第八十一話 「船旅 Ⅰ」
「…ねむ」
「寝ておらぬのか? 主は」
「いやちょっとこう…何。 男のロマンって奴? それが先にあって楽しみで寝れなかった」
猫背になり眠い目をこすりつつ、荷物を抱えてボーっとしている。
それを下から覗き込んできたイストが一言。
「子供じゃのう…」
「見た目完全に幼児なお前に言われたく無いわ!」
見事なまでにまっ平らな胸。カレーでもつくるのか?と言いたくなる様な寸胴。
それに大きめの釣り目に緑の眼。 ややウェーブのかかった薄紫のツインテ。
ツンの部分は見当たらない。が…こう見えて中々に女狐であったりもする。
「然し、夜だってのに結構人がいるな」
俺達は夜のレリアス港に来ている。リンカーフェイズしてさっさとレリアスに来ていた。
くる途中に高所恐怖症だからかミニマム化したイストが、
首にしがみついて来るわ、耳引っ張ってくるわでもう…大変だった。
眠気でも覚まそうかと、海の方を見る。 日も落ちて暗く灯台の光が時折眩しい。
そんな夜の海に浮かんでいる木造船。 見る限りは帆船の様だ…帆船の船旅…いいねぇ。
俺達が乗るのは確か、ここから少し先の5番乗り場の…ああ、あれだ。
木造帆船、型は…良く分からない。 模型にありそうな形はしている。
大きいマストが、船首ちょい後ろと、船尾ちょい前に一つずつ。
真ん中に一際大きい柱に横長のマストがついていて、柱の先っちょ付近に監視台みたいなのがついている。
マストは白。 船自体は全体的に薄い黄色。いかにも木造って感じだが…側面に大砲みたいなのがついている。
「なぁ…何か帆船に物騒なモンが顔出してるんだが…」
俺が指を指すと、イストもそれを見て、分かっているのかすぐに答えてきた。
「それは主。海に魔物がおるからじゃろ。 武装して当たり前じゃ」
「成る程…どうやら気楽な船旅というわけでも無さそうだ」
「もっとも…あれぐらいのサイズの船に襲ってくる魔物は、シィルドぐらいのモノかのう。
滅多に襲ってはこぬよ。数が少ないしこの海域ではあまりおらぬ」
何かまた危なそうなのがいるのかよ。 シィルドと言う魔物の事を詳しく聞いてみると。
白い体に沢山の足…つまりクラーケンとかそんな類なのか。厄介そうだな。
…でない事を祈ろう。
俺達は、そのまま船に向かって歩いていると、聞き覚えのある声が、人だかりの中から聞こえる。
「ですから、罰は与えるものではなく、受け入れるモノであると」
ん? アルセリアの布教か? そしてこの声は。ネーレだな、どうやらうまくやってる様だが…。
どう見てもアレだ。人魚を見に来ている。その人だかりとしか見えないワケだ俺は。
ちょいと人だかりをかきわけて、イストと一緒に前の方へ。 やっぱそうだ。
港の岸壁に此処の人が設置したんだろう岩があり。そこに座って教えを説いている。実に楽しそうだ。
こりゃ余り話しかけない方がいいな。 俺達はそのまま人だかりを抜けて、船の方へと。
段々と、その船が近づきついに目の前まで来る。 おーでけぇ…。
全長70m前後ってとこか。 パッと見だと50人ぐらい泊まれそうな窓の数。
その真横に砲台…雰囲気ぶち壊し。 まぁ…仕方ないか。 俺達は乗り場まで行き、
そこに立っている船員に姐御から貰った切符を二枚手渡す。 船員が手を入り口の方へと向ける。
よし入ろうか。 そう思った直後、船の中…というよりも横の通路からこれまた聞きなれた声。
アルドが船の側面から身を乗り出してコッチに手を振っている。 やめて恥ずかしいから。
「おーい! ニーチャンまた一緒みたいだな!!」
