第八十八話 「砂塵の霊宮 Ⅵ」
「畜生!! 逃げ道無いぞ…お!!」
「向こうに光が漏れておるのじゃ!」
ゴトリ…という音と共に、明らかに岩が転がる音が近づいてくる、傾斜もその為だろう段々と勢いを増す。
慌てて俺達は光の方へと走る。 それによって転がる音も段々早くなる。
最早岩が視認出来るところまで近づいており、光が逃げ道である事は判る。
俺達は砕けた骨のある所まで走ってくるが、…どうも腑に落ちない。
「そう言うことかよ!!!!!! 戻るぞ!!!」
「何故じゃ! 往かぬと死ぬであろう!?」
「話は後だ!」
俺は、地面を滑る様に右足でブレーキをかける。 砂煙が足元で舞い上がる中、
どんどん迫ってくる岩を背に、行き止まりへと駆け出した。
「何故戻るのじゃ! 入り口が!!」
「二段構えなんだよこの罠が!!!」
そう言い放つと、兎に角全力で行き止まりへと駆ける。向こうの方が既に勢いがついており、
後ろを見るまでもなくすぐそばに迫ってきているのが判る。何より、後ろを見ているイストが叫ぶ。
「すっ…すぐ後ろにきておるぞ!!」
「うだらぁぁぁぁあああああっ!!!」
目をひん剥いて歯を食いしばり、体を前にやや倒し全力で駆け、
岩が触れる手前で、目一杯地面を蹴り前に飛ぶ、この瞬間何故かスローモーションになった様な感覚にとらわれる。
死ぬ瞬間という奴か? 判らないが、その中を滑り込み壁に右肩から轟音と共に激突する。
「いでぇ!!」
そのまま強く目を瞑り、イストを胸元に抱きしめて蹲る。 考えが正しければ生きている筈。
暫くその姿勢のまま時間が過ぎ、片目をあけて岩が来るだろう先を見ると、岩が無い。
「くる…しいのじゃ」
「お、すまね」
胸元に押し付けていたイストを離すと、浮遊しながら短い両手を腰に当て怒ってきた。
「押しつぶすつもりか主は!! でも…なんで岩が無いのじゃ?」
「コイツが勇気だったんだよ」
今度は、右手を口に当てて首を傾げるイスト。
「今のがじゃと…?」
「そ、二段構え。 さっきの闇が知恵。よくよく考えたら勇気の意味が無いだろ
崖に仕掛けたのも勇気と思わせる為だよ」
「成る程…」
「つまり、プレートの文字と闇を崖で作る事で勇気と思わせて、その実二段構えになっている。
道具を使う知恵と嘘を見抜く知恵を試す。そして勇気、迫り来る岩に臆す事が無い勇気を試す」
唖然としているイストを見て、軽く頭を撫でる。
「可笑しいと思ったんだわ。 砕けた骨があるのに行き止まりに岩が無い。
先人が居て初めて気づく。 相当な捻くれ方してるぞこの罠は。
あの光に走るという事は逃げるという事。恐怖から逃げるソレに勇気は無い。という所だろ」
「な…成る程じゃ。然し岩はどこにいったのじゃ?」
途中で落とした松明のある地面を指差す。
「そこだよ。 多分一定の重さ。それ以上のモノがのっ掛かると落とし穴が開く仕掛けだろ」
「成る程じゃ…。 本当にアルドを連れてこなくて正解じゃな」
「んだな。 マジで殺す気満々だぞ、このリーシャって奴は」
「それだけ凄い何かを護っておるのじゃろう?」
「んだな。 宝って奴が楽しみだよマジデ。 こうなったら何が何でも全クリしてやる」
俺の言葉が一部判らなかったのか、首を傾げつつ俺の肩へ座り込んできた。
「ふむ。…まぁよい。ではあの光の入り口に参ろうか」
「んだな」
俺達は、足元に転がっている砕けた骨に感謝しつつ、光が漏れている入り口へと入った。
そこは今度は打って変わって明るい通路が続く、いや明るすぎて壁が白く見えるな。
ここまで来た奴が少ないのか、割と道が綺麗になってきている。
「光り輝く台座への道…じゃろうか?」
