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第百二十六話 「失国の破術師 Ⅳ」

 

 「損な国民性じゃのう…」

 「自己犠牲に近いが、そうでもない」

 「どういう事じゃ?」

 「死ぬに変わりは無い。が、そうでもない」

この意味を悟ったのか、シェリアは呆れた表情で人狼と化している俺の顔を覗き込んでくる。

 「生憎と自己犠牲なんて崇高な精神。俺は持ち合わせていない」

 「言ってる事と今からする事。矛盾しておらぬか?」

 「そう、矛盾だ。俺のシナリオだけなら破綻するからな…」

正直俺も判らない。だが、これが自己犠牲では無い、そう思えて仕方無いのだ。

 何故か、まだリーシャの手の内に居る気がしてならない。

そんな妙な苛立ちと期待、それらを含めた視線を、乾いた大地のサルメアへと。

 無論、それに対する返答がある筈もなく、時を待つ。

 「然し、お主とワシだけで世界を纏めて相手取るか…阿呆な話じゃのう」

 (我も忘れるでないぞ。フン…必滅の未来か。

  面白い、その未来、我が爪と牙が引き裂いてくれよう)

あーあ、フェンリルが一番やる気じゃないか。余程飢えてるのか。

 「ふむ。ま、未来は掴み取るモノじゃし、いかようにも変えられようてな」

 「いや、それはどうか。それが可能なら既にリーシャ達が何とかしているだろう?

  例えば、この世界に属する時間軸全てが破滅へのルートだとしたら…」

 「変えようもないのう…」

そう、この世界の者なら変えようが無い。

 「俺達三人はイレギュラーだろ、本来は未来に居ない存在。

  普通、過去を変えようとすれば…」

 「タイムパラドックスじゃな」

 「そうだ。遠い未来を知る事は不可能。知る事が出来た。それは、未来からの介入が無いと

  不可能だ。結論を言うと未来も変えられない」

 「希望も何もあったものじゃないのう…」

希望が届く様な規模じゃないしな。大きく裂けた口から溜息を吐く。

 そのまま日の暮れかけた赤焼けた空を仰ぎポツリ。

 「パンドラの箱。最後に残ったのは希望…」

 「希望があるから生きていけるじゃの?」

 「いや、なまじ生命力(希望)が在ったからこその生き地獄」

 「お主もへその曲がった解釈するのう…て、お主に照らし合わせて何を」

…さて、どうやらお喋りは終わりの様だ。

 水平線に沈む夕日を埋め尽くす程の大軍勢が視野に入る。

 「再度尋ねるが、ほんっとうにアレとやるのかのう…」

 「聞くな!! やる気が失せる!!!」

竜、魔、そして人。…アルセリアとケリアドもいるじゃねぇかよ。

 数も数える事が不可能だな、まさに地を埋め尽くすが如く…か。

だが、この数はシアンの人望そのものだ、流石はこの世界の英雄…頼りになる。

 「ヴァランにレガ、アーガート…それに黄龍、水神…嫌になるのう」

 「リンカーの面子もだ。ま、これぐらい揃わないとフェンリルは倒せないだろう」

 「…かの主神オーディンを喰らった魔獣じゃからの」

魔獣だよな…。ん? 今更ながらだが、フェンリル、魔獣なのに、何で神族扱いなんだ?

 (…)

だんまりかよ。思い出したく無いのか語りたくないのか、何にせよ待っていろ。

 お前にすげぇ月をくれてやるからよ。

黙り込んだな、まぁ今は目前の現実と相対することのみ考えるか。

 ついに俺達の居る傍まで辿りついたシアン達。 その表情はそれぞれがそれぞれの

 思惑を胸に秘めて今ここにいる。名声欲、怒りなどなど。中には無理やり連れてこられた

 のか、怯えを見せる者も見てとれた。

 「ケルド…アンタを再び輪廻に叩き返しにきたよ」

 「フェンリルは既に私の手の内。最早、私を滅ぼせる者は存在しませんよ?

