第百二十六話 「失国の破術師 Ⅲ」
翌日、俺達はラナに礼を言い、一路イグリスへと。
帰りも帰りで空を絶え間なく横断する灰色の飛竜達。白銀の道という名は
伊達では無い様だ。
「ねぇ、オオミ。本当にやるつもりですの…?」
「ああ、それしか方法は無いしな」
「ほんっとに他に比べる相手が居ない程にお馬鹿ですわ」
…うっせぇ。
数日後、俺達はイグリスへと戻り、アティアと別れ、阿修羅の社へと一人着ていた。
少し目を閉じて、思い出す。落ちモノで女の子じゃなくて、俺が落ちてきたその時から。
最初は何もかもが真新しく、刺激的過ぎる毎日だった。
フェンリルの力で暴走したり、いきなり投獄されて処刑されかけたりと。
…セオ爺さん。イグリスの封印を守り続けた竜の王。
そして…。
「セア、どうしたんだい? こんな所に呼び出したりして」
「…」
シアン。双極竜セオの一人娘。恐らくはこの世界でアイツと渡り合えるのは、
この人を置いて他に無い。この世界を守る…英雄だ。
さぁ、リーシャの仕組んだ俺