4:親友の覚悟
昨日の騒がしさからか、普段から7時には起きる奏も、11時までぐっすりだった。
「もう11時かよ...寝過ごした...」
結局奏は、携帯の通知音を目覚ましがわりにして渋々起床した。
「しょうがないよ、昨日あれだけ動いたんだから」
奏の声を聞いた音楽の神はベッドの下から這い出てきた。
「懐かしいな、そうゆうホラー映画あったわ」
「私は殺人鬼じゃないよ、そんなことより、今日なにか予定があるのかい?」
奏は自室のクローゼットを開け、白いパーカーと長いデニムを手に取った。
「あぁ、制服買いに行くんだよ。こ・ん・な姿だからな」
「私は可愛らしくて良いと思うけどね、後さっき君のお母さんがどっか出掛けてたよ」
丁度音楽の神がそう言い終わったタイミングで、部屋のドアをノックする音が響く。
「おはよう奏、買ってきたわよー」
「あ、母さんおはよう。買ってきたって何を?」
「女性用下着」
奏は素早く扉を閉めた。
「奏ー?なんで閉めるのー?」
「いやいやいや怖い怖い怖い」
「そんなに怖がらなくて良いじゃない」
「...質問なんですけど、それサイズはどのようにして決めたのでしょうか」
「それは寝てる間にこっそりと...」
奏は顔を青くしながらドアノブを握りしめる。
そうして母に初めての反抗をしていた奏だったが、力の差が災いし、最終的に扉を開けられてしまった。
「よし!じゃあ付け方教えてあげるから」
「ヒィッ...!来るな...!」
「あこら!逃げないの!」
「オレのそばに近寄るなァァァァァァァァ!!!」
30分後、奏は憔悴しきった様子で外を歩いていた。
「もうマヂムリ...お嫁に行けない...」
「ただ下着を着けて貰っただけじゃないか、何が問題なんだい?」
「えお前マジで許さんからな?」
奏はただ外へ徘徊しに来ている訳じゃない。制服代理店に行くと言う明確な目的があって歩いているのだ。
(先に制服だ、後はついでに文房具でも買って帰ろう)
そう考えながら進み続けていると、目的地が見えてきた。そして更に、その入り口に佇む、黒髪をセンター分けにしたの青年の姿も見えてきた。
「あれ?"叶途"?」
「知り合いかい?」
奏は足の動きを止め、近くの電柱に隠れる。
「あ、あぁうん。友達だよ、"黒橋叶途"。なんでここに...」
音楽の神は、目を細めて叶途の顔を見る。
(あぁ..あの写真の)
「友達かい、良いじゃないか、会ってきたら」
心なしか、音楽の神のテンションが上がってるように見えた。
「いや無理だろ、お前が一番分かってんだろ。こんな姿ではい俺奏ですって言ってみろ、110番だよ」
「じゃあ他人のふりでもすれば良いじゃないか、友達なんだったら、説明なんて後からでも間に合うんだから」
確かに、今の姿は前の姿と似ても似つかない全くの別人、更に性別も変わってるときた。どう転がっても知り合いとすら認識されないだろう。
「考えてみればそうだな、うん、行くか」
叶途が店に入ったのを見計らって、奏も入店した。
「いらっしゃいませ」
「すみません、◯◯高校の制服のMサイズってありますか?」
「すいません...もうだいぶ前に売り切れちゃったんですよ」
奏は膝から崩れ落ちた。
「えぇ!?大丈夫ですか!?」
「ダイジョブ...ダイジョブデス...」
そんな奏のおいたわしい姿を見た店員さんは、ある提案を持ち掛ける
「あの...お客様、そちらの制服..Lサイズならありますけど、そちらでもよろしいでしょうか...?」
その提案を受け、試しに試着室で着てみたら、やはり一回り大きくて特にブレザーは袖がブッカブカだった。
「...まぁ、大丈夫です。はい、ありがとうございます」
奏は音楽の神に呪詛を吐きながら、"何事もなく"制服代理店を後にした。
しかし入り口を出た辺りで、オドオドした低めの声に呼び止められる。
「あ、あの...すんません」
「ん?」
その声の主は、叶途だった。
(え?叶途?...いやいや、今の俺を分かるはずない)
「これ、落としたっすよ..?」
「あ、あぁ!ありがとうございます!」
奏は安堵し、笑顔でその落とし物を受け取る。
いつの間に、何を落としてたのか、それが気になった奏は落とし物に目を向ける。
「えーとこれは..."学生証"か!学生しょ..学生証!?」
なんとそれは中学時代に作った自身の学生証だった。
なるほどな、叶途の警戒心はこれが元か。
「それ写真、どう見てもあんたじゃない...でも確かにあんたのバッグから落ちたんすよね...」
叶途はどうやら、目の前の少女に対して敵意を抱いている様子だ。
そしてそれを感じ取った奏は、目を泳がしまくりながらなんとか挽回しようと口を開く。
「いやいや、俺の...私のだよ、あの、あれ、髪伸ばしたんだよ、あと染めた、うん」
「顔の形は?喉仏の位置は?その目の色は?...嘘ついてんの、バレバレなんすよ」
(やばいこいつ変なスイッチ入ってるな..)
