第九十一話 「無限無形 Ⅰ」
作業場と言われて引っ張り込まれた先。煙突のある一階建ての木造建築。ラナさんの家。
その裏側ちょい右に釜戸が半分顔をだしており、そこを回り込んで連れて行かれ目に入ったモノ。
作業場…というか工房だろう。だが室内ではなく屋外。 釜戸の傍に水が貯めており、
その横に金属だろうかそれを打つ為の台。と…妙なハンマーだな。形はそのままハンマーなんだが…。
半透明…ガラスというか、氷だろうかこれは…。
「オバサン、この…ハンマー何か氷っぽくないスか?」
釜戸の扉を開けつつラナさんは答える。つか釜戸も釜戸で何かおかしいぞ? 火をくべたり火力調節するモノが無い。
「ああ、そりゃレイヴァラントの氷水結晶だよ。 溶岩でもなきゃ溶かせないよ」
レイヴァラント…どこだ? 国か何かだろうな。 物の名前からすると永久凍土の国っぽそうだ。
「成る程っス。ちなみにその釜戸も…俺の知ってるのと何か違うッスね。
火力調節したり、火種をくべたりする部分が…」
「ああ、そりゃそうさ。 火力はコイツだからね」
と、言うと唸る豪腕。鋼鉄の右腕を捲り上げて、火の精霊の紋様を見せた。 成る程、普通の鍛冶と全く違う手法なのか。
「さて、ちょっと精命鉄鋼を倉庫から取って来るから、お嬢ちゃんと待ってるんだよ」
「うス」
イストは相変わらず玉を覗き込んでいる。 ちょい聞いてみるか。
「イスト? ずっとその禁術が封印されてる玉見てるが、そんなに難しいのか?」
玉から視線を俺に移し、眉間にシワを寄せて小難しい顔で返してきた。
「うむ…、風の禁術デスペラード。 この前も申したが総称なのじゃよ。
デスペラード単体の名称では無く、複数の禁術が込められておるのじゃよね」
風の禁術の全種類込められてるってことか。 怖いなオイ。 何で俺だけ防御ばっかなんだよ…。
然し、この篭手に期待…できねぇよなぁ。 また絶対防御だぜこれ。
「で、何か一つ二つ解除出来そうか?」
軽く頷いたな。 なんだろうか気になる聞いてみよう。俺はどんなのを解除出来るのか聞いてみた。
「 風精翔翼陣…中型程の魔法陣に居る者に…なんじゃろう。 大地の鎖を断ち切る力…と読めるの」
「おいおい重力遮断かよ。 しかも範囲系とかどんだけ極悪なんだよ」
首を傾げてたずねて来るイスト。ああ、重力と言っても判らんのか。…取り合えず判りやすく説明した。
「成る程じゃの…地面に押し付けられる力。それを断ち切る術なのじゃな?」
「そそ。 かなり…つか酷いぐらいに使えると思うぞソレは」
満足そうに玉に目を向けて次の奴を読み出した。
「風刃…誰か一人の体に風の刃を纏わせる…かの。多分。 …言語が難解過ぎてのう…」
「二つとも補助系なんだな。 どっちも使い勝手よさそうだが。 精神的な負担どうなんだ?」
「使ってみぬと判らぬ」
「だよな」
俺は、黙々と封印の玉を覗き続けているイストの頭を軽く撫でる。 ん? ラナさん戻ってきたな。
つか…何そのグニグニ動いた赤銅色の変な物体。
「オバサン…その生物みたいにグニグニ動いてるキモいの…何スか?」
「ああ、これかい? コイツが精命鉄鋼さ。
弾力性が非常に高く、高熱で熱し続けない限り切断も難しい鉱石でね、
見ての通り持って歩くだけで動いてる様に見えるんだよ」
どんな弾力だよ。最早鉱石というか脂肪の塊じゃないか。 それにまだいくつかの鉱石が足元にならんでるな。
「さて、早速スヴィアからいくかね? ちょいと熱いが火傷はしないんで我慢しなよ」
え? 何? ちょいと熱いが…何? 何か嫌な予感が…ギャーッ! また有無を言わさず左腕を掴まれた。
つか何、掴んでなにす…いや! そのグニグニ石、俺の腕にベタベタつけて何。型でもとるのか?