「どうだろうな…、目的地が近いのかは判らないが…とりあえず進もう」
明るいが、一応足元と壁に注意しつつ進むと、また広い部屋へと出た。
「うおー…何だえらい物々しいな」
「鎧を着た像が左右の壁に並んでおるのう…なんじゃろうね」
入った部屋は、白く輝く部屋、長方形だろう部屋の形。その両サイドに武器を掲げた騎士の像が立ち並んでいる。
…コイツが襲ってくるのか? …足元を見ると骨が無い。
「骨が無いな、たどり着いた奴が居ないのか。 単にトラップが無いのか」
「いや、罠はあるようじゃ、ほれ」
俺はイストの指差した方を見ると、プレートがあった。それに歩み寄り内容を読んで見る。
「どれどれ~…と。 強きとは如何なる者か 示せ」
「こやつらと戦えと言うのかの?」
「だろうな…んじゃ余裕か。 俺が無風活殺でベコベコにしてやれば良いだろ」
「じゃな…が。簡単過ぎじゃのう」
二人して考え込むと、イストのお腹が空腹を訴えだした。
「お前…見事な腹の虫だな。 ぐぅぅううううぅっ…ってなんだよ」
顔を真っ赤にして、俺の顔を殴ってくるイスト。
「しっ知らぬ!」
「わかったわかった…じゃ、飯にするか」
「うむ」
やっぱ腹減ってたんじゃないかよ。…その場で座り腰の道具袋から、
水の入った容器と、干し肉とパンを取り出してイストに手渡す。
「リンカーフェイズ解いて良いかの? この状態じゃと食べにくいのじゃ」
「ああいいよ。仕掛けを作動させないと罠も動かないだろう」
そういうと、リンカーフェイズを解いて幼児状態になったイストと、普通の人間に戻る俺。
二人して、周囲を見回しつつ干し肉を齧る。 塩味がキツいが旨いんだよなこれ。
「しかし見事にソレらしきものが無いのう」
「確かにそうだな、というか次に続く扉も見当たらないが…」
ふと、天井から視線を感じた様な気がしたので、上を向いた。
「…なぁイスト。 壁に目が生える魔術とかあるのか?」
「なんじゃ…物に擬似生命を与えるモノなら確かあったはずじゃぞ?
詳しくは知らぬが、恐らくソレがここの罠じゃろう?」
そういうとイストも視線を天井に向ける。
「…」
「…」
二人して、その天井にある何かと見つめあう。
「見てるな、コッチ」
「見ておるのう…」
然し何かしてくる気配も無く、ただジッと見てくるだけ。 なんだありゃ。
気にしつつも、飯を食べて再びリンカーフェイズする。
戦闘、それも肉弾戦になるのでソッチ向け。前世の内の一つ…
余りなりたくないゴリラの姿を一部借りた状態になり影を取り払って出てくる。
「…主。 なんじゃその面妖な姿は。 …というか一つじゃないのか? 主のは」
「ああ、俺の世界だと魔物なんかいなくてね。
動物ばっかで寿命も魔物と比べて短いんだよ。 んだから数だけはある。」
「動物しかないのか…そんなので戦えるのかの?」
「ゴリラをナメたら駄目だぞ。ゴリラ・ゴリラ・ゴリラなんだからな!!」
「じゃから…意味不明じゃと」
胸を叩いて見せる俺。 それを見て首を傾げるイスト。
さて、冗談はこれぐらいにして、真面目に仕掛けを探そうか。俺ノシノシと周囲蟹股で歩く。
「歩き方もヘンじゃのう…。本当に強いのじゃろうか? それ…」
「ゴリラパワーなめんなよ。 鉄格子曲げるぞ。実際は知らんが」
「頼りないのう…」
なんとでも言ってくれ。 再び歩き出し、壁を叩いて空洞を確認する。
どうやら向こうの入り口の反対側の壁に次の道があるらしく、音が軽い。
「ここに道があるな」
「じゃが仕掛けが無いの?」
「そこが問題だ」
再び歩き出し、周囲を見つつ部屋の中央へと。やっぱりどこにも無いな。
ふと視線をさっきの天井の目へと向ける。 相変わらずコチラを見ている。
