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お前がママになるんだよッッッ! って魔法で美女TSさせられたんだけど、うちの義理の娘(元幼馴染)がクーデレ天使すぎる……【短編版】

 お前がママになるんだよッッッ!



 その一言で私は本当にママになって、幼馴染とのドタバタ疑似親子生活が始まった。


 あの日のことは、今でも鮮明に思い出せる。

 そうそう。ママの笑顔のような、とても甘い夏日だった。


 ()には――あ、違う。えっと……あの時の一人称はまだ!だったっけ。

 ごほん。

 僕には前世からの夢があった。


 きっと、誰もが一度は思ったことあると思う。



 幼馴染にオギャりたい。バブバブしたい。



 この想いはずっと変わらない。

 何年経っても、死んでも、転生しても、僕の心の中にはママみのある幼馴染がいた。

 実際、自死まがいにトラックに轢かれて転生した時も、天使に対して『幼馴染ママ』の魅力を語り続けてしまった。今思えば、すごくかわいそうなことしちゃったなぁ。すごくうんざりしていたし……。ごめんなさい。


 でも、その甲斐もあって、今世は幼馴染がいっぱいできた!


 なにせ、孤児院だったからね!!!


 なんでだよっ!

 もっと他に色々なかった!?


 折角ロマンあふれるチートをもらって転生したのに、いきなりハードモードだったんだけど!?

 孤児院については、あまり思い出したくないなぁ。

 危ない葉っぱ……人身売買……マフィア……うん。


 天使さん、わざとやりましたよね……。

 

 でも、脱出した今はすごく幸せ!

 幼馴染のフリーゼと一緒に暮らせているしっ!


 フリーゼは本当にすごいんだよ!

 まだ12歳なのに天才魔法使いと呼ばれていて、領主様からも仕事を受けていたり、魔法学校から特待生のお誘いが来ていたり、僕なんかと比較にならない。

 それでいてとびっきりの美少女なんだから、幼馴染の僕も鼻が高くなりすぎてブラックホールになりそう。


 本当に、今は幸せ。

 フリーゼのお世話をして、冒険者として働いて、たまにおいしいものを食べているだけ。

 前世と比べると、幼馴染が生きていて、自分の足で走り回れるんだから、これ以上求める必要はない――


 って思っていたんだけどなぁ。


 我慢の限界って、限界に達してから気付くものだよね。

 


「頼む! この通りだっ!!!」

 


 特等席で見ているかい、僕の愛すべき幼馴染よ。

 この3か月に及ぶ修行の集大成、完璧な土下座を。


 雨の日も、風の日も、サメ台風に襲われた日も、ひたすら土下座を繰り返して、ついにたどり着いたんだ!


 すべては、このお願いを聞いてもらうため。



「僕をバブバブ甘えさせてくれ!!!!」

「きもっ」

「そんな! 幼馴染だろ!?」

 


 ああ、すごい蔑むような目をしていても、フリーゼはかわいいなぁ。

 

 腰まで伸びたサラサラの青髪。

 釣り目なのも、ちょっと大人っぽい顔立ちのプリティー。

 魔法使いっぽい、ちょっとブカブカなローブもとっても似合ってるし、マジ天使!


 まあ、長い髪は本人が切りたがってるし、油断すれば下着姿で出かけようとするんだけど。

 毎日楽しく、僕がお世話してます。はい。


 フリーゼ、一見クールなのに、生活能力が皆無なところもいいよね……。


 って、彼女に見惚れている場合じゃなかった。



「大体、バブバブってなにをさせたいの?」



 そっか。この世界では一般性癖じゃないのか。

 あれ、現代日本では一般的だったよね?



「僕が赤ちゃんの振りをするから、フリーゼは全力で僕を甘やかせてほしい。全肯定してほしいんだ!」

「……はあ」



 あのー、その心底うんざりしたようなため息は心に来るものがあるのですが。



「ミースは変態だと思ってたけど、そこまでだったの?」

「フリーゼが苦手なのは理解している。だから百歩譲って、事務的にでも甘やかしてほしい」

「それって矛盾してない……?」



 え、事務的に甘やかされるのって、一般性癖じゃないの!?



