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【翻訳】フクロウ Strix/Stryges → 吸血鬼 Striga  作者: オウイディウス Ovid ほか/萩原 學(訳)
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『メルキュール・ガラン』誌 1693 年 5 月号 p.62-69 Striges または Upierz

オーギュスタン・カルメ師の吸血鬼本(未訳)で言及された、フランス最初の吸血鬼記事がある『メルキュール・ガラン』誌の影印が公開されている。

挿絵(By みてみん)

字体を変えて Striges, Upierz と書いてあるのが、フランスの文献に於ける吸血鬼初出ということになる。もっとも当時の伝統ではラテン語こそが正統で、フランス語は卑俗なものと見做されたから、「文献に認められる」というより「当時の流行に乗った」と見るべきかもしれない。

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

但しラスタ画像であって、PDFは別に買わなければならないようだ。しかも古文書特有の問題があって、f と見分けのつかない s の異字体 ſ または ʃ が大量にある。long s と呼ばれる字体で、昔は語尾にのみ s と書き、 語頭語中は ſ または ʃ と書く習慣があったのだ。fang と読める単語が ſang = sang だったりするので、「牙」と「血」を取り違えたら惨劇もいいところ、もしかしたら吸血鬼の牙というのも読み違えから来たものかもしれないほど。v と u の入れ違いというか区別せずに書かれたものもあるが、この雑誌にそれはないようなので、これでもまだマシな方である。PDF 版は有料なので、この辺が解決されているか判らないと手を出したくない。

文字落とししたものは Wikipedia スペイン語版にのみ有って、しかしこの問題が解決していない。f が出てくる度に、s になっていないか、その単語を引いて調べないと、翻訳機もそこは修正してくれない。そもそもフランス語を訳者が読めないので誤訳も多いはず、しかし吸血鬼譚を読む基礎史料であるから、拙いながら公開する。

ポーランド、そして主にルーシの中枢で発見された、非常に不思議なものをご存知だろうか。ラテン語では Strigesストリィゲス、現地語では Upierzウッピォルツと呼ばれる死体である。この死体には、ある種の体液があり、庶民や学者数人までが、その体液を血液だと確信している。この血は悪魔が、生きている人間あるいは家畜の身体から抜く。そして悪魔は、この死体農場に昼の12時から夜中の12時まで百度も往来して、集めた血をそこに保管するのだと言われている。それが時間が経つにつれて、死者の口、鼻、耳から大量に出てくるようになり、死体は棺の中で泳ぐようになる。これに加えて。この死体は空腹を感じ、自分が埋葬されている布を食べようとしたか、その布が口の中にあった。死体の中から出てきた悪魔は、夜になると、死者が生前最も親しかった人々の邪魔をしに行き、眠っている間に多くの苦痛を与える。両親の姿あるいは恋人の姿をとり、接吻し、ぎゅっと抱きしめ、血を吸って死体に取り込むことにより苦しめる。吸われた方は自分が何を感じているのかわからずに目を覚まし、助けを求める。やせ細り、衰弱していき、一家全員が次から次へと死に絶えるまで、悪魔は彼らから離れない。この霊や悪魔には二種類ある。ある者は人の、また別の者は獣のところへ行き、同じように血を吸って死に至らしめると言う。我々が提供する救済策がなければ、その被害は甚大なものになるだろう。それは、この種の死体から採取した血液を以て捏ね上げて焼いたパンを食べることにある。棺桶の中に入っている其奴等は、土に埋められてからどれだけ時間が経とうとも、柔らかく、しなやかで、膨らみ、血色が良く、他の死体のようにカラカラに乾燥してはいない。このように夢見た人の顔をした奴等を見つけたなら、その首を切り落として心臓を切り開くと、大量の血液が出てくる。これを採って小麦粉と混ぜてこね、パンを焼く。これが、かくも恐ろしい苦悩から逃れる確実な方法である。首を切り落とされた後は、夜な夜なその霊に苦しめられていた者たちは、もはや悩まされることなく、健やかに過ごしていく。最近、ある少女がこのような経験をした。寝ている間に感じた痛みで目を覚まし、助けを求めた彼女は、ずっと前に亡くなった母親の顔を見たと言った。この少女は日に日にやつれ、やせ細り、弱っていった。母親の遺体を掘り出してみると、やわらかく膨らんで、赤みを帯びていた。その頭を切り落とし、心臓を切り開くと、そこから大量の血が噴き出した。処置後、少女の気だるさは止まり、病気から完全に回復した。このような処刑を目の当たりにした信心深い司祭たちが、私のお話ししていることが真実であること、これはルーシの地では一般的なことを証明している。

