第七十三話 「イストラード Ⅲ」
「うお~。風が気持ちええ~」
「ち…ちょっと高過ぎぬか? 赤き竜よ」
「なんだ小娘。 高い所が怖いのか」
俺達は、食料を詰め込み早速デイトへと、海を渡っている最中。
お嬢ちゃんの言葉に意地悪でもしたくなったのか、更に高度を上げて高く飛ぶ。
「ぬ…主!! わ…わざとやっておるであろう!!!」
俺に必死でしがみ付いて、周囲を見ない様に目を閉じて唇を噛み締めている。
それを横目で見たレガは馬鹿笑いしつつ、今度は海目掛けて急降下する。
「きっ…ぎゃぁぁぁああああああああああっ!!」
ぎゃあってお前。 レガは海面すれすれまで急降下し、水を斬る様に飛んで再び高くに飛ぶ。
激しい水飛沫が海上の風に舞い明かり、中型の虹を作り出している。
「レガ、お前そういう奴だったか? つかあんな虹が出来るほどの勢いで突っ込んだのかよ」
「ただ飛んでいるだけでは暇でな!」
「成る程納得」
にしても、この程度の高度でこんな状態だと…。
俺はレガの顔から、お嬢ちゃんの方へと視線を移す。
「お嬢…いやイストラード。…何か呼びにくいな。まぁそれはいいとして。
俺とリンカーフェイズするともっと酷い高さまで上がる時もあるぞ?」
「なっ…それはやめるのじゃ!! それにイストで良い!」
「あいよ。んじゃイスで」
「イスではなーいっ!!」
目をつぶって必死にしがみ付き怒ってるな。 つか俺と同い年ぐらい…の筈だよな。
にしちゃ幼稚園児みたいな身長と体型だな。 リセルの子孫にしちゃ…まぁいいか。
然し、流石に絶頂期のドラゴン。早いの何の、朝一に出てもうじき、昼がくるが、遠くにうっすらと大陸が見えてきている。
まだどんな概観なのかは判らないが、貿易で成り立ってんなら貿易港みたいな所があるだろうと。
「スヴィア。だったな、今は。 彼の地の事は調べてあるのか?」
「ん? ああ。大体の事はな。 ただ文書・伝承は当てにならないから参考程度に止めてるよ」
「そうか。ならばいい」
必死に俺にしがみ付いているイストが、俺に聞いてくる。
「の…のうスヴィア。伝承が当てにならないとはどういう意味じゃ?」
ん? ああ、知らないのか。
「言い伝えやら文書は、時間と共に枝分かれして、原型がほとんど無くなるってこったよ。
神が傲慢。これだけでもえらい違いがあったもんだよ」
「そ…そうじゃな。うん」
相当怖いのか、しおらしいな。 お、大分近づいてきたな。 茶色の建物らしきものが結構。
それに灰色の岸壁…か、ありゃ。 多分そんな所だろう。一際大きい建物は見当たらない。
完全に港町って感じだな。 こりゃ確かに魚が美味そうだ。
その左側に岬があり、山も見える。 俺はレガに聞こえる様に声を出す。
「おーい! 左側に岬。その近くに山があるからそこに下ろしてくんね?
あそこならレガも身を隠せるだろ?」
流石に街中にドラゴンでズドン!と降りるワケにもいかんだろうし。
その言葉に頷いたレガは、少し方向を変えて岬へと。 もう5分ぐらいか?
