第十八話「イグリス防衛戦Ⅴ 封と印」
十八話目の投稿となります。
ようやく一幕の終りが見えてきました。
「オヤジ!!」
アタシは、封印のある部屋へと駆け入った。
そこで目にしたのは、竜の姿に戻ったオヤジ。
既に事切れて閉じている双眸と、額の眼。
体のあちこちが切り裂かれ、五臓六腑が四散し、まだかすかに蠢き大量の血が辺りを覆っている。
その中でアタシを待っていたかの様に、深く頭を下げ礼をする男。
黒い髪を後ろにまとめ。黒い目をし、黒い服を着た男。ケルド。
「…テ…メェ…なにさらすんじゃぁぁぁぁああああああああああっ!!」
言葉と体が同時に動き、思考が飛んだのか、ケルドへと殴りかかった。
右から打ち込んだ打撃を、左手で払い流し、私の顔を右手で撫でてくるケルド。
「良い歳をした淑女がはしたないですよ?」
その言葉に怒りを露にしてケルドの右頬に唾を吐きかけ。
「うるせぇ・・・テメェも内臓引きずり出して打ち殺…ぐぁっ!!!」
アタシは軽く胴を殴り飛ばされ入り口付近の壁に激突する。
激突の衝撃で壁が崩れ土煙を上げ、その僅かに見える視界でケルドは顔を赤い布で拭いている。
「全く。竜族はこんなに野蛮でしたかね…ああ、魔人の血も混ざっていましたね。
この世界で唯一種。…竜人…いや竜魔人という所でしょうかね。
あの時には、そんな種は存在しませんでしたから、
少々危惧しておりましたが、…どうやら杞憂でしたね」
ゆっくりと封印の石像。その中央に安置してあるユグドラシルの実に手を出すケルド。
「テ…メェ。それに…さわるな」
くそ!なんて攻撃力だい。たった一撃で肋骨がいくつかもってかれちまったよ!
息をするだけで激痛が走る。吐血が無い所を見ると肺は無事の様だね。
しかしご丁寧に神力まで叩き込んでくれてまぁ…体が痺れて動かない。
アタシは壁に手をつけて、無理矢理体を引き摺り起こし、ケルドを睨みつつ身を引き摺って歩み寄る。
それに気が付いたのか、実を右手の人差し指と親指に挟み。
それを見せびらかすかの様に前に出しつつ、アタシに歩み寄ってくる。
「かえ…せ!」
再びアタシの目の前まで来たケルド。 アタシはその場に倒れこみ四つんばいになる。
尚も睨むアタシの目の前に、実を挟んだ右手を差し出してきた。
「おや、流石ですね。大した生命力。
魔族でも消し飛んでおかしくない力を叩き込んだのですがね。
…血は争えませんか。宜しい、実はお返し致しましょう」
<バキ…>
「用の無くなったモノで宜しければ」
言葉も出ず、目が丸くなり表情も固まる。
ただ時が止まったかの様に崩れ落ちるユグドラシルの実を目で追う様に、
アタシの支えていた体も地面に崩れ落ちる様に倒れる。
動かない体。 目の前に無残に散らばるユグドラシルの実。
封印の印…。大精樹ユグドラシルの印。神を封じ眠らせる印。
そして僅かに地鳴りが砕けたユグドラシルの実を震わせる。
それが段々と激しく動き出す。
「さて、長居は無用。 生きていればまたお会いしましょう? シアお嬢様」
「その名で…呼ぶな!!! 覚えていろ…必ず・必ず殺してやる!