横にオズも立ってるな。 相変わらずの二人の元へと俺達は歩いていく。
やはり姐御が絡んでいるのか、アルド・オズ。俺とイストの四人組らしい。
非常に疲れそうだ。 子供の面倒見つつ事件解決は…いやそれよりも財宝! 冒険!! 楽しみだ。
「なんだ? ニーチャン顔がニヤけてないか?」
「ん? ああ顔に出てるか…アルド君なら分かってくれるだろう。
財宝を求めて迷宮に挑めるかもしれないのだ」
アルドが中腰になり、両方の拳に力を溜めて打ち震えている。
「そこまで反応するか。 まぁ…楽しみだわな。いけるか分からないが」
「いこうぜニーチャン!! 依頼無視しても!」
俺とアルドが子供の様に喜んで会話している。それを呆れてみているイスト。
「男って馬鹿じゃのう…」
「いや、男ってこういうモンだぞイスト」
慌てて弁解する俺も子供なのか、やっぱ。 そしてその横でオズが俺の服を引っ張る。
「…おなかすいた」
この子は250年もいきてて脳内変わってないな! 行動が殆どかわってない。
まぁ、俺も腹は減っているので、船内へ。
船内に入ると、潮風の匂いがほとんどなくなり、木の香りが強くなる。
ランプが至る所にかけてあり、明るくちょっと黄色が強い船内。
切符にあった船室の番号を探してそこのドアを開けると、二段ベッドが左右に一つずつ。
割と狭い感じの室内に、奥の壁際に丸い窓が一つ。 一般用なんだろう安っぽい。
ここに10日近くも詰め込まれるのか。 ちょい気が遠くなるな。
まぁ、リンカーフェイズで飛んでいって嵐にでも会うよりゃマシか。
俺達は船室に荷物を置いて、食堂室へと向かう。
たまに聞こえるギギギ…と言う音が、船の頼り無さを倍増させてくれる。
通路を進み、階段を上がり食堂室に入ると、船室とは打って変わって広い。
並べられたテーブルにキッチリと椅子が並んでいる。
俺達は、食堂の受け口だろうソコに往き、銅貨を6枚置く。
そうすると作り置きの料理にパンと暖かいスープが出てきた。
それを持ってテーブルへと。 早速食べて見たが…旨くも無いが不味くも無い。
なんとも絶妙なマズマズの味を見事に出している。 然し香辛料がこの国は少ないのか、薄い塩味しかしない。
だもんで、デイトから持って帰ってきた醤油に似た油をかけて食べた。
これで旨いと感じるあたり…余程醤油に飢えてるな俺。
そんなこんな、食事を終え、寝室に戻ったワケだが、この中途半端に狭い部屋に四人。
結構キツいものがある。 俺は硬いベットに寝転んで、資料室から借りてきた本を荷物から取り出す。
それを読もうとした瞬間、船がグラリと動いた…出航か。 横揺れが段々と大きく緩やかに。
ちょっと揺りかごに乗っている気分がしなくもない。 イストとアルドは珍しいのか、船外へ出て行った。
オズは…何故かこのクソ狭い俺のベッドに入り込んできて、横に密着してきている。
「オズ…もういい年なんだぞ。 自分のベッドで寝なさい」
緑色のベリーショート。それにこれでもかと映えるオデコ。 眼はダークグレーで相変わらず光が余り感じられない。
白い肌に、結構育った胸とお尻。ちょいぽっちゃりしてきたなおい。
まぁ、アラストルがそれなりにエロいからだしてたから、妹のコイツもそうなっても可笑しくないワケで。
見た目の年齢は18前後。 明らかに身体年齢は俺より上。 身長は俺より低いが。
「…ねる」
駄目だ相変わらずの単発単語。 狭いベッドでいい具合にむっちりしだした年頃の娘。
その娘にこうまで密着されると困るっつーか。
「寝るのは分かったから、自分のベッドで寝なさい。 狭いつか苦しいつか」