  無駄な足掻きです。…シアお嬢様?」

 「ならば、蘇るたびにお前を滅ぼせばいい。それだけの話さね」

…安直な。ま、それでいい。そうで無いと困る。

 (成る程のう、歴史を操る。絶対的な恐怖を色褪せさせぬどころか、

 時間の経過により、更に苛烈に凄惨にするつもりじゃなお主…)

 (ふん…多少は知恵が回るようだな)

うるせぇ!!! 判ったところで行くぞ、先手必勝だくらぁ!!

 (勝ってどうするのじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!)

脳内で叫ぶシェリアを無視し、先頭に居たシアンを避け、先ずは…。

 「着たか…我が好敵手の仇。このレガが取ってくれるわ!!!」

レガが俺の動きに感づいたのか、赤銅色の翼を大きく羽ばたかせ、こちらへと。

 それに続くように様々なリンカーが追ってくる。

瞬く間にレガとの距離が縮まり、物理法則を無視したフェンリルの跳弾移動がレガの

 背後を容易く奪う。

 「貴様、ふざけた動きを!!!」

 「空を蹴るフェンリルの力に常識は通用しませんよ?」

そのままレガの背を蹴ると、大きく吼えながら

 砂漠の砂を巻き上げつつ転がり砂煙に隠れてしまう。

 (あのレガの巨体をああも簡単に。フェンリル…こやつらで本当にとめられるのかのう…)

そのまま、制服からイグリスのリンカー達だろう所へと一足に駆け込んだ。

 「な…」

 「嘘だろ!? これが典文に載るリンカーの力!? 馬鹿げてる!!」

駆け込んだだけなのだが、ブレーキをかけた際に起こった衝撃波で周囲のリンカーが

 軒並み吹き飛んでしまい、至近距離に居た者は…断末魔をあげる暇すら与えられず

 消滅してしまった。――痛い。

ん? 何か足元が揺れ…ちょ!? うっだぁぁぁっ!! 突然足元から水柱が巻き起こり

 空へと打ち上げられた。アーガートか!!! …!

 (オオミ! ヴァランが狙っておるのじゃ!)

いいコンビネーションじゃねぇか。これだけ水を撒き散らされりゃ雷撃は避けきれても…。

 遥か後方からまるで固定砲台の様に身構えたヴァランの雷撃ブレス。いや、

 レーザキャノン的なソレが大気を焼きながら飛んでくる。流石に無風活殺も意味を

 成さない。が、こちとら物理法則無視の動きが出来るんだ。余裕で避けはしたものの、

 周囲の水が電気を伝え、感電し若干ながら神経に異常をきたしたのか、動きが鈍る。

 「おらおらーーーーーーーーっ!!!」

 「ちぃ。次から次へと…君は確か」

 「俺の名前はアルドだ!」

翼竜のリンカー…ガットの子孫。アイツ程に自信過剰では無いにしろ、

 正面から戦いを挑む姿勢、飛びぬけた反射神経…加えて自由奔放な近接攻撃スタイル。

 蹴りかと思えば尾撃。尾撃に気を取られれば火を吐いてくる。

 「ガット君を思いださせますね。 そのデタラメな戦…何!?」

正面から突っ込んできたアルドは囮だったのか、背後に焼ける様な痛みを覚えた。

 何か酷く切れ味の悪い刃物で斬られた感覚が…。

 「異世界の同郷の者。我等を騙し裏切った愚か者。

  だが、全ては我等タガラクの為。この恩義、必ず報いてくれようぞ!!!」

 「タガラクの…次から次へと」

ギアのオッサンかよ!? ちぃ…分が悪いってレベルじゃね…くべあ!?

 「うふん! ケルドちゃん? 早く本気出さないと、簡単に死んじゃうわよーん…」

見たくネェのキター!!!! 大自然の顔面脅威!! 