テメェの内臓引き摺りだし喰らってやる!!!」
残った体力を全て使うかの如く、アタシは右腕でケルドを掴もうとするが、
霞の如く消え右手は空を切り力なく血の海へと沈む。
弾けた血が舞い上がり、アタシの顔に付着し、あたかも血の涙を流し、歯を食いしばりそこに居ないケルドをにらめつける。
付着した血を洗い流す様に流れ出る涙。血の海へと滴り落ち混ざり合い、うっすら波打ち…酷い泣き顔のアタシを映し出す。
「お…おとう…さま…。 ごめんなさい…アタシ…アタ・・・」
そのまま意識が遠のく中、封印の楔。神を封ずる為、神の力を利用した神の楔。
その楔に封じられていた下級神の石像が…激しく地面を巻き上げる地響きと共にひび割れていく。
「む…まさか」
ワシは街の中央付近へと、視線を移した。目に入るのは光の柱…。
「そうか…守りきれなかったか。いや…運命が守らせなかったのか。判らぬが」
街中に視線を向けつつも遥か昔を視る様に語る。
「また、あの無慈悲な殺戮が繰り返されるのか。…あれはあの娘は」
ワシは、背に二人の若者を乗せたまま、光の柱へと向かい、気絶している者を咥え込んだ。
「…やはり主か・・・。 まだ息はあるようだな」
巻き上がる瓦礫が体を打つ。
「最早、ここは終わりか。アレが解き放たれてしまっては」
巻き上がる瓦礫から若者達を庇いつつ、ワシは再び南側へと飛び舞い戻る。
「ふう…久方ぶりだな。こう何度も飛んだのは」
再び崩壊していくイグリスを見守る様に望む。
「他の若者達よ、死んではいかんぞ。ワシ等が死ぬべきであり…世代は受け継がれなければならぬ。
そして、更なる進化を遂げ。生き残るのだ。あらゆる環境から、災厄から」
「おいおい! なんだなんだ!?」
「なんだろ…嫌な予感が…」
右側を除いてあらかた片付けた俺達は、街の中央に立ち上る光の柱を見る。
「ねぇ…あれはサザ?」
「ああそうだ…嘘だろ!?」
「どうしたの?」
ありえねぇだろ?あのバケモンが気絶!? しかもかなりの深手なのか血まみれじゃないか!
一体何とやりあったってんだよ!
「シアンさんが……倒されてるぞ」
「う…嘘。お義姉さんが? だ…誰がそんな事出来るの?」
「俺がききたいよ! 単体で雷竜と互角にやる様な人外魔境どうやって倒すんだよ!」
「と、取り合えず南にいかない? サザに聞くしか」
「ああ、そうだな。急ごう」
俺達は、慌ててその場から飛び立ち、南へと向かった。
「作戦完了の様ですねキリウ様・アラストル様」
「よし。予想よりも数が減ったが本国へ伝えに戻るぞ」
「あの子。やるわねぇ? 何かしら見た事も無い生物へ次から次へと。
しかも魔力も使わずに森一つ吹き飛ばすなんてねぇ…キリウ?」
「判らぬ。だが、異界の者と言う事。未知のリンカーフェイズを使用すると言う事。
例の魔人リセルの成長度合い。 新戦力の確認。
そして、この地の封印の破壊。全て遂行した。後は報告だけだアラストル」
俺は、パートナーである魔人アラストルにそう言うと、その場を去ろうとする。
「あら? 見ていかないの?」
「お前は神の暴走の巻き添えになりたいのか?」
「ん~…アタシ達なら大丈夫だと思うけどね~」
肩で浮いているアラストル。白い肌に、緑髪を後頭部結い。ダークグレーの瞳の娘。ドールの試作01。
00・02と違い、意思はあるが…必要以上にあると感じる面もある。
「必要の無い事はするな。ただ命令に従えば良い。我等は駒であると知れ。」
「つまらないよ~」
アタシは、茶色い髪を無造作に伸ばした20後半の壮健な男。キリウに不満の声を漏らす。
「逆らうな。人形風情が」
「は~い…」
人形…ねぇ。もう慣れたからいいけど。はぁ…つまらないわ。
「あらっ! これまさかっ!?」
「やだわぁ…こんな所にあったのぉ?」
「と、…と申されますと? 正直このリカルド。現状を把握するに至っておりません」
私は、リセルさんを抱き抱えつつ、街の中央の光の柱を見る。
「あれは、サザ…ですね。何故あそこに」
「わからないわぁ…でも、ここには神を封印する為のものがあったのよぉ」
「ワタシ達も知らなかったけどねっ!? まさかこんな街のど真ん中にあるなんてっ!」
「神の…。どうやら事態は深刻の様ですね。皆も見ているでしょうし、南へ行きましょうか。
すみませんが、私達を連れて行ってはくださいませんか?ディエラさん 美しいオーマさん」
「も ち ろ ん よっ!」
「ええ…そこへ行かないと…いけないみたいだからねぇ・・・」
私達は、ディエラさんの転移で南へと。
「いでぇ…痛過ぎる…ん? ありゃなんだ?」
俺様は、仔竜への変異の痛みを堪えつつ街の中心へと目をやる。
「んもうっ!キモチワルイわね!!!