「そんなに、わたしによしよしされたいの?」

「当たり前でしょ!」

「大体、なんでわたしなの? ミースの周りには、他にもいっぱい女の子がいるでしょ? そんなにわたしのこと……」



 うーん。フリーゼのことが好きなのは当たり前だし、そんなに女の子の友達は多くないと思うんだけどなぁ。

 たしかに冒険者仲間には女の子もいるし、みんないい子だから仲良くしてもらえている。


 だけど、幼馴染じゃないし、なにより――



「フリーゼの胸が一番大きいから」

「…………はあ?」



 しょうがないだろ。

 フリーゼは猫背だから、ほとんどの人は気付いていないけど、彼女のお胸は身長と年齢の割に豊満なんだから。

 あの隠れ巨乳を知ってしまったら最後。男は心の奥底に眠ったバブみが目覚めてしまうんだ。僕がおかしいわけじゃないもん。たぶん。


 それに、孤児院を抜け出した後、抱きしめられたのが忘れられないんだ。

 どう生きていけばいいのかわからなくて、怖くて、心細くて、そんな暇はないのに涙がとまらなくて、そんな時に優しく抱きしめてもらえて、どれだけ嬉しかったか。バブみを感じたか。

 まあ、こっちは恥ずかしくて言えないんだけど。



「……あーもー、わかった」

「フリーゼ?」



 あの、すごく冷たい表情をされていますけど。

 僕にはそういう趣味はありませんよ?


 

「ねえ、なんでわたしがママにならないといけないの?」



 フリーゼの顔、めっちゃ怖いんですけど……。

 そんな顔は似合わないよ?

 ちょっと! 杖をこっちに向けないで! 呪文を唱えはじめないで!!!



「お慈悲を……」



 さすがに死ぬような魔法じゃないよね!? ゾンビになっても幼馴染でいてくれますか!?!?



「お前がママになるんだよッッッ!」 



 これは後から知った話なんだけど。


 この時の魔法は、姿を変えるだけの魔法じゃなかったらしい。

 魂そのものから性別を変えてしまうような、呪いに近い魔法。

 フリーゼは領主に依頼されて、その魔法を研究していたらしいんだけど……さすがフリーゼ! 天才すぎない!?



 なにはともあれ。こうして()()になったってわけ。



 TSしたばかりの頃は大変だったなぁ。

 着ていた服ははじけ飛ぶし、突然背が高くなって、うまく歩くこともできなかったし。


 フリーゼにお願いして鏡魔法を使ってもらったら、驚いちゃった。

 

 ボンキュッボンのグラマラスボディ!

 美魔女のような顔立ち!

 まさに、男の理想を詰め込んだママ像!

 

 そう。

 元々12歳の男の子だったのに、体が急成長してモデル体型になっちゃったの!!!


 いやぁ。この時は私も驚いて呆然しかできなかったけど、動揺しているフリーゼを見て、逆に冷静になれたなー。

 なんだか、魔法でこんな姿になるのは予想外だったみたい。たぶん、ロリになると思っていたんだと思う。

 

 彼女の好きな激甘コーヒー(のようなもの)で慰めながら、魔法について詳しく聞いたんだけど、心当たりが……。


 ああ。

 これ、私が転生者なのが原因な気がする。

 魂ってところが怪しい。

 魂の年齢と体の年齢が合っていない人間相手に使うなんて、想定してるわけないもんね。

 

 だから、フリーゼが泣く必要はないんだよ。

 君の魔法は間違ってない。


 たしか、そんなことを言ったけど、フリーゼはさらにつらそうに泣いて……。

 こんな時、どうすればよかったのかな。

 抱きしめればよかったの?