Vous avez peut estre entendu déja parler d´une chose fort extraordinaire qui se trouve en Pologne, & principalement en Russie*1. Ce font des Corps morts que l´on appelle en latin Striges*2, & en langue du Pays Upierz*3, & qui ont une certaine humeur que le commun peuple & plusieurs personnes sçavantes affeurent eftre du sang. On dit que le Demon tire ce sang du corps d´une personne vivante, ou de quelques bestiaux, & qu´il le porte dans un corps mort, parce qu´on pretend que le Demon fort de ce Cadavre*4 en de centains temps, depuis midy jusques à minuit, aprés quoy il y retourne & y met le sang qu´il a amassé. Il s´y trouve avec le temps en telle abondance, qu´il sort par la bouche, par le nez, & sur tout par les oreilles du Mort, en sorte que le cadavre nage dans son Cercueil.*5 Il y a plus. Ce même Cadavre reffent une faim qui luy fait manger les linges où il est ensevely, & en effet on les trouve dans sa bouche. Le Demon qui sort du Cadavre, va troubler la nuit ceux avec qui le Mort a eu le plus de familiarité pendant sa vie, & leur fait beaucoup de peine dans le temps qu´ils dorment. Il les embrasse, les serre, en leur representant la figure de leur Parent, ou de leur Amy, & les affoiblit de telle sorte en sucçant leur sang pour le porter au Cadavre, qu´en s´eveillant sans connoistre ce qu´ils sentent, ils appellent au secours. Ils deviennent maigres, & attenuez, & le Demon ne les quitte point, que tous ceux de la Famille ne meurent l´un aprés l´autre. Il y a de deux sortes de ces Esprits ou Demons. Les unsvont aux hommes, & d´autres aux Bestes qu´ils sont mourir de la mesme sorte en suçant leur sang. Le ravage seroit grand sans le remede que l´on y apporte. Il consiste à manger du pain fait, pétry & cuit avec le sang qu´on recueille de ces sortes de Cadavres.*6 On les trouve dans leurs Cercueils, mols, flexibles, enflez, & rubiconds, & non pas secs & arides comme les autres Cadavres, quelque temps qui puisse s´estre écoulé depuis qu´ils ont esté mis en terre. Quand on les trouve de cette sorte, ayant la figure de ceux qui ont apparu en songe, on leur coupe la teste, & on leur ouvre le cœur, & il en sort quantité de sang. On le ramaffe, & on le mêle avec de la farine pour la pêtrir, & en faire ce pain, qui est un remede seur pour se garantir d´une vexation si terrible. Aprés qu´on leur a coupé la tefte, ceux que l´Esprit tourmentoit la nuit, n´en sont plus troublez, & se portent bien en suite. Depuis peu de temps une jeune Fille en a fait l´épreuve. La douleur qu´elle a sentie en dormant l´ayant éveillée pour demander du secours, elle a dit qu´elle avoit veu la figure de sa Mere qui estoit morte il y avoit déja fort long-temps. Cette Fille deperissoit tous les jours, devenant maigre & sans force. On a déterré le Corps de sa Mere qu´on a trouvé mol, enflé & rubicond. On luy a coupé la teste & ouvert le cœur, d´où il est sorty grande abondance de sang, après quoy la langueur où elle estoit, a cessé, & elle est entierement revenué de sa maladie. Des Preftres dignes de foy, qui ont veu faire ces fortes d´executions, atteftent la verité de tout ce que je vous dis, & cela eft ordinaire dans la Province de Russie.

