られていた。
「安物を見つけたら静かにしろ! ここは即買いで一瞬だぞ!」
パシュスは頭を抱える。
「こんなの無理じゃない?」
まつみは周囲の人数を見回した。
「おや、掘り出し物探しかい?」
黒髪の少年が、まこの耳元で囁いた。
「近寄るな!」
まつみは警戒して、まこを引き寄せた。
「知ったところで、あなたに何の得があるんです?」
ニフェトが冷たく問い返す。
「そんなに警戒しないでよ~。みんな得する話だって。六十~八十レベル帯の装備を大量に持ってる。安く売ってあげるよ~」
黒髪の少年は軽い口調で言った。
「なにっ?!」
まつみが思わず声を上げる。
「どうして、そこまで安く売る?」
パシュスは警戒を解かない。
「安売りじゃない。ブラックマーケット価格さ。プレイヤー同士の直接取引なら、オークションの手数料が要らない。ほら、双方にメリットがあるだろ?」
黒髪の少年は両手を天秤のように動かした。
「……何を持ってる?」
パシュスが低い声で尋ねる。
「さっき、この可愛い子が見てた『氷骨の杖』。即買いは狼貨八十だったよね? 俺なら狼貨六十でいい。
ただし条件がある。合計で竜貨二分以上、まとめて買ってくれたらその値段だ。一人一品なら、条件は満たしてるだろ?」
黒髪の少年はにやりと笑う。
「リスクは?」
パシュスは即座に切り込んだ。
「おっ、慎重だね。
システムに取引回数を怪しまれなければ問題ない。頻繁すぎるとGMが内容を確認するから、一日三回まで。君たちは今日の最後の客だ。さっさと終わらせよう」
黒髪の少年はいやらしく笑った。
「ブラックマーケットなんて、危なそうだな」
パシュスは渋い顔をする。
「でも、市価よりずっと安いよ!」
まつみが反論する。
「……品物を見せてもらえますか?」
ニフェトが静かに言った。
「いいよ。ついてきな~」
黒髪の少年はそう言って、四人を連れ、人混みを離れて銀行の入口へ向かった。
銀行の長方形の大広間は豪奢な造りで、両側には濃紺のビロードのカーテンが垂れ下がり、各窓口の前には衛兵が立っている。外よりも、さらに張り詰めた空気だった。
ホールの奥には十の小窓が並び、それぞれに黒い制服を着た白髪のエルフ女性が座り、プレイヤーたちを応対している。
「ようこそ、勇者様。どのようなご用件でしょうか?」
エルフの女性が微笑んで尋ねた。
「第二ページの最下段。八点、引き出してくれ」
黒髪の少年が答える。
「『氷骨の杖』から『熱原石の首飾り』まで、ですね。
よろしければ、手数料として羊貨八十をお支払いください」
「いい」
「ありがとうございます。アイテムはすでに、あなたのバッグへ転送しました」
エルフの女性が告げる。
「竜貨二分で割引だからな!」
黒髪の少年は四人に念を押す。
バッグの中では、装備が放つ淡い光がはっきりと見えた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ!
突如、周囲に警報音が鳴り響く。
五人に赤い光が照射され、身体がその場に縫い止められた。
【システムメッセージ: 異常な取引履歴を検出しました。現在、安全確認のためログアウトはできません】
「なにっ?!」
黒髪の少年は顔色を変え、叫んだ。
周囲のプレイヤーたちは、一斉に五人から距離を取った。
「うわぁ~、まこ、動けないよ!」
まこが怯えた声を上げる。
「やっぱり、騙してたのか!」
パシュスが怒鳴った。
「はいはい、また一件確保~」
ピンク色のショートツインテールの少女が、忽然と出現し、ホールの空中に浮かび上がった。
「魔法少女だあああ!!!」
まつみは少女を指さして叫び、感極まって涙まで流す。
「……………………」
ホール中のプレイヤーとNPCが、冷たい視線をまつみに向ける。
「は? アニメ見すぎじゃない?」
ピンクの少女は呆れたように笑った。
「私はGM03。最近は銀行周辺でブラックマーケット対策中なの~。
あなたたち、なかなか悪いことしてるね~」
「待ってくれ! 俺は装備を友達に渡しただけだ!」
黒髪の少年が必死に訴える。
「ふーん。
本日だけで取引五回、装備十七点。受け取りは竜貨八、狼貨五十」
GM03は淡々と告げた。
「くっ……!」
黒髪の少年が必死にもがく。
「無駄よ。今はログアウト不可。証拠も揃ってる。
――処刑」
GM03は無表情のまま、カラフルな管理ウィンドウを開き、軽くタップした。
黒髪の少年の全身が赤く発光する。
「指名手配犯を確認!」
周囲にいた衛兵たちが獲物を見つけた猛禽のように、一斉に飛びかかった。
「うあああっ――」
黒髪の少年は無数の刃に貫かれ、光の粒子となって消えた。
「ふぅ……分身アカウントね。ほんとキリがない」
GM03は眉をひそめる。
まこは恐怖で声を上げて泣き出した。
「あなたたちはまだ取引成立前。今回はセーフ。
安さに釣られないことね」
GM03は自分の画面を確認し、そう言い残すと、空中に溶けるように消えた。
赤い拘束光が消え、四人は再び自由に動けるようになる。
パシュスは力が抜けたように、その場に膝をついた。
「……やっぱり、正規のオークションにしよう」
ニフェトは青ざめたまま、そう呟いた。




