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8:海の呼び声

遊戯の神との戦闘から翌日のこと、奏は叶途の自室で一緒にゲームをしていた。

「なぁ、俺と13位差つけてゴールするのやめないか?」

「良い提案だな、じゃあまずBボタンを押せ」

音楽の神と遊戯の神は共に何処かへ行ってしまったようで、奏と叶途は二人きりになれた。

「Bボタン?こうか?」

「うん、あの左側のレバーも倒しながら。あぁ違う違う押すんじゃなくて」

「んーやっぱ慣れるまで時間かかるな...ごめん、すぐ遊べそうにないかも」

「良いよ、慣れてるからな」

何気ない会話を繰り返しながらも、叶途はずっと昨日の出来事が頭の隅で蠢いていた。

「...なぁ、俺達って昨日神様倒したよな?」

「うん、そうだな」

「なんか、こうやって普通に話してるのは...なんつーか奇跡ってやつなのかな」

「...そうかもな。んーでもどうだろ」

奏はゲームの操作に苦戦しながら、さりげなく話を続ける。

「俺は...そうだな、勝っても負けても"必然"だったと思うよ」

「必然?」

「うん、だから俺たちが勝ったのは当然だった...って考えてる。その方が後味良いだろ?」

何か理由があるのかと期待していたら、ただの気持ちの話だった。

まぁそれが、叶途にとってはありがたいのだけど。

「なんだそれ、まぁ確かにな」

「...あ、そういえば話しときたいことあるんだった」

そう言うと奏は、持ってきたリュックサックの中からキーボードピアノを取り出した。

「それずっと気になってたんだよ、どうやって持ってきたのか」

「リュックでだよ」

「4分の3はみだしてたけど」

「まぁそんなことは置いといて、これからもお前に見せることになると思うから、先に俺の"能力"についてお前に教えとく」

奏はピアノの鍵盤を叩き、猫を踏んでそうな演奏を始める。

すると奏の周囲に小さな音符の塊が出現し始め、徐々に数を増していった。

「これあん時の爆発してたやつか?」

「うん、爆発するやつは"四部音符"と"八分音符"、他にもありそうだけど今はこれで良いか?」

「分かったからしまえしまえしまえ」

奏が演奏を止めると同時に、音符も姿を消した。

「自画自賛じゃないが俺の力は便利だ。音楽の神が言ってたが他にも色々できるらしい」

しかし、万能には欠点がつきものだ。

「だからその分、不都合がある」

なんと奏は、いきなり着込んできた上着とパーカーを脱ぎ捨て、叶途に自身の下着姿を見せる。

「ハァ..!?何してんだよ!!」

「おいこら、寒いんだから早く見ろ」

叶途は気でも触れたかと思ったが、細目で奏の体を見て、その考えも吹き飛んだ。

「あれ...それって──」

「...体変えるんだったら機能も変えとけって感じだよ」

それは以前にも見た、奏の胸の"傷跡"...

