12:守り、貫く覚悟
静寂を蝕む荒波の中では、1秒すらも永遠に感じられる。
自身を見下す化け物は、未だに怖い。
だが、怖さに打ち勝つ覚悟を、愛梨は手に入れた。
「...少し、痛いですよ」
愛梨の言葉で、時間は元の流れを取り戻す。
愛梨が構えるトライデントの刃先に、小さな水の塊が生成される。それはこちらに牙を向けるリュウオウツガイの喉を狙い、"音速の弾丸"へと変化する。
『ガ婀!?アッ!ッアアァァァ閼鐚ァァァ阿ァァ!!??』
喉を貫かれ悶絶するリュウオウツガイは、反撃を許されぬまま水中へと落ちていった。
「おぉ...すげぇ...ってかなんだこれ?浮いてる?」
一方、その光景を見ていた叶途は、自身が宙に浮かぶ泡に包まれていることを自覚する。
「...海の神だ、さっきの放電を防ぎ切れるのは、アイツのパレット以外考えられねぇ」
「おぉ遊戯の神..無事か?」
愛梨は、トライデントの柄で地面を叩く。
すると、奏と叶途を覆っていた泡がゆっくりと地面へ降りてゆき、泡が静かに弾ける。
「俺よりも...んっと、音楽のガキを心配してやれよ」
「割れ...そうだ!奏!」
叶途は冷や汗を流しながら、地面に倒れる奏の元に駆け寄り、抱きかかえる。
そこに、音楽の神が水を差す。
「大丈夫、死ぬことはない。けど、奏はパレットの使いすぎで体力を消耗している。もう今日は戦わせられないね」
音楽の神の言葉は真実だ。
しかし、苦しそうに唸る奏の姿は、叶途から見れば放っておけるものではなかった。
「...恐山の時もそうだ。お前、奏の何を知った気になってんだ?何を根拠に大丈夫だ?死ぬことはないだ...?」
叶途は考えれば考えるほど怒りが増していった。
その怒りに対して、愛梨は大きく同情した...
しかし奏の為を思い、真逆の言葉を口に出す。
「叶途さん...前に何があったかは存じ上げませんが、今はその...私は、奏さんの姿に応えるべきだと思います」
・・・叶途は少し黙り込んだあと、落ち着いた様子で、愛梨に感謝を伝えた。
「...そうだ..そうだった、ありがとう海原さん。確かに、俺が奏ならそうして欲しいな」
「いえ、私の方こそありがとうございます。守ってくれて...なので今度は!私が!叶途さんと奏さんを守ります!」
愛梨の言葉に、叶途は少し驚いていた。
少し前まで、"守られる人間"であった少女が、今では他人を正し、"守る人間"の目をしている。
奏のことを、理解している。
「...なんだい海原さん、俺より強そうじゃん」
「え?えぇ!?そっ..!そんなことないですよ!私なんて叶途さん達と比べたら...」
「言われてるんだから、遠慮せず受け止めといてくださいよ。まぁでも..海原さんだけに任せるのは忍びないし」
叶途は再びフードを被り、愛梨の前に立つ。
「守り合おう、互いに」
その言葉からは、優しさと叶途自身の強さを感じられた。
「...反則ですよ、顔も良い人格者なんて」
「おう?急にどうした?」(鼻血出てるけど...)
「はっ..!すみません!つい心の声が..あっ!いえ!なんでもありません!」
どうやら別のものも感じられたようだ。
"ピリッ...バリッッ...!"
