第七十六話 「イストラード Ⅵ」
随分と夜もふけて、夜風が冷たく窓を閉じる。 その閉じた窓から見える限り、砂浜は見えない。
やはり干潮、それも満月の時か。
光を嫌う、夜の君。 多分にここらだと満月の夜に一番潮が引くんだろう。
にしても、この本。夜霧の哀花、本文がやたら古く、後半の解釈が比較的新しいな。 …。
後から付け加えられたのか、そして一冊きり。 何かしらの理由があって残りは失われたのか。
それとも元々この一冊のみなのか。 そこは判らないが。 砂浜のアタリはついた。
その砂浜に、気の遠くなる様な時間、経ち続けて空を望んでいる君。コイツもそこにいけば判るだろうな。
とりあえず、これはここまでか。
ふと、視線をイストに移す。 ぐっすりとコッチを向いて寝ている。 見れば見る程リセルに似ている。
まぁ、それはいいか。 然しそこまで警戒せんでもな。足元に本で境界線なぞ引いて…お。
『イグリスとデイト』これも気になった本だったな、境界線にされた本の一冊に合った。
俺は椅子から立ち上がり、本を拾い、また椅子に腰をかける。
外の光が月と星の光のみ。ほんのりと閉じた窓から射し込み、木製のテーブルのランプの火がユラユラと揺れている。
大した明るさでは無く、ちっと本を読むのに不便な処もあるが…茶色基調の部屋も相まってか、
セピアといえばいいのか? そういう色合いの部屋になっている。 中々に良い雰囲気。
さっそく手に取った本を開いてみる。 今度は歴史の様だ。
メギアスにあるイグリス。 スリグラという大陸にあるデイト。 メギアスも結構デカいが、スリグラはもっとデカいな。
レガの飛行速度がとんでもなかったんだろうか、実際は相当な距離だ。 この距離にも関わらず貿易も含め。
イグリスとデイトは、友好関係…いや。 一匹の竜と一人の魔人。その二人が友好の切欠になった。
そう書いてあるな。 …しかし夜の君とは話が合わないが…。 まぁ続きを読むか。
貿易品はイグリス周辺のスラクの毛皮や肉等動物類、植物類。 デイトは魚介類みたいだ。
移動は、船でメギアスに行き、そこから飛行可能なリンカーが…か。 相当貿易の暦は長いみたいだな。
他に目ぼしいものも無い様なので、俺は本を閉じた。 ん? 横に視線を感じたので横を向く。
「いい子はちゃんと寝なさい」
「子供扱い致すな」
シーツを顔半分まで被ってこちらを見ている。 んだよ。
「寝れないのか? それとも何か用事か?」
「あれから何か判ったみたいじゃな?」
ああ、それが気になってるのか。 流石に本の虫。
「砂浜の所在はある程度アタリはついたよ。 ただ満月の夜まで待つ必要がある」
「そう…か。主はワシ等が知らぬ事まで知っておるようじゃな」
まぁ、進化の違いで色々と知識の差もあるだろうからな。
「満足したらさっさと寝る。 …ま、あと3~4日ぐらいは殆ど何する事も無いがな」
「判った」
そう言うと、もぞもぞとシーツを頭まで被って寝た様だ。
俺もテーブルにもたれこんで寝る事にした。
-------------数日後・夜---------------------
あれから、大してする事も無かったがアルドとオズに頼み、ここら一帯の浜辺で浅瀬になっている所。
それを上空から調べてもらっていた。 ここから灯台とは逆の方にやはり浅瀬になっている所はあったらしい。
ここの住人が砂浜に気付かない。 ソレを考えると干潮は深夜だな。
情報自体もあれから進展も無く、満月の夜。 今晩を待つ事となった。
「ニーチャン! まだか?」
「ん? ああ深夜だ。 見上げる程高い位置まで月が登るのを待たないとな」
「時間かかるぜ!!」
「仕方ないだろ」
アルドは俺達の部屋に来て、暇を持て余している様だ。 イストは相変わらず本の虫。
それからぼちぼち時間を潰し、月がかなり高い位置にきた。22時付近って処か。
「よし、そろそろ出ようか」
「まってました!」
「では、往くと致すか」
「…うん」
四人一組で、宿を出て月明かりだけしかない港町を出て、灯台の反対側の岩壁へと。
岩壁の合間を進んで20分かそこらか、確かに干潮で浜辺が少し沖の方へと続いている。
「うおー。海に道が出来てるぜ!」
「本当に砂浜になっておるの」
「…あれは何?」
オズが指差す先に、何か立っているモノが見える。あれが夜の君なのか? 判らんが…。
俺達は、潮が引いて出来た砂浜を進み、その何かに歩いて往く。
何か、崩れた石像。…石像? 確か封印も石像だよな。これなら長い年月ずっと此処に居られる。納得。
問題は、これが崩れている。 破れた…破れた封印って処か。 少し飛んだが。
俺は何か次の情報が無いかと、崩れた石像に近寄り触れてみたりする。
然し変わった処は無く、石像の元は女性らしい事ぐらいか。 イスト達は貝が珍しいのか、
浅瀬にある貝を拾ったりしている。 どうもここでこれ以上の情報は得られない…か?