ヒビ割れてるような痛々しいその跡は、手術跡ではなく、生まれつきの物らしい。

「能力を使うたびに心臓病の影響が強くなる感覚がある。使いすぎたら発作で出血死だな」

パーカーを着直しながらそう言う奏に、叶途はムッとする。

「そうか...だからかよ...」

「恐山の時は使いすぎた、でもまぁ生きてるから...あんくらいが限度だと思ってくれ」

「だからお前...死にかけてたんだぞ...?」

話は終わりだと言わんばかりに座り込む奏に対して、叶途は言われっぱなしで終われまいと感情的に口を動かした。

「何が限度だよ!お前はあん時死ぬとこだった!自分のこと軽んじてんじゃねぇよ!!」

「え...?あ...ごめん...」

奏は突然の叶途の大声に驚き、よく分からないまま謝った。

叶途が声を上げることなんて何年振りか...以前も同じようなことで怒られた気がする。

「ハァ...はぁ...いや、ごめん...責めるつもりはないんだ...」

「いや、分かってる...お前の言う通りだ。今後は気をつける」

微笑みながら気をつけると言う奏を見て、叶途は諦めるように頷いた。

「ってもう時間か、ゲームありがとな叶途。そろそろ帰る」

「あ、あぁ、また学校で」

「ん、またな」

奏が帰った後、叶途は部屋の暖房の温度を下げ、感傷に浸りながらソファに腰掛ける。

「おい叶途、あのガキ帰ったか?あのげーむ?ってやつの続き教えろよ」

そんな時に丁度帰ってきた遊戯の神が、叶途に話しかけた。

「あーもういまシリアスな感じだったのに!」

「なんだ?ガキと喧嘩でもしたのか?」

「うるせぇ違うわ!教えて欲しいならそこのコントローラー待て!」

空気を読まない遊戯の神の言葉が、叶途の沈んだ心を引き上げてくれたのは、ここだけの秘密だ。


次の日───


高校では授業のオリエンテーションが始まり、その中でも奏と叶途を悩ませる問題が生まれた。

「ではこれから委員会決めを行います。皆さんで話し合って、決めた人から黒板に名前をお願いしますね」

委員会...奏と叶途は同じことを考えていた、

めんどくせぇと。

周りの生徒が席を立って話し合いを始めるに合わせて、奏も席を立って叶途に近づいた。

「どうする?やりたいやつは...なさそうだな」

「お前もな。はぁーなんか丁度いいのないか?」

「んー...あ、図書委員どう?人数二人だし、なんか人気なさそうだし」

確かに週一の業務かつ奏と二人で動けるのなら、図書委員が好条件だ。

早速二人で名前を書くと、近くのクラスメイトの話し声が耳を通る。


「ねぇ聞いた?先輩が言ってたんだけどこの学校の図書室、デるんだってー」

「えーマジ?激ヤバじゃん」


...奏は黒板消しを取ろうとしたが、自分の腕を自分自身で抑えた。

「...あっ、奏、ボランティアとかも」

「いや?図書委員で良いが?」

「え?でもさっきの」

「図書委員が良いの!!」

叶途の気遣いに、奏はやせ我慢を吐いた。

そして、数十分と時間が経ち、このまま委員決めは平穏に終わるかと思われた。

しかし、授業終盤に先生が"学級委員"を二人決めると言い出し、活気のあった教室が静まり返る。

(やっぱりこうなるよなぁ...長くなるようなら俺が─)

そう思った奏が仕方なく手を上げようとした直前、奏の隣に座る青髪の少女が、凛とした姿勢で手を上げた。

「はい、私やります」

「あら、ありがとう"海原(うなはら)"さん。じゃああと一人...」

「いえ、大丈夫です。なりたくもない人が学級委員になった所で...意味はないと思います。なので私一人で大丈夫です」

・・・

教室内の沈黙はそのままに、辺りの空気がもたれる。

担任を持つのは初めてなのか、この空気をどうにかしようと忙しなく動く先生が可哀想だった。

「え、えーと...あっ!やっぱり学級委員やりたいよって人は後で良いので声掛けてください!」


──────────────


...結局誰も学級委員を名乗り出ないまま、放課後になってしまった。

帰ったら何をするだとか、どこに行くかだとか、色々な会話が奏の耳を通ったが、耳が腐りそうな陰口も聞こえてきた。


「ねぇ、さっきの子..海原さんだっけ?なんか感じ悪くない?」


「あーねぇ...あの言い方はないよねー」


「て言うかムカつかない?なんか自分は正しいですって言い草、何様って感じ」


不満は悪意へと進化していくものだ。奏は今までの人生でそれを理解していた。

それが分かるほど、汚らしい言葉を何回も何回も聞いてきたから、もうなんとも思わない。

なんとも思わない...なんとも...

