114 「まこ、このバカ!!」
空羽谷は巨大な浮石が無数に漂う空域で、大陸東の海上高空に位置する。竜尾湾から飛空艇に乗らなければ辿り着けない。
操縦するNPCは白髭を蓄えた老人で、チケットは一枚850竜貨もした。
木製の甲板には数人のプレイヤーしかいない。武器はどれも眩く輝き、ここに挑む者は選び抜かれた精鋭ばかりだとわかる。
飛空艇はかすかに揺れ、気づけば深夜。ムー大陸の王都の灯りは地上の星のように瞬き、街を結ぶ大通りにはさまざまな馬車が走り、火が絶えない。大陸はまるで現実のように、自らの秩序で動いていた。
やがて薄い雲を抜けると、巨大な浮石が姿を現す。
見上げれば大小さまざまな浮遊石山に囲まれていた。山上にはわずかな建造物、大半は黄砂混じりの岩肌で森は少ない。中央にはひときわ巨大な浮山があり、面積はプラムスの半分ほどもある。樹木が生い茂り、ときおり二条の滝が島体から海へと流れ落ちていた。
石山同士は木橋で結ばれ、空には四翼の飛蛇がゆらりと巡回している。
アンドリューは武器を抜き、まこを連れて中央の浮山へ向かう。
「あれが羽竜だ。視力はないが聴力が異常にいい。だから滝の近くに集まる。何があっても絶対に声を出すな」
四翼の飛蛇は鱗に覆われ、翼は鳥のように羽毛が生え、色鮮やかだった。
まこは強く頷き、後を追った。
木橋は風に揺れ、ぎしぎしと不気味な音を立てる。薄い板の下は淡い雲、そのさらに下は青い大海。足を踏み外せば即死だ。
まこは小刻みに歩くしかなく、数分でアンドリューとの距離が大きく開いた。
叫べば羽竜を刺激してしまう。だがアンドリューが振り返り、軽々とまこを抱き上げる。安定した足取りで橋を渡り、中央浮山へと渡りきった
「……ありがとう」
「礼はギルド小屋に着いてからだ」
空羽谷に入ってから、アンドリューは真剣そのものだった。
二人は広い森を抜ける。夜光蝶、跳ねる巨大なカタツムリなど発光する奇妙な生物が棲む幻想的な場所だった。まこは目を輝かせ、まるで幻想の動物園に迷い込んだみたいだった。
「ここは安全だ」アンドリューは武器を収めた。
「リリーとずっとここで戦ってたの? すごい……」
「まあな。ここの魔物は330から420レベル程度。当時リリーは賢者、俺は近衛兵。わりと楽だった」
森を抜けると、空羽谷の縁にある断崖へ出る。崖下の一角がえぐれたように窪んでいる。
「あそこが開拓者ギルドの小屋だ」
こんな危険な場所にギルド小屋を置くとは誰が想像するだろう。
崖際の隠し階段を進み、体を岩壁に寄せながら横歩きで下る。眼下は奈落。やがて粗末な木扉の前に辿り着いた。
アンドリューは鉄の鍵で錠を開け、礼儀正しくまこを先に通した。
まこは身をかがめて低い扉をくぐる。中は簡素な長方形の広間だった。
粗末な木製の長机が置かれ、両側の壁にはさまざまな武器が掛けられている。モーニングスター、大剣、片手剣、騎士槍……一通り揃っていた。
奥には暖炉。その横の壁には鉄の手錠が一対。
「思ったより豪華じゃないだろ? でも宝を隠すには最適さ。好きに見てくれ。神器を取ってくる」
アンドリューは武器を置き、重い鎧を外した。
まこは目を輝かせ、ゆっくり奥へ進む。
左の壁に大きな写真が掛かっていた。五人が写っている。
アンドリア、アンドリュー、見知らぬ男が二人。そして最後の少女がリリーだろう。
小柄だが、大きな澄んだ瞳を持ち、顔立ちは可憐だった。
さらに奥へ進み、手錠の前に立つ。
「……手錠?」
首を傾げて離れようとした瞬間、石畳に極小の黒い文字が刻まれているのに気づく。汚れにしか見えないほど細い。
壁際に身を寄せ、目を凝らす。
――「こ れを 読んだらす ぐログア ウト」
「え……ロ――――」
ドンッ!!!
後頭部に鈍い衝撃。視界が白く歪み、そのまま意識が闇に沈んだ。
鎧を脱ぎ終えたアンドリューが、倒れたまこを見下ろして薄く笑う。
「……ずっと一緒だよ」
……
「まこ!!!」パシュスは枯れ木の下へ戻るが、その姿はどこにもない。
「どこへ行ったんだ!?」
胸が締めつけられる。嫌な予感が全身を駆け巡る。
ゴンッ――銀色の果実が頭に当たる。
苛立ちと共に地面を睨みつける。
乾いた落ち葉と銀色の果実が並べられ、文字の列を作っていた。
「まこ 危 空羽谷」
パシュスは勢いよく枯れ木を見上げる。怒りで全身の筋肉がわなないた
「まこ、このバカ!!!」
……




