日常にスクラップアンドビルドはいらないと思います。
三つ子の魂百までとか言うけれど、ならなんで十で神童十五で才子、二十過ぎればただの人なんて言うのだろう。
見慣れたシンクの前でひたすらに皿洗いをしながらはたと考える。
かつて、自分が神童ともてはやされた訳ではないにしろ、諺というのはなんでか矛盾するものもあるものだ。
まあ、神童とも呼ばれたことのない俺はパッとたとえが出るわけでもないのだが。
ガシャンと音を立てて新たな洗い物が運び込まれる。
「先輩!ぼーっとしてないでちゃっちゃと片付けちゃってください!」
「へいへい」
言うだけ言って、再びホールへとかけていく可愛らしい女の子。
つい3ヶ月前に入ったばかりの高校1年生。
竹中ヒカリという、なんとも御伽話と縁のありそうな名前をしている。
初バイトだというのに要領がいいのか、今ではホールリーダーを任されていて制服が可愛いからと安直な理由で入ってきたにしては根性もあり、店長はベタ褒めしていた。
「十五で才子か」
この言葉は彼女に当てはまるだろうか。
ならば二十になれば俺と同じただの人となるのだろう。
もしかすると、その前に月へ帰ってしまうかもしれないが。
なんともあり得ない話を思い浮かべつつホールを見やれば、徐々に空席が減りピークタイムに突入しはじめたようだ。
さて、本日も働きますか。
気合いを入れ直した俺は、追加された分の洗い物も含め5分で終わらせるべく手を早めた。
ピークが始まってから4時間、閉店まで残り1時間ほどとなったとろでノーゲスでーすと元気な声。
「元気だねえ」
「こっちはくたくただけどなー」
「おいおい小鳥遊、お前も10代だろ」
「高校生にはかないませんよ」
キッチンで最後の洗い物を待ちながらぼやく俺にヘラヘラとよってくるこいつは小鳥遊青羽。
今時の大学生らしく、オシャレに敏感なお年頃の男の子である。
この前唐突に脱毛の体験談を聞かされなんとも言えない気分にさせられたものだ。
「お願いしまーす!」
「あいよー」
先ほど帰ったであろうお客さんの食器を持ってきた竹中ちゃんはさっとコップを手に取ると水道水をぐいっと煽って颯爽とホールへと戻っていく。
「青春って感じだなー」
「ゆうて、一知さんも23でしたよね」
年齢の話題を出された俺は大袈裟に胸を抑えその場で倒れそうな仕草を返す。
岳見一知23歳、職業フリーター。
高校を中退してからフリーターで食い繋いでいる俺には年齢の話がだんだんと辛くなってきているところだ。
「まー、今は売り手市場って言いますし。就活したらどっかしら見つかると思いますけどね」
なんとも考えなしの大学生らしい返答にため息で答える。
「そうだよなー、就活しなきゃなー」
学もない俺にはもはや若さしかない。
「えー、カズくん就活始めるのー!」
大変大変と言いながらパタパタと駆け寄ってきた副店長、森野久眞子さんはなんとも悲しそうに嘆く。
「いやー、そろそろやらなきゃダメかなと思ってはいるんですけどね」
「なんならウチくれば?」
騒がしい森野さんにつられて、発注をしていた店長が事務所から顔を出した。
「それは無しで」
「つれないなー」
店長は楽しそうに仕事をしているが、少なくともアルバイトを育ててお店を回すことは俺には出来なさそうだと思う。
「何か、いい仕事があればなー。具体的には楽で稼げる仕事」
「あったらみんなそんな仕事してますよ」
ホールの片付けを終え、帰宅の準備を整えた竹中ちゃんが冷たい視線を向けながら辛辣な言葉を投げかけてくる。
「だよねー」
「まったく、時間なので先に上がりますね」
最近の推しと話していたキャラクターのキーホルダーが着いたスクールバッグを肩に担ぎお疲れ様でーすと可愛くお辞儀をする竹中ちゃん。
口々にお疲れーと見送り、各々が片付けを進める中、ふと手のひらを見つめた。
バチン
小さい稲光が弾ける。
が、それだけだ。
「二十を超えたらただの人か」
かつての思い出が蘇りそうになったが、頭を振って追い出した。
「片付け、進めないとな」
竹中ちゃんが帰ってから15分後、お店の片付けも終わりゆるゆると帰路に着いた。
いつも通りの帰り道。
だが、チクリと刺すような違和感を感じ唾を飲み込んだ。
まさかな。
そんなはずはないと思いながら違和感を感じた方へと足を向ける。
普段なら通らないような路地の前で、見つけたくないものを見つけてしまった。
可愛いキャラクターのキーホルダーが着いたスクールバックがコロンと転がっている。
最悪が頭を過り、咄嗟にかけだした。
かっこ悪くも転びそうになりながら路地を見渡すと、異形の何かに掴まれ、目を見開いて驚いている竹中ちゃんが目に入った。
「なんだよ、お前」
かつて戦った相手とは違う何か。
慣れ親しんだ妖怪とは別物の異形に思考が止まる。
輪郭が空中に溶けるかのようにぼやけているそれは、どこか人影のようなシルエットをしていた。
両手で竹中ちゃんを押さえつけ、今まさに食らいつこうかとしていたかのようにも見えるそれは、俺を認識したのか新たに3本目の腕を生やし、掴みかかる。
街灯のない路地では見えづらかったが、かつての感覚に従いかろうじて回避に成功。
「ダメで元々」
体の右側を抜ける腕に右の掌を向けた。
バチンッ!