場の空気が一瞬にして凍りつく。
弱々しく光る稲妻が水中にて大きさを増している。
リュウオウツガイが回復を図っているのだ。
「これ以上話す時間はなさそうだな...遊戯の神、海原さんにもその、水中で色々できるやつって付けれるか?」
「お前が海のガキとくっつけば出来るぜ?」
叶途が愛梨に背中を向けようとした瞬間、海の神が口を出す。
「我のパレットは、水中でこそ真価を発揮する。其方が海原愛梨を背負う必要はない」
「はい!私一様泳げます!」
叶途は安心して息を吐き、それを深く吸い込んで、水中に飛び込もうとした。
「すぅぅ......よし!準備OK!海原さんも──」
「ちょ..待てよ...」
しかしその時、カッスカスだが聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。
「ん?..って奏!体大丈夫か!?今起きたのか!?」
「奏さん...!安静にしてないとダメですよ!」
「ずっと起きてたわ...泡ん中に居た時からずっと...声出なかったんだよ...」
奏は覚束ない足取りで叶途に近づき、肩に手を置く。
そして振り返り、愛梨と顔を合わせる。
「ありがとう愛梨さん、俺達のこと守ってくれて。でもこいつの言う通り、俺にも守らせてくれ」
愛梨は目を見開き、トライデントを握りしめた。
「...はい!守り合いですね!」
「なんだろう、そう言われるとむずむずする」
叶途の発言に、奏は更に言葉を重ねる。
「俺が奏ならそうして欲しい...もな」
「おいやめろ、そんなカッコつけたつもりはない」
「冗談だよ、ありがとな叶途、ちょっとだけ嬉しかった」
「...ちょっとかよ」
奏は叶途の肩に腕を回す。
叶途はその意図を察して、そのまま奏を背負う。
「愛梨さん、さっきのレーザーみたいなの、もっかい使えるか?」
「はい、それは使えますけど...海の神さん曰く、もう水の膜を張ることはできないみたいです」
愛梨からの返答に、奏は親指を立てる。
「いや、十分だ。アイツは今、愛梨さんの攻撃で喉をやられてる。口から電撃はもう使えないと思う。だから、さっきの放電が来る前にヤツを仕留めれば良い」
奏は、愛梨にリュウオウツガイのトドメを任せると言う。
愛梨は責任を感じながらも、"奏から預かった役割"に嬉しさも感じていた。
準備は整った。
全員が目を合わせ、叶途が声を上げる。
「よし、打倒ウナギ野郎だ!歯ァ食いしばって飛び込むぞ!!」
「おう!」
「はい!」
─────────────────────────
・・・少しずつだ、少しずつ、リュウオウツガイは発電器官を動かし、電気を全身に回していた。
次の放電で、確実に奏達を仕留める為に。
その時だった。
リュウオウツガイは、高速で自身に接近する"なにか"の気配を察知した。
"ブク..プク...ビュンッ!!"
どれだけ首を動かしても、姿が見えない。
だが、音は分かる。音で居場所を捉えてみせる。
そうして、分かったことがある。
すでに"なにか"は、自身の周りを高速で旋回している。
その正体は愛梨。
海の神のパレット、"ポセイドン"は、契約者の半径20メートル以内に存在する水を制限なく操ることが出来る。
この操作は、範囲内であれば水の流れすら方向を変えることが可能。
故に水中では、"生物史上最速"である。
「叶途さん!!お願いします!!」
リュウオウツガイがその速さに翻弄されている隙に、叶途は気配を殺してリュウオウツガイの背中に跨る。
そして、幻陽刀の刀身を縄のように伸ばし、リュウオウツガイの頭に巻きつけた。
「おいおい懐かしいじゃねぇか!昔ラウ◯ンで乗ったロデオマシーンを思い出すなァ!」
「おい!思い出させんな!落とすぞ!」
もちろん、叶途の存在に気付いたリュウオウツガイは、体を大きく動かして暴れる。
だが、叶途は奏を背負いながらも、決して離れまいと刀を強く握る。
「さっき振り回されたお返しだ...!今度は俺がテメェを振り回してやるよ!」
首の動きを刀で制限され、思うように動けず、リュウオウツガイは更に混乱する。
それでもなお、発電器官を動かし、放電の準備を進める。
そこで、奏が目を光らせる。
(聞こえたぞ...発電器官はそこか...!)
奏は叶途から左腕を離し、片手で鍵盤を叩く。
『繧ョ繧」繧」繧」繧」繧、繧、繧、!!??シ?シ√′繧。繧。縺√=縺ゅ≠縺ゑシ?シ?シァァア!!!!』
すると複数の音符が鰭や尻尾の内部を狙い、爆発した。
「ゲホッ!..ハァ...ガワの結晶はフェイクだった訳だ...大切な物だもんな..体のあちこちにばら撒いてたな...!"発電器官"を!」
そして奏は、左腕を上げ、大きく手を振る。
それ即ち、"撃破"の合図。
「──っ!...了解です!」
愛梨はスピードを緩め、リュウオウツガイの眉間を狙いトライデントを構える。
リュウオウツガイはもはや道連れ覚悟で、体内に眠る全電力を一気に放出しようとしていた。
(確実なのは、全方向から水の弾丸を撃ち込むこと。でもそれじゃ、奏さんと叶途さんに当たってしまう...)
水の流れが、トライデントの先端に集まり、莫大なエネルギーを生成する。
(だったら...!この一撃を当てるだけ!)
リュウオウツガイと愛梨の間に緊張感が走る中、リュウオウツガイが咆哮を上げた!
「縺カ縺縺薙m縺励※繧?k繧医縺ュ縺峨°縺ゅ∪繧上?縺ェ繧?iッ繧?∪縺ェ繧峨d縺ェ縺九↑縺ォ!!!!!」
対する愛梨は息を吐き、静かなる波紋の如き集中の中で、最大の一撃を練る!
海原愛梨の全身全霊、全てが乗った一撃を...