 オーマの渾身の拳が腹にめり込み、胃の中にある物どころか、

 内臓がいくつか潰れて口から出そうになったぞ。精神的な意味合いも含めて!!

畜生…多勢に無勢過ぎる。

 「これは…失礼。流石に力を抑えすぎた状態では無理でしたか…ならば参りますよ」

フェンリル! 余裕カマしてる面子じゃなくなった! いきなり80%ぐらいで行くぞ!

 (よかろう。そして知るが良い、預言者オーディンを喰らったその力を。)

 (フェンリル…そういえばそうじゃな。主神は詩人の神であり、預言者、先見の能力)

は? グングニルが必中じゃないのか?

 (あれはただの槍に過ぎん。オーディンが振るえばこその必中の槍だ)

なんだってぇぇぇぇっ!? つか何、お前それじゃ先を見る力よりもチート能力もってたのかよ!!

 (我が後ろ足は空を駆け、我が前足は…)

 (こやつは、こやつの前足は時を掻き戻すのじゃよ)

 (我が爪牙より逃れるは不可能。万象一切我が胃の中よ!!!

  さぁ、我が力の全て貴様に受けきれるか! オオミ!!!)

何て羨ましい能力。

 いや、大丈夫だろうあの力の渦は幾度も経験したが、

 アレはフェンリルの怒りというか憎悪そのものだ。それが今は大して感じられない。

一度、セアザの主力部隊から間合いを大きく取り、吼える。

 その瞬間を狙っていたのか、先に蹴り飛ばしたレガのブレスが背中に。

 「貰ったぞ!!!」

 「…」

噴いた。これを噴かずに居られない。確実にレガの灼熱溶岩ブレスが俺を捕らえたが、

 反射的に足で蹴っただけで…。

 「馬鹿な! 俺のブレスが消し飛ばされただと!?」

 (なんじゃ…これがただの蹴りじゃと!?)

そのままレガへと一足に飛び込み、シアン達の方へと蹴り返したが…うわ。

 「ぬがぁぁぁぁぁぁああああああっ!!!」

蹴った部分。背の一部が砕ける様に吹き飛ぶだけで、その場に倒れこんでしまった。

 (あのレガがまるで相手にならぬとは…)

その惨状を見たシアン達が俺達を包囲するかの様に…囲むつもりか。

 ん? 何か空が異様に明るく…っておい!!!

夜空に浮かぶ巨大な魔法陣からいくつもの竜巻がこちらに向けて落ち、

 周囲を取り囲んできた…成る程。アティア…リーシャの秘術か。

迂闊に動けない…とでも思ってるのかゴルァ!!! 

 思い切り竜巻へ向けて蹴りを入れる、ただそれだけだが竜巻を巻き込み

 遥か地平の彼方まで吹き飛んでいった。あんなもので足止めできると…!?

 「貰った!!!」

ち、タガラクの地掘騎兵か!!! 地竜を駆り、地中から少数ながら飛び出し

 こちらを走らせまいと全員が飛鳥を狙ってきた。俺は完全に虚を突かれ反応出来ない。

 「主等、このワシを舐めておるのかのう…!!」

俺の周囲に風の壁が巻き起こり、タガラクの少数精鋭達を…お前少しは加減しろよ。

 (ふん。お主だけ落ちるにはあそこは広すぎるじゃろう)

ったく。容赦の無い空気の壁がタガラクの兵を阻み、まるで削岩機にかけた

 様にその身を切り砕いてゆく。当然ながら、助かるはずも無く。

全く余計な事を。…!? なんだ!!!

乾いた大地に鳴り響く銃声と、身を穿たれて宙に舞う血液…ちぃ。

 魔精銃、そういや他国もいるんだよな…銃声の方を見るとウエスタンな格好をした

 奴等があのブサイクな鳥を駆りこちらへと駆け込んでくるじゃないか。

無謀だなおい、人数がいても真正面からフェンリルに。何か忘れてねぇか、フェンリルも

 強力な再生能力があるという事を。って…ぬが!!!!