「奏...おい...奏!」

「ゲフォっ!あぁ叶途...ごめん、ぼーっとしてた...」

「大丈夫かよ、顔色悪いぞ」

「ング...大丈夫だよ...ケホッ..ちょっとトイレ...」

そう言うと奏は席を立ち、少し早足で教室を出ようとした。

...だが次の瞬間、奏は何かにぶつかった。


「うをぉっ!?ボべッ!!」

「きゃっ!フベッ...!」


それが人だと気づいた奏は、自分が下敷きになるよう後方に倒れた。

そのお陰で、一方の子はほとんど無傷で済んだようだ。

「痛った...あれ?なに?枕...?」

奏がゆっくり顔を上げると、海原さんが自身の胸に顔を埋めている。

頭は痛いし吐きそうなほど気持ち悪かったが、奏はこの体で初めて良かったと思った。

「ってうわぁぁぁぁぁああ!!??ごめんなさい!!」

「あ...海原さん...大丈夫?怪我は...」

奏はそう言いながら起き上がるが、途中で口元を手で押さえながら、激しく咳き込み出す。

しゃがんだまま頭を下げて謝る海原さんを落ち着かせる為、奏は大丈夫だと言わんばかりの微笑みを向けたが、逆効果だった。

「え...それ...血...」

「ん?...あっやべ」

当然だ、君たちも目の前に血を吐いた人間が居たら血の気が引くだろう?

(あーやばい!入学数日でもうやらかした!叶途!助けてくれ!)

叶途も状況を見て奏に近づいたが、海原さんが先に奏の肩を掴む。

「びょっ...病院...行かないと...!」

「あぁ大丈夫!大丈夫だから!そうだ保健室!保健室行くから!」

「動いちゃダメです!!そう言う時は動いちゃダメって!!えぇと...じゃ、じゃあ!せめて"運びます"!!」

え?運ぶ?

奏がそこに疑問を持った時には、もう海原さんに背負われていた。

(あっ、やばーい海原さん力つえーい...)

そして奏を背負ったまま海原さんは急足で教室を出る。

それに続いて叶途も、ため息をつきながら騒ぐ周囲のクラスメイトを睨み、教室を出た。


...数分後、先生の居ない保健室で、奏は薬を吸いながら海原さんを説得していた。

「心臓の病気...?」

「そう、さっきはごめん。急いでて周り見てなかった」

「いえ!謝るのは私の方です!白石さんの気も知らずに、あんなに慌てて...ごめんなさい...!」

海原さんのことは入学式の時から記憶に残っている。

水のように透き通った青い髪を、首の後ろあたりでポニーテールにしている、眼鏡をかけた少女...確かフルネームは、

"海原愛梨(うなはらあいり)"。

「海原さん、それ...膝の怪我──」

「え?あぁこのくらい大丈夫です!それよりも白石さんの怪我を...」

凛としていて、正義感の強い真面目な子...

そんな印象だったが、間違いだった。


"(何が限度だよ!お前はあん時死ぬとこだった!自分のこと軽んじてんじゃねぇよ!!)"


