113 【システムメッセージ: フレンド 真子 はオフラインです】
まこは枯れ木にもたれ、ひとりで泣き続けた。涙がほとんど枯れ果てるまで泣き、やがて力尽きて眠りに落ちる。
枯れ木から数枚の乾いた葉が舞い落ち、まこの肩にかかる。まるで薄い毛布のように、そっと包み込むようだった。
「どうしたんだい、僕のプリンセス?」
耳元でやわらかな声が囁き、頬に触れる指先の温もりに、まこははっと目を覚ます。
視界に映ったのは、アンドリューの穏やかな笑みだった。
まこは小さく首を振る。今は誰とも関わりたくなかった。
「ふう……じゃあ、そばにいるよ」アンドリューは隣に腰を下ろし、幹にもたれて足を伸ばす。
まこは膝を抱えたまま、うつむいて黙り込む。
アンドリューが腕を回そうとすると、まこはすぐに払いのけた。
「……放っておいて」
「うん」アンドリューは素直に腕を引っ込める。しかしその瞳は、どこか愉しげに輝いていた。
日が落ち、星が瞬き、二人は言葉を交わさぬまま夜更けまで座り続ける。
アンドリューはロウソクと本を取り出し、静かにページをめくった。
「……あなた、悪い人?」まこは落ち着きを取り戻し、鋭い視線を向ける。
端正で細長い顔がわずかに笑みを浮かべ、本を閉じる。
「ずいぶんな質問だね。否定すれば善人になるのかな?」
「わたしは信じてる。裏切らないで……」
「さあね……定義次第だ。君のために何人も斬ったよ」アンドリューは苦笑する。
「みんなは信じない。でも、わたしは信じてる。わたしが普段おっちょこちょいだからって、信念まで愚かだって決めつけるなんて……」まこは揺れる炎を見つめ、沈んだ声で言った。
「どうして僕を信じる?」アンドリューは姿勢を正し、興味深そうに問う。
「ただ信じてるだけ。理由が必要?」
「はは……だから君はバカ扱いされるんだ」
「あなたも見下すの? わたしは、友達を信じるのに理由はいらないって思ってるだけ。言い訳なんていくらでも作れる。誰かを疑おうと思えば、弱点なんてすぐ見つかる。それって楽しい? みんなは愚かだって言うけど、わたしはそれを正直さだと思ってる。どうして常に警戒しなきゃいけないの? わたしはバカで、頭も心も空っぽ。でも、気にしなければ誰にも傷つけられない。この理屈、賢いあなたたちにはわからない?」まこは声を荒げた。
アンドリューの目がきらりと光る。
「はははは……やっぱりリリーに似てる。純粋で可愛い。約束しよう。君が感じる痛みは、僕も感じる。僕たちは運命共同体だ」微笑みながら頬に触れようとする。
「触らないで」まこはその手を弾いた。
「どうする? あの連中とぶつかっても楽しくないだろう。僕と来るかい。ここを離れて」アンドリューは笑みを消し、真剣な声になる。
まこは目を見開き、慌てた。
「離れる? 違う、そういう意味じゃない。ただ……尊重してほしいだけ。わたしはバカじゃない」
「僕がいれば、彼らはいらない。来いよ」
差し出された手を、まこは見つめる。
「いや……離れる気はない。誤解しないで。それに、休みが終われば学校で顔を合わせるし……」
「不快なら離れればいい。失った時間は戻らない。好きなことを楽しむべきだろう?」
「ただの……行き違い……すぐ仲直りする……」まこは視線を落とし、言葉を濁す。
「辛いのは事実だ。無理をするな。君はよく頑張ってる」アンドリューは静かに言った。
…
まこの胸がぎゅっと締めつけられる。そばにまつみもパシュスもいないと気づいた瞬間、足元の安心感が消えた。
もう一度、首を振る。
アンドリューはわずかに不機嫌そうに息を吐いた。
「もうすぐ攻城戦だろ。今のままじゃまずい。こうしよう。開拓者ギルドの倉庫に眠っている神器を渡す。それならみんなも僕を認める。君の悩みもなくなる」
まこは目を見開いた。
「神器って……伝説武器のこと?!」
原罪の大剣の数値が脳裏によみがえる。もしKanatheonが複数の神器を手に入れれば――無敵だ。誤解も一瞬で解ける。
「そうだ。ただし条件がある。キャラの状態をオフライン表示にしてほしい。倉庫の場所を知られるわけにはいかない。宝庫を荒らされるのは御免だ」アンドリューは肩をすくめた。
「……わかった。約束する」
【システムメッセージ: フレンド 真子 はオフラインです】
「さあ行こう。空羽谷までは遠いよ」アンドリューは立ち上がり、軽く体をほぐす。
「かずき……ちょっとだけ離れるね」まこはまだオンライン表示の名を確認し、幹に手を当てて囁いた。
――コトン。
枝から銀色の実が落ち、まこの頭に当たる。
小さな痛みを覚えながら、まこはアンドリューの後を追った。
……
翌晩、ワスティン大聖堂外の草原は灯りに照らされ、銀甲の人間歩兵と黒鎧の獣人が整然と並ぶ。
数百の兵が列を成し、圧巻だった。
「獣人騎兵は揃ったか?」木製の高台でアンドリアがノクスとともにパシュスへ問いかける。
「……250。指揮は任せる」パシュスは気の抜けた様子でインターフェースを操作する。
「どうした? 出征の日にその顔は縁起が悪いぞ」アンドリアは眉をひそめる。
「アンドリューって……どんな奴なんだ?」パシュスはぽつりと尋ねた。
アンドリアの表情が一瞬で引き締まる。
「何かあったのか?」
「何もないから困ってる。何を考えてるのかわからない」
「頭は切れるし、冷酷でもある。だが名誉にも金にも執着しない。快楽を追っている間は無害だ。近づかないのが賢明だな」
「まこが距離を置かない。俺たちが言っても聞かない」
「はは。まこか、あの間抜けな召喚師?」アンドリアは鼻で笑う。
「……どういう意味だ?」
「リリーにそっくりだ。何も考えず信じるタイプ。
アンドリューはそういう子が好きでな。昔リリーに振られても、懲りずにずっと張り付いてた。あいつ、執念深いぞ。」
パシュスは胸が痛む。自分は彼よりも劣っているのではないか、と。
「夜襲に来るか? ハイエルフを奇襲する」アンドリアが手招きする。
「やめとく。むぐちとニフェトが休めって言ってた。攻城戦は徹夜になる。俺は眠れなくて、代理で兵を連れてきただけだ」
「そうか。では今夜の戦果を楽しみにしていろ。出発!」
号令とともに、750のNPC兵が北へ進軍を開始した。
……