暗い路地に僅かな稲光が奔る。
半分ほどが抉れ、うねりながら異形の元へ引っ込む腕。
「多少、効果はあるみたいだな」
抉れた腕の残滓が消えるように掌へ吸い込まれた。
「なんだ」
何かが戻った感覚。
不思議なソレが何か分からず、右手を見つめる。
「やっべ」
戦闘中だというのに気を逸らした俺に、今度は2本の腕が迫る。
バチイィッ!
かつてのように、イメージ通りに展開される雷の盾。
そして当たり前のように千切れ飛んだ腕は、再び消えるようにして俺の中に流れ込む。
「これなら、なんとかなるか」
昔ほどの出力はないが、かつて妖力と呼んでいたチカラと同じように体に纏う。
パチパチと雷が奔り、不規則に路地を照らした。
ようやく俺のことを脅威と感じ取ったのか、異形が立ち上がり無数の腕を生やす。
「それしかねえのかよ」
約3メートルほどの距離を半歩で詰めると増えた腕など関係なしに、頭と思しき部位に雷を叩き込んだ。
かつてと比べれば、お子様のような雷鳴ではあったが、目の前の異形を倒すのには十分だったようだ。
元々あやふやだった輪郭が解けるように消え、やはり俺の体の中に流れ込んだ。
「いったいなんだってんだよ」
なぜか俺の中に入り込んでくる偉業のチカラ。
考えることはいっぱいあるが、何から始めるか。
「あの、先輩、ですよね?」
「あー、あれだ。うん、なんというか、大丈夫か?」
「おかげさまで?」
倒れた拍子に捲れ上がったのか、パンツ丸出しのまま俺が差し出した手を見つめる竹中ちゃんはまだまだ混乱しているようだ。
「ひとまず、ここにいたら危ないかもしれないから送っていくよ」
「説明、してくれるんですよね」
「できる範囲でなら」
ようやく俺の手をとって立ち上がった竹中ちゃんはスカートを叩くと俺の手を掴んで鞄を拾いに向かう。
つられて俺も歩き出した。
まずは、竹中ちゃんにどう説明したものか、からかな。
そんな俺たちが向かった先は、竹中ちゃんのお家でした。
いや、なぜそうなったかと言えば連れられるがままに着いてきたらここだったというは話なのだが。
なぜ連れ込まれてるんだ。
「着替えてくるのでそこで待っててください」
「はい」
言われるがままに指し示された一対のソファに座る俺。
別に女性の家にお邪魔するのが初めてというわけではないのだが、なんというか年下の女の子と一つ屋根の下というのは居心地が悪いものだ。
一緒に戦った仲間とかなら別段気にしないのに、アルバイトの女の子となるとこうも勝手が違うものか。
にしても、こんな時間だというのに両親がいる気配がない。
「言ってませんでしたが、私一人暮らししてるので」
「え」
家の中をキョロキョロ見ていたところ、部屋着に着替えたらしき竹中ちゃんがジト目を向けていた。
「あまり乙女の部屋を物色するものではないと思います」
「はい」
竹中ちゃんは向かいのソファに座ると少し俯いてから意を決したように口を開いた。
「それで、あれはなんなんですか」
「わからん!」
即答した。
なんなら少し食い気味に答えた。
か、と言い終わった口のまま固まる竹中ちゃんはなんともコミカルで可愛いものだ。
「わ、わからんて。説明してくれるって言ったじゃないですか!」
「できる範囲でって言っただろうが」
「じゃあ先輩のあの光ってたのはなんなんですか!?」
「ああ、これは妖術だ」
答えてもらえると思ってなかったのか、あっけに取られた阿保面の前で掌の上に雷を起こす。
バチン
「ヒャッ」
驚きからか少し飛び上がる竹中ちゃん。
部屋着にしたからか揺れるお胸がはっきりと見える。
歳の割にいいものをお持ちのようだ。
「とは言え、6年前にほとんど無くしたようなチカラだったんだがな」
「無くしたってそもそもなんでそんなことできるんですか」
「なんのことはない。よく漫画やアニメであるような妖怪バトルがあって、俺はそれに巻き込まれたってこったな」
「巻き込まれたって、なんでですか」
「名前のせいだな」
「岳見一知って確かに神様の名前と同じですけど、そんなことで」
「そ、そんなことで巻き込まれてなんやかんやあって雷の妖術を使えるようになって最後の戦いで全てを出し切った出涸らしが俺だ」
「出涸らしって、あんなピカピカしてたのに?」
「それが俺にもわからんのよ。どういうわけだかアレにダメージをら与えたら力が少し戻ってきてな」
「どうゆうことです?」
「だから、分からないって」
「じゃあ、何が分かるんですか」
