5:恐山
叶途は奏との平穏を取り戻すため、今は音楽の神に協力することにした。
「...ん?おい、なんか出てんぞ」
永夢が指差した方向には、黒い液体が溢れ出る音楽の神のポーチがあった。
「あぁこれかい?これはね、これから君達に退治してもらう"神様"の落とし物だよ」
「ふーん...なんだ?その恐山?ってとこにその神様がいんのか?」
「うん、だから神の巣窟」
恐山...聞いたことはある。YouTuberがこぞって心霊スポットとして再生数稼ぎに利用してる不気味な山だ。
「なるほどな、でその神様を倒す為にお前が力をくれる訳か」
「いや、その恐山の神が、君の力になるんだ」
「まぁフィジカルには自信が......ん?」
叶途は音楽の神が自身に力を与えると思い込んでいた。しかし、音楽の神の思惑とは異なっていたようだ。
「あそこの神様は気難しいけど、勝負好きだからそこにつけ込めれば大丈夫だよ」
「大丈夫って言葉使ったことなさそうだな」
叶途は音楽の神の言葉で理解した。自分は生身の状態で神様とか言うヤバい奴と戦わされるのだと。
「ハァァァ......いいよ、分かったよいいよやってやるよ!」
「そう言ってくれて嬉しいよ、ところで足が震えてるけど寒いのかい?」
「武者震いだよ!!」
叶途が震えているのは、未知の存在への恐怖もあるが、音楽の神が提示した"奏と共に行く"と言う行動に対しての恐れが大きかった。
そして次の瞬間、台所から奏のものではない声が響く。
「叶途くん!話は聞かせてもらったわ!」
「な!?その声は!?」
台所にはいつの間にか奏の母、結奈が立っていた。
「あぁ結奈さん、お邪魔してました」
「いいのよ叶途くん、そんなことより今の話、本当なの?」
叶途はハッとして、奏の母にこの話がバレたのはまずいのではないかと思ったが、その心意を察した結奈が慌てて説明する。
「あ、あぁ!大丈夫よ叶途くん!私も全部知ってるから」
その言葉に叶途は胸を撫で下ろしたが、少し複雑な気持ちが残った。
「そう..だったんですね、そうです、今の話全部ほんとのことです」
「...そう、叶途くんはそれで後悔しない?」
その問いに、叶途は間髪入れずに答える。
「そうするしかないんです、奏の為に」
「...分かったわ、ありがとう叶途くん...奏のことをそんなに大切にしてくれるの、凄く嬉しいわ」
その言葉に、叶途はまだどう返していいか考えがつかなかった。そして少し沈黙が続いた後、奏が2階から降りてきた。
「ごめん叶途、寝ちゃってたわ...あ、母さんおかえり」
「ふふっ、おかえりはこっちのセリフよ。私ずっと隠れてたんだから」
結奈は昔からイタズラ好きな所があったらしく、それは今も健在なようだ。
「恐山に行くそうね、二人とも車で送ってくわよ」
「マジすか、ありがとうございます」
「ん?なんの話?」
しかし忘れていたが明日は入学式、流石に今日行くわけにはいかなかった。
「でも今日はダメよ、行くならそうねぇ...明後日は土曜日だし、早くて明日ね」
「全然OKです、助かります」
「なんの話?」
日程が決まった後、叶途は結奈にご飯を食べていかないかと誘われたが、悪いからと断ってそのまま帰路についた。
「叶途くん、本当に良い子ね...大切にするのよ、奏」
「ねぇ!ほんとになんの話!?」
その後、音楽の神がめちゃくちゃ説明した。
─────次の日...