叶途は謎の少女に向かって足を動かす。
「その学生証、奏の...俺の友達のなんすよ...」
奏は後退りしたが、背後の電柱に背中をぶつけた。
そのまま距離が縮まっていく。
「お、おい?落ち着け...?」
「あいつ、俺のラインは30分で返すんだよ、でも昨日から既読すらつかねぇ...」
(あっそういや通知来てたな...ていや理由!乙女か!)
そんなことを考えてる間にも叶途は距離を詰め、遂には奏の眼前まで迫る。
「そこでさっきあんたが落としたそれ、それで確信したよ...」
叶途は右腕を振り上げ、鋭い平手を放つ。
「ひゃいッ!!!」
それは奏の左頬を掠め、背後の電柱にヒビを入れた。
「俺の奏になにしやがった?」
自身より背丈が高く、力も敵わない...そんな相手に睨まれれば、流石の奏も恐怖...
「...いやお前」
「あ?」
「...そんなキャラじゃねぇだろ」
す る わ け な か っ た !
奏は足を振り、叶途の股間を思いっきり蹴り上げる!
「ゴアッ!?!!」
叶途はあまりの痛さに後退りし、その場に倒れてうずくまった。
「さては昨日の化け物だな!?姿が叶途だとしてもボッコボコにしてやんよ!!」
・・・
奏がそう叫んでも、叶途はうずくまったままだった。
「...あれ?もしかして本当に叶途?」
奏の返答に、叶途は答えなかった。もしかしてと思って顔を覗くと、めちゃくちゃ気絶していた。
「うん、うんうんうん...やっちまったぜ」
奏はそう言うと、音楽の神を呼んだ。
「どうしたんだい?まぁずっと見てたから要件は検討つくけど」
「初めてお前を頼もしいと思ったわ、じゃあ証拠隠滅手伝って」
音楽の神は、ポーチからオカリナを出して、一吹きした。
数分後...
「ん..うーん..あれ?俺なにして...」
叶途は誰かの家の中、ソファの上で寝かされていた。
「あ、おはよ、気分はどうだ?」
「え...さっきの..」
気分はどうかと聞かれれば、股間が痛いとしか言いようがなかった。
「うん、悪そうだな」
すると少女は、叶途の両頬を手で挟み、自分と目を合わせる。
「いいか、今から信じられねぇことを言う。準備は良いな?」
叶途は固唾を飲み、少女からの言葉を待つ。
そして口を開き、言い放たれた衝撃の言葉は...!
「俺は奏、"白石奏本人"だ、これはドッキリでもなんでもない。真実だ」
(・・・・????)
「いや...誰だよ」
予想通り、信じてもらえなかった。
「そうだよなぁ...いきなりは無理だよなぁ...じゃあまず一つ、ここは奏の家だ」
辺りを見渡すと、確かに奏の家。何度も遊びに来ているから間違えはない。
「...いや、だとしてもだ、あんたは女性で奏は男、流石に無理があるだろ」
「二つ目、これ、スマホとさっきの学生証」
どっちも奏の物だ。
「も、もしかして奏の親戚とか..?やっぱりドッキリか何かとしか思えんが...」
「粘るじゃねぇか...じゃあ最後だ、こっち来い」
奏は叶途を自身の部屋に引き入れた。
「俺のリズムを聞いてくれ」
「ふっ、ピアノか、舐めんじゃねぇぞ?俺が何年奏の演奏を聴いてきたか...」
数分後...
