第七十九話 「イストラード Ⅸ」
「スヴィアよ、海に入っておれ。アルドが潰れてしまうじゃろうて」
「そこまで…かよ。 判った…任せたぞ」
俺は既に圧力に負けて地面にめり込んでいるアルドを引きずり、海へと入った。
海水がある所為か、随分圧力が軽くなったが、顔を出すので精一杯だ。
後ろでは岩が砕ける音がする。 少し沖の方のネーレが俺達の方へと来た。
「厄災者…話では聞いていましたが、本当に居るとは」
「なんなんだそりゃ?…つか、気を抜くと顔すら海面から出せネェ…」
既に気絶しているアルドの脇を抱えて必死で、海面から顔を出している。 イストの方を見ると、
俺の上着を着ているが、風圧も伴っているのか、めくれあがって着ている意味が…。
双魔環が外れて、幼児から年相応の細身で、
やや大きめで形の良いツンとした胸や小さめのお尻…はさっき来る時に確認した。…何気に余裕あったな俺。
まぁ、溜めていたモノが一気に噴出した。 そういう現状。
「稀にいるのだ、魔族の魔力を凌駕する魔人が…。人魔と呼ばれ厄災者とも呼ばれ。
生まれる際にその魔力で母親を殺してしまう。 忌み嫌われた魔人の異端児」
「な…成る程。 あの本のタイトルというか…そういう意味だったのか…よ」
駄目だ、余りに圧力が強すぎる。俺の限界を悟ったのか、ネーレは俺達を抱えて海に潜り、
少し離れた所へと出てきた。
「ぶはっ…いきなり潜られるとは。 だが助かったよ。 ここなら平気そうだ」
「ああ、では私は時間を稼ぎに往くとしよう」
「無茶すんなよ? イグリスにゃお前の居るべき所がちゃんとあるんだからよ」
「…分かっている」
そう言うと、再び潜り、少し沖の方へと行ったネーレ。 俺はイストの方に視線を戻すと…ぐほ。
何重だよありゃ、青白い魔法陣、それが幾重にも重なっている。 同時に少し高い位置にまでイストは浮いている。
目は閉じており、解るのはかなり苦しそうな表情であるという事。
リセルもあのビックバン使うと気絶してたからな。 つかそれが不向き…なるほど。
あんなモン使ったらその衝撃波で、更に酷い鉄砲水みたいな津波が波状に広がるからか…。
ともあれ、こりゃ見てるしかないな。
ん? 積層型と言えばいいんだろうか、幾重にも重なった魔法陣が左右バラバラに回りだした。
その瞬間、周りの岩場が全部ふっとんだ…っておい。 あぶねぇな!!
準備だけでどんだけ周囲破壊してんだよ!!! 既に足元には巨大な穴があいてる所を見ると、
相当な空気の渦が出てるのかも知れない。 近寄ったらミンチにされそうだ。
ん? 何か後ろからも風が…ってぶは!!!
ネーレが両手を津波の方にかざすと、その先100mぐらいか? そのぐらいに…どでかい海水の壁が。
流石にあの津波よりゃ規模が小さいが、それでも中央を暫く止められ…うへ。
その横50m縦10mぐらいか? その海水の壁が、大津波の方へ走り出すと、
それを幾つも作り出し、文字通り波の様に大津波に走り出す。 イストもすごいがネーレもどんなだよ。
過去の戦いってどんだけだったんだよ。…俺何か凄いちっぽけじゃね?
高い水しぶきと鈍い衝撃音が、あの大津波の中央付近で水煙といえばいいのかソレを巻き上げている。
最早、目では何が起こっているかすら解らない。 多少大津波の勢いは弱まっているが…ここにくるのも時間の問題。
ネーレも肩で息をしている所を見ると、限界が近いな。 イストはまだか?
