第四十八話 「器」
四十八話目となります。 今回はケルドメインです。
追記: ラストの文章、私はいずれ> いずれ
「ケルドよ、どうかね。あの二人の様子は」
「はい。残念ながら、リンカーの方が年齢・精神的にまだ子供を作る事が厳しく。
女性に抱きつかれただけで、気絶してしまう様でして。
かといって、魔人の方にリンカーをあてがうと…」
「成る程。 まぁ、その辺りは大目に見ようか。
彼等のお陰で順調に03の育成も進む様になった事だ」
暗い部屋。僅かに蝋燭の明かりが周囲を照らす中。 椅子に座る男。
このレガートの王、エディオス。かなりの高齢で既に髪の毛も無く、
その分、髭が肩付近まで生えたご老人。
「エディオス様。 昨日からあの二人の行動に監視を外されましたが。
何やら外周の者を集めて、動物の捕り方を教えている様です。
これは如何いたしましょう?」
何も考えていない。 ただ地面にある小石を磨いてどうする。
という考えだけが伝わってくる。 愚かな。
「捨て置け。 どう磨いたとて小石は所詮小石」
「判りました。では、そのように」
わざとらしく、軽く咳払いをする王は、何か言いたげに…成る程。
「03の事で御座いますね?」
「うむ」
「戦闘訓練の工程は順調で御座います。 今の所は自我の芽生えも無く、何も問題も無いかと」
満足した様に座っている椅子に深くもたれた。
「では、私はこれにて」
深く一礼をして、その場を去り城の屋上、監視塔へと。
そこから周囲を一望する。
「攻撃に偏りすぎて、脆い作りの街並みですね…。
これでは、シアお嬢様を止められる筈も無い。
イグリスを完全に無力化したとでも思っているのか、あの王は」
僅かに見える国境の谷の向こうにあるイグリスを見て、そのまま視線を落とす。
それにしても、いやはや。 王足る器はあの者には在らず、
あの若者…ガット君にありそうですね。
数えきれない程の人数が城下街の入り口に集まっている。
「少々、様子でも見に行きますか」
霞と消え、城下街の入り口へと。
そこでまず目にしたのは、ガット君とアリセア君。
相変わらず仲のお宜しい事で、いつもの痴話喧嘩とおいかけっこをしてますね。
「うるせぇブース!」
「ブス言うな馬鹿ット!!」
全く持ってガット君の照れ隠しは筋金入りですね。
「お二人共、こんな人数を集めて何をなさるおつもりで?」
「あ、ケルドのニーチャン…いつもイキナリ現れるな!!」
「そりゃ神族だもん…」
「羨ましいぜ!!」
本当に心底羨ましがってますね。
それよりも…ふむ。 国を内側から崩すのかと思いきや、
本当に捕り方を教えるだけ…ですか。
「ガット君、君はこの者達に動物の捕り方を教えて、何を求めるのでしょう?」
「あ? 求めるって何を求めるんだよ! 食えなきゃ死ぬだろ?」
「それだけ…で御座いますか?」
「そうだ! つかそれ以外に何があるってんだよ!」
「馬鹿だから何も考えて無いのよケルドさん」
「馬鹿言うなブス!!」
「ブス言うな馬鹿!!」
…。 確かにそれ以外の考えが全くありませんね。
普通、この様な行動に出る時は、何かしら見返りを求める献身。
彼には全くそれが見受けられない。 ただ人が死ぬソレを見たくない。といった所でしょうか。
以前に此処でその死を目の前にした時に、このレガートに単身で殴りこみましたからね。
覇王…賢王…そのどれとも違う器。 ふむ。本当に面白い子供です。
いや、子供で在るが故に…でしょうか。
「所でニーチャン! こんな騒ぎになってるけど上の方は大丈夫か?」
おや、私の心配ですか。 彼がこちらに歩み寄りながら尋ねてきましたね。
「大丈夫ですよ。 既に報告はしてありますが、君の取っている行動に何も問題無いとの事」
「そうか!」
「ごめんなさいねケルドさん。 この馬鹿が手間ばかりかけて」
アリセア君の方も私の心配ですか。 この二人は考えが似てない様で似ておりますね。
さて、それにしてもこの人数。 彼等がレガートに来てまだ数日。
たった数日でこの人望ですか。 私が視線を民衆に移すと、その集まった先にガット君が走っていきましたね。
どうやら、何か話している様ですが…。
「アリセア君。 君はついていかないのですか?」
尋ねると、呆れた表情で返してきましたね。
「ずっとアイツの傍だと疲れるから」
「でも、傍に居たい。 と」
顔を赤くして両手を私の方へ向け、必死で振ってますね。
「ちょっ…ケルドさん! 女の子のそういう心読んだら駄目ですよっ!?」
「おや、それはすみませんね。 ですが読んだ覚えはありませんよ?
