100 精霊討伐への布石
大円卓の中央にはムー大陸の地図が置かれ、そこに様々なギルドの旗が刺さり、色とりどりの駒が並んでいた。
地図の東、南、西、そして中央にはそれぞれハググ、プラムス、グズ湿台、ワスティン大聖堂が描かれている。北だけは今も真っ白で、そこが誰も踏み入れていない――ヴィニフ宮殿だった。
ヴィニフ宮殿の噂は、夜の幻みたいに一瞬で消えて、つかまえようがない。
象牙色の壮麗な王宮だという者もいれば、聖白葉が生い茂る森だという者もいる。ラロの墓地だと言う者もいて、さらに――。
どれもこれも伝言ゲームで膨らんだ話で、ヴィニフ宮殿に入ったプレイヤーなど一人もいなかった。
…
カンッ! 鋭い短剣が、北の空白に突き立てられた。
「一週間後、ハイエルフの拠点……」むぐち が苦しそうに地図をにらむ。
「ハイエルフの敵の構成は、槍兵、弓兵、魔導士、大剣兵、天使守衛。レベルは一九〇〜二八〇あたり。連携や戦術も使う。あと、戦闘力不明の大天使長が二体いる」ニフェトが既知情報を並べた。
「獣人の騎兵を雇って城を落とせないか? ルークが言ってた。ハイエルフは昔、獣人騎兵に負けたらしい。獣人がエルフの天敵かもしれない」パシュスが提案する。
「だめ。ヴィニフ宮殿は幽語の森の奥だ。森じゃ騎兵はただの的になる」むぐち が首を振り、続けた。
「攻城戦初日に攻城側の主力を叩き潰したら、守備はNPCと信頼できる同盟に渡す。私たちはアンドリアと一緒に北上して、ヴィニフ宮殿へ行く」
「首都を他人に守らせるのは、リスクが高いよ」まつみが不安そうに言う。
「かみこ。リスクは高いと思う?」むぐち は、すでにデータ分析を全部かみこに投げていた。
「リスクを『ハググ陥落』と定義するなら、同盟に守備を任せるリスクは高くない。
ムー大陸では、レベル差が開き始めている。主な原因は攻城戦の勝者が敗者の経験値を吸収すること。生き残ったプレイヤーはレベルと経験が一気に伸び、攻城に参加していない層から大きく離れる。つまり、強い者はもっと強くなり、低レベルは追いつけなくなる。結果として、中〜低レベルが攻城戦に参加する動機にもなる。
二度の攻城戦を経験したKanatheonの多くは、圧倒的な戦闘力を持つ。銀龍の刻印は比較的信頼できる同盟で、我々の連合に対抗できる集団は他に存在しない。
また、ハググに駐屯する同盟ギルドの大半は小規模で、ニフェトを瞬時に暗殺できる能力はない。
攻城戦開始前に同盟軍を湖畔エリアへ配置しておけば、万一裏切っても上陸のために命がけの強襲が必要になる。こちらは対応の時間を確保できる。
結論:リスクは高くない」
かみこの精密な分析に、皆が言葉を失い、ただ圧倒された。
「では……ハイエルフの弱点に合わせて戦術を組み立てよう。ヴィニフ宮殿は未知の地だ。王都内部で戦う以上、徹底的に理解しておく必要がある」むぐち は苦悩の視線を再び北の地図に落とした。
「知りたいなら一緒に暮らせばいいじゃん〜。きっとすぐ慣れるよ。子犬を飼うのと同じだよ! あはは!」まこが豪快に笑う。
「………」
一同は無言でまこを見つめた。
「あっ! 一緒に暮らしてるハイエルフ!」ニフェトが突然思い出す。
…
「我が族の弱点だと?」ブチャの重厚な声が、威厳を帯びて響いた。
「はい。まもなくヴィニフ宮殿へ攻め込み、あなたの翼を取り戻します。ハイエルフの弱点を教えていただけますか?」むぐち が丁寧に問いかける。
「私の同胞を虐殺する気か……」
ブチャが片翼を強く打ち振るい、広間に風が唸り、数本のろうそくが吹き消えた。
「いいえ。精霊評議会はすでに魔王軍に加わり、グズ湿台を陥落させました。あなたを裏切ったのと同じように他種族と敵対し、この世界を壊そうとしています。どうかムー大陸を救うために力を貸してください」