「アレがやっぱ仕掛けか?」
「しか考えられぬが…強き…強気じゃろうかの?」
「それだ!!」
何気にイストの言った言葉が当たりだったのだろう。 俺は天井の目に向かってガン垂れ食らわしてみた。
「なんじゃ? 目の付け根から赤い筋が…出てきておらぬか?」
威圧しろって事だったんだな。 で、次はどうなるか」
目が段々充血し出して、それが完全に充血すると、黒い眼が狂った様に上下左右に動き回る。
「…キモッ」
「気持ち悪いのうあれは」
眉を潜めてソレを見ていると、周囲の鉄の騎士が全て動き出した。斧・剣・槍・槌の四種。
剣を持っている奴だけ楯を持っている様だ。
「おいでなすったな…さて一丁暴れてやるか。罠のお陰でストレス溜まってるし!!」
「ワシは主の頭の上で見物しておこうかの」
そう言うと、俺の頭の上に尻を乗っけやがった。 頭の上に尻をのっけるなと。
「ったく…。振り落とされるなよ」
「そこまで鈍くは無いのじゃ」
「さいですか」
リビングアーマーならぬ、リビングナイトってとこか? 数が12x2…24か。
武器一種につき6体…とりあえず全部倒してみるか。然しこの手の奴は物理攻撃意味無かったきがするなぁ。
先ずかかってきたのが、斧。 俺はストレス溜まっている所為か、
無風活殺無しで、振りかぶってきた斧もろともに、右拳で一体を殴り飛ばす。
鈍い金属音と共に銀色の鎧がバラけながら地面に吹き飛ぶ。 その直後俺は右拳を左手で押さえて叫ぶ。
「かってぇぇぇぇえええっ!! いてててててててて!!!」
「主…あんな金属を素手で殴ればそれは痛いじゃろ?」
「いや、なんつーか…殴ってみたかっただけだ!!」
呆れた顔を、俺の頭の上から覗かせているイスト。 さて、真面目に倒すか。
続いてきた斧と剣。 落ち着いて相手を見て風を巻き込んで来ている武器を両手で捕らえる。
触れる瞬間に、それを巻き込んだ風をぶつけて弾き飛ばし、そのまま鎧に叩きつける。
「相変わらず…防御に徹すると凄いのう」
「攻撃されないと攻撃力全く無いけどな」
力というよりも、体術・合気道に使いんだよなコレ。 今度は槍。中距離から四方を囲んで突いてきた。
屈んでそれをかわし、囲まれない様に間合いを取り直す。
「槍は厄介なんだよな…中距離で反撃し難い」
「コヤツはワシが相手してやろうかの」
「お、頼むわ。こいつはちっと相性悪くてな」
そういうと、俺の肩に降りてきたイストが、両手をかざして、
陣形を取り直している槍の騎士をまとめて空気の渦で捕らえ、天井付近に持ち上げて叩き落した。
「羨ましいな! 俺も攻撃的な力欲しいわまじで」
「ふふん! そうじゃろ」
余裕で槍の騎士四体をバラバラにした、イストは調子にのったのか、残りの騎士全部を纏めて地面に叩きつけた。
「弱いのう…もう少し歯ごたえあっても良いのじゃが」
「この手のタイプは物理攻撃より、魔法攻撃が良いからな。
中身次第で浄化させないと倒せないワケだが」
然しあっけないな。 魔法攻撃で、サックリ倒したはいいものの…扉が開く気配も無し。
「全部倒したのに、何も起こらないな」
「そうじゃな。 やはり何か仕掛けがあるのじゃろ」
その直後に、バラバラになった騎士が、再び組み上げられて元の姿に戻り、襲い掛かってくる。
「なんじゃ? しつこいのう…!!」
「ここは任せたわ。 俺は答え探してみる」
「うむ…任せられよ」
そういうと、イストが軽々と騎士の像を何度も叩きつけて倒している。
強きとは如何なる者か 示せ うーん。 強気、威圧だろ。戦う前に敵を威圧する。
その後に戦い、騎士が24 武器一種につき6体…数字が関係しているのか?