ひんやり冷たい感じがするが、同時にこうブヨンとした感触が何とも嫌だな。
それを肩ちょい下まで塗りつけられて…釜戸に引っ張られて…。 え。
その何か溶岩みたいに真っ赤に煮え滾る何か。ソレに俺の腕をどうするつも…。
焼肉でもやってるかの様な肉を焼く音。ソレ大きく釜戸の入り口から擬音でもついてそうな音が飛び出す。
「ちょっ!熱っ! 何かドジュゥゥゥウウウッ!!とか俺の腕が溶けるっ!!!」
「溶けやしないよ! …男がみっともない」
それを十数秒ぐらいか、それをうわ、目がマジだ。温度とタイミングでも見てるのか余計な事を言わない方がいいな。
それぐらいたってから、金属を叩く台の様な所に腕を乗せられ、別の金属を釜戸に放り込んでいるな。
そして、少し熱が冷めたんだろうか色が黄色から赤に変色してきた。で…。
また釜戸に腕を突っ込まれて…熱っ! 痛くは無いが熱っ!! めっちゃ熱っ!!!
またタイミングでもあるのか、間隔はバラバラで腕を取り出し、金属を釜戸に…叩かないのか?
そんでまたソレが繰り返される事、数時間。 何か超合金みたいにバッキンバッキンになった俺の腕。
それを今度は、金属製か?よくわからないが、刃物で斬る…というか金物ノコギリとでもいいのか。
そんな感じのモノで側面を斬り、俺の腕から取り出す。 やっぱ腕の型取りだったのか。
その後は、その釜戸の火に俺の腕が入れられる事もなく、その型を取ったモノを釜戸にいれて、台に乗せ、叩く。
それの繰り返し。 俺は余計な事は言わず、全く意味不明だが。名工の技術とやらを堪能していた。
たまに面白い事に、ハンマーが氷なんとかって奴で、冷ましながら叩いているんだろうか、物凄い水蒸気だ。
叩いた音が金属音というよりも、宝石が地面に落ちた音。といった方がより正確。
何とも心地よい音色であるわけで…。 お? ラナさんが手を止めてコッチを向いた。
「ちょいと右腕だしな」
逆らうとロクな事が無い。 ラナさんの表情がそれを伝えているので無言で差し出し…いてぇ!!!
また手の甲を斬られ、それが腕の紋様に吸い込まれ…何か紋様が黒から赤くなったぞ。
吸い込まれて赤に変色した紋様から一滴の血液だろう。赤い液体が打っている疾風の魔精具にポタリと落ちる。
面白い事に、その周囲に風が暴れる様に巻き起こった。 少し離れた所にいるイストも何事かとソレを見ている。
その巻き起こっている風を封じ込める様に、あの氷なんとかのハンマーで叩いている。
気の所為か、更に音が高く澄んだ音色になっている様な気がする。
それを全て叩き込んだのか、ラナさんは額の汗を拭って、大きく息を一つ吐くと釜の少し横にあるなんだこりゃ。
暫く寝かせるんだろうか、乾燥室? それっぽいものに置いてこちらに来た。
「良し。 アンタの分のは今日は終いだ。 次はそっちのお嬢ちゃんこっちにきな!」
その剣幕に圧されたのか、黙ってコッチにきて、先程の手順を繰り返す事になる。
勿論、熱い熱い熱いと叫んで暫く半泣きになっていた。 が、唯一違うのは、やはり俺の血を使われたという事。
まぁそこは仕方ない。
そして、イストの分も乾燥室ぽい所に置かれた頃には、完全に日が暮れて夜になっていた。
「お疲れさんス」
俺はラナさんの額の汗を持ってきた布で拭いて、左手で飲み物を手渡した。
「ああ、すまないね。 …ったく娘もいりゃもっと早いのに、何処をほっつき歩いてるやら…」
首を横に軽く振りつつ、眉間にシワを寄せている。 言った方がいいのか? 遅かれ早かれ会うよな。
「オバサン。イグナさんならサルメアにいたっスよ。 俺助けて貰ったモンで。
ちなみに焔の瞳? だったか相当高純度の補助石も、蛇神討伐の報酬として差し上げたっス」
どわっ。両肩をグワシっと! いやグワシというか、メキメキメキ…という擬音が周囲に出そうな掴まれ方をした。
「いででででで」
「高純度の焔の瞳だって? そんなものどこで…それはいいとして、ふむ。あの馬鹿娘が人助けねぇ」
「うス。ディアリアという蛇女にやられかけた所を助けて貰ったんスわ」
「ディアリアかい。 また男じゃ厄介な相手だからね。
何にしても焔の瞳をあの子の直系魔精具に埋め込まれたとしたら、とんでもない火力になるね」
少し羨ましそうだな。 やっぱこのオバサンも戦闘好きなんだろうか…つか。
「オバサンも直系だったんスな。 腕もそうスが、名工と言われる所以スか」
「アタシなんかまだまださ。 先々代はもっと凄かったよ?」
「そ…そうなんスか」
その後、家系の長話をつき合わされ、家の中へと。
一階建ての木造建築。 内装もほぼ全部木製で、左右の壁際にデカいベッド二つ。
奥に風呂場と洗面所だろう。 入ってすぐ隣にキッチンがある。 壁には色々と動物の頭の燻製がかかっている。
床には動物の…こりゃスラクか。 スラクの毛皮が床一面に広がっており、靴は脱いで上がる様だ。
テーブルは無く、中央に囲炉裏の様なものがあり、天井が高く三角柱といえばいいのかそんな形。
そして、そのテッペンは開閉式になっていて、煙を逃がす為だろうか、長いロープが垂れている。
なんというか、日本の古い家を少し思わせるが、微妙に洋式の混ざった内装だ。
その囲炉裏に薪を置き、天井の梁でいいのか?
