102 聖骸大殿
巨大な大聖堂の裏手へ回り込んだとき、むぐちは眉をひそめた。
前方の斜面には、同じような大きさの質素な小屋が十数棟並び、それぞれの屋根の上には十字架が立っている。
「どれが聖骸大殿につながる修道院なの!?」
まつみは早くも苛立つ。
「ブチャは“一つ”とは言っていなかった。どうやら一軒ずつ調べるしかないようだ」
ニフェトはため息まじりに言う。
軋む音を立てて薄い木の扉を押し開け、彼らは最初の修道院へ入った。
内部は一目で見渡せる単純な長方形構造。
中央には長い木製テーブル。上には銀の燭台、十二人分の食器とワイングラスが整然と並び、中央には一本のワイン。最奥には十字架を掲げた祈祷台が置かれている。
窓から差し込む陽光は幾筋もの光柱となり、テーブルを照らしていた。光の中を舞う埃が、まるでこの空間だけ時間が止まっているかのような錯覚を与える。
壁や床に空洞がないか探ったが、何も見つからない。
他の修道院も回ったが、隠し通路は発見できなかった。
「もう疲れたよ!」
まつみはがっくりと長テーブルに腰を下ろし、いたずら半分でワインを少しグラスに注いだ。
ボッ――――
祈祷台の左右にあった白い蝋燭が、ひとりでに灯る。
「なるほど……」
むぐちは口元を押さえ、思案した。
……
彼らは手分けして各修道院でワインをグラスに注ぎ、変化を観察する。
「おい、ザコ! こっちだ!」
かなが斜面の上、修道院の入口で手を振って叫ぶ。全員がすぐに駆け寄った。
その修道院は他よりも明らかに清潔で、埃がない。手入れが行き届いており、まるで今も誰かが管理しているかのようだった。
やがて祈祷台がゆっくりと沈み込み、石床が規則正しく移動する――黒い地底へ続く石階段が姿を現す。
暗闇から吹き上げる冷気に、誰もが息をのむ。先に降りようとする者はいない。
「俺が行く」
パシュスは勇気を振り絞り、先頭に立って降りていった。
その身体が通路へ入り込んだ瞬間、前方に緑の炎の松明が一列に灯り、最奥まで続く。
緑の炎は普通の火のような激しさはなく、むしろ幽霊のように弱々しく揺れていた。闇の通路を不気味な緑色に染め上げ、背筋に寒気を走らせる。
一行は次々と地下道へ滑り込み、すでに武器を握りしめている。
聖骸大殿で、いったい何が待ち受けているのか――。
…
階段を下りるほど、空気が重くなっていく。
やがて円形の地下空洞に出た。
平地に足をつけた瞬間、空洞の緑の松明がひとりでに燃え上がる。
床の石畳はカビで黒ずみ、目地からは黒い小さな植物が生えていた。
円形の空洞の奥には封鎖された鉄扉があり、左右に一本ずつ通路が伸びている。
鉄扉の脇には、枯れ蔓を巻きつけられた骸骨が二体立っていた。
両腕を胸の前で組み、ミイラみたいにまっすぐ硬直している。
左の骸骨は白い杖を、右の骸骨は黒い鎌を持っていた。
「迷宮探索タイプのダンジョンっぽいね」むぐちは骸骨に近づいて調べ、まこは震えながらその背に張りつく。
「二組に分かれて動く?」かなは探索を早めたくて、あえて踏み込む。
「一緒に行動したほうがいいと思う。敵のこと、何も分からないし」ニフェトは反対した。
同時にかみこへ視線が集まり、分析を待つ。
「データ不足。意見なし」
「二組に分かれて地形の把握を目的に進む。十分ごとに密信で情報共有。どう?」むぐちが言い、異議は出なかった。
「もし魔物に遭遇しても、軽率に動かないで。もう一隊が来るまで待って」ニフェトが最後に釘を刺し、皆がうなずく。
まつみ、かみこ、パシュスの三人は一組。
ニフェト、むぐち、かな、まこの四人は一組。
それぞれ左右の通路へ入っていった。
…
まつみ隊が一歩進むたび、前方に小さな緑光が灯る。
松明がプレイヤーの位置でスイッチを踏む仕組みらしく、陰鬱な地下牢がいっそう不気味になって、ずっと胸がざわついた。
薄暗い通路は意外と広く、四人が横に並んで歩けるほど。
けれど両側が空洞のように抜けているせいで、横や背後から何かが襲ってくる気がして落ち着かない。
突然、左右の壁がえぐれるように凹み、錆びた鉄鎧を着た骸骨が二体、突っ立っていた。
がらんどうの骨の口を開き、頭蓋は生気なく傾いている。
かみこは迷わず鏡の盾を呼び出して隊の後方に構え、通ったルートを記録し始めた。
三人とも神経を張り詰めたまま、気を抜けない。
「まこのこと、どうしたの?」まつみは意識を逸らそうとする。
「別に〜」パシュスは苦い顔で、明らかに本音じゃない。
「嘘……なんでケンカしたの?」
パシュスはため息をついた。
「アンドリューから距離を取れって言ったんだ。なのに、あいつの肩を持つから……カッとなって怒鳴っちまった」
「もっとまこを信じなよ。あの子はそういう性格なんだから、そこを好きでいなきゃ。自分の価値観を押しつけないで」まつみは言い返す。
「でも、あいつも簡単に人を信じちゃダメだろ! いつか悪い奴に傷つけられる!」パシュスは興奮して、前方へソードを突き出した。
「だからこそ、あなたが守ってあげればいいんじゃない?」
「守るからこそ、危ないほうへ行くのを止めてるんだ!」
「それは守ってるんじゃない。支配しようとしてるだけ。混ぜないで」まつみは冷たく笑う。
「お前も、まこと同じで話にならねえ! アンドリューが契約で騙したのに、助けられた回数で“いい人”だって証明しようとするんだぞ。論理が破綻してる!」パシュスの怒りが増す。
「パシュス、緒が不安定」かみこが唐突に口を挟んだ。
「まこのこと、好き?」
「好き? 何の好きだよ? 俺とまつみは、まことは幼なじみなんだ! 心配して当然だろ! 家族だってまこが大好きで、祭りのたびに家に呼ぶんだぞ! わけ分かんねえこと言うな!」パシュスは突然爆発し、支離滅裂に怒鳴り散らした。
「好きな人がいるって……とても幸せなことですね……」かみこは頬を赤く染め、甘く微笑みながらうつむいて呟く。
パシュスが振り返って怒鳴ろうとした、その瞬間、目つきが変わった。
「天護の衝撃!」
かみこは異変を察知し、間一髪で横へ跳ぶ。鋭い骨の槍が耳元をかすめ、あと少しで頭を貫くところだった。
通り過ぎたはずの骸骨兵二体が動き出し、空洞の眼窩に緑の炎を灯している。
まつみは即座に骸骨の背後へ回り込み、三連撃を叩き込む。錆びた鉄鎧に穴が開き、砕けた骨が飛び散った。
だが物理攻撃が通らない。骸骨は骨槍を回転させ、まつみへ突き返す。
「影縛術」
【システムメッセージ: 使用スキル 影縛術 失敗。原因―現在のエリアに影が存在しません】
「な――」
ザシュッ!
骨槍がまつみの身体を貫き、そのまま宙へ持ち上げる!