半ば諦め帰ろうか、そう思った矢先、海の方から歌声が聞こえる。 イスト達も何かと歌声の方を向く。
「何じゃ? 綺麗な歌声じゃが…少し哀しいのう」
「誰がこんな夜中に歌ってんだよ?」
「…あそこ」
オズがまた見つけたのか、浅瀬から少し離れた処に、岩が一つ頭を出しており、そこに…。
歌…に岩に…ヤバいな。セイレーンの類かよ。
「お前等、耳を塞げ。俺の知ってる魔物なら厄介な歌だぞ」
それを聞いたのか、全員が耳を塞ぐ。…然し直接脳に作用するのか、どうも無駄な様だ。
少し眩暈…というか平衡感覚を奪われた様な感じはしたが…どうも敵意が無い様に見える。
その岩に座って、ただ空を仰いで歌っている。そう取れた。 ん? こっちに気付いたのか海に飛び込んだな。
「なんじゃ? 居なくなったぞ?」
「帰ったんじゃないか?」
いや、どう見てもコッチに気付いたから、海に飛び込んだ。 …とすると。
「若い子達。此処にどうやって気付いたの?」
お、おしとやかさが、伺える声色で、近場の海から肩まだ出して、尋ねてきたな。
銀色の濡れた長髪を海面に漂わせ、彫りの深い整った顔立ち。 スタイルは残念ながら海の中しかも夜だからわからん。
その彼女に、イスト達は驚いて警戒してるが、どうも敵意そのものが感じられない。 取り合えず俺はここの調査に来た事。
そして、夜霧の哀花という本を頼りに、この砂浜を見つけた。そして夜の君のソレだろう石像を見つけたが、
そこで手詰まりになった事を話した。
「そうですか…。 では、その石像が封印だと言う事は知っている様ですね?」
「スな。 ただこりゃ相当古そうっスな。どういった封印で?」
判った事は、そのセイレーンの類の種族が作ったモノで眠りにつかせる作用があったという事。
遥か昔にそれが破れて、一人の魔人と一匹の竜が、この海で共に戦った。
眠りについていたのは、ネーレという奴らしく、常に水の泡に包まれている。
そして、彼女の歌声は聴く者を花に変えてしまう。 そして海をも操るとの事。
リヴァイアサンかとおもったら違う様だ。
・・・水の泡で火耐性があるのか。 レガの助力は得られそうに無いな。
トドメに海を操る、これも厄介だ。 夜霧ってのも多分に海水を散らしてるんだろう。
何より津波やら渦潮がたまらんな。 どう考えても空中戦か。
「成る程。でも、その一人の魔人と一匹の竜が倒したんじゃないんスか?」
「確かに倒しました。 けれど、ある二人が結ばれ…何を思ったのかネーレは
それからと言うモノ、荒れてしまい。人々を…そうリンカー達を執拗に」
んだよ! 嫉妬かよ!! 嫉妬でこんな迷惑かけまくってんのかよ!!
えらい話の規模が下がったなおい!! …まぁ、そんなモンか。
「成る程ね。じゃあ俺達がそのネーレってのを退治しちまっても構わないスかね?