突然砂漠が生きた生物の様に蠢き、足を取られた!? 誰だこんなフザけた芸当…。

 足を絡め取られつつ周囲を探すと、一組のリンカーが空でこちらを…白い翼。神族のリンカー。

ドール…マリアかぁぁぁぁぁあっ!!! あいつも大精樹の力を持っていた筈。

 「目標、捕縛しました。アラストル!!」

 「さっすがねぇ。じゃ行くわよ」

レガートの連中か!! メディと同質の能力を人為的に付与されたドール。

 懐かしいな…それにアラストルも生きていたのかそいやコイツもドールか。

だが、この程度で足止め出来ると思ってるあたり甘い、甘いわ!!!!

足を絡め取ってくる砂漠の流砂全てを上空に蹴り上げ、俺自身もその砂に紛れて駆け上がる。

 「そんな…流砂を蹴り上げるなんて…」

 「オオミちゃんのフェンリル…どこまでふざけてるのよもう!!!」

甘い甘…ぐぬぁっ!? 何だ、駆け上がった瞬間、背中にいくつもの衝撃が走る。

 さっきの銃かよ!! くそ遠距離からチクチクチクチク…うぜぇ!!!

激しく宙を蹴り、射程範囲から逃れようとしたが更に別の追撃。

 「…スヴィア…仇」

 「これがリンカーフェイズとやらか…素晴らしい。体の奥底から満ちてくる…。

  若りし頃の、あの煮え滾るあの衝動が…!!!」

ちょ! まさか…アーッ!! オズがヴァランにリンカーフェイズしてやがる!!!!

 そいやアルドにオズが引っ付いてなかったな…畜生。

ヴァランの爪が空を引き裂いて襲いかかり、それに纏った風を掴み弾きかえ…ぐは!?

 触れた瞬間全身に激しい痺れと、一時的だろうか、目が焼けたのか視界が…!!!!

帯電したまま攻撃してくんな!! なんて無茶苦茶なドラゴンだよ。

 とにかく一旦引いて視力の回復を…って何だ今度は!!!!

激しい鈍痛が頭部に走り、恐らく地面に叩きつけられ…次から次へと最早袋叩き。

 盲目付与されて身動き出来ない相手に容赦ネェ…。誰だよこんな卑劣な事を!!!

 (ついに出てきたようじゃのう。お主の言う所の世界の英雄…)

シアンかーっ!!!! くそ、まだ目が霞むし流石に痛みが。

幾度も吹き飛ばされ、斬られ殴られ、挙句に更に雷撃と火炎!?

 誰だくそ!!! 

 「アンタ達、今この機を逃せばもう後は無いよ!」

 「相変わらず、手段を選びませんね…シアお嬢様…」

 「アンタに言われたくないさね」

 「はは、返す言葉がありませんね…」

なんとか言葉でシアンだけでも少し止めようと思ったが、喋りながら攻撃してくれてるし。

 む…ようやく視力が…って完全包囲されてますがな。あれだけ遠くに居た奴等が

 これでもかと周囲を取り囲んでいる。ディエラの転移か。

 「さぁ、いい加減観念しな」

そろそろ、やるか。見た所、多少足りないが、知りうる限りの奴等は集まった様子。

 これだけの面子なら…。

 (この我に勝てると? 無理な話だ)

お前は知らんのだろうが、アッチには無茶する天才がいるんだよ。

 これだけの面子…あのイノシシ娘ならやってくれるだろう。

 フェンリル、全力で頼むぞ。後はお前の強さ次第だ。

 (何を考えているのか、読む気も失せる。…が、面白い、この大地が

 保てば良いがな…)

ぬぐ…何か思ってたより…。

 (なんじゃ、これは…オオミ…ワシでは…)

ええい、ここまできたら耐えろとしか言えん!!!