 でも、その時はまだ、自分の体って信じられなかったし、自分がこんな姿になったのが原因で悲しんでいたんだし……。

 なんだか、ずっと後悔してる。誰か正解を教えて?


 

 でも、女になってよかったことももちろんある!



 フリーゼとの距離が少し縮まった気がする!

 今までも仲が良かったし、前世含めても一番信頼してたよ?

 でも、どうしても同年代の異性って、壁があるよね。

 その壁はもう取り払われた! 今は完全に同性! しかも、どこからどう見ても親子! 似てないけど、ギリギリ親子!!!


 こうして、フリーゼとの疑似親子生活が始まった!!!


 まあ、色々と課題は多いけど。

 当面の目標はお金よねー。服や装備を買い替えるハメになっちゃったから。

 私が武闘家だから安く済んだけど、剣士とかだったら今月の家賃も払えなかったと思う。お財布痛い痛い。お金、飛んでけ~~。


 どこかに玉の輿(こし)とか落ちてないかなー。

 ……いや、やっぱなし。女の体になったからって、男と結婚できるかは別問題。

 まだまだ女の格好に慣れてなくて恥ずかしいのに、そんなこと考えられない。

 でも、ずっとこの姿だったら、そんな展開もあるのかなーって考えちゃうなー。今はフリーゼのことで精いっぱいだけどね。


 そのフリーゼと言えば、ちょうど夕飯を食べ終わったみたい。

 食べている姿、リスみたいで飽きないのよねー。



「ごちそうさま、でした」



 さてさて、すぐに洗い物を終わらせちゃいましょう。

 女になったから、魔法が使えるようになったのは便利ねー。呪文を覚えるのは苦手だから、魔道具頼りだけど。



「って、フリーゼ、ちょっと! 早速本読んでるの?」

「……ん」



 あれ絶対、魔法の本でしょ。

 全く、隙があれば魔法のことばっかり。


 ちなみに、私はこの世界の本があまり読めないのよねー。

 文字はなんとか読めるけど、独特な筆記体が多すぎて、疲れちゃう。

 ゴシックフォントがなつかしい。印刷技術って、マジ偉大。


 だから、本をずっと読めるのは尊敬するけど、ちょっとムッとしちゃう。

 料理の感想も言ってくれないのに、いきなり本を読むなんて!


 ここはちょっと悪戯がてらに、話しかけ続けてみましょう。

 ついでに、ママって呼ばれたいし、誘導できないかしら。



「ねえねえ、リーたん。ちょっといい?」

「んー」



 わーお、全く本から目をそらさずに返事してきた。すごい集中力。



「リーたんに大事なお話があります」

「そのリーたん、ってなに?」



 お、やっと気づいてくれた。

 今まではずっと「フリーゼ」って呼んできたけど、今なら愛称で呼んでも恥ずかしくない気がする。



「リーたん、いいでしょ? ずっと考えてたの。フリージアだからリーたん」

「リーたん、かぁ」

「他のがいい?」

「……まあ、別にいいけど」



 あ、目をそらしてる。これは満更でもなさそう。

 男の頃なら嫌がられていたかもしれないなー。



「それで、大事な話なんだけど、私たちって誕生日がないじゃない? 孤児だし」

「へー」



 わー。自分の出自にも興味なさそー。

 この子の脳の皺って魔法陣でできてるのかな?



「誕生日がないのも寂しいし、自分で決めてみない? リーたんは何日がいい?」

「じゃあ、1月1日」

「それは流石にナシ。お祝いする日が減っちゃうでしょ」

「ふーん。そーなんだー」



 なにその生返事。

 流石に怒るよ? 誕生日って、1年間無事に生きてこられたことを祝うイベントなのよ?


 この世界、いつ死んでもおかしくないし、みんな大事にしているんだけどなぁ。

 仕方ないか、魔法バカのリーたんだし……まあ、そういうとこもかわいいんだけどね!



