1話
1 突然の終わり
夕焼けの空が赤く染まり、商店街の店先から流れる夕飯の匂いが鼻をくすぐる。
藤崎蓮は、図書室で借りた歴史本をカバンに入れ、のんびりと帰り道を歩いていた。
今日も変わり映えのない一日。授業を受け、昼休みにゲームの話で友達と笑い、放課後は図書室で静かに過ごす。
蓮にとって、それが心地よい日常だった。
「……腹減ったな。今日はカレーだといいけど」
そんな独り言をつぶやき、交差点の信号が青に変わるのを待っていたそのとき——
「——あっ!」
視界の端で、小さな影が飛び出した。
ランドセルを背負った小学生が、道路の真ん中に落ちたボールを追いかけて走り出す。
同時に、トラックのエンジン音が轟き、視界に白い車体が突っ込んできた。
考えるより先に、蓮の足が動いていた。
「危ない!」
子供の背中を思い切り押し出す。
その瞬間、世界がスローモーションになった。
迫る車体。驚愕する運転手の顔。
耳をつんざくようなブレーキ音。
そして——衝撃。
骨が砕ける感覚と同時に、景色が暗転する。
最後に見えたのは、無事に歩道へ転がる子供と、その泣き顔だった。
2 白い空間の女神
気がつくと、そこは真っ白な世界だった。
上下の感覚も、地面の存在もわからない。なのに、落ちることもない。
ただ、一人の女性が、こちらに向かって立っていた。
腰まで届く銀髪に、宝石のように澄んだ青い瞳。
現実離れした美しさに、息を呑む。
「ようこそ、藤崎蓮くん」
彼女は柔らかく微笑む。その声は、耳ではなく直接脳に響いてくるようだった。
「……ここは、どこですか?」
「簡単に言えば、あの世とこの世の狭間。あなたは先ほど、命を落としました」
淡々と告げられた事実に、蓮の胸がざわめく。
死んだ? 俺が?
「……あの子は?」
「安心なさい。あなたが助けた子は無事に家族のもとへ帰りました」
「……そう、ですか」
胸の奥がじんわり温かくなった。
だが、女性は次の瞬間、さらりと言葉を重ねる。
「では、これからあなたには——別の世界で生きてもらいます」
3 異世界への誘い
「……別の世界?」
「はい。あなたが暮らしていた世界とは異なる、魔法とモンスターが存在する世界です」
思わず絶句する蓮。
異世界転生——そんなの、ラノベやゲームの中だけの話だと思っていた。
「なぜ、僕なんですか?」
「理由は単純です。あなたには異世界で果たすべき役割がある。そして、その資質も」
女性は微笑みを崩さず、手を掲げる。
空間に金色の光が集まり、蓮の身体を包み込んだ。
「あなたには二つの加護を授けます」
「……加護?」
「ひとつは【鑑定眼】。あらゆる物や生物の情報を瞬時に見抜く力」
「もうひとつは【成長加速】。通常の五倍の速度で経験と技を身につけられる能力」
まるでRPGのチートスキルだ。
蓮の胸は高鳴り、同時に少しだけ不安がよぎる。
「では——行きなさい、蓮」
女性が指先をひらりと動かすと、足元から強い光が立ち昇った。
視界が白に塗りつぶされ、意識が遠のいていく。
最後に耳に届いたのは、優しい声だった。
「——新しい人生を、存分に楽しんで」
4 異世界での目覚め
まぶたを開けると、そこは深い森だった。
木漏れ日が差し込み、土の匂いが鼻をつく。
見たこともない巨大なキノコや、羽虫があちこちを飛び回っている。
「……本当に、異世界……なのか」
呟いたそのとき——背後から、ぐつぐつと泡立つような音が近づいてきた。