(Mercure Galant mai 1693 62-69)

*1. Russie: 今でこそ「ロシア」であるが、現在のロシア共和国に当たる土地は、ピョートル1世の帝政ロシア(1721)以前は専ら「モスコヴィチ」と呼ばれたようである。この言葉は従って、当時は違う国というか地方、キエフ大公国ルーシのあった辺りを指すものであろう。その中枢というのはキーウ(キエフ)周辺、今のウクライナに当たる。


*2. Striges: Strixフクロウの複数形。しかし、この記事に鳥の話はなく、当時から既に元の意味は失われ、「動く死体」を指す言葉に変わっていたようだ


*3. Upierz: 当時 v と u の字はしばしば入れ代わって使用され、今なお V の字に U の発音を充てる例が残るくらいで、Upiór と Vampir は同根である。この点、Wikipedia は Jarosław Kolczyński (2003). "Jeszcze raz o upiorze (wampirze) i strzygoni (strzydze)"を参照して、次のようにまとめる。


Upiór (Tatar language: Убыр (Ubır), Turkish: Ubır, Obur, Obır, (modern Belarusian: вупыр (vupyr), Bulgarian: въпир(văpir), Serbian: вампир (vampir), Czech and Slovak: upír, Polish: upiór, wupi, Russian: упырь (upyr'), Ukrainian: упир(upyr), from Old East Slavic: упирь (upir')) is a demonic being from Slavic and Turkic folklore, a prototype of the vampire.


この記事の一部を、森口大地氏の論文『ヴァンパイアの定義にまつわる問題の解決の試み』では、オーギュスタン・カルメ師の『天使、悪魔、霊の出現、およびハンガリー、ボヘミア、モラビア、シレジアの亡霊・吸血鬼についての論考(Dissertations sur les Apparitions des Anges, des Démons & des Esprits. Et sur les Revenans et Vampires. De Hongrie, de Boheme, de Moravie & de Silésie) 』から孫引きした上で


記事の紹介に際してカルメは「ヴァンパイア」という単語を用いているが、 『メルキュー ル・ガラン』の該当箇所では、この単語が使用されていない


としているが、現地語として Upierz を紹介しているのだから、Vampyre と無関係と断ずるのは些か早計というものであろう


*4. Cadavre: 「死体」をいう。Demon と使い分けされているので、論者は依り代となる死体と、取り憑く悪魔を分けて考えていると見た。どうやら死体そのものが動くのではなく、悪魔がその姿を借りて近親者の血を吸い、それを死体に注入している処を想像したようだ


*5. (血が)「死者の口、鼻、耳から大量に出てくるようになり、死体は棺の中で泳ぐようになる」との一節は『吸血鬼』序文(編注)にもあり、これを書いた編集部(おそらく副編集長アラリック・ワッツ)がこの文章を読んで覚えている程度には、百年後までも世に知られた話だったと考えられる


*6. 吸血鬼の血を摂取して吸血鬼除けとするのは、アルノルト・パウル事件にも見られるまじない。吸血病が感染症であったとすれば、これは逆効果しかないので、あの事件の拡がりは説明できるのに対し、本件はそうなっていない。

なお、今でも北欧には家畜の血を混ぜたパンケーキがあるそうで、北欧の気持ち悪い珍味:血のパンケーキという web ページで語られている。そのようなものを日頃から食している欧米人には、材料を変えただけの話なのかもしれない…


この記事に署名はないが、1694年2月号の記事 SUR LES STRYGES DE RUSSIE. に再掲され、作者はポーランドの Desnoyersデノワイエ氏とされている。

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