「私の誕生日はもう決めてるわよ、知りたい?」

「へー」

「6月9日。どう? いいでしょ?」



 あ、やっと顔を上げた。

 リーたんって、瞳がきれいだから、驚く顔がよく似合うわよね。



「その日って……」



 そうよ。



「私が女になっちゃった日」

「なんで……?」

「決まってるでしょ。この体は――」



 って、うわ!?!?

 すごい音!


 鐘の音!?


 こんな時間だから、時刻を知らせる鐘じゃないよね!?

 しかも、この回数は――。



「稼ぎ時きたあああああああああああああああ!!!!!」



 魔王軍が襲来してきた合図だ!

 あいつらは基本夜襲してくるんだし、間違いない! 今は領主様がこの街にいないのかな?


 市民にとっては危険な状況なんだけど、冒険者としてはお祭りだ!

 最近は依頼も減っていたし、お金ないし、ここはバリバリに稼いでこないと!


 狩り尽くされる前に、ちゃっちゃか準備を整えなくちゃ!!!


 って、リーたん、なんで私の袖を掴んでるの? かわいいけど、今は困るんだけど。



「討伐に行くの?」

「もちろんでしょ。しっかり稼いでくるから待っててね」

「わたしも行く」

「え?」



 あれ、リーたんって、こういうの好きじゃないよね?

 

 いつも、部屋に引きこもって魔法の研究をするって言っていたのに……。

 なんで今日に限って?



「えっと、危ないから、リーたんは家にいて? もう夜遅いし、寝た方がいいと思うんだけど」

「準備してくる」

「ダメだって! どんな」

「ねえ、わたしってそんなに頼りない?」



 うっ。やめてよ、そんな真剣な表情。

 こういう空気は苦手なのよ。



「……そんなことないよ。誰よりも尊敬してるし、魔法についてなら私よりよっぽど強いし……」

「じゃあ、別にいいでしょ。決まり」



 ああ、わかっちゃう。

 この表情、絶対に譲る気がないときのやつだ。



「わたしは『冷血のフリーゼ』だよ。大丈夫、大抵の魔物なんて敵じゃない」



 出た、2つ名。

 冒険者ギルドの人が勝手に名づけるんだよね。この世界、平民じゃ苗字を持てないから、同じ名前の人を区別するために付けているらしいんだけど、恥ずかしすぎる!


 ちなみに、男の頃の私は『狼ミース』とか『ミスばかりのミース』って呼ばれてた。

 2つ目は純度100パーセントの悪口だよね!? 書類が苦手なのはしょうがないじゃん!