「嘘だろ...!あんた本当に奏なのか...!?!?」
奏と音楽の神は心の中でこう思った、
((チョロいなぁ〜))
「ふふん...どや、正真正銘、白石奏やで!」
叶途はピアノでの演奏を聴き、目の前の少女が奏であることをほぼ認めていた。
しかし、まだ一歩たりなかった。
そのため叶途は、最終確認に出る!
「...マンダは初手?」
「ふっ、竜舞や...!」
叶途は確信した、こいつは奏だ!
「奏!なんでお前女になってんだよ!?」
「えっ?なに?どうゆうこと?」
意味不明な確認方法に釣られて、隠れていた音楽の神はつい姿を現してしまった。
「うをぉぉおお!?バケモノぉぉおお!!?」
「おい!なんで出てきた!ややこしくなんだろが!」
「いやさっきの呪文が気になって...ごめんごめん、代わりに私が説明するから」
こうして、奏が今の姿へと変化した理由、今奏が置かれている状況を、音楽の神が一通り叶途に説明した。
「...それって要は、コイツが元凶ってことだよな?」
叶途は音楽の神に人差し指を突き立てる。
「そうなんだよ、全部コイツのせいなんだよ、一緒にコイツぶっ倒そうぜ」
「冗談はよしてよ、あと君達はまだ私を殺せないよ」
奏は少し冗談混じりに言ったつもりだったが、叶途は音楽の神に対して、冷たい視線を向けていた。
「...奏、ちょっとコイツと二人にさせてくれんか?」
「ん?お前がそうしたいなら良いけど...音楽の神!叶途になんか吹き込むなよ!」
そう言い残し、奏は叶途と音楽の神を一階のリビングへ下ろした。
「...君に頼みが──」
「お前、友達っているか?」
「ん?まぁ少しだけど」
叶途は自身の拳を握りしめる。
「じゃあ..."親友"っているか?」
「あぁ、今はいないよ」
握りしめる拳から、血が滴り落ちる。
「そうか、じゃあ仕方ねぇか。それなら分かんねぇもんな、それを人質に取られる気持ちも」
叶途は血塗れの拳を音楽の神へ飛ばし、今際の際で寸止めする。
「...なんだ、話が早いじゃないかい」
「お前の話は本心が漏れ出てんだよ」
この切り替え、あの時との共通点は白石奏が危険な目に晒されているかもしれないと言う意識...これは使いやすくて良い。
「じゃあ単刀直入に言うよ、君には私の目的の駒になってもらう。簡単だ、指示を聞いてくれるだけで良い」
「対価は?」
「君の願いを叶えよう、それと力も」
さっきの話を聞いて分かった、この音楽の神とやらはクズだ。聞き入れなければ奏をどうするか分からない。
「分かったよ、奏のためだ」
「凄いね、二人とも相思相愛だ」
「黙れ不快だ」
だから音楽の神に乗ってやることにした。
しかし、ただ駒になるだけでは何も成し得られない。
(願いと力ね、それを信じるなら...俺はその力とやらで...)
奏の自由を、奏との平穏な日々を取り戻す為に..
("テメェをぶっ殺してやるよ...!")
叶途は決意した、"神"をこの手で殺すと。
「冗談だよ、ありがとう、心強いよ。じゃあ早速...初仕事を依頼させてもらうよ。君と奏で、"恐山"と呼ばれる山岳に行ってもらいたい」
そのとき、音楽の神のポーチから、ドス黒い液体が溢れ出す。
その液体は、叶途の覚悟を嘲笑うように、ベチャベチャと音を立て、床を汚した。
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空のわずかな光をも覆う、黒い影。
「う、嘘だ...こんなの..こんなの聞いてない...」
月明かりに照らされ、その餓狼が露わになる。
「目を潰された...あの害虫、許せねぇ...」
恐れのあまり、足がすくみ、後退りすることすら許されぬまま、餓狼の接近を許してしまう。
「来るな!...頼む..来ないでくれぇ!!」
「栄養を..魂の充填をせねば...」
「やめっ──」
ボリッ....
その若人、言葉を発する間もなく、餓狼に頭部を齧られり。
「ハァ...俺の"モノ"を荒らすクズは....」
還る場所を失った魂は、どこへ行くのだろうか。
「皆殺しだァ...」
その答えは、神のみぞ知る...