なんでそんな普通に死んでもおかしくない状態で普通に喋ってるのよ!!
そう。俺様の体は今変異の最中。
質量が近いので内臓の作り変えやらの激痛にさえ耐えたら、普通のリンカーフェイズと変らない。
普通死ぬ? ああ普通の人間ならな!!
「たりめーよ! 俺様は世界に必要とされている男。死ぬ道理がどこにある!!
それよりもだ! 何か赤竜があそこから南にもどったみたいだぞ!
俺達もいった方がいい!早く元に戻せ!」
「馬鹿!!途中で止められるワケないじゃない! 途中で解除したら凄い中途半端な生物のままよ!?
一度形成してから、また再形成しないと駄目!!」
だーっ! まどろっこしい!! 威力は凄まじいが時間かかるのが難点なんだよなこれは!!!
つかここにいる奴等以外みんなどっかいったじゃないか!!
援護に来てた奴等も南にいっちまったぞ!!
「もう!集合にウチ等だけこなかったとか! 恥ずかしいわよ!!」
「仕方ネェだろ!! 誰がどうやってこんな状況想定できたよ!!」
「そ…それもそうだけど」
「だーっクソいてぇ!! 必要なくなったら痛みが急激に増しやがった!死ぬ!!!!」
「ガット…あなた本当に…どういう神経というか体の造りしてるのよ」
俺達はその場を動けずに、光の柱を見続けるしかなかった! いてぇ!!死ぬっ死んでしまうっ!!!
「おーい!サザーっ!!」
「…む。おお。生きていたか」
俺達が一番乗りか! まぁそれは良い。
「こりゃなんだよ! つか何で姐御がそんなボコボコなんだよ! 他の連中はどうしたんだ?!」
「ちょっ、オーミ落ち着いてよ」
「これ。落ち着くのだオオミ。いかなる状況でも冷静さを欠いてはならぬ」
しまった。ついつい。
「あ、すまんませんっス」
「良い…しかし確かにこの娘がこうもやられると言うのは、おかしい」
「あらぁ…お揃いねぇ」
「ねぇっ!あんなものこんなとこにあったのねっ! 早く逃げないとやばいわよっ!?」
「どうやら本当に危急の様で御座いますね。然し、街の人達の避難は…」
「そうだよ!街の人達が大変な事になってる…」
「それもそうっスが一体ありゃなんスか? 何かボスキャラ登場っスか!?」
「な・・・なにそれオーミ」
「落ち着け! 全く若者ときたら。 我を見失うな」
う…サザに一喝されて、場にいた全員が黙り込む。
「手短に話そう。
この娘は誰にやられたかは不明。しかしこの中の誰よりも強い敵と相対した事は明白。
あの光の柱は、神の封印一つが解かれた。詳しい事は雷竜ヴァランに聞け。
そして、街の者はもう助からん。神の暴走より逃れられる者は…ディエラよ。お主の力を置いて他に無い」
「それはぁ…全てを捨てて逃げろ…と?」
「いかにも。アレが解かれてしまっては、マトモに戦える者なぞおらぬ。
せめて、ワシがもう千年若ければ、刺し違える事は出来たかもしれぬが…」
おいおい。サザの奴。やっぱ力も強かったのかよ。いやソレは良い。
竜は神に匹敵する存在だしな。然し、全部捨てて逃げろって。
「いや…それはサザできないっ」
「生きるのだオオミ。そして若者達。 そして更なる進化を求めよ。
あらゆる災厄から生き残る為。更なる進化を求めよ。
主等ではまだ、神と到底戦えまい。 主等の中で最も強いこの娘も含めてだ」
あまりの事か場の全員が黙っている。
「 進化論…っスか」