「お願いだから、危ないことはしないで、出来るだけ私の傍から離れないでね」

「うん。約束する」



 ねえ、知ってる? リーたん。

 あなたが嘘をつくとき、右の目元を引きつらせるんだよ。


 でも、わかった。

 私に嘘をついてでも、やりたいことがあるんだね。


 うん。

 尊重するよ。


 前世のママなら、そうしてたと思うから。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 うわぁ。

 急いで門の前に来たけど、もう冒険者が集まっている。

 夜なのに、みんなやる気満々だ。


 あ、ギルドの受付嬢さんが何か叫んでる。

 多分、報酬とかクエストの説明かな。……ふむふむ。いつもと変わらないね。

 それにしても、受付嬢さんも大変だなぁ。いつもは化粧をばっちり決めているのに、今はスッピンみたい。緊急のお仕事、お疲れ様です。



「…………」



 リーたん、かなり緊張してるみたい。

 元々人見知りだし、あがり症だし、ちょっと心配だなー。あまり無茶をさせたくないし、私はこの体に慣れ切ってないし、できれば即席でパーティーを組みたいところねー。


 私は武闘家で、前衛職。

 リーたんは魔法使いで、後衛職。


 うーん、サポーターとタンクが欲しいところね。

 でも、どっちも数が少ないし、そもそも、ちゃんとした固定パーティーがいるはずだし……。


 うーん。

 色々と厳しいわねぇ。



「お困りかい、そこのお姉さん」

「ん?」



 声を掛けてきた人、見覚えがある……というか、もろ知り合いじゃん。

 駆け出し冒険者の時から世話を焼いてくれた、先輩冒険者。

 かなり気がいい人なんだけど、ちょっと軽い人なのよねー。


 まあ、こんな姿なんだし、私があのミース(・・・・・)だと気付いてないと思うけど。



「よかったら、オレと一緒にパーティーを組まないかい?」



 すごい。

 人間って、こんなにキザな動きができるんだ。


 こんな先輩、見たくなかった……。



「あ、えっと、遠慮しておきます!」

「遠慮しなくてもいいんだよ。全部、オレに任せておけばいいんだ」



 うわ、男の時はすごくいい兄貴分だったのに。

 お酒臭いのは百歩譲ってもいいけど、ちょっと幻滅したかも。


 でも、へー。ふーん。

 なるほどね~~~~~~~~。


 あんな偉ぶっていた先輩って、こんな女性が好みなんだ~~~~。

 好みの女の前だと、こんなに鼻の下伸ばすんだ~~~~~~~~~~。

 ふ―――――――――――ん。弱み、ゲッチュ。



「ねえ、そういうのはやめてね?」

「ちょっ、いででででっ!」



 全く、軽く手首をひねっただけで大げさね。

 これでも、そこら辺にいる冒険者に負けないぐらいには強いんだから。


 って、もうゴブリンが何匹か見えてるじゃない。

 たぶん斥候(せっこう)かな?

 ……いや、違う気がする。

 ここにいる人数を引き付けるだけの、


 嫌な予感がする。私の女の勘がそう言ってる。女になったばかりだけど。


 って、あれ。

 リーたんは?


 ……どこにもいない。


 ちゃんと見張っていたはずなのにどうして――



「幹部がでたぞおおおおおおおおおおおおおおお!!!」



 え、幹部って、英雄クラスじゃないと倒せない相手よね?


 もしかして、リーたん、あっちに向かっていたり……。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 あーもー!

 こんなことなら、もっと運動しておけばよかった……。


 隠匿魔法を使ってミースから逃げたのに、全然前に進まない。


 ミース。

 今頃、わたしのことを必死に探しているよね。

 心配してるよね。

 でも、ごめんなさい。


 わたしは、自分のミスは自分の力だけで尻ぬぐいしたい。


 いっぱい慰めてくれたのは嬉しかった。

 わたしのせいじゃないって言ってもらえて、救われた。


 でも、それじゃダメ。

 甘えてるだけじゃダメ。


 そもそも、感情的に魔法を使ったこと自体、間違いだった。

 無駄にお金を使わせちゃった。


 孤児院で話しかけてくれたのは、ミースだけだった。

 すごいって言ってくれるのも、恥ずかしくて突き飛ばしても


 わたしは、天才魔法使いなんだ。

 ミースが憧れるわたしじゃないといけない。


 そうじゃないと、捨てられちゃう。

 わたしにはミースしかいない。


 だから、ここで全部挽回しないといけない。



「あなたが魔王軍の幹部?」



 オークだ。

 しかも、赤いオーク。


 鎧をまとっているから、オーク将軍(ジェネラル)だ。


 見るからに強そうだけど、わたしなら勝てる。



「なんだ? 子供がこんなところで遊ぶものじゃないぞ」

「わたしがお前をた、倒す!」

「ほー。中々の覚悟だが、いかんせん若いな。人生相談に乗ってやるぞ?」

「魔物に相談することなんてない!」



 もう何度も唱えてきた呪文。


 意識しなくても、口が勝手に動いてくれる。



「これで終わり!」



 冷血のフリーゼ。

 その2つ名の由来は、わたしがはじめて作ったオリジナル魔法に由来する。


 それが、これ。

 魔物の血液中に流れる特殊な魔力と反応して、冷気を発する魔法。

 人間や動物に危害を加えず、魔物だけを凍結させることができる。


 冷血魔法。


 魔物だけを殺す、人間のための魔法。


 よかった。ちゃんと発動して、周囲の魔物が次々と倒れていってる。



「すごい」

「いいぞ、さすが冷血のフリーゼだ!」

「このままいけるぞ!」



 そう!


