第三十話 「影」
三十話目となりました。
今回は、最も出番の少なかったゼメキスメイン。
シリアス一辺倒です。
「…雨。きそうですシアンさん」
「ああ、そうだね。 あの雲の厚さと遅さ。…こりゃ最悪だよ」
「…どうしてです?」
雨がくると、この地面に固まっている血とか流れて少しは…。
「…地面に固まってる血は流れるさ。
問題は遺体。腐敗が進むんだよ」
う…。
「その上、焼く為の火種がなくなる」
あ…。
「わかったかい? まぁ、アンタの場合それ以前の問題なんだけどねぇ」
ん。どういう事だろう。
僕は首を傾げ、腕を組んで遠くを見るシアンさんを見つめた。
「アンタの精神じゃ、こっから先は持ちそうに無いってこさ」
僕の精神じゃ持たない…どうしてだろう。
この時は僕にはさっぱり判らなかった。
引き続き、いまだに瓦礫の下に埋もれている人達…死んだ人達を集める。
目をそむけたい、それしか頭に浮かばない。
焼けて爛れた瓦礫と、焼けて爛れた体。
砕けて潰れた瓦礫と、潰れた…体・頭。
考えるとお腹から熱くて痛いモノが喉にあがってくる。
何回ソレを出しただろう。
それでもシアンさんに食べ物を無理矢理食べさせられる。
食べないと倒れてしまう。 食べても倒れそう…苦しい。
「・・・」
シアンさんが、黙って瓦礫の下を見ている。
何か、見つけたのかな。 僕は手をとめてシアンさんのいる所に歩み寄る。
「また子供だね。 この辺りは身寄りの無い子供を預かってくれる人が多かったから」
…僕には親がいる。 幸いにも生きていてくれた。
でも、リセルさんとか…みんな、みんな。
「僕だけ…弱いのかな」
「なんだい、藪から棒に」
僕の親は生きていた。けどこんなに悲しくて弱い。
「僕は…」
「ったく! さっさと口より手を動かすんだよ!」
「あ…は、はいです」
引き続き、街中央から外れた所で亡くなった人達を集める。
それから暫くして…雨が降り、だんだん強くなってきた。
「あー。とりあえず中止だ」
「え?」
シアンさんが来て、集めるのを中止と。
そして、僕達はオオミさんが取ってきたスラクの骨と皮から作った屋根の下に。
物を敷き詰める様に、その下には人がいる。
「オオミ君がとってきてくれたのはいいけど、やっぱとてもじゃないけど足らないねぇ」
「…僕がとりにいってくるです」
「馬鹿いってんじゃないよ! 並のリンカーでも単体だと返り討ちにあう様な奴だ。
アンタ一人でどうにかなる動物じゃない」
そういうと、北の方…かな。そこへ視線を移すシアンさん。
「そういやアッチにスラクが良くいる。
…ガットならまぁ、大丈夫だろうけど」
北に沢山。ガットさんなら…。羨ましいな。
僕の表情を察したのか…肩を掴んでくる。目が…怖い。
「いいかい。アンタとガットは違う。
人はそれぞれ違う道を歩む者なんだよ。
進む方向は一緒でも、同じ場所は絶対に歩けないだろ?」
同じ場所…? 同じ場所は同時に踏む事は出来ない…かな。
「だが、共に歩く事は出来る。 道は少し違っていてもね。
正直、アタシも良く判っちゃいないさ。
死んだオヤジが昔言ってた事だしね」
双極竜セオ。 この学園…だったといっていいのかな。残骸と化した街。
その街のシアンさんとメディさんのお爺さん。と思っていた人。
ずっと、守っていてくれた竜。 とても賢くて、とても強い竜と聞いた。
シアンさんは、その娘。 だから強い。
僕が…シアンさんと同じ進む道を歩いていいのかな。
僕が…シアンさんの足を引っ張っているだけじゃないのかな。
「アンタねぇ。考えが顔に出てるよ」
「…え?」
「全く、アンタといいリセル君といい。らしいと言えば…らしいけどね。
ケルドの奴は何度も言うけど、君が居ないと確実に勝てない」
…僕がいないと確実に勝てない。 どうしてだろう。
臆病で、弱くて…頭も良くない。 僕の中のシャドウストーカー?