【システムメッセージ: ブチャ大天使長 好感度-5】
「ムー大陸を救う? 興味はない。私は翼を取り戻したいだけだ。もし罪なき同胞を殺すつもりなら、私は永遠に片翼のまま名誉を失っても構わない。だが、ハイエルフを裏切ることは決してない」
その言葉の重さに、むぐちは返す言葉を失った。
「ブチャ〜。あなたの種族は、本当に善良なの?」まこが疑問を投げる。
「エルフはラロ神が最初に創造した種族。我らはその知恵と美善を体現する存在。純白の肉体こそ善の証だ。無論、善良だ」
「でも、今は黒くなってるよ。変な禍々しい黒の紋様に覆われて、魔王に憑かれて焼き討ちや略奪をしてるって聞いた。精霊評議会の長老も、憑依されたハイエルフに拘束されてるらしい。いまやハイエルフは他種族の共通の敵で、他種族の連合軍が総攻撃の準備も進んでるって」まこが不安げに言う。
【システムメッセージ: ブチャ大天使長 あなたの発言に注目しています】
「長老が拘束だと!? 他種族が戦を仕掛けるだと!?」ブチャが動揺し、翼を大きく打った。
「うん。だからブチャが情報を共有してくれれば、被害を最小限に抑えてヴィニフ宮殿へ入り、精霊評議会を魔王から解放できる!」
「我らの身体にはラロ神の祝福の聖句が刻まれている。黒く染まるということは、魔王に心を侵された証……忌々しい! 翼さえ失っていなければ……。わかった、まこ様。あなたを信じよう」
ブチャは深く息を吐き、種族の行く末を案じるように語った。
「ハイエルフは神族の一系統で、北方の幽語の森に他の神族と共に暮らしている。聖属性への耐性は高いが、火属性と闇属性には弱い。戦うなら闇属性の武器、聖属性耐性の防具を用いよ。さらに平均HPも高く、俊敏性も極めて優秀だ。可能な限り、減速系のスキルで動きを封じるがよい」
まこはブチャの足元で、小指を懸命に差し出した。
「約束だよ! 長老を助けて、あなたの翼も必ず取り戻すから」
まこは甘く微笑む。
「その動作の意味がわからぬ」
「小指を絡めるのは、人間同士で約束を交わす合図」
かみこが淡々と説明した。
ブチャは驚きと喜びを込めてまこを見つめ、ゆっくりとかがむ。頭だけでまこの全身より大きく、長い銀髪がカーテンのように垂れ下がってまこを包み込み、ほのかなエルフの香りが漂った。
「約束だ、まこ様」
ブチャは太腿ほどもある小指を差し出す。まこは戸惑いながら、その指先に両腕でしがみついた。
「うん! 約束!」
【システムメッセージ: ブチャ大天使長 好感度+3】
「ワスティン大聖堂の裏手に小さな修道院がある。そこに聖骸大殿へ通じる地下道が隠されている。聖骸大殿の魔骸聖獣を倒せば聖遺物箱が手に入る。大量の聖属性耐性防具と闇属性武器を得られるはずだ。行ってみるとよい」
ブチャは立ち上がり、さらに情報を与えた。
「わあ……」
一同は再び、まこのNPC攻略能力に驚嘆し、むぐち でさえ舌を巻いた。
「よし! 善は急げ。大聖堂へ行こう!」
まつみは真っ先に立ち上がり、かみこの手を引いてギルド塔を出ようとする。
「待って」
「どうしたの?」
まつみは、かみこがデータ化されて以来、少しの異変にも敏感になっている。
かみこはブチャの足元へ歩み寄り、見上げた。
「ブチャ、質問に答えて。不明なら答えなくていい」
「よい」
「なぜ……あなたはハイエルフ語を話さないの?」
無表情のまま問いかけるが、その瞳は鋭く光っていた。BUGを見つけた目だ。
おかげさまで、第100話まで来ることができました!
ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございます。
もしよろしければ、気が向いたときにでも感想をいただけると嬉しいです。
これからも一緒に物語を楽しんでいただけたら幸いです! (๑•̀ㅂ•́)و✧