 わたしの魔法はすごいんだから!


 魔王軍幹部だって、これで――

 


「なるほどな。だが、若いな。勝負を焦りすぎだ」

「……え?」



 なんでこのオークは無事なの?

 なんで高速で足踏みしてるの?


 まさか、体を動かすことで発熱を促して、冷気を無効化してるの!?

 そんな脳筋な対策があったなんて……。


 急いで次の呪文を――って、そんな暇があるわけ……。


 あ、拳。すごく大きい。

 


「許せ。流石に部下たちの前だからな」



 このまま、わたし、殺されるのかな。


 やだよ。


 まだまだ、一緒にいたかったのに。

 なんで女にした日を誕生日にしようとしているのかとか、気になるのに。


 もう、ミースの笑顔、見れないんだ。

 あの笑顔、好きだったなぁ。この世界のどんなものよりも。

 ずっと見ていられたし、あの笑顔があったから、つらい孤児院も耐えられた。


 ミースがいたから、わたしは今、生きてる。



 助けて、ママ。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 私が転生した時にもらったスキル。

 えっと、なんだっけ。

 うろ……なんとか。えー、うろおぼえだっけ?

 まあ、いいや。


 とにかく、繰り返した動作の習熟度を、無限に上げることができるスキル!


 最初知った時に、運命を感じた! ロマンの塊すぎない!?

 

 まあ、私はめっちゃ飽きやすいから、全然使いこなせないんだけどねっ!

 ……はい、反省しています。そんなに睨まないで、心の中のリーたん。


 でも、このスキルのおかげで、間一髪で間に合ったっ!


 リーたん、やっぱり魔王軍幹部のところに来てたんだ。



「お主、何者だ?」

「リーたんのママよ」



 このオーク、かなり強そうね。

 今の私で勝てるかなぁ。すごく難しそう。



「中々できるようだが、引っ込んでおれ。部下を殺された手前、こちらとしてもタダで引くことはできない」

「娘を見捨てて逃げる母親がどこにいるの?」

「死にたいのか?」

「死ぬよりも怖い事って、この世界、いっぱいあるわよね」

「……ほう。なかなかいい女ではないか」



 ここで「実は数日まで男でしたー」なんて言ったら、ショックのあまり倒れてくれないかなー。流石に無理よねー。


 じゃあ、ちゃんとシリアスモードでやりますか。


 もう幼馴染が死ぬ姿を見たくない。

 あなたは一体、この世界でどれくらいの人を殺してきたの?


 その人たちは、誰かの幼馴染だったはず。


 前世の僕みたいな人間を、何人も生み出してきたのよね?



「じゃあ、いくわよ!」

「さあ来い!」



 って、このオーク、本当に強いんだけど!?

 どれだけの攻撃を与えてもビクともしない!


 逆に、こっちは攻撃を一撃でも受ければ致命傷になりそうなんだけど!?


 いやいやいやいや!

 こんなの無理じゃない!?


 チートスキルで、私の武術は達人クラスのはずなんだけど、それでも全然埋まらないパワー差って、完全にチートじゃん!



「中々粘るな。降参したらどうだ?」

「じゃあ、あんたが降参しなさいよ! 手加減しなさいよ!」

「それは出来ぬ相談だ、な!」



 あ、リーたんが私を見てる。



「……ママ」



 え、今、ママって言った?

 ずっとミース呼びだったのに!?

 ナニゴト!?!?!?



「ママ、負けないで!!!」



 あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!



 叫びたくてしょうがない!


 もう叫ぶよ!?

 いい!?!?!?


 いや、ダメって言われても、止められるわけないんだけどね!