アレから逆Uの字で引っかかった鍋を吊る為の道具が釣り下がり、鍋を吊っている。
それに水を汲んで、岩塩だろうか塊と野菜。それにスラクだろう肉とその脂。
後…キター醤油もどき! それに植物から取った糖質の高い粉。砂糖みたいなんだが微妙に違う。
それを、熱した鍋に醤油モドキを最初に2~4cmぐらいか?いれてその後に脂と水とか調味料。
あれ? 何か懐かしい匂いが…スキヤキに近いソレになってきた。色は透き通っているが。
それに肉を入れて暫く煮込んだ後に…野菜をドバーッと。やばい早く食いたい。
正味250年と少しぶりのスキヤキモドキ。 ヨダレがとまらん!!
イストも、相当空腹なのか、皿を手に握り締めてオバサンが作る料理を覗き込んでいる。
つかキッチンあるのに囲炉裏で作るのな。 それの料理が終わったのか、
キッチンだろうそこから、別の肉を持って…ああフィリドの肉だ。
焼くと鋼鉄みたいに硬くなり武器の材料になり建材の一部にも使われている。そして火打石にもなる。
食料は生でしか食べれない。 なんとも一振り三役味塩コショウ的な動物フィリド。 見た目は豚猪である。
「さぁ、出来たよ。腹一杯くいな」
そう言うと、俺達の皿によそってくれて、出された皿からなんとも香ばしい香りの湯気が鼻を通っていく。
見た目透明なスープでアッサリなんだが…スラクの脂の所為かコッテリドロリと濃厚で塩分高目。
然し美味い事にかわりはなく、ご飯が欲しいが、ご飯の代わりがフィリドの生肉の様だ。
二人して物凄い勢いでそれを食べ、あっと言う間に半分以上平らげてしまう。
「うめぇぇぇぇぇぇぇええっ!!」
「久しぶりにマトモな食事じゃの」
「そういや、イグリス出てから美味いと思うモンくってなかったな…」
そんなこんな会話をしている俺達を黙って楽しそうに見ているオバサン。 子供好きなんだろうか。
俺本当は87歳なんていえないワケで。 そう87歳で死去したんだよな。
ちなみに、記憶持っていけるので、遊び半分で吐いた今際の言葉が・・・。
…あ~…しばづけたべたい…
などと、ふざけた事もしていたりするのである。 そんなこんな考えつつ、全部のこさず綺麗さっぱり平らげた俺達。
「ご馳走様っス! 遠い故郷の味がして感動したっスわ」
「馳走じゃった。 感謝致すのじゃ」
まぁ丁寧なお礼の仕方。 正座して軽く頭さげてるイスト。
俺はあぐらかいて、仰け反り気味で腹叩きながら…酷い差だなおい。
「ああいいさ。 よくそれだけ食べきったもんだね。 見てて気持ちいい」
「いやー。美味いモンだと加減無く食い尽くしてしまうっスわ」
「うむ」
そういうと、オバサンが食前酒ならぬ、食後酒らしきものを持ってきて俺達に勧めた。
「それだけ食べたら消化が大変だろう。これを軽く呑んでおきな」
「どもス!」
「うむ」
そういうと、アルコールの匂いがする茶黒いソレを軽く口の中に含むと…苦っ! 苦痛っ!!!