「そうだ。オオミよ。 主等はまだ若い。
今は無理でも。世代を跨いだとしても、
どれだけの環境の変化が訪れ様とも、生きる為に進化を求めよ」
「・・・サザあんたまさか」
「ワシにも子はおってな。いつか出会う時があれば、伝えてくれないか。
我が息子レガ。力を求めて暴れまわるどうしようもない息子だが。
神と戦って死んだと。例えそれが敗北であっても…礎となったと」
「わかったっス」
「ならば行け。逃げて生き延びろ若者達」
俺はディエラの方へ向く。 そうすると全員が既にディエラの傍に。
流石に戦いの中で生きている奴等だな。迷いが全く無い。
「いいんスか?」
「オオミさん。死ねばそれで全て終りです」
「ですよぉ…ボウヤ。いいこと…怒りや苦しみ、悲しみもまた力の源にもなるわ…。
これも…覚えておきなさい…」
「でもっ! それに飲まれたら駄目よっ!」
「ええ。そういうのの末路は良く知ってますっスから大丈夫っス」
「さ、早く参りましょう」
「うっス。って…お嬢ちゃん?」
何故か、サザの足元から動かないドールの少女。
・・・ったく無理矢理つれていくか。
俺は急いでサザの元に走り、少女を抱えた。然し、噛み付いて逃げ、サザの足元に隠れた。
「おいおい。いそいでんだっつーのに」
「少女よ。主も行くのだ。その若さで死ぬ事は無い」
その通りだ。
しかし、少女はサザの前に立ち、サザのデカい腹に手を当てた。
「おい!まさか!!!」
「少女よ・・主まさか。いや、そんな事が可能な筈は…」
「・・・やくそく・・・いぐりす・・・・・・・・・まもる」
いや、誰と約束したかしらんが無茶だっつーのに!
つよりもなに!?単体で神とやりあう竜とリンカーフェイズやれるとか!?
・・・瞬間、異才という言葉が脳裏を走った。
「サザ、その子。メディと違う種の異才の持ち主っス」
「そういえば、そうであったな…力を授けてくれるのか?
この老いた体に力を・・・行けオオミよ。勝機はあるかもしれぬ。
この娘は、ワシが命に変えても守ってみせよう」
・・・っ何かイライラムカムカするが、仕方ない!
「うっス! じゃ…もし勝てたら…エルフィで待ってるっス!!」
「ああ、それは無理だ。あの距離はワシには飛べぬ。
残りの余生は・・・セアドと共に」
「そうっスか。今生の別れになりそうっスけど。いや会いに行くっスわいつか!」
その言葉に返事は無く、ただ静かに遠くセアドの方を見たのか?
大きく息を漏らしたサザは再び俺達を見てこういった。
「さぁ行け。行って更なる進化を求め。きたるべき時に備えよ若者達」
・・・きたるべき時か。ラスボス復活フラグかよ。
つかあんな力でもまだ足らんってのかよ。 どんだけ神強いって話だよ!!
俺達は、ディエラの転移でその場を逃げた。 何か忘れている様な気がしなくもないが。
「さざ…いぐりす・・・まもる・・・わたし・・・まもる」
「む?ふ…ふはははっ!まさかこのような小さき少女に守られる時がこようとは。思いもよらなかったわ!」
ワシは逃げ延びた若者達を見送ると、少女に身を委ねた。
「しんぱくどうき・・・あくせす・・・」
十八話最後まで読んでいただき有難う御座います。
これであらかたの設定がでました。
まだ隠れてるのありますが、それはさておき。
次回が一幕の最終話「赤は暁と共に在り」で
一先ずの完結となります。