 大きく息を吸って――



「私の娘は宇宙いち——————————!!!!」



 うわ、自分の声ながら、すごいの出た。

 耳がキーンってする。

 オークにちょっとはダメージは――って。


 ………………えー。


 何が起こったの?

 私の目の前にクレーターが出来たんだけど。私、精一杯声を出しただけなんだけど。


 あー。そっか。

 呼吸とか声出しとか、ずっとしてるもんね。

 無意識の内にレベリングしてたんだ……。


 え、こわ。


 あれ?

 でも、オークはかろうじて生きてるみたい。


 頑丈すぎるでしょ。



「オレは負けた、のか?」

「勝負あったみたいね」

「いや、まだだ。ここで倒れれば、部下に示しがつかない」



 どうしようかしら。

 喉が痛いし、もう一度同じ攻撃はできそうにないし。

 そうだ!


 わたしが一番やっていることって、あれ(・・)よね。


 声でこれだけの威力が出るんだし、あれ(・・)を全力でやれば、もっとすごいことが起きるかも!



「にぱー」



 とびっきりの笑顔!

 笑顔は大事だし、笑顔を浮かべてる間は負けてない!

 前世のママも言ってた!


 あ、ただでさえ赤いオークの顔が真っ赤になった。



「な、な、な…………っ!」



 あれ?

 オーク、逃げ出しちゃった。魔物の残党たちも一緒に。

 特にすごいことも起きてないよね?


 なんで????????


 って、おわ!? 背後から敵襲!?

 まだ残党でも残ってた!?!? 死んだ!?!?!?



「……ミース」



 あ、リーたんだったのか。

 ママ呼びじゃないんだ。ちょっと残念。



「リーたん、大丈夫?」

「……ミース」



 リーたんに泣いてる顔、させたくなかったのに……。

 でも、守れてよかった。



「ごめんなさい。わたし、足手まといで……」

「ん? なんでそんなこと言うの?」

「だって、ミースをそんな姿にして、オークも倒せなかったし……」



 そうだったんだ。

 リーたんはずっと気にしていたんだ。



「何言ってるの。私、この姿になって、全然後悔してないよ?」

「でも……」

「だって、この姿は、大好きなミースがくれた姿だもの! 神様がくれた姿よりも、ずっとずっと嬉しいのよっ! だから、誕生日もこの姿になった日にしようとしてるのよ?」

「なにそれ」

「これが私の本心! わかった?」



 だから、ほら、涙を拭いてあげるから。



「なんだか、悩んでたのがバカみたい」



 よかった、笑ってくれた。

 ぶっきらぼうなリーたんもかわいいけど、やっぱり笑顔が一番プリティー。

 


「ありがとう、ママ」



 え、今、またママって呼んでくれたよね!?

 聞き間違いじゃないよね!?!?


 でも、ここで『もう一度ママって呼んで』って言ったら、意固地になって、2度と呼んでくれなさそうだし、がまんがまん。


 あれ、受付嬢さん、そんなに顔を真っ青にして走って、どうしたの?



「大変です! 先ほどの巨大な音のせいで、領主邸の窓ガラスが全て割れてしまいました!!!」



 えっとそれって、私の声が大きすぎて、割れちゃったってこと?

 この世界のガラスってメチャクチャ高くて、庶民には絶対に手が出せないはずよね。


 私の責任、よね……?


 いやー。今から逃げれば間に合うかなー?

 あれ、近づいてくる馬車、領主様の紋章がついてるような……。帰ってきちゃったかぁ。


 あ、あははははははははは…………。

 借金地獄確定かなー。



 ま、まあ、何はともあれ!


 ちゃんと生きて、笑えているんだから、大勝利よねっ!








この作品は、長編で書く予定だった作品を、短編として再編したものです


また、もし長編化する場合は、この小説を更新する形で報告しますので、長編を読みたい人はブクマをしていただけると幸いです



ついでに、☆をもらえる作者のモチベーションに繋がります!

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― 新着の感想 ―
そう来ましたかwww  オークジェネラルが良い人っぽいのもよきでありました♪
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