最凶最悪の魔女がやってきた
僕は鈴木健介、27歳、らしい。
この大手スーパーの青果担当の販売員として働きだして、ひと月が経った。
らしいというのは、僕には今までの記憶がないからだ。
伝聞だから、どの程度正確なのかは判断できないし、どこか他人事だが、半年前に家族旅行中に大事故に遭った。
結構長い間、昏睡状態が続いた後、目を覚ました時には、僕は何も覚えていなかった。頭を強く打った後遺症だろうとの見立てだった。
警察の調査の結果、僕の身元は判明したが、家族で生き残ったのは僕だけだった。近しい人や親戚はいないようだった。警察の人や病院の人から沈痛な面持ちで報告を受けたが、僕は淡々と聞いていた。だって思い出も何も覚えていないんだから。
僕はデザイン事務所のデザイナーとして働いていたようだが、その能力は記憶とともに、きれいさっぱり消え失せていた。せめて手に技術だけでも残っていてくれればよかったのに、うまくいかないのものだ、この仕事を続けることは、さすがにできない。
それでも僕は勤務態度が相当よかったらしく、復帰が叶わない僕に色々と便宜を図ってくれた。そのおかげで、生活に必要な一般常識ぐらいしか憶えていない僕でも、すんなりと再就職も決まった。
まあ、後から考えれば、僕は連日報道された大事故の不幸な被害者であったのだから、元職場以外からも、同情や売名を内側に含む手厚い支援をあちこちから受けれていた結果なんだろうけども。
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さて、これから僕はどうしたらいいのだろうか、なんてことを考える余裕も出てきたが、明日も仕事だ。今日はもう寝よう、と目を閉じようとしたが、なんだか人の視線を感じる。
僕は覚えていないが、さすがに自宅に幽霊なんぞ出ないだろう。いや、家族が出るかもしれないのか?どうしよう、写真で見ただけで、他のことはさっぱり覚えていないんだけど・・・考えていても仕方ないな、取り敢えず、そっちを見てみよう。
・・・あああ、確かにいるけど・・・・・・これ誰?
透き通るような白い肌、メリハリの利いたボディラインと、それを惜しげもなく晒している露出過多な服装、妖艶な笑みを浮かべる、ぞっとするような美人がそこに浮かんでいた・・・こんなの知り合いにいない。
足はついてるから幽霊じゃなさそうだが、残念なことに只の人間の不審者の線も消えてしまった。あ、いや、不審者と幽霊、どっちが質が悪いんだろう?
そいつはふわふわと僕に近づき、両手でそっと僕の顔に触れ、ニコッと微笑んだ。そして何事かをつぶやいた瞬間、僕の身体が落下した。
痛たたたたた・・・それほど落下しなかったようだけど・・・・・・そもそも布団からどこに落下するんだ?なんでこんなに明るいんだ?・・・ここは何処だ?
混乱していると、そいつはディープキスをかましてきやがった。純朴な男性の貞操を何だと思っているのか。えーと僕・・・純朴だよね?
「ぷはぁ・・・また、複雑な言語体系の所に飛ばされたのね?愛しい、あ・な・た♡♡♡」
・・・あなたって誰の事だ?