君も君で、ガット君同様に…顔に出てますから」
本当に面白い。 読む必要も無く、今度は必死で表情消そうとしておりますね。
「ウッ…ウチはあんな馬鹿と一緒じゃ…」
「良く似ておりますよ…? 然しまぁ」
視線をガット君に移す。 狩猟の道具の作り方を教えている様ですね。
「ガット君はどうやら、とても大きな器をお持ちの様ですね」
その言葉に、アリセア君も視線をガット君に移し、腰に両手を当てて溜息をつく。
「確かに大きいと思うけど…」
「それ以上に大きな穴が底に開いている。 でしょうか?」
その言葉に私の方に振り向き、心配そうにいってくる。
「そうそれ! 穴どころか底が無いよ!!」
「底が無い…。 それは言い換えると褒め言葉になります。
余程、彼を信頼しているのですね?」
また顔を赤くして必死で誤魔化す仕草。 判りやすいですね。
「いやっ…そういう意味じゃなくて!!」
「では、どのような意味でしょうか?」
両手を腰に当てて睨んできましたね。
「もう! ケルドさん意地悪すぎです!」
「はは。まぁ、一応敵ですよ? 私は」
おや? その言葉に表情が元に戻りましたね。
「ねぇ、前から聞きたかったけど…ケルドさん何を考えているの?
イグリスをあんなにしたのは許せないけど…そんな悪人には見えないよウチ」
私が悪人に見えない。 この子もこの子で面白い事を。
「ははは。 悪人と一口に申しましても様々ですよ?
君が私をどう捉えようとも、私は私の求めるモノを求めるだけです。
それが君の言う悪であったとしても」
「う~ん…じゃあさ、求めるモノって何?」
単刀直入に聞いてきますね。
下から興味津々に覗き込んでくる彼女。
「私の求めるモノ。それは…」
「それは?」
軽く彼女の緑色の左右に分けた前髪を右手で少しかき上げて、額に唇を軽く当てる。
「ちょっ!? ケルドさん!?」
「秘密です」
顔を真っ赤にして、額を右手で抑えてますね。 …おや、怒らせてしまいましたかね。
かなり睨んでいます。
「ケ ル ド さ ん ?」
地面を強く踏んでにじり寄ってきますね。 これは少々悪戯が過ぎましたか。
「ははは。つい悪戯が過ぎましたね。 では一つだけヒントを。
私が求めているのは、他でもない君達全てですよ?」
「え? 私達全てってどういう…」
顎に右手を当てて首をかしげてますね。
「そういう意味です。 それ以外に何もありませんね」
「う、う~ん…」
再び、ガット君の方へ視線を移す。 おや? いつのまにフィリドを…早いですね。
私の視線に気付いたのか、アリセア君も同じ方を向く。
「あ~、ガットね。臭いで動物の位置とか、雨降ってくるとか判るみたいなの」
「臭いでですか。 まるで獣ですね」
本当に面白い少年ですね。
臭いで動物の位置を認識するだけでなく、天候まで判りますか…。
興味深い、彼がこれからこの国をどうするのか…そろそろあのご老人は用済みの様ですね。
「ケルドさん? 何かよこしまな事考えて無い?」
「おや? 顔に出ておりましたか?」
「悪い事しちゃ駄目だよ?」
私の腹部を軽く拳の裏で叩いてきてますね。
まぁ、暫くはこの子達にあわせるのも悪くないかも知れません。
子供が作る国…それは如何なモノに成り得るか…。
「聞いてます? ケルドさん」
「おや? 少し考え事をしておりました。すみません」
「もうっ」
腰に手を当てて怒っておりますね。 彼もそうですが、アリセア君も読む必要が無い。
行動がそのまま考えに直結してますからね。 シアお嬢様は何を考えていらっしゃるのか。
「シアお嬢様。 彼女が君達を此処にこさせた理由。
それを考えていましてね」
…呆れた顔をされました。 思考と行動が直結しているので読みにくいのは確かですね。
「それぐい聞かなくても判ってると思うけど。 クラドのオジサンとの約束。
それを果たしにあの馬鹿きただけですよ? 私は来たというよりも連れ去られただけですけど!」
約束。レガートを変えて、イド君と03をも変える。 それだけですか。