 然し確かにこの狂気…いや、喜び。狂喜か!!! フェンリルが戦いを求め喜んでいるのか。

 コイツの感情…デカすぎ…る。

俺は大きく仰け反り咆哮した。ただそれだけで周囲の力の弱いリンカーが、血飛沫を上げて

 肉が爆ぜ、血の球体となり爆散していく。――痛い、痛い痛い!!!

 「なんだいこの力。これがオオミの…フェンリルの力だとでも…」

良く耐えるなシアン。下へと押し付ける重力場でも無い。

ただ吼えた際に巻き起こった衝撃波のソレが未熟なリンカーを爆散させ、力のある者達も

大きく弾き飛ばしていった。 シアン達もそれを見て大きく後退していく。

 (不利と見て一時引いたのかの…いや)

下手な小細工が通用しない。そう見切ったのか。

 (然しワシもそう長く持たぬぞコレは…)

ああ、俺もだ。短期決着に持ち込むしかないな。

 これで、あいつ等に忘れられない悪夢を植えつけられれば俺達の勝ちだ。

全力で大地を蹴ると、後方の砂漠が抉り取られる様に消し飛ぶ。

 見てはいないが恐らく地平を多い尽くす様な砂嵐にでもなっているのだろう。

瞬く間にシアン達の所に到達し、先手を打つ。

 砂漠が朱に染まり、断末魔と悲鳴が響き渡る。

痛い、痛いな。知り合いを傷つける度、深く身を削り取られる様な感覚に苛まされる。

 だが、ここで引いたら駄目だ。

砂埃が巻き上がり、乱戦となる。最早誰が誰だかも分からない。

 だが、それが俺の痛みを少しだけだが和らげてくれている気がした。

友人達を傷つける心の痛み。

 「ケルド…よくも…よくも!!!」

 「シアン様!!」

無心になりたい。フェンリルの力とは別で心が壊れそうだ。

 俺の仇打ちで戦ってくれている者達を、俺自身が息の根を止める。

どれだけ辛いか判っていた。わかっていた筈だというのに…!!

考えるのをやめたい、だが意思に反して止まらない思考。

 レガの断末魔、ヴァランの咆哮…あの声はアラストルか…?

 (限界の様だな。後は我に任せて眠れ、オオミよ)

 (すまぬ…ワシももう…)

そろそろ頃合か。なら、このシナリオのラスボス最終形態ご登場といくか。

 「やりますね…では、フェンリルに暴れて貰いましょうか」

 「な…! まさか貴様…世界を壊すつもりか!!!!」

 「もとより世界などに興味はありませんよ?

   私は私の求める者の為ならばね」

 (本当にこやつらで勝てるのか?

  まぁよい。往くぞ、リンカーフェイズ解除、再解析…。

   魂連逆転!! <リンカーフェイズ・アナザー>

ぐは…何か体の中を手でこねくりまわされるかの様な激しい痛み。

 …駄目だ何も考えられない。

薄れ往く意識の中、前世返りしたフェンリルに圧倒されるシアン達。

 その背後に懐かしい者を見たような気がした。

 それが何かを確認する事も出来ず、俺は闇に引きずり込まれていった。



アレからどうなったのだろう。シアン達は、フェンリルを倒す事が出来たのだろうか。

 いや、世界そのものが無事だったのか? 上下左右も判らない闇の中で考えた。

闇…というよりも四肢を何かに奪われている。視界すらもだ。

喋る事も出来ず、見る事も動く事も。ただ冷たい何かの感触。

 タルタロスの鎖…そうか。俺が此処にいるという事は、シアン達はフェンリルに。

良かった。これで上手くいく。後は時間が立てばフェンリルの力は絶対的な恐怖として

 歴史に色褪せる事無く、凄惨に語られ続けるだろう、不滅のケルドの名と共に。

…然し耳鳴りが酷いな。音など聞こえる筈も無いのに幻聴か耳鳴りが酷く大きくなっていく。

耳を押さえようとも押さえられず、逃れようとも術は無い。

 咎人の鎖…か。こりゃ下手な地獄より堪える…な。

 「…か!!」

…ん? 幻聴に更に幻聴か?