イストに視線を戻すと、さっきまで回っていた積層型の魔法陣が消えてなくなっている。
一体なんだったのか、今度はヤケに静かになっているが…肩で息をして既に限界に近そうだ、
左目を強く瞑って、右目で睨み付け、歯を食いしばっている。
まだ時間がかかるのか…ん? レガか? よく見るとその上空にレガが…腹を膨らませ…ブレスかよ。
その瞬間、夜空と港町が赤く染まり、口元に溶岩の様なモノが垂れ出てくると同時に、
極太のレーザーみたいなブレスを吐き出し、空気を焦がしつつ一瞬で大津波を横一列に薙ぎ払った。
刀でスパッと水を斬った様に一瞬だけ大津波が横一列に割れ、轟音と共に水煙が立ち上る。
「うほっ。レガの本気ブレスかよ!!」
大津波全てに行き渡った水煙から、少し小さくなったか? それでも30m近くあるような大津波がこちらに襲ってくる。
ネーレがそれに負けじと、渾身の力を振り絞って巨大な海水の壁を叩き付けつづける。
やばいな…ネーレがそろそろ巻き込まれるぞ。 それを俺よりも早く気がついたレガが、
ネーレを海水ごと口にくわえこみ、水しぶきを上げて上昇する。
その直後。
「なんだ…ありゃ」
良くわからないが、大津波が何かにブチ当たってそこから進まなくなっている。
俺はイストの方を向くと、両手を前にかざして両目を瞑って歯を食いしばっている。
…空気の壁…あの時に俺をサンドイッチにした奴の大規模な奴かよ。
然し、勢いがおさまるまで持つのか? …ておい! 更に何か上から押さえつけ…二重詠唱とかいうやつかよ。
前と上から無理矢理押さえつけ、大津波が海中へと沈んで行き、その瞬間今度は海が巨大な渦を巻く。
…三重詠唱!? どんだけだよ!!!
っつーか、 俺達まで飲み込まれる!! 今度は俺がピンチ。 どう考えてもアルド抱えて泳いで逃げれる。
そんな甘い海流じゃない、あっという間に渦の付近まで…あんなもんに飲み込まれたら…
一気に海の底につれてかれて水圧でつぶれるわっ!! 必死に泳いで逆らうが口やら鼻に海水が入りこんでくる。
それでも必死で泳ぐ俺をレガが見つけたのか、急降下してきて口で飲み込む様に咥えて上空へ。
「ぶほっ…しょっぱ!! すまんレガ助かった!!」
口をあけっぱで喋れないのか、頷いたのは振動で解った。 レガが振り向いた先に、
イストが砂浜になっちまった元岸壁で倒れている。 かなり無茶したなアイツは。
「レガ悪い、ちとあの付近までいってくれ!」
聞こえたのか、イスト付近まで飛んで行き、俺は頃合を見計らって海に飛び降りた。
結構な高さだったのか、かなり着水の衝撃があったが気にもせず、泳いで浜辺へと行き、
仰向けに倒れているイストを抱きかかえた。 上着が完全に肌蹴て裸だが…んなモン気にしてる余裕もなく。
「おい。無茶にも程があるぞ。 大丈夫かよ?」
意識はあったのか、うっすらと目を開けて余程苦しかったのか、涙が少しにじんでいる。
そして力なく震える右手を俺に差し出してくる。
「ぬ…主の至らぬ所はワシが補う…。じゃから、ワシを…選んでくれぬ…か」
んだ? こんな時までまだ。
「んな事言ってる場合じゃねぇだろが! 医者はこの港町にもいるだろ。待ってろ呼んでくる」
「無駄じゃ…精神的な…ダメージは、治せぬ…ぞ。 それ…よりもワシを…」
…。まぁ、イストの言う通りだな。 確かに今回はイストがいたから何とかなったしな。
同時に、イストが余計な力を使わない為にも…か。 信頼関係つーよりも利害関係だなぁ。
ま、…それもいいかも知れんか。 何よりコイツは俺が考えてるより重いモン背負ってるみたいだ。
俺は何も言わずに、差し伸べてきた右手を握ってこういった。
「ああ、分かったよ。 これからはお前が相方だ。 恐れ入ったよ」
「ほ…本当…か?」
「ああ、男に二言はネェよ」
…おい。 そう言った瞬間に苦もなく起き上がり飛び跳ねだしたぞ。 さっきまでの瀕死どこいったよ!!!