確かにそれ以外にこの子達の思考にあるのは、余計な行動はしない。目立った行動はしない。
それだけですね。…目立ちすぎていると思いますが。
「成る程。然し、目立った行動はしない。これは守っておられない様ですね」
「そうですよ。あの馬鹿ほんと! 目立つと会長に怒られるってのに!!」
ふむ。 怒った様な顔でガット君睨んでますね。
「会長も会長で何考えてるのか判らないし。
あんな状態のイグリスほっといて、ウチ等にレガートの戦力増強させるようなこと」
確かにそうですね。 03の事もありますし。
「近い内に、シアお嬢様達が攻め入ってくるのは明白。 その時にこの者達を戦力とするのか。
いや、戦力にはならないでしょうね。 リンカー相手に…」
「そうでも無いかも? ほら」
彼女の指差した視線の先には、幾人かリンカーフェイズを行った者達が見受けられました。
「スラクを捕獲するのに…それを教えましたか。 確かに多少の戦力にはなりますが…」
「どう考えてもケルドさん倒せる様にはならないよね?」
「そうですね。 私を倒すには到底…。 ともすればオオミ君か、リセルさん達か」
む? 私の袖を引っ張ってきましたね。
「ねぇケルドさん? オオミ先輩大丈夫なの?」
「私にそれを聞かれましても。 まぁ過去に私を殺した者の子供の力を得てきたとすれば…」
更に強く引っ張ってきましたね。 袖が伸びてしまいますよ。
「殺された? 今生きてるじゃないですか!? 一体何者なの?」
「おや、少々口が滑りましたか。まぁ、まだ彼の用事が終わるまで時間もありますし、
昔話でもして差し上げましょうか。 空に浮かぶ二つの星。
創生にして双生の神。アルセリアとケリアドの事はご存知ですか?」
彼女はその場に座り込み、首を横に振る。 成る程、詳しくは知らない…ですか。
「では、簡潔に。 二人の神が罪と罰。それに対する考えが異なり争いの元となりました。
自らの罪は自らで罰しなければならない。 これはアルセリアという神。
神とその使徒が、罰を与えなければならない。 これはケリアドという神。
その意見の相違で互いに説得し合いましたが、決着は着かず。
一つ世界を創り、その地に住まう者に託しました。」
「何か…アルセリアって神。 凄い厳しそう」
私を見上げつつ、続きを待ってますね。 本当に知りたい様ですね。
「ええ。厳しい方ですよ。 ですが、同時に優しい方でもあります。
それ故に、私も惹かれ彼女につきました」
「ケルドさんはアルセリアって神の側だったんだ」
「ええ。で、残念ながら、言われた通りその教えは厳しく。中々広まらず。
ケリアドの教えは瞬く間に広まりました。 ですが、
罪には罰を与え命を奪う。 その繰り返しと、時間。場所。
ケリアドの教えは細分化され、代行者同士で争いが起こる様になりました」
首を傾げて、今度は私のズボンの裾を掴んできましたね。
「代行者?」
「ああ、言いそびれていましたね。 アルセリアの代行者は、大精樹ユグドラシル。
ケリアドの教えは、善を唱える者全て」
「それ…不利じゃない?」
「勿論不利です。 ですがそれほどまでにアルセリアは自信があった。
そして、話は戻りますが。その代行者同士が争いを始め、
ケリアドがその争いに対する罪を罰するべく、代行者達を滅ぼそうとしました。
これが、君達の言う悪神たる所です」
「すっごい自分勝手な神だね。 自分のまいた種なのに」
「ええ。そして、それら全ては自らの罪であると、
アルセリアは代行者達を説得しようとしました」
目を丸くして、驚いてますね。 確かに私も驚きましたしね。
「ですが、既に遅く、アルセリアについてきた者達も、その代行者により殺されました。
私もその一人」
痛いですね。あんまり強く引っ張らないで下さい。
「ちょっとそこ! そこだよ! なんで死んだのに生きてるの?」
「ははは。 まぁ神故に。とでもいっておきましょうか」
「答えになってないよ!!」
「過ぎた知識は身を滅ぼしますよ? 君達人間には手に余る」
「う…」
「まぁ、風の精霊に殺されはしましたが、ある方法で生き返り、再びアルセリアの元に。