「…やだ」
「やだじゃなくて。…はぁ、まぁいいか」
そのまま、オズを右腕で腕まくらして、左手で本を開く。借りてきたのは、
砂塵の霊宮に関する文献を集めて記した本。 『砂塵の霊宮』タイトルまんまだな。
ページをめくると、絵で描かれた砂嵐つか竜巻? に囲まれた何かが描かれている。
線でガーッと横殴りしまくった感じで、概観が不明。…そこがいいんだが。
ふむ…結構これは…。文献によれば入り口は一つでは無く、いくつも存在する。
内部は迷宮になっており、リーシャが手を加える前は監獄だったと。
で、その罪人達の無念が今も尚、出口を求めてさ迷っている…。
「いいねぇ…こういうの大好き」
俺が思わず独り言を呟いたのに気づいて、俺の頬に頬を貼り付けて本を覗き込んでくるオズ。
「お前、顔近すぎっつか、ひっつきすぎ」
「…なに、これ」
「んが? ああ、財宝が未だに眠っている迷宮の文献」
「…いく」
お? 興味沸いたのかオズも乗る気の様だ。 しかし近いっつーに。息がかかってるっつーに。
まぁ、せまっ苦しいしどうにもならんので放置して、引き続き本を読む。
一説によれば、内部に広大な地下空間が広がっている。
落とし穴に落ちれば、砂の滝に落とされて戻ってこれない。
…物騒だな。 だがそれがいい。 ページをわくわくしながらめくる。
ほ~。後は生きて帰ってきた奴が記した内部の罠の避け方とかか…これは要らん。
すっ飛ばして、かなり後の方へと一気にめくる。 …魔物の存在か。
辿り着いた者が居ないので、色々と説が飛び交っている様だな。
リーシャそのものが生きていたり、蛇神がいたり。
サソリや蛇の巣だったり…これはちょっと嫌だな。
あらかた読んだので、本を静かに閉じる。ふと横を見ると俺にしがみついたまま、
静かに寝息を立てて寝ていたオズ。 まぁ可愛らしい寝顔ですこと。
軽くオデコを久しぶりにベチベチ叩いて遊んでみると、太めの眉毛をひそめて左手で払ってきた。
やっぱオデコ叩かれるのが嫌なのか。 その表情を楽しんでいると、二人が戻ってきた。
「な…何をやっておるのじゃ」
「ニーチャンほんとに懐かれてるな!」
「あーまぁ、懐かしいんだろ」
アルドは俺の上のベッドによじ登り、ドスンという音とともに寝転んだ様だ。
少し埃が天井から落ちてきた。 イストは反対側のベッドに座って、俺を凝視してくる。
「んだよ。 さっきから」
「何でも無い。…さて寝る前に入浴してくると致す」
「あいよ、いってらっさい」
そういうと、大きい服を抱えて浴室へといったんだろう。
俺も眠気がピークにきているので、そのまま寝た。
-----------五日後・昼-------------
「暇だーっ!!!」
「まぁ、仕方ないだろ。 降りたら今度は寝る暇あるかもわからんぞ?」
「じゃな。 で、人攫いのアタリはついたのかの?」
俺達は自分のベッドに座りつつ、顔を見合わせている。 オズは相変わらず俺の横に張り付いて離れない。
「ん? ああ。とりあえず邪教集団が怪しいなと。文献では無くなっている。
そうあるが、実際は隠れていまだに存在しているかもしれないからな」
「成る程のう…。 とりあえずワシ等がさらわれぬ様に致さぬとね」
「ああ、特にオズがな」
というと、軽くオズの頭を叩く。
「…さらわれない」
「さいですか」
割とそういう意識は育った様だな。 ちょい安心。
「んだ? 何か騒がしくないか?」
「本当だな! なんだ! シィルドでもきてくれたか!?」
「物騒な事を申すな」
その通り。 そんな化物に襲われるのは勘弁くさいわ!