騒がしくなりそうな、1日の始まりがやってきた。
春なのに、布団から出ると突き刺すような冷たさが肌を襲う。
その苦痛を気合いで乗り越え、奏は階段を降り、身支度を行う。
「もう良くない?母さん...」
制服に着替えている最中、奏は母に神の手入れを教わっていた。
「ダメ、せっかく綺麗なロングなんだから。これからは毎日手入れするのよ」
「えぇ...はーい...」
めんどくさがりな奏は、それだけで男に戻りたいと考える。
そして身支度と初登校の写真を済ませ、奏は叶途と約束していた位置で合流した。
「おはよう叶途、相変わらず寝不足か?」
「おぉ、おはよ...慣れねぇなそれ..」
「え?何が?」
奏と叶途は初めての通学路を通った後、妙に長く感じる入学式を済ませ、これから1年間を共にするクラスを確認していた。
「おんなじクラスで良かったな、しかも番号的に席隣だし」
「それは良かったけどさ、お前のそのピンク髪、目立ちすぎなんだよ」
「仕方ねぇだろ、文句は音楽の神に言えよ。それに入学式で白衣着てた奴居ただろ、俺より目立ってたぞ」
ちなみにその後、小柄な緑髪の人も見たので、叶途は眉間に皺を寄せながら帰りのホームルームで先生の話を聞いていた。その姿を見て奏が吹くのを我慢していたのは、ここだけの秘密だ。
「いやー来週からもう授業かー」
「そうだなぁ...そういやなんか忘れてね?」
「んー?うーん...」
初ホームルームも終わり、帰路についていた奏達は、もう今日一日の大イベントは済ませたと思い込んでいた。しかしそこに、音楽の神が水を差す。
「"恐山"、行くんじゃないのかい?」
それを聞いた奏は、一気に現実から空想に戻された。
「お前さぁ...せっかく行かなくて済むと思ったのによぉ...」
「...あぁそうだったな、そういえば。奏、帰って夜飯食ったらそっち行くから、母ちゃんによろしく言っといてくれ」
奏は違和感を感じていた。自分が知っている叶途は、自分以上のめんどくさがり屋で、噂や都市伝説を簡単に信じようとしない奴だから、そんなに積極的なのはおかしい。
「なぁ、叶途...」
「ん?どうした奏」
奏は叶途の目を見て、拳をギュッと握りしめた。
「いや、なんでもない。また後でな」
「そうか..おう、また後で」
────そして時は流れ、夜の7時...
「ありがと母さん、じゃあ帰る時に電話するから」
「うん、絶対電話してね」
結奈の運転で既に死ぬかと叶途は思っていたが、その体験を凌駕するほど、恐山は麓の時点で、人間が立ち入ってはならないような、今までに感じたことのない雰囲気が漂っていた。
「ここが恐山か、噂だと幽霊が出るってな、まぁほとんどガセだと思うけど」
叶途が気を紛らわせようとそう発言した横で、奏は生まれたての子鹿の様にプルプルと震えていた。
「...そういやお前お化けとか──」
「はぁ!?ぜんっぜん平気だが!?」
奏が必死にやせ我慢をして、顔を青くしながら怯える姿を見ていると、叶途の庇護欲はみるみる上がっていった。
「大丈夫だ奏、おれぇがつ〜いてるぜぇ〜」
「やめろ叶途、著作権の方が怖い」
「二人とも、仲が良いのは結構だけど、そろそろ登らないとね。あと、"山頂までは登っちゃダメ"だよ」
音楽の神の言葉を聞いた奏と叶途は、覚悟を飲み込んで恐山に足を踏み入れた。
・・・
静かで、夜なのにライトを付けなくても、周辺がよく見える。その姿には、神秘的なものすら感じられた。
「なんだ?鳥居...?」
「こっちにゃ瓦礫の山だ」
少し登った先で、奏達は人が住んでいたような痕跡を見つけた。
「私は以前ここで奴と話した、周囲の警戒を怠らないようにね」
「はいはい、分かってるよ」
音楽の神の言葉に適当な返しをした奏は、鳥居の近くであるものを見つける。
「ん?なんだこれ、刀?」
大部分が破損しコケに覆われている、元がなんだったのか分からない石の塊の手前に、鞘に収まった日本刀が置いてあった。
「おぉ、珍しいね」
奏の後方で音楽の神の声が響く。
「...なんか知ってんのか?」
「うん、これは"アーティファクト"と呼ばれる神器だ。扱いが難しいからあまり触れない方が良いよ」
アーティファクト、奏はそう呼ばれる日本刀から鞘を取った。
「うわっ...錆びすぎだろ..」
「年季が入ってるね、これはもうアーティファクトとして使えないよ、そんなもの放っておいて山頂へ向かおう」
...奏は、日本刀を握りしめたまま、音◾️の神に問う。
「うん、教えてくれてありがとうな。じゃあ俺も良いこと教えてやるよ。お前さ、"山頂には行くな"って言ってなかったか?」
背後の気配が、静かに揺れた。
「長く生きすぎて認知症になってんじゃねぇか。
...それとも、"お前は"言ってなかったのか?」
背後の気配が鋭くなり、ブチブチと肉が断裂するような不協和音が周囲を覆う。しかし奏は振り向かない。
「何を言ってるんだい?僕は音楽の神だよ、音楽の神が君に話しかけているんだ、僕の言うことが信じられないの?」
「お前な、タネはもう2日前からバレてんだよ。しかも一人称違うし、馬鹿がよ」
奏のうなじに、謎の液体がかかる。太ももまで垂れてきたその液体は、粘着力のある唾液のようなものだった。
『調子に乗るなよクソアマが、脳みそぶちまけて死にてぇのか?』
荒い息遣い、唾液のようなもの、刺すような冷たい気配、奏には覚えがあった、そう、これは...