「状況を説明してくれそうな奴」
「説明してくれそうな奴?」
さらに困惑顔になる竹中ちゃん。
会話の隙間を縫うように、トンと床に何かが落ちた様な音とともに俺の背後に現れた何か。
「それって、僕のことかな」
「わひゃあっ!」
唐突に現れた蛇顔の男にソファから飛び上がって後ろに転げ落ちる竹中ちゃん。
随分といいリアクションをしていてなかなか愉快だ。
「遅かったなアジャペプ」
「ふふ、最初は君の家に行ったんだけど、いなかったから来ちゃった」
あいも変わらず。
にやけ面を崩すこともなく後ろからこちらを覗き込む。
「子供っぽさが抜けていい男になったね、一知」
「うるせー、男に褒められても嬉しくねーよ」
それに、この歳でフリーターやってる奴がいい男な訳あるかよ。
「な、なんなんですか今度は」
ようやく起き上がった竹中ちゃんがソファーの背もたれから顔を覗かせながら怯えたように問いかける。
そんな竹中ちゃんには見向きもせずに向かいのソファに座るアジャペプ。
「ひっ」
唐突に現れ、目の前に座った正体不明の男から逃げ、這いつくばりながら俺の後ろへと移動してきた。
なんというか、人見知りの猫を彷彿とさせる動きだ。
「誰なんですか」
「アジャペプ、蛇の妖怪というか神様というか、まーそんなやつだ。多分今回のことについても何か知ってるよ」
「あら、紹介してくれるんだ。こんばんはお嬢さん、私はアジャペプ。インド由来の日本の妖怪だよ」
「インド由来の日本の妖怪……?」
まー、こいつも変な出生だからなぁ。
「そんなことより、だ。あれはなんだ」
「呪力の塊、に近いものかな」
呪力、か。
かつてはあまり関わらなかった領域のチカラ。
「なぜ俺の妖力に混ざる」
「それは僕にもわからないけど、君の妖力は少し特殊だからね。そもそも人間なのに妖力を扱えてる時点でおかしいんだもの」
「何が起きてる」
「また危機が迫ってるよ」
「こいつは関係あるのか」
「ある」
「あるのか」
たまたま近くにいたから襲われたなら良かったんだがな。
「正確には、その子も関係があるかな」
「なぜ助けが来なかった」
「君がいたから」
「おいおい、俺はもう戦えるチカラはないってわかって言ってるか」
「でも、なんとかしてくれた」
「何をすればいい」
「ひとまず、チカラを取り戻すところからかな。方法が見つかったんでしょ」
「あれを倒して取り戻せってことかよ」
「そう。その子が狙われるから守ってあげて」
「サポートはしてくれるんだろうな」
「もちろん、任せてよ」
「わかったよ」
「さすが一知、話が早い」
「慣れたくねーけど慣れっこだよ」
久々の感覚ではあるがな。
「あの、あの、結局どういうことなんですか!」
「竹中ちゃんが狙われてる、俺が守る」
「僕がサポート」
「分かった?」
ぱちぱちと瞬きをしてこくんと頷いた。
「分かるわけないでしょ!」
「なんなんですか、呪力って、妖力って、蛇の神様?妖怪?そんなの聞いたこともありませんよ!あれですか、化け猫とか幽霊とかそんなのもいるんですか!一体なんなんですか!なんで私が狙われるんですか!なんで、なんで、なんなんですか……」
ポロポロと涙が溢れる。
「ようやく、事態に向き合えたみたいだな」
「じゃあ、僕は準備があるから行くね」
アジャペプはお札をおでこにかざすと掻き消えるようにして姿を消した。
準備とか行ってたが何をしに行ったのか。
「なんなんですか」
ソファの後ろで座り込んでしまった竹中ちゃんの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「大丈夫だ。俺らがなんとかするよ」
ぎゅう、と撫でていた手を掴まれた。
どれぐらいそうしていたのか、ようやく鼻を啜る音もしなくなり、涙も止まったようだ。
「ひとまず、今日は眠っとけ。俺はこのソファでも使わせてもらうよ」
竹中ちゃんは無言で頷くとゆっくりと立ち上がる。
「タオルケット、持ってきますね」
「ああ、ありがとう」
「それは、私が言うべきことです。今日は危ないところを助けていただきありがとうございました」
ぺこりと頭を下げ、静々と自分の部屋に入って行った。
その後、竹中ちゃんからなんとも可愛らしいタオルケットを受け取り、アシャペプが密かに渡してくれていた結界の札を玄関に貼り付け眠りについた。
今後不定期に更新していきます。
よければ続きも読んでいただけると嬉しいです。
それでは次のお話でお待ちしております。