お姉さんと同じ種族っぽいスけど」
「…構いません。 彼女は多くを殺めました、罰は受けねばならない。
ただ、私達よりも力が強く、与えられる者がいない。
人間の若い子達、貴方達でも…」
ん? おま! 割り込んでくるなイスト! アルド!!
「任せられよ! 疾風の血族。竜族と単身で戦う様な化物がこちらにもおる。」
「そうだぜ!」
おまえら…!!! やめろ! 恥ずかしいからやめてくれ!
うわ! コッチ見てるよ! 俺を凝視してるよ。
「フィア様のご子息の…そう。ならばネーレを止められるかも知れません。
もし彼女を止められたならば、相応のお礼を差し上げましょう」
うお? 何かくれるってのか。 俄然やる気が出て参りました!! ああ現金な俺。
「フィアってのが風の…ああ。罰を与えるってあたりから気になってたけど。
あ、名前聞いてなかったスな。俺はスヴィア=ヤサカ。こいつらは…」
順々にイスト達が挨拶すると、彼女も名乗りだす。
「私はシーフィ。 この一族の長。 そしてスヴィアさんですね。
何か言いそびれた様ですが…」
「ああ、シーフィさんはケリアドの教えに従ったんスなと」
軽く頷いて、俺に尋ね返してきた。
「はい。 貴方はそれを知っている。…それに辿り着くまでにどれだけの苦労をしたかが伺えます。
貴方はどちらの教えを尊び、守っておられますか?」
ここでアルセリア! なんて言ったら敵に回すだろうな。確実に。
「アルセリアの教えもケリアドの教えも、両方に良い部分と悪い部分があるっスからな。
俺は俺の世界、住んでいた処の在り方に従うだけっスわ」
「ああ。飛鳥の…。そうですか、ならば我等の同胞と思いましょう…そろそろ時間の様ですね。
砂浜が消えつつあります。 帰りなさい」
「うス。 これである程度戦う作戦立てられそうっスわ。ありがとうシーフィ」
そういうと、シーフィは軽く微笑むと海に潜っていった。 俺達も帰り道を失うとこまるので早々に岩壁へと。
そしてまた、岩壁から港町、宿屋へと帰り、椅子に座る。潮風が嫌なのかイストは帰るなり風呂に。
暫くして風呂から出てきたイストが、俺の向かい側の椅子に座り俺の方をジッと見ている。
「のうスヴィア。…その、相方の事じゃけれど」
「考え中」
「そ…そうか。…そうじゃな」
沈んだ表情でベッドに座り、そのままシーツに潜り込んだイスト。 わりぃなそんな簡単に踏ん切りつかないワケだ。
「のう…。 それは良いとして、ネーレと言う奴の歌はどうするのじゃ?」
「ああ、シーフィの歌で判ったが耳を塞いでも無駄だからな」
「どうしようも無いのう。聞いてしまうと花に変えられるのじゃろう?」
「その辺りは問題無い。 対抗策はあるさ。 それよりも引っかかる事」
シーツから顔半分だけ出して、こちらを見てくるイスト。
「なんじゃ?」
「シーフィの話だと、ただの嫉妬だろう? 嫉妬なら二人…ん? 二人?
一人と一匹の他に何かいるのか、それはまだ判らないが。
まぁ、嫉妬ならそいつ等殺せば満足するだろう?」
「じゃのに、何故今も尚…じゃな」
「ああ、そこが問題だ。殺せない程強かったのか、あるいは別の理由か」
「それは、本人のみぞ知るという所じゃろうな」
軽く頷く。まぁ、取り合えず準備だな明日は。…ん? なんださっきからコッチ見て。
「どうしたよ」
「い…一緒に寝て良いぞ。 し…信頼関係を…その」
「あのな。 そういうのは信頼関係とは言わん! 大人しく寝なさい」
「わ…判ったのじゃ」
そういうと、またシーツに潜り込んで寝た様だ。どういう理屈でそうなったんだ全く。
ともかく、明日に原因が判り、うまくすれば解決にまでいけそうだ。
下手すれば海の藻屑だが・・・。