「やっぱりお前あん時の"化け物"じゃねぇか...テメェのせいでなぁ...」
奏は左手を素早くウエストポーチに突っ込む!
それを見た◾️◾️◾️は何もさせまいと、鋭い牙を備えた口を大きく開く。
『返せよ!!』
そして奏の頭に喰らいつこうとした次の瞬間!
"ドオォォォォン!!"
奏が吹いたオカリナの穴から、半透明の巨大な剛腕が生え、背後の◾️◾️◾️を叩き潰した。
「薬切れちまったじゃねぇか...」
奏がそう言いながら振り返ると、◾️◾️◾️は黒い液体を辺りに撒き散らし、元の姿は見てないので分からないが、薄い板になっていた。
「...ってうわっ!なんだこの液体!背中汚れちまったじゃねぇか...」
飛び散った液体は、奏の背中を濡らしていた。
「奏!大丈夫か!?」
そして先の轟音を聞いて、叶途と音楽の神が駆けつけて来た。
「おん、大丈夫だ、服以外な」
「なんだよこれ...なにがあったんだよ!」
「すまない奏、君の元を離れるべきでは無かった」
奏は音楽の神の謝罪に対して、少し面食らった。
「お、おう..じゃなくて、説明しろよ。今俺が倒した奴が例の神──」
『"誰が何に倒されたって..?"』
奏が背後の声に反応する前に、その声の主が奏を左右から喰らうように牙を向けていた。
「え、は、」
叶途は何もできず、ただ立ち尽くすことしかできなかった。そしてそのまま、牙は奏に迫ってゆく。
"ガキンッッッッ!!"
...奏はその口が閉じる頃に振り返った。そして、頭だけで高さ3メートルはある無数の目を持った狼と、
奏を庇い、"片足を食いちぎられた"音楽の神が、自身の目に映った。
「はぁ!?お前ッ!何して!?」
「奏、借りるよ」
音楽の神は奏が持っていた日本刀を叶途に投げ渡す。
「うおッ!!」
「黒橋叶途!そのアーティファクトは君が持っていてくれ!」
叶途は理解が追いつかない。だからこそ、指示されたことを素直に聞き入れ、大きく頷いた。
『うぅん..これが神の味..食感..!クソみたいに不味い...!』
◾️◾️◾️の気が足に向いている間に、音楽の神は尻餅をつく奏を起こして、叶途が立つ位置まで後退する。
「お前..足..」
「どうでもいい、手足など時が経てば生える。そんなことより目の前の神に集中だ」
奏は脳内で素早く優先順位を付け、目の前の◾️◾️◾️を睨む。
「そうだ、それで良い。じゃあ先に紹介しておくよ、奴は紀元前からこの山を巣食い、人間の命を喰らい尽くしている"遊戯の神"だ」
「遊び要素どこだよ、てかなんで生きてんだよ」
確かにその通りだ、さっき能力で全身を潰したはず、なのに何故か遊戯の神は生きている。
それどころか潰した際の感触から判断するに、サイズが増している気がする。
「奴の"本体"を潰して無かったからだ。本体自体は奴の体内に存在するんだけど、いかんせん動き回っているみたいだ」
おそらく本体と言うのは、あの時の化け物に入っていた"眼球"のことだろう。
「あぁもう分かった、つまりもう一回ペシャンコにすりゃ良いんだろ?」
奏がオカリナをまた吹こうとするが、音楽の神が止める。
「その楽器はダメだ、火力が低すぎるから本体を破壊しきれない。」
「じゃあどうすれば良い?知らないは無しだぞ」
「もちろんあるよ、打開策。黒橋叶途、こっちへ」
「ん、なんだ?」
音楽の神はアーティファクトをじっと見つめていた叶途を呼び寄せた。
「一つ質問だ、君は奏の為に命すら掛けられるかい?」
その質問に、叶途は躊躇なく答える。
「愚問だ、さっき情けねぇ姿も見せちまったからな」
その答えに、奏は自身の顔を肩にかかった長い髪で隠した。
「凄いね君たち、正直言ってイカれてるよ」
そう言いながら音楽の神は叶途の背後に回る。
「あ?どうし..」
「"だったら大丈夫だね"」
ドンッ...