「待てイスト…そりゃなんだおい!!!」
「男に二言は無いのじゃろ? ん? 今この場から主とワシは共にじゃ!!!」
この女狐!!!! 猿芝居してやがったのか!!!!!!
つか、あれだけ強力なモン出してまだピンピンしてやがるのかよ。 ネーレが怯えるワケだ。
「テメェ!! 騙しやがったのか!!!」
「はて、何の事じゃろう?」
右手の人差し指を口に当てて、首を軽く傾げやがった…。
「…くそ。…で」
「なんじゃな?」
「裸だと言う事を忘れてないか?」
「こ…この虚けがーーーーーーーーー!!!!」
その瞬間巨大な水しぶきと共に俺は結構な距離まで吹っ飛ばされた。
何もしてねぇだろ? 俺。
そんなこんなで、夜が明ける。 色々と明け方に港町の人々に事情を説明し、そして礼を言われたワケだ。
今からデイトは再興を始める事となるが、ここの人は心身ともに強そうだ、すぐに活気も戻るだろう。
礼やらなにやら、食事と酒を振舞われて夜が来た。 既に話し疲れて疲労が溜まっているが、
ネーレを連れて、今度は帰らなければいけない。
俺達はレガの待つ灯台の岬へと行く。
そこの岬の岸壁で、ネーレが居たので早速声をかける。
「こんばんわ。ネーレさん準備はいいか?」
「ああ、構わない」
確認すると、レガに合図を送り、岬付近の海にレガが豪快に着水する。 これもこれで津波だよな。
そう思える波が俺を襲ってくる。 鼻と口に海水が大量に入ったのか、むせている俺。
「海水は人間にはあわないか」
笑われたよ。 …ん? ありゃ…シーフィか。 しつこいな。
「シーフィさんか? 何か用かい?
ネーレさんは遠い所、アルセリアの教えが広まっている地に移り住むよ」
「異端者…。よくも邪魔を」
いい加減俺もブチキレるぞ。
「異端者異端者うるせぇぞ。 今度あんな津波起こしてみろ。
双極竜セオの娘と、大精霊クァの直系の俺を敵に回す事になるから覚悟しろよ」
あんまり片方の肩を持つのはよくないが、ここはセオの名前を使って均衡状態にさせておいた方がいいだろうな。
ソレを聞くと、シーフィは怯えた表情になる。
「セオの娘…クァまでも異端に組するか…」
「クァはケリアドの教えに従っていたが、今は違うと思うぞ。ケリアドの暴挙に対して怒ったからな」
「…」
そう言うと、海中へと消えたシーフィ。 まぁ仕方ない。
「スヴィアよ。セオとティシアの娘は生きているのか?」
んだ? 俺に近寄ってきて何を…花びらを何か水?いや冷たくない氷みたいなもので固まらせてあるな なんだこりゃ。
「ティシアだ。 私が花に変えてしまった」
「ああ、成る程。 そう言う事か。 じゃあコイツはシアンさんに渡しておくよ」
「頼む…」
そう言うと、俺達もレガの背に乗って、再び上空へ。
竜の背に人魚が乗ってる姿はなんともいうずこう…変だな。俺はまじまじと見ている。
レーネは港町と分かれるのが辛いのか、遠のく港をただ黙って見つめている。
オズとアルドは首の方で楽しんでいる様だが…イストは俺に張り付いて相変わらずの高所恐怖症。
つかイストの力と精神力のソレはリセルより凄そうだな。
あのビックバンより凄い事をやって、あんな猿芝居する余裕あったからな…。
あーなんかムカついてきた。 騙されっぱなしじゃないか今回俺。 人間不信になっちまうぞコラ。
んだ? アルドがこっちに。
「なぁニーチャン! その大きい樽なんだ?」
「ああこれか? 土産に貰ってきた!!」
「何もらったんだよ?」
「醤油のかわりだ!!!」
「ショウユってなんだよ!!?」
「故郷の味!!!」
わけ分からんと、首を傾げてレガの首へと戻っていくアルド。
さて、取りあえず一件落着という事で…、帰ったら今度はトアか。 また何かややこしい事あるんだろうな。