──"ポセイドンの槍"──
──────────・・・
『縺ュ...ュゴ......』
トライデントから射出された水圧の一閃が、リュウオウツガイの眉間を射抜いた。
溜め込んでいた電気が、血と共に傷口から漏れ出る。
その目からは命の灯火が消え、体は静かに海底へと落ちてゆく。
咆哮は、静寂へと変わった。
「終わっ...たの....」
リュウオウツガイが海底へと姿を消したことを確認した後、愛梨はそこで意識を失った。
堕ちてゆく魂の光に、音楽の神が囁く。
「リュウオウツガイ、君は間違いなく海の王だったよ。結局は王止まりだったしね」
海底を支配した稲妻の起源。
その最期は、あまりに静かだった。
─────────────────────────
叶途は気づくと、いつの間にかプールサイドに横たわっていた。
横には奏と愛梨も。
「...あぁ、そうか。サンキュー奏、海原さん、勝ったぜ...」
プールは元の25メートル、深さ2メートル程の一般的なものに戻っていた。
今までの戦いが夢だったかのように、割れた地面も元に戻り、"帰ってきた"という感覚を覚える。
「奏ー、海原さーん、無事かぁー?」
叶途の言葉で、愛梨は目を覚ます。
奏はカスれた声を出す。
「うぅん...あっ、叶途さん...私は大丈夫ですよ」
「だいじょばない...もっかい背負ってくれぇ...」
叶途は起き上がり、二人の様子を見て安心したように笑みをこぼした。
「分かったよ、でもちょい待て、俺もくたくただ...」
「本当にお疲れ様です、叶途さん。奏さんもです、助かりました...」
「俺のほうこそ助かったよ、お疲れ愛梨さん」
奏から貰った感謝に、愛梨は顔を赤くして目を逸らす。
そんな様子を見ていた叶途は、少し気まずそうに愛梨へと声をかける。
「あの..海原さん、今更だけど..色々巻き込んじゃってごめん。それで危険な目に合わせて...」
奏はゆっくり叶途に近づき、デコピンをかます。
「痛てっ..」
「真面目バカがよ、最初に言い始めたのは俺だ。勝手に負い目を感じるな」
「奏さんも叶途さんも悪くないです!それに奏さん、こうゆう時は、"ごめんなさい"じゃないですよ」
愛梨の優しい言葉に、叶途と奏は少し目を見合わせた後、口を合わせてこう言った。
「「"ありがとう"」」
愛梨は満足気に親指を立て、再び眠りについた。
「あら、眠っちゃった...」
「我のパレットは負担がそれほどでもない。だが、多用すればそれ相応の反動が来る」
「おお、海の神、お前は平気なのか?」
叶途の問いに、海の神は一瞬フリーズして驚く。
「......?平気?私は神だ、自分の力を使って消耗する訳なかろう?」
「お、おう...そうか、分かった...」
叶途は脱力し、再び地面に寝転ぶ。
「あぁぁー!!ちかれたぁ!!」
「愛梨さん寝ちゃったか?...じゃあいいか、やっぱ自分で歩くわ」
「良いよ奏、またおぶってやるから。ほら、乗れよ...いや、やっぱりこっちにしてくれ」
そう言うと叶途は愛梨を背負い、奏に両手を差し出す。
「あ?なにを...」
「抱っこだ」
「ん?」
「抱っこ」
「は??」
そして、叶途は愛梨を背負ったまま、奏を抱き抱えた。
「じゃあお前はこのまま耳鼻科まで行くか」
「耳遠い訳じゃねぇよなんだこれ」
「意外と両立出来るもんだな、おんぶと抱っこって」
「フットワーク軽すぎだろ」
そうは言うものの、奏は内心感謝していた。
自分だって辛いはずなのに、いつも自分以外を優先してくれる、叶途に。
「...お前のそのゴリラ力には感謝だな」
「落とすぞー」
こうして、騒がしい夜が終わった。
元々あった平穏を、奏達は取り戻したのだ。
でも、祝い事や、大きな感謝はいらない。
ただ友達に、"また明日"って言う為に。
奏にとってそれは、命を賭けても守りたい、大切なことだから。
"海帝の迅雷魚、リュウオウツガイ"
──討伐完了──
─────────────────────────
月明かりが、薄暗い部屋を照らす。
「うぅん...こうでもないし...あぁでも..いや?アリかな?」
照らされた部屋は、そこらじゅうに多種多様な色のインクが飛び散っている酷い状態にあった。
「意外と難しいなぁ...まぁ良いか!その時にどうにかしよう!」
両手で持たねばならないほどのキャンバスに絵を描く、茶髪の少年が席を立ち、ベッドにボンッと寝転ぶ。
「明日から転校生か...会えるかなぁ..."奏君"」
月明かりはイタズラに、少年の勉強机を照らす。
そこには少年が、"幼い奏"と、砂場で遊んでいる写真が飾ってあった。