俺は視線をイストに移す。
「もう5分程度で着くぞ。イスト」
「よ…ようやくか」
「怖くて、おもらししてないか?」
「ぶっ…無礼な!!」
大陸が近づいたのか、随分と速度と高度を落としたレガ。
それに安心したのか、急に元気になるイスト。
「で、これからどう致す?」
「あん? 取り合えず宿探し。 一応日数かかるだろうと金貨幾つかもらってきてるからな」
「そうか、あいわかったのじゃ」
相変わらず、妙な口調だなおい。 っと、軽く上昇して速度落としたな。
レガの背から身を乗り出すと、既に山の付近に来ていた。
「では、降りるぞ。 掴まっていろ」
そういうと、サザは丁寧におりていたが、コイツは違う。 そのまま地面に落ちる。
周りの木々を踏み潰したり、その衝撃で吹き飛ばす。 周り全く気にしないんだよな。
激しい地鳴りと地響き。爆風・土煙を巻き上げて着地する。
そのまま屈み込んで、俺達が降りるのを待つレガ。
「お前相変わらず、凄い荒い着地の仕方だな。 周りが無茶苦茶だぞこりゃ」
半径10数mの木々が根こそぎなぎ倒され、大きい岩が横倒しになっていたり。
レガの巨体の重さが良く判る惨状だ。
「知らんな」
「さいですか。 まぁ、取り合えず悪いけど、戻るまでこの当りでのんびりしててくれな」
「ああ、判った」
そういうと、山の奥の方へと飛んでいった。 イストは俺の横で、その惨状を目を丸くしてみている。
「凄いものじゃな。竜族というのは」
「あ~。サザもヴァランも凄いが、アイツはもっと酷いわな。何せ若いんだろうから」
ぬ。 サザとヴァランを知らなかったか。 質問してきやがった。
まぁ、俺と行動するなら知っといた方がいいか。 大体の事を掻い摘んで話した。
「成る程。先程の赤き竜の父方がサザなのじゃな。 で雷の竜も知り合いにおると。
…然し竜を知り合いに持つとは、一体如何にして?」
質問が更に質問へとなるからたまったモンじゃないな。
「サザには話し合いで。 ヴァランは戦いで。 それ以下でもそれ以上でも無い」
「竜族と戦ったと申すか、一体何人じゃ?100か? 200か?」
「んにゃ、リンカーフェイズの再生能力は使ったものの、戦闘自体は俺単体」
うっわー。 すっげぇ疑わしい目で見てやがる。
まぁ、そりゃそうか。
「嘘を…ついてる様には見えぬな。 何よりも疾風の契約を成せる様な者じゃし」
わりと物分りいいんだな。 ちょいと意地悪を一つ。
「ちなみに、俺より化物みたいに強い奴に、既にあってるぞイスト」
うへ、服の袖が伸びる!
力いっぱい引っ張ってきやがった。
「誰じゃ?」
「学園長だよ、怒らせると怖いってモンじゃネェ。 後、あのオーマ。あいつもだ」
「学園長…只者では無いとみておったが…オーマ先生もそうじゃったのか」
「そうもなにもお前の遠…」
しまった!!
「知っておるぞ? ワシの血族の祖となったリセルという者のお爺様じゃろ?」
「んだ、知ってたのか。ならいい…いや、それなら強過ぎる力を持ってる事もしってるな?」
イストの小さい肩を掴んで知っているのか尋ねた俺。
「勿論じゃ。それを使ってどうなったかも知っておる。 ワシは身に余る力は使わぬ」
思ったより賢い子の様だ。 天然なのか賢いのかどっちなんだったく。
軽く、イストの頭を撫でて一言。
「いい子いい子」
「こっ…子供扱いするでないわっ!!」
「どう見ても子供じゃないか…ん?」
さっきの騒ぎで周囲の魔物がこちらに様子を見に来たのか。
あちらこちらから殺気が。 俺は後ろにイストを隠して周囲を探る。
「なんじゃ。どう致した」
「魔物のお出迎えっぽいな」
「ふむ。 任せた」
お前な…!! まぁ、下手に立ち回られるよりゃ楽だわな。
周囲を探ると、んだよコボルドかよ。それに蛇のデカいの一匹。