昨日のあれ、気持ちが分かった気がする。

「ごめん海原さん、俺のはそんなでもないから、見せてくれない?」

「い、いえ!私は大丈夫で...」

「それなら俺も大丈夫、だから謝らせて欲しい。

これは気遣いとかじゃなくて、俺の要求」

そう言われ、はにかむ笑顔を向けられた愛梨は、首を横にふれなかった。

「あの、白石さん...さっきの委員会決め...ごめんなさい...」

「え?なぜに謝罪?」

「白石さん、あの時手を上げようとしてましたよね...それなのに私、あんなこと言ってしまって...」

「なんだそのことか。それなら俺は海原さんの言葉に賛成だよ、やりたくない奴はやらなくて良い。それなのに文句言う奴はクソッタレだ」

「そ、そこまでは言ってないです...あ、でも..そう思われてたのかもしれません...」

話を聞いてるうちに、愛梨のことが見えてきた。

彼女の真面目でしっかり者なイメージは、本当の彼女ではないのだろう。

"自分への強い責任感"、それは火に注ぐ水にも、油にもなり得る。

「さっきの海原さんの言葉さ、あれって本心?」

「もちろん...本心ですよ。私は厳しい人間ですから」

その答えを聞いた奏は、愛梨の膝に絆創膏を貼ってから、真っ直ぐ目を合わせた。

「...ごめん、違ったら失礼になるけど...もしかして海原さんは、"自分に嘘をついてる"んじゃないかな?」

「...え?」

ふと、奏の言葉で、愛梨の脳裏に母との会話がよぎる。


"(大丈夫よ愛梨...ありがとう...お母さん大丈夫だから...だからね、あなたには"本当のこと"を言って欲しいの...)"


昔かけられた、母の言葉...言い方は違えど、全く同じことを言われてる気がしてならない。

そう考えると、あの頃から成長しない自分の真面目さに、愛梨は悔しさの涙が溢れてきた。

「あ...えと、ごめんなさい...お見苦しい物を...大丈夫ですから...」

涙をこぼす自分の瞳に、愛梨は訴えかける。

お願いやめて、この人には関係ないと、この感情は自分の問題だと、こんな簡単に泣いては駄目だと。

「ううん、見苦しいなんて思わないよ。あぁでも、海原さんが見せたくないなら、俺が目と耳閉じるから」

こんなほぼ初対面の自分のことを、芯まで分かってくれて、親切にしてくれる人...

「どうして...なんでそこまで...」


     "(あなたは眩しくなれるんですか?)"


気付けば、愛梨は声を絞り出すように泣いていた。私達も知らない、色々なことが積み重なってのことだろう。

奏はその姿を見て、心底安心した。

他人をここまで想える人が、感情を表に出さないなんて、不条理だからだ。

「...」

その様子を、ドアの向こう側から聞いていた叶途は、少し微笑んだ後に、鞄からアーティファクト..."幻陽刀"を取り出した。

「う...ぐす...すみません...ありがとうございます..."奏"さん...」

「どういたまして、海原さん」

涙の後に見せた愛梨の笑顔は、痛々しいほど可憐で、美しく見えた。

「あっ、奏さんって...」

「いいよ下の名前で、俺も海原さんのこと"愛梨"さんって呼んで良いかな?」

「...はい!」

こうして奏と愛梨は、本当の自分を見つめ合い、親睦を深められた。よかったよかった...


...で、終われば良かったのですが。

「えへへ...じゃあそろそろ奏さんの傷を──」

「...愛梨さん、ちょっとごめんね」

「え?なにを...ってえ!?ちょっ!なんで目隠し!?」

奏はいきなり愛梨の目を隠すように包帯を巻きつけ、常備している耳栓も愛梨の耳に着ける。

「ちょっ、ちょっと!なんですか!?怖いです!」

そんな愛梨の言葉を申し訳なさそうに無視して、奏は自身の背中に"白い羽衣"を纏わせる。

「ごめん、すぐ終わるから」

そして奏は、宙に浮かぶ鍵盤を叩き、愛梨の背後に音符を集中させながら、そこに居る"ナニカ"を睨みつける。

「おい、そこのお前、さっきからコソコソじろじろ鬱陶しいんだよ」

そう言い放ち、奏が音符を爆発させようとした瞬間、周囲を纏っていた音符が、不発のまま"チャプン"と音を立てて消えた。


    『貴様...我を御前とした上での行動か?』


その声の主、その姿、俺がよく見た"神様"だ。

「...やっぱり、神なんて碌な奴がいねぇんだな」

その声は、何も知らない少女を、深海へと誘うもの。

少女はそれに、知る余地もないまま落ちてゆく。

恐ろしくも無意識な、"海の呼び声"に。












































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