 「オーミの馬鹿!!!!!!」

ちょ!? 何でメディの声が!!

 「フェンリル、来ましたわよ…咎人の鎖ですわ!!」

リセルまで…おいおい、一体何がどうなって。

 「こらお馬鹿! リーシャからの言伝、伝えにきましたわよ!!」

いくつもの鎖を断ち切る金属音が鳴り響く中、リセルが何かを。

 「君は最後まで詰めが甘い。 君が奈落に落ちれば、メディの悲しみは

  何処に行く! ですわよ!!!」

…あ。メディの事ばかり考え、失念していた。本当に馬鹿だ、俺。

 自分に嫌気がさしたのか? 嬉しいのか? 自然と頬に熱いモノが流れ出た。

 「さぁ…たどり着きましたわよ。外部接続…メインをオオミに!!」

俺を縛る鎖を打ち砕き、フェンリルの力が再び俺に。

 (貴様…我に月を与えるという約束を忘れた訳ではあるまいな…!!)

あ…。

 「本当に馬鹿! フェンリルがいれば輪廻に行けるのよ私も!」

う…そりゃそうだ。

 「全く浅はかじゃの。お主が提示した△の図式に則るなれば、

  △を転がせばお主すらも支えられるのでは無いのか!?

  本当に…詰めの甘い、馬鹿者めが」

飛鳥てめぇもいたのか!! …全く、返す言葉もねぇ。

 襲い来る咎人の鎖を打ち砕きつつ、奈落を駆け抜ける。

そうか、そうだよな。ようやく判った。

 メディの異才。

奈落に潜り、罪人を救済する為の力。

 リセルの才。

奈落に潜む、咎人の鎖を打ち砕く為の力。

そして、俺とフェンリルが一つと見なして奈落を駆ける。

 二人の才を乗せ奈落を自在に駆け抜ける為の力だ。

これが、リーシャが創ったシナリオ…力だと。

 この世界の輪廻の理を破壊する力を。

あいつも△の図式は見つけていたんだな。ただそれを行う者が居なかった。

 だからそれを手に入れる為に過去に。それが答えだろう。

 「見えましたわよ! 輪廻が!!」

 「オーミ? …後で…判ってるね?」

 「ひぃ…ガタブルがとまらん!!!」

 「自業自得じゃのう」

 (ふん…呆れて物も言えん)

先にリセル・メディを現世に送り、俺と飛鳥、フェンリルは輪廻の中に

 残りつつ、咎人の鎖を打ち砕き続けていた。

 「さて、お主等は死した身。次なる生へ、じゃな」

 「貴様は先に往け。我はオオミと話がある」

 「然し、鎖がのう…」

 「フェンリルはここでは単体で物質化してるみたいだし、問題無いだろ」

 「そ、そうじゃの。では今度こそ…男で頼むのじゃ。

  セアドに会わせる顔が無い…」

ああ、判ってるって。とかいいつつ女に送り込んだら、どんな反応するだろうな。

 まぁ、冗談はさておきリンカーフェイズを完全に解いて飛鳥を少し過去の次の生へと。

 「ほれ、さっさと成長してセアドの飯でも食って来い」

 「うむ。お主も来ると良い。あ奴…」

 「旨いのかよ」

 「…いや」

うわ、すげぇゲンナリした顔しやがった。まぁ、愛情こもってりゃ旨いんだろうが。

 さて、次だ次。 然しすげぇなおい。あの頑強な咎人の鎖を事も無げに前足で打ち砕きつつ

 俺の答えを今か今かと待ち望み、俺を見ている。

 「待たせたな、フェンリル」

 「我が新たな月、それは何か」

 「ああ、俺の嫁」

 「…」

…あれ? 何? この間は。沈黙の中ただ呆れた顔で邪魔臭そうに鎖を打ち砕く

 フェンリル。何だ、何が気に入らない!?