いや、数字は関係無さそうだな。 斧 剣 槍 槌…。
…ああ。 コイツは比較的簡単だな。
「イスト、判ったぞ」
「む? 早いのう。 で、なんじゃろ」
「槌以外全て倒してくれないか?」
「うむ。 判ったのじゃ」
イストが再び騎士の像に向けて風空自在を使い、槌以外を風で捕らえ天井付近に持ち上げ叩き押す。
槌以外が見事にバラバラになると、槌を持った騎士の動きが止まり、入り口の反対方向へと向きを変える。
「お? 読みが当たったか」
一列に並び、次への道があるだろう壁に向かって槌を掲げ、一度地面に槌の柄を叩き、再び掲げる。
そうすると、鈍い音と共に奥の扉が開いた。
「お~…でも何故、槌じゃったのかの?」
「コイツは簡単だ。戦う相手は俺達だが。あの騎士だけで戦うとしたらどれが一番強いか。
基本的に鎧は斬・突には強いが、打に弱い。 だから槌があの中で一番強き者って事だよ」
「成る程のう。 戦いの相性を見抜け。 という事かの?」
「だな。コイツは簡単だった」
顔を一度見合わせて、俺達は再び鷹の姿を借りたホークマンになり、次の道へと入っていった。
引き続き道は明るく、足元や壁、天井にそれらしき罠も無い道を進んでいく。
暫くして、後ろの方で扉の閉まる音が聞こえた。
「…ん? 退路絶たれたぞ」
「帰り道…どう致すのじゃ?」
「まぁ、他に道もあるだろう。 ここまで着たら進むのみだな」
イストが頷くと、更に道を進んでいく。 暫く歩いて往くと、一際眩しい広場に出た。
「眩しいなおい。…これが光り輝く台座って奴か?」
「みたいじゃな。 む…小さな泉があるのじゃ」
「お…」
入った部屋は、眩しいぐらいに明るく、中央に台座があり、それを取り囲む様に小さい泉があった。
俺達は泉を覗き込んでみると…透明度が高く底の石畳がハッキリとみえる。
「飲んでおくかの…」
「やめとけ。 どうせ毒でも入ってるだろ」
「む…そうじゃな」
イストが飲みたそうにしているが、それを無視して、台座の階段を上っていく。
何かバーレ言語? か何かだろう象形文字に近いソレが色々と彫られていて、その中央に台座。
そして、黄色い石が安置されている。
「これ…月晶石じゃな」
「これがか? へぇ…。 と、触るなよ? 明らかに罠だからな」
よく見ると、安置されている月晶石の地面に僅かに隙間が出来ている。 重量トラップかよ。
「取ると、部屋に水がドバーッと来る可能性があるからな。ちなみにそれ偽物とかだと思うぞ」
「それは…嫌じゃな」
俺達は、飛んで周囲の天井付近の壁を探ってみる。
「あー…やっぱそうだ。 ほれ 少し他と違ってズレてるだろ石が」
「じゃな…然し、主はなんでそんな罠に詳しいのじゃ?」
「こんなもん考える奴は大抵中身が似通ってくるって事…ただリーシャは捻くれてる様だから、
一筋縄じゃいかない筈だが」
頷いたイストが肩に座り込んで考えている。 今度は地面に降りてさっきの泉を探る。
ぐるりと一周すると、丁度台座の後ろの水の中に通路が揺らいで見える。
「うげぁー。 どうも水中いかないといかんくさいな…」
「寒いのじゃが…」
「入りたくないな」
再び周りを見てみるが目ぼしいモノもなく、一度台座に戻りイストに文字を読んで貰う事にする。
「イスト、ちっと読める部分だけ読んでくれね?」
「うむ? 判ったのじゃ」
浮遊して台座の文字の傍に行くイスト。
「ふむ…。 これは文献によくあるモノじゃの。
蛇神について書かれておるだけじゃ。こことは関係無い」
「そうなのか、じゃあいいか」
少し、腰を下ろして考え込む。 このまま水中を進む事も出来るが…毒という事もある。
さてどうする。
あのいかにもな罠が実は正解だったりする。 という事もあるな。
「スヴィアよ。 台座の天井にプレートあるのじゃホレ」
んお? んなとこにあったのかよ。 俺はイストの指差した所を見ると確かにある。
「どれどれ。 嘘か真か 見抜け」
「真実を見抜け。 という所じゃな」
「とことん…こう捩れたモノばっかだなおい。つことは何か判断材料があるのか」
もう一度周囲を見回すがそれらしいものが一つも無い。 あるのは周囲を取り囲む泉だけ。
「泉だけじゃのう…見抜けといわれても…」
「だよなぁ…明らかに罠臭いが…それを取るのが正解かもしれない」
「そう見せかけて、罠じゃという事もある」
ええい!! とことんこれを作ったリーシャという奴は!!! 会ったら絶対に頭殴ってやる!!!!