そして、その頃にはケリアドは多くの代行者を滅ぼして劣勢になっておりましてね。
アルセリアがそれはそれは嘆いておられました。
その心に打たれた私は、生き返る力の一部を使い、異界の者をここへ連れて参りました。
そして、異界の者は…」
この先は伝わっているのか、立ち上がって喋りだしましたね。
「魔族の娘と結ばれたんですよね? でリンカーフェイズの力を持つ魔人が生まれた。
そこからは判るんですけど、封印…そう封印。どうやって神を捕らえたの?」
彼女の肩を軽く叩き、視線を空にある二つの星へと移す。
「捕らえたのではありません。 あの空に浮かぶ双星。アルセリアがそれを望んだのです。
魔人が生まれて状況は好転しましたが、それでも力及ばず。
そして、その渦中でも説得を続けたアルセリアは、ついに一つの決断を下しました」
余程興味がある様ですね。
まぁ、構いませんか。
「アルセリアは、この争い全ては自らとケリアドの罪であると言い、私を含め四人の従属神。
その従属神を楔にして、ケリアドと共にあの空に浮かぶ双星となった。
これが真相です」
また目を丸くされてますね。
「えーっ!? じゃ…じゃあケルドさん悪い神じゃないの!?」
「先程も申し上げましたが、私は私の求めるモノの為に動いているだけ。
それを他者がどう意見しようと私には関係の無い事です。
然し、おかしいですね。 コレほど喋ったのはいつぶりでしょうか」
「やっぱり…ケルドさん悪い人には見えないよウチ。 これから…戦い難いよ」
おやおや、座り込んで考え始めましたね…成る程。
「じゃあ、私についてきてみますか? 永らえて生きてみますか?」
「それは…いやです! ずっと生きてると頭おかしくなっちゃいそうだし」
ほう。不老長寿は生きる者全ての願望と思っておりましたが。
私は彼女の肩を軽く叩いて尋ねた。
「永く、若くあり続けられるのですよ?」
「それはそうだけど…、ほら。知り合った人達がお爺ちゃんとか、お婆ちゃんになっていくのに。
ウチだけそんな若いままとか嫌だし」
ガット君の方に視線を向けましたね。 成る程。
「つまり、ガット君と一緒に老いて天寿をまっとうしたいと」
勢い良くこちらに振り向き、またしても両手を激しく振っていますね。 読む必要もありません。
「べ…べつにあの…馬鹿となんて。 その…ただ」
「本当に面白いですね。 永遠の若さよりも、彼を選びますか」
「いやっ…だからその! …ケルドさん!!」
っ! 詰めすぎましたか、殴りかかってきましたね。
「判りました、判りましたから落ち着いて下さい」
「ケルドさん性格悪すぎ! やっぱ敵!!」
「どういう敵の認識の仕方ですか」
ふと遠くを見ると、スラクを追い詰めているガット君がみえますね。
…さて、そろそろ私は戻りますか。 彼女の方も気になりますしね。
「では、用事がありますので、私はこれで」
「あ、うん。 何か色々教えてもらっちゃってアリガト!」
「いえいえ。恐らくはオオミ君も既に得られている知識でしょうし」
「そうなんだ。 じゃお仕事頑張って下さいね!」
「ありがとう御座います。では」
軽く一礼すると、私は霞の如く消え、城の地下にある部屋。
その部屋にいるメディ様の元へと…これは…これは。
なんという…力場でしょうか。 私も気を抜けば押し潰されてしまいますね。
どうやら地下にして正解でしたね。 上部だと床が持ちませんよ。
「…出て行って」
しかも…相当ご機嫌ナナメのご様子…。
「早く」
「は…。 では」
そのまま私は、逃れる様に監視塔の上部へと。
それにしてもおそろい程の力場。 そう長い間あそこに止める事は難しそうですね。
然し、あの彼女と、彼等が再び出あった時…さてどういう結末を見せてくれるか楽しみです。
私は空へ笑いを響かせる、いずれ訪れる一つの結末に思いを馳せて。
四十八話、最後まで見ていただいて有難う御座いました。
今回でまた少し、ケルドの素性が明らかになりましたが、
同時にわからない部分も出てきました。




