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3:神と人間の共依存

太陽の光を、アスファルトが反射するほどに爽やかな快晴、幼い少年が、父親の手を引いている。

「おとおさん!つぎ!つぎあれのりたい!」

「分かった分かった、でも母さんとの約束だ、休憩にしないか?」

「うーん...うん!」

少年は遊園地のベンチに座る、父親の膝に座る。

「ねぇおとおさん、またゆーえんちこれる?」

「もちろんだ、また行けるよ」

「おとおさんもだよ?」

その言葉に対し、父親は人差し指で頬を掻きながら少し悩んだ後、少年を抱き上げる。

「あぁ、お父さんも一緒だ!」

少年は目を輝かせ、父親に小指を差し出す。

「じゃあやくそく!」

「おう!約束だな!」

しかし小指を交わす寸前、少年の目から見える、父親の顔が、どんどん朧げになって...

───────────────────

・・・

「父さん!!」

そう叫んだのは、目を覚まし、ベッドから飛び起きる奏だった。

「...んっ!...クソが..」

奏はよろよろとした足使いで自身の勉強机まで歩き、引き出しを開ける。

そして中に入っていたスプレーを取り出し、自身の口内に吹きかけた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ...あぁ...ふぅ...」

落ち着いたのか、奏は近くにあった椅子に、背もたれをフル活用するように座る。

「なんで戻ってんだ?...もしかしてやっぱり..全部夢だったのか?」

そうは言うが、全力で運動をした後のような疲労感と、長い髪の毛が今までの出来事は夢では無かったと奏に言い聞かせる。

「夢じゃねぇみたいだな..じゃあ尚更なんで...」

焦っていて気付かなかったが、机の上にメモが置いてある。

「ん?これ母さんの文字だ...え!?母さん!?」

奏は焦った、音楽の神だとか、さっきの化け物だとか、自分の姿だとか、色々説明しなければならないことは山積みだったが、真っ先に考えたのは母の安否だった。音楽の神と鉢合わせでもしたら、母まで唆され、先の危険に巻き込まれそうだったからだ。

そう考えた奏はドアを勢いよく開け、階段を慌ただしく駆け降りた。

「母さん!!だいじょ──」

しかし、慌てて階段を降りた先で、奏の予想を裏切るような光景が待っていた。

「あら、ただいま奏。体は大丈夫?無理せず休んでて良いからね」

なんと母が微笑みを浮かべながら音楽の神の顔面を鷲掴みにし、机に叩きつけていたのだ。

「ゑ?」

あまりの光景に、奏は息苦しさと焦りを忘れ、無表情になってその場に立ち止まった。

「やぁ奏、目が覚めた──」

音楽の神は更に机にめり込み、木製の机にヒビが入る。

「奏に話しかけないでくれる?」

「おやおや、こんなことしても時間の無駄だよ、私は痛くもないしいつでも抜け出せるんだからね」

「人を怒らせるのが本っ当に上手いわねぇ!」

奏の母は血管が浮かび上がった笑顔を音楽の神に向けたまま力を増す。

「...あっ、母さん、机、机壊れる、机壊れちゃうから!」

正気に戻った奏は、今にも机を破壊しそうな母を止めに入る。

「奏、大丈夫よ、少し休んでなさい」

「大丈夫じゃない!大丈夫じゃない!大丈夫じゃない!」

「え!?やっぱり大丈夫じゃないの!?」

「あ・ん・た・が!大丈夫じゃねぇんだよ!!」

「二人とも喧嘩は──」

「「うっせぇ黙ってろ!!」」

いつまでもこんなことをしてられないので、奏は頑張って音楽の神と母を引き剥がした。

「ごめんね奏、お母さんちょっと昂っちゃって...」

「なんで母さんが謝るの?コイツだよコイツ、コイツのせいだから」

奏は音楽の神の頬に人差し指を刺す。

「今日の一件、確かに全て私の責任だ。本当に申し訳ない、ただ...謝罪をしたいからあなたの前に現れた訳じゃない」

奏の母は小さなため息を吐いた後、眼鏡を外した。

「奏...夜ご飯までちょっと時間かかるから、部屋で待っててくれる?」

「...ん、了解」

奏は見逃さなかった、眼鏡を外した一瞬、母の顔から笑顔が剥がれ、見たことのない目つきを取ったことを。

(任せて...良いんだよな?)

奏が部屋に戻ったことを見計らった母と音楽の神は、互いに見つめ合い、音楽の神から口を開く。

「久しぶりだね、名前はたしか、"白石結奈(しらいしゆな)"だったかい?いやそれとも...」

「私のことなんてどうでも良いくせに、時間を無駄にするのが得意なのね」

結奈は冷たくなったコーヒーが入ったコップを手に取り、一口飲む。

「いやいや、昔のことで忘れてたんだよ。あのときの葬式で...」

音楽の神が何かを言いかけた瞬間、結奈はコップを勢いよく机に置き、あまりの衝撃にコップが割れてしまった。

「私ね、過去は見ない事にしてるの。振り返る必要のないものはいくら見ても無駄な事だから。あなたもそうしたらどう?いつまでも縛られてるのは見てて醜いものよ」

音楽の神のヘラヘラ面が、一瞬引き攣る。

「...単刀直入に頼むよ、君の子供の力をもらう。だから代わりに、君の願いを一つ叶える。どうかな?割に合う契約だと思うんだけど」

「自分の子供を売って叶えられる願いはたった一つ?