気でも狂ったのか、音楽の神は叶途が遊戯の神の口元まで迫るように、背中を押した。
「は?」
『...なんだ?自ら供物となるか』
そして、丁度音楽の神の足を飲み込んだ遊戯の神に目をつけられ、涎に塗れた口を開かれる。
「叶途!!!」
奏は咄嗟に、何の策もなく叶途に向かって走り出した。その行動は、間違いなく本能によるものだった。
「誰が...」
『あ?』
叶途は一度本気で言ったことを、決して破らない。
「誰がテメェの食いもんになるかよォォ!!!」
叶途は地べたに片膝をつけながら、アーティファクトの鞘を取り、錆びた刀を遊戯の神に向ける。
『アァ!?やってみろやァァァアア!!!」
遊戯の神は無数の目を血走らせ、更に口を大きく開けた。
「あぁぁああ!!クソッ!!クソッタレ!!」
奏は今、まさに過去最大の危機に直面していた。このままだと叶途が死ぬ。最愛の親友が、目の前で食い殺される。それ以上の地獄なんて、今は考えられなかった。普段から冷静な奏だが、今だけは冷静になれない、人間は死ぬ程恐れる事象に遭遇すると、走馬灯のように過去を振り返ると聞く。
奏もこの時、過去に聞いた叶途の言葉が、脳裏によぎった。
(奏、お前なんで強くなりたいんだ?)
決まってんだろ、こうゆう時にお前を守る為だよ。
(別に弱くて良いだろ、それで困ったら俺がお前を助ければ解決だしな)
ダメなんだよ、それじゃ。大切なもんは自分で守らなきゃダメなんだよ。
...このまま、このままで終わりなのだろうか、結局は、力をつけなきゃ、体がデカくなきゃ、健康じゃなきゃ、何も守れないのだろうか。
(だってさ、奏はここが強いじゃん)
・・・
あれ?そんなこと言って...そんなことしてたっけ...
自身の胸に、叶途は手を当てて来た。
(え?逆?あー違う違う、体の方じゃねぇよ、俺が言いたいのは...その..な?)
...もしかして俺、"力"に固執しすぎて...
(あーもう!"心"!心だよ!こーゆーこと言うの柄じゃ無くて恥ずいわ!)
...お前の伝えたいこと、忘れてたんだな。
・・・!
奏の心臓が、強く鼓動する。
奏の息が、深くなる。
奏の腕が、何かに触れようと、前に手を伸ばす。
(俺は何をすべきだ...どうすれば良い...)
奏は問う、過去の言葉に。
「もうはっきり言うわ!お前のその、好きなものにとことんなところ!俺には絶対真似できない!だからそれが!お前の"強さ"なんだよ!」
今度ははっきり聞こえた、その答えが。
(違う..俺は何をしたい...どうしたい!)
ありがとう叶途、俺にとっての強さは、ずっと目の前にあった。それに気づかせてくれて。
(俺はずーっと音楽一筋だ...じゃあもうそれを、俺の力に変えれば良い)
奏の背中に、"白い羽衣"が姿を現す。
(大の得意なんだよ、"ピアノ"は...!)
奏は前に伸びる両手の指を、静かに動かした。
『テメェもあのアマもクソ神も!!全員皆殺し──』
"ドゴォォォォォォォオオン!!!"
その瞬間、遊戯の神の頭が全て消し飛ぶほどの爆発が起こり、その余波すらも、辺りの木々を薙ぎ倒した。
「うをぉぉぉ!!おおぉぉぉ!!??」
叶途もその爆発に巻き込まれた。そう思いきや、叶途の目の前には半透明の膜が貼られていた為、驚いて転んだだけで無傷だった。
「ふふっ...ははは...あははははは!!」
音楽の神はその後ろで、これまでにない程愉快な様子で、黒い涙を撒き散らしながら笑っていた。
そして奏を心配した叶途が背後を振り返ると、驚くべきものが目に映り込む。
「ありがとな叶途、お前のおかげだ。今度ラーメン奢ってやるよ」
白い羽衣を纏い、緋色の瞳の中心には、宝石にも負けない程強く輝く光...
「奏、それ...」
("神様"みてぇだ...)
その変わり果てた姿は、後戻りできないほど、神秘的だった。
「おいバケモン、生きてるか?まだ死ぬなよ」
奏は、周りに羅列する無数の鍵盤を叩き、演奏を続ける。そして、奏を中心とする周囲の空間に、小さな"音符の粒"が舞う。
「今からがイントロだ、聴けるもんなら最後まで聴いてみろよクソッタレ」
首から涎が止まらない。
遊戯の神は、本能で感じ取っていた。
"力"とも、"デカさ"とも違う、
自身には足りない、圧倒的なナニカ。
そしてそれは、さぞかし美味いのだろうと。