 「貴様の涎で穢れたアレか?」

 「卑猥な例え方すんな!! 良い月だと思うがな俺的には。

  それにお前なら…」

 「断る」

断られたよ!! メディの何処が悪いんだよ!? 胸か!? …確かにちょっと残念だが。

 何だ? おもむろに上を向いて…。

 「然し、我は見つけたり。新たなる月を、…似ているのだ」

 「そうなのか、残念なようなそうでないような…うん」

 「素晴らしかったぞ、人でありながら我に臆せず、勝てぬまでも…。

   この我に手傷を負わせ、勝利への糸口としたのだからな」

 「一体どいつだ! 人ってこたシアンでも無いだろうし」

早く傍に行きたいのか、いてもたっても居られなさそうだ。

 「アティアという強き娘よ」

 「リセルかよ…。アレの何がいいのか判らないが…まぁ傍に送ってやるよ」

 「貴様も気づいているだろう。あの月の良さは」

すまん、正直判らない。あの後、何があってリセルを月と見定めたのか。

 後で見つけ出して聞いてみるか。俺は黙って頷き、

 輪廻の鎖の一部を砕き、フェンリルに託し記憶を持ったまま生まれ変わらせる。

 「さて、さっさと俺も行かないと鎖に捕まってしまうな」

慌てて、次なる生へと。


アレから数年が経ち、俺は人では無く、一匹の犬として生きている。

 何故か? メディのあの言葉だ。明らかに怒っている。

 正直怖いのでほとぼりが冷めるまで静かに身を潜めていようかと。うん。

それに色々と考えたいんだ、一人で。


街を渡り歩く最中、魔精典文を見てアレからの事を調べてみた。


魔精典文に新たに追加された項目。

 ・百獣の魔王ケルド

アルセリア暦上、最高の二強と言われるイグリスのリンカー。ヤサカ=オオミの力と

 シアン=イグニスの力を手に入れた下級神。

今回の戦いにおいては、ヤサカ=オオミの力。フェンリルのみであった。

 その力は竜族を一撃で瀕死に追い込む程に強大。

サルメア大砂漠にて、世界列強全てを相手にし、辛くもセアザの指導者

 シアンとエルフィ族の疾風の子孫、ルミアが勝利を収める事となる。

彼を調べる者は口々にこう伝えている。彼、ヤサカ=オオミの力の本当の恐ろしさは

 フェンリルでは無く、リンカーフェイズの多様性にあったと。

彼の能力を四つの文字で例えるならば『最弱最多』が相応しい。

戦闘において、常に風上に立つその力。

 力に溺れた百獣の魔王ケルドが、その力を使用しなかったのが敗因であろうと。

…。最弱最多って何だよおい。弱くて悪かったな!!!


以下、ケルド戦の英霊達…か。

レガは…結局誰とも組む事なく、ただ己の在るがままに戦い、

 その最後は灼熱の太陽と化し、フェンリルの体の大半を

 焼き尽くし、セアザの態勢を整える事に成功し絶命。

ギアのオッサンも…か。

 再生中のフェンリルに残りのタガラクの全戦力にて特攻。

 その最中、フェンリルの一撃にて頭部を打ち砕かれるも、振り下ろされた刃が

 フェンリルの左足を砕き、絶命。

頭部打ち砕かれても攻撃したのかよあのオッサン…。


アラストルとヴァラン、押され気味になり、怒り狂ったフェンリル?