俺達は、ちょい早足に船外へと出て行った。
そこで目にしたのは、おー…こりゃいいな。
「すっげぇぇぇぇっ!!」
「ほう。 ミアの群れじゃな」
「ミアってのかアレ」
船からかなり近い距離で何か平べったくて黒いモノが、海面からズバーッと飛び出し、
そのままかなりの距離を飛んでいる。見た目エイみたいだが、
妙に長い背びれの模様が七色に輝いて、海水を弾いてとても美しい。
その内の一頭がかなり船に近寄り、併走してくる。
「お~…デカいな」
「ちなみに…肉食じゃぞ? こやつ」
こんな大人しそうな外見して肉食かよ!! その瞬間、併走していた奴が海面から飛び上がり、
こちらに腹を見せ風を受けてそのまま遠くへと飛んでいく。
「うげ…背面に似つかわしくない獰猛なお口だなおい」
「あやつはな、あの平たいからだで獲物に張り付いて、あの口の牙が回る様に出来ておっての」
「…つまりアレか? 肉を削り取って食うのか」
「そうじゃ」
「なんちゅう生き物だよ」
海上に映える美しい生物みれて感動したのに、えらくグロい捕食の仕方する奴というオチが…。
それが2時間程、併走して走りどっかへ行ってしまった。
俺達もいい暇つぶしになったと船内へ戻り、また時間を持て余す事になる。
------------七日後・夜------------
全員がぐっすりと、眠っている中、俺だけ寝付けないのか、
なんとなく船外に出て海面を見ている。
走る船を追いかける様に、夜光虫だろう小さい光の群れが追いかけてくる。
月明かりに小魚の背が反射しているのか、夜光虫なのかは分からないが。…幻想的でとても良い。
食堂室から買ってきた、余りおいしくない酒を片手に、夜の海からの夜空を見る。
最早どれがどの星座かすら分からない程に散りばめられた星。
そして、双星と月。 夜風がとても気持ちよく、眠気が余計に覚めてしまう。
そんなちょっとかっこつけている俺の横にへばりついて来る誰か。 またオズか。
そう思って、頭をベチベチと叩いた。
「何を致す」
お前かよ。 オズみたいな事してるんじゃない。つかその年相応版の体でへばりついてくるな。
「んで、何かご用かいね」
「特に用事は無いのじゃ」
「幼児でなければ用事も無いってか?」
「…」
ひでぇっ!! せめてツッコミいれてくれよ!! ボケたのに…ツッコミすら無いなんて。
「これは…危険じゃのう」
「何がだ?」
何かに気づいたらしく、イストが夜光虫を指差す。 こりゃ無害だろうが。
「そりゃ無害じゃね? 夜光虫か魚の群れかどっちかだろうし」
「数が多すぎる…こやつらの光に餌がよって来て、シィルドがくるかも知れぬ」
「まじかよ…ん?」
そいや、周囲が慌しいな。 流石は船乗りってとこか、来ると見越して準備しているのか。
つかよくそれに気づいたなイストもイストで。
「船員はともかくとして、お前もよく気づいたモンだな」
「本に書いてあるでな。 その程度の事は…それよりも着たら戦うしかないのじゃぞ」
「ん? 大砲でなんとかなるんだろ?」
「これだけの量じゃ。 相当大型のが来るやも…噂をすればじゃな」
俺がイストの指差した方を見ると、確かにクソデカい白いイカ…いやクジラ?
クジラ…だよな。 だが何か可笑しいぞ。段々近づいてきて、船が轟音と黒い煙とともに砲弾を打ち出す。
その砲弾いくつかがシィルドにぶちあたり、水しぶきを上げて巨体を横転させる。
「ぶはっ! なんじゃありゃ」
「あれがシィルドじゃの。 中型といった所か」
ひでぇな。白鯨イカといったらいいのか? なんとも言えない…そう例えるならガレー船だ。
あんな感じの生物。両脇に6本ずつ生えた腕…つか触手? あれをオールみたいに使って泳いでくる。
酷い泳ぎっぷりだよ。 6本の触手でバタフライして…駄目だ…なにあの緊張感を殺ぐ泳ぎ方と容姿…。
耐えかねて俺は中腰になり、腹を抱えて笑い出す。
「だっ…だめありゃ…!! 腹いてっ!! 酷すぎる!!!」
「そこまでシィルドが可笑しいか? まぁ、面妖な姿はしておるが」
どんどん砲撃して、肉がいくらか焦げて削げ落ちてはいるが、勢いは余り衰えていない。
「ほれ、あのままじゃと、沈没はせぬでも船の修理に日数かかってしまうでな。
こちらも手助け致すぞ」
「あいよ。丁度いい暇つぶしってか!」
俺は静かに目を閉じ、体の力を抜く。そしてイストは俺の胸元に手を当てる。
「心拍同期…解析開始!」