馬鹿専用の取引ってやつかしら」

全く引かない結奈に対して、音楽の神は苛立ちどころか、不敵な笑みを見せた。

「断るのかい?それはおかしいね...藁にもすがるほどの願いがあったんじゃ?」

そう言うと音楽の神は、ポーチから"黄金色の琥珀"を取り出し、それを結奈に見せるように机に置く。

「彼から聞いてないかい?この琥珀は、"奏の心臓"を創り直すことが出来るんだよ」

奏の心臓...その言葉が耳に入った瞬間、結奈は自身の頭が、小さな手に撫でられてるような感覚を覚えた。

──────────────────

「おかあさん、だいじょうぶだよ!ぼくだいじょうぶだから...ねぇ?なかないで?」

──────────────────

思い出と言うには(にが)すぎるものだった。しかし今でも、昨日のように思い出せてしまう。

「...私も、あなたの事言えないわね」

結奈は音楽の神の背後にある、幼少期の奏と撮ったであろう一枚の写真を、無意識に眺めていた。

「私は認めないから、"神と人間の共依存"」

「懐かしいね、旧友の言葉だ」

結奈は深呼吸をした後、音楽の神に圧をかけるように目を鋭くする。

「あの子は了承済みなのね、じゃあ私は何も言わないし言えないわ。でも...約束は守ってもらうから」

音楽の神はその答えを聞き、紳士的に頭を下げる。

「契約成立、感謝します」

下げた頭の裏側、音楽の神はほくそ笑んでいた。

・・・

しばらく経ったあと、奏と結奈は共にチャーハンを食べながら、今日一日の出来事を話していた。

「あのさ、いろんなことがあって聞いてなかったんだけど...俺の変わり様は説明しなくて良いの?」

「あの神様に全部吐かせたから良いのよ。それに、姿が変わったくらいで自分の子供かどうか分からなくなるなんて母親失格よ」

母は強し、そんな言葉が奏の脳裏をよぎるほど、結奈の冷静さと愛情は随分なものだった。

「ありがとう母さん、そういえばさっき凄い音聞こえたけど何か...」

「そんなことより奏、大切な話があるのよ」

そう言うと結奈は珍しく真剣な眼差しを奏に見せ、自身の顎に手を当てる。

(どうしたんだろう、そんな改まって...まさか!音楽の神に何か...!)

そして、結奈は難しい顔をしながら口を開く。

「...制服、新しいの買わないといけないわ」

「...いや、確かに重大だけど...」

説明しよう!奏が入学する予定の高校は、男子生徒と女子生徒で制服が分かれている。これだけなら良いのだが、校則で女子生徒はズボンを履いちゃいけないそうなので、今ある男子生徒用の制服が使えないんだ!

「しかもね、今日って入学式の2日前じゃない?だからね、絶対採寸間に合わないのよ...」

「終わった、詰みじゃん」

そう、詰んでいるのである。

「と...言うわけでね、仕方ないから明日、既製品でいいから大まかなの買ってきてね」

「あーね、了解。でも無かったら?」

奏の問いに対する答えが返ってくることはなかった。

代わりに返ってきたのは、母のしょんぼり顔だった。

・・・

その後は全く会話が弾まなかったので、奏が(とこ)に着くまで場面を飛ばすとしましょう。

─────────────────

シャワーを浴びた後、自室に戻った奏はベッドに寝転び、物思いにふけるよう天井を見上げる。

「...本当に、俺の体じゃないみたいだ」

「でも、君の意思で動かせている」

音楽の神が、奏の視界を遮るように登場した。

「なぁ、音楽の神...俺のこの姿、お前から見て誰かに似てるのか?」

「あぁ、私の旧友と瓜二つだ」

母とは似ても似つかない朱色の髪と瞳、ただ、奏にとっても見覚えがあった。

「...まぁどうでも良いか」

(知ったところで...)

奏は部屋の明かりを消し、布団を被る。

「眠るのかい?」

「誰かさんのせいで疲れたからな」

「そうだね、休息は重要だ。おやすみ奏」

奏は何も言わず、そのまま目を閉じた。


...数時間後

「さて、そろそろ動くか」

何をするかと思えば、なんと音楽の神が、奏の部屋を物色し始めた。

「この楽譜は...紙が新しい、奏が書いたものか」

物色の最中、音楽の神は一枚の写真がピアノのそばに飾られていることに気づいた。

トロフィーや賞状など、誰から見ても貴重そうなものの扱いは雑な癖に、この写真だけ丁寧に写真立てに入れられていて、大切にされている様子だった。

「奏と、もう一人の少年は...」

その写真には、中学生の頃の奏と、同い年と思われる、黒髪の少年が肩を抱き合っている様子が写されていた。

「これは..ふふっ、昨日から運気があがったのかな?」

音楽の神は笑顔のままだったが、感動しているのか、目や口から黒い液体を垂れ流している。

そしてそのまま首を洗えない方向に捻じ曲げ、奏を凝視した。

「君の"お父さん"には、感謝してもしきれないよ」

時計の針が12を指し、雑音に(まみ)れた1日が終わった。そう...まだ、たった1日だ。






















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