 違うだろう。歯応えがあって喜んだだけだろうな。その猛攻が

 始まる。それは砂塵を巻き込んだ巨大な竜巻の様でもあったと。

 その最中に取り残されたオズとヴァランを助ける為、アラストルはオズの身代わり

 となり、巨大な竜巻の渦中へと。そこから離れる際、ヴァランはオズを逃すべく

 単騎でフェンリルに戦いを挑み絶命。その戦いの最中、巨大な雷がいくつも降り注いだ。

…まだ何か強烈な切り札もってたようだな、ヴァランの奴。


…アルド、最後の切り札だろう、ディエラとオーマ、そしてシアンとのリセルの現世連結。

 その時間稼ぎを自ら受け持ち、その役目を果たす為。

 質量的に戻る事が不可能な前世返り。翼竜となってフェンリルと戦い、

 見事に役割を果たすものの、彼は戦いの最中、既に絶命していた。


そして、リセルをメインにした現世連結。…フェンリルと互角に渡り合い、

 いくつもの巨大な竜巻の中、戦い、最初は押していたが次第に押され

 気味になり、危機に陥る。然し、エルフィの疾風の子孫が現れ、

 クァをその身に降ろし、リセル達と押し返す。

…。降ろした? 召喚か何かだろうか。

 辛うじてフェンリルを倒す事に成功するも、シアンはリンカーフェイズを解いた際、

 止める味方を殺害して行方不明に。

死者に関しては、数える事が不可能か。フェンリルの一撃で消滅させられりゃ、

 そりゃ無理…か。他にも確認されてない奴が沢山…。

そして、最後にアルセリア直筆の文章があった。


 『百獣の魔王ケルドは不滅の存在。この戦いに終わりは無く。

  また、その力の恐ろしさを忘れてはいけない。

  善を掲げる者達よ、永遠なる悪は常に我々の傍らに在る』 …か。

これで、アルセリア史にケルドという絶対不滅の魔王の名が刻まれたか。

 然し、神が敵対者としてあった世界に、魔王が…うーん。

 このあたりも暫くは戸惑いを覚えるのだろうな。

…そういや、見には来てたが、結局あいつらは戦わなかったな。

軽く、首を振り、自らがした行いを振り返る。


仲間を殺すのが正しかったのか、いや人としては間違っているのだろう。

 然し…考えても答えも出ず、ただ後悔という感情のみが浮き彫りになる。

シアンの行方も然りだ。これで暫くは安寧に暮らせると思ったのだがなぁ…。

 リーシャや飛鳥・リセルの言うとおり、俺は本当に馬鹿で詰めが甘いのか。

ただ、その苦悩を繰り返し歩く内、気がつけば俺は見覚えのある場所。

 セアドの森へと着ていた。

まだまだ大樹とも言えない樹の下で寝そべり、自身の体を見ると、寒くも無いのに

 震えている。…拭いきれない寒さから逃れようと、

 ただその苦悩と寒さの中、静かに眠りにつく。

 今は静かに眠りたい。次なるソレが始まるその時までは。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「…オオミ…セア、皆…」

人とも取れぬ姿をした異形は、荒涼とした大地に佇んでいた。

 その目は酷く悲しみに歪み、怒りを露にし、表情には絶望が伺えた。

フラリと…力無く歩み出す異形の女はただ、誰かの名前を呟き続けている。

 「…」

純粋なる負の感情が、彼女から強く影を落とし、ユラリ、ユラリと地平へと

 消えて往く…か。この時代の英雄。だが一人の女である事に変わり無し。

奴は己が目的の為、一人の女の世界を壊した…か。

 仮にそれが正しい選択であったとしても、あの女にしてみれば…。

 「反逆者アルセリアが定めし魂庭の破壊者…。貴様が犯した罪は極めて重い。

  何より、気が付いてしまった。識ってはならぬその領域まで」

白銀の剣を振り下ろし、鞘に収め、沈む夕日に背を向け、呟く。

 



      「滅罪する。 

          魂庭を穢す罪人よ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


アルセリア幻創記 ― 失国の破術師 ― 終幕


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         ― 滅罪の女神と悲竜の世壊 ― 


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