「コボルドはどうとして、あの蛇はなんだ妙にデカいな」
「ヴァルトーじゃな。この地域にしか生息しない厄介な魔物じゃ」
俺は視線だけイストに移して尋ねる。
「そのヴァルトーとやらはどう厄介なんだ?」
「それは………」
「忘れたのかよ」
オチの見えた会話は即座に潰す。それが俺の正義。
俺が視線をイストにやって話している間にコボルドが、数匹飛び掛ってくる。
「スヴィア! 余所見しておる場合では…。 !?」
余所見しつつ、順番に突っ込んできたコボルド6匹。
右腕にもった武器で殴ってきたので、武器に取り巻いてる風を使い破壊し、
その風を鋭くさせて、二匹目・三匹目の首を切断。
四匹目の武器と腕をそれに取り巻いている風で粉砕し、五匹目の胴を砕き六匹目を弾き飛ばす。
そしてその動作が円を描いており、最初の一匹の頭部を砕く。
一瞬で周囲に血飛沫が舞い、粉砕された頭から目玉と脳味噌が飛び散って地面に落ちる。
無残な姿になったコボルドの死骸が、次々と地面に落ちて内臓が飛び出し腸が地面でのたうちまわっている。
俺の影にいたが、無風活殺の円を描いた全方位同時攻撃の所為か、イストにも血が結構かかってしまった様だが、
血がかなりついた俺の顔を目を丸くしてみている。
「なんだよ。血と内臓見て怖気づいたか?」
「いや…主。今…両手で円を描いただけじゃよな?」
「無風活殺。見えない風の刃と鈍器の0距離攻撃。相手の勢いがそのまま攻撃力に変わる力だよ」
「…直にこうして見るまで、眉唾モノと思っておったが…恐ろしく破壊的な防御の力じゃの」
ま、相手が動かなきゃ攻撃力0なんだが。言い返せば。 それはいいとして。
「残りのコボルドは逃げていったな。後は…あの蛇か」
「気をつけるのじゃ。何か厄介な能力持っていた筈じゃぞ?」
「それが判れば楽そうなんだが、まぁ…敵じゃないだろ」
と、だんだんとこちらに這いずり寄ってくる巨大な蛇。
色は青灰色で、頭が平たく異様に大きい。キンクグコブラといえば近いかもしれない。
身の丈は俺が172。それよりも少し大きい所を見ると、
連続で噛み付いてくる場合の射程距離は2m前後か。 単発攻撃だと、跳躍抜きでパッと見5~8m。
取り合えず、イストを抱き抱える。 いや幼女趣味とかそんなんでは無く、避けた時に取り残されたりすると厄介。
「なっ…何をしておるのじゃ虚け!」
「避けた時にイストだけ動けないとかなると厄介だからな」
「だからといって、ワシを抱えて戦えるワケがなかろう!」
蛇と睨みあい、段々と間合いが近づく。 そろそろ蛇の単発攻撃範囲だな。
軽く腰を落として、右手を下げる。
「主、構えんかっ!」
「無構えが構えなんだよ、無風活殺は」
「そ…そうなのか」
少し、視線をイストに移した瞬間、蛇が飛び掛ってきた。 獣の習性だろうな目をそらしたら負け。
「お、おいっ!余所見なぞしている場合っ… !?」
勿論わざと。 視線外せば獰猛な動物は飛び掛ってくるからな。
飛んでくるタイミングが判れば後は、頭から口をあけて飛び掛ってくる蛇の頭を右手で流す。
それと同時に風巻き込んで飛んでくるので、その渦を巻いてる風で頭を切り刻む。
切り刻まれて、頭部がサイコロステーキみたいになつて崩れ落ち、後から血が噴出してくる。ナイス切れ味。
「あ…相手になっておらぬな」
唖然としてイストが蛇の方を見ている。
「まぁ、この程度はなぁ。 ヴァランの雷撃に比べたら可愛い…なんだありゃ」
おいおい。頭部無くして動くのは判るが、再生つか復元に近くないか。
「む。思い出したのじゃ。 奴が厄介なのは…」
「復元能力かよ。 いや確かに蛇は神の使いと言うがよ。 ひでぇなおい。 砕は使えないぞ俺」
瞬く間に復元して、こちらにまた這いずりよってくる巨大な蛇。
ええいクソ。 しょっぱなからややこしい敵だなおい。