「ぶはっふ!!!」
「な…何か苦くて舌がピリピリ痛いのじゃが…」
笑いながら答えるラナさん。
「そりゃ…薬だからね。 材料は…」
俺達はラナさんの言葉の続きを生唾を飲んで待った。
「知らない方がいいね」
うわっ。ひでぇ!! 知らない方がいいとか何の材料だよ…。
そのまま俺はヒリヒリピリピリする舌を出しつつ、スラクの毛皮が敷かれている床に倒れこんだ。
イストはその場で相変わらず玉を見ている。 ラナさんは片付けをしている様だ。
俺はふと、部屋の壁際にある木製の本棚。ソレに一冊だけ異様にデカい本に目がいった。
ちょっとそれを拝借してページを一ページめくると、魔精典文と大きく判子で印刷したんだろう。
横列楯列の間隔と角度が微妙にズレたりしている。 多分手製のはめ込み式の木の窪みに一文字判子をはめ込んで、
それにインクか墨かしらないが、それを紙に押し付けているんだろう。そう思える。
更にページをめくると、目次らしいソレがある…世界地図・魔精具・土地・魔族・人物と色々項目があるな。
そいや、俺がこれに載っているのを思い出したので、目次に記載されているページまで飛ぶ。
976ページってどんなだよ…指輪物語かよ。 厚み重みに耐えかねて、床において寝転んで読む。
どれどれ…ヤサカ ヤサカ~と…。
まじであった! 何か照れるなオイ。
『オオミ=ヤサカ …逆にされとるがな。 どうりでスヴィア=ヤサカなわけだ。
アルセリア暦 1552年 メギアス大陸 イグリス国 北東の魔神阿修羅の社より現る』
何か…なんつーかはずかしいなおい! 余りの恥ずかしさに少し読み飛ばして、紹介文みたいなものを読んで見る。
『アルセリア暦史上初の大精霊の契約者。疾風の血族の祖。 遠縁でノヴィアにもその血は受け継がれている。
人智を超えた生命力の持ち主であり、疾風の力、無風活殺を用い。雷竜と生身で渡り合い、火竜をも圧倒する。
一見物理攻撃に秀でた人物に見えるが、知力が高く、魔力を一切使わずに森を一つ吹き飛ばす様な謎の力も秘めている』
…俺式魔法か…単にニュートンの林檎を、岩で実行しただけなんだが…。
『リンカーフェイズの概念を正し、同時に複数の生前を持ち。 様々な形状へとリンカーフェイズする。
同時に、影では無く、銀色の光を伴うリンカーフェイズを行う事も稀にある。
その時の力は、地を駆ければ地を大きく抉り、翼も無く空を駆ければ、空を裂くと言われている』
何か…ますます照れくさくなってきたなおい。
『色々と遺した彼であるが、最も謎とされているのが、記憶を持って死去する時、
シバヅケタベタイ と言い残す。 これは未だ多くの者を悩ませている謎の予言とされている』
…サーセン。 サーセン!!!!! 遊び半分でいったソレが聖書みたいな本に…こんなネタが。
はらいてぇ!!!!
さて、少し気になったモノがある。 人物紹介と魔族が別個なのが気になったので、ページを戻して見る。
506ページからだな…よし。
『 風魔王エヴァリア 氷魔王アイギスリース 魔族の二大魔姫。
風魔王は数々の神を滅ぼした者であり、別名 闇空の姫君と呼ばれている。
彼女の扱う黒き風は、あらゆる物を吹き飛ばし、押し潰す力とされている。 詳細は不明。
氷魔王は、争いを好まずレイヴァラントの山中にある氷華雪原。
そこで静かに真紅の薔薇を抱いて眠っている。 別名 氷極の姫君。
彼女の扱う白き氷は、触れる物を全て砕き散らすとされている。
尚、眠る前に彼女の残した言葉がある。
「眠り以外に安らぎを与える物あれば、私を起こせ」
解釈は様々であるが、真実は未だに謎のままである』
成る程ねぇ。 この氷極の姫君が抱いて眠っている薔薇が天石っぽいな。
だとすれば、眠り以外に安らぎ…なんだろうな。考えておこうかいね。
後は、魔王とか古臭い言い方しかないのか、と思っていたが別名あるんだなおい。
闇空…アンクウ? 何かアンコウみたいだなおい。あの力って殆どもう重力操作に近いよな。
未完成で小規模なビックバンみたいなもの出すしよ。…完成版だとどんなのなんだろうか。
ふぁ~ああ。 眠いな。満腹でしかも毛皮がちょうどいい暖かさで…うん。 このまま寝よう。
数日は武具作成見ているだけだろうし。 でも…ガントレット…武器欲しいよ…。