だったら…僕の存在は…どこにあるの。 皆強くて、僕だけ弱い。
戦うのだって、シアンさん。 僕は戦えない。
僕に…僕は…。
「はぁ。ちょっと着な」
「え、あの…」
僕は、シアンさんに連れられて学園のあった場所へと連れてこられた。
瓦礫の下に少し見える、地下の入り口。 そこへ入っていく。
「本当は、見せたく無いんだけどね」
たどり着いた所は、夥しい血の量。既に固まって、良く見ると肉片もこびりついている。
砕けた地面、割れた壁・天井にまで。
「オヤジもアンタと一緒さ」
…双極竜セオが僕と一緒…? 違う、とても賢くて強い。
「力と知恵を極めた竜だから違うかい?」
「あ…うん」
「そりゃ歩んでいる場所が違う。当然だよアンタはオヤジじゃないさ」
「どういう意味…です?」
「アンタほんとに頭悪いね」
「う…ごめんなさいです」
そういうと、砕けた石像…?の更に奥へとシアンさんに連れていかれ、
周りと違い一際大きく盛り上がった土が、そこにはあった。
「オヤジはここに眠ってる。 本当は日の当る丘にでも眠らせてやりたいんだけどね」
「どうして…? こんな冷たくて暗い所で・・・です?」
「オオミ君やらリセル君やらまぁ、アンタ達ならいいさ。
けどね。 何も知らない街の人がこんな大きい亡骸見たらどうだい?」
あ…。
「混乱したり、ヘタをしたら…」
「ああそうさ。 怒り憎しみの対象に向きかねない。
怒りとか憎しみの行き場が無くなると、何かにぶつけたくなるもんさ。
そこに理屈なんてものは通用しない」
「でも、ずっと長い事守り続けてきた人なのに…」
「判っててもね…どうにもなら無い感情。憎しみや悲しみ。それが負の感情なんだよ。
アタシだってそうさ。
危うくケルドの手の内で踊らされて、凶風になっちまうとこだったよ」
…凶風。力のみを求め極めたとても強い竜。
その力は、神どころか味方も殺した竜。 …でも。
「そう、凶風も元は普通の奴さ。 だけどケルドの奴に踊られてしまった。
で、神も味方も関係無く殺して暴れまわる風の翼を手に入れた。
想像だけどね、アタシをそうさせようとした。
という事は、凶風に匹敵する何かをアタシが…いや」
…? どうして僕の方をみるの?
僕には力も無いし賢くも…無い。
「まぁ、ズレちまったけどねぇ。 そんなオヤジ。
こんな冷たい所で眠ってるオヤジも、
生きてこの街に居た時は、アンタと一緒さ。 影であり続けた。
そりゃ学園を運営する必要あったからある程度は、表にはいたけどね」
また、僕の肩を掴む…でも。目が凄く…悲しい。
「此処を守る為に、ずっと影で在り続けた事に変わりは無い。
誰にも知られたらいけない。知られてはいけない。
一人、ただ一人で孤独に此処を守り続けたんだよ。
最後は…み…じ…」
その場で泣き崩れたシアンさん。
初めてみる姿。 力強さ・頼り甲斐…それが何処にも無いシアンさん。
僕は弱い。僕は頭も良くない。
双極竜セオにはなれない。 …でも。
封印の変わりに、この人を守る事は…出来る…かな。
この人のこの姿を誰にも見させない様に守る事は…出来るかな。
僕は気付いた。 同じ場所は踏む事は出来ない。 でも僕なら影になれる。
同じ場所に居続ける事が出来る。 僕は影だ。竜でもない、シアンさんの影だ。
例え、その先に在るのが、目の前に在る現実だったとしても…良い。
僕は、影として生きて、影として消える。 僕の影を作る僅かな光だけあれば…良い。
僕は…僕よりも背の高い、泣き崩れるシアンさんを、僕の僅かな光をそっと…抱きしめた。
「みじめじゃないよ…、僕にはそう。うまくいえないけど…、尊敬するです」
三十話。最後まで読んでいただいてありがとう御座います。
日増しに読みにきてくださる方が増え続け驚いております。
肝心のヒロインですが、ストーリーの構成上。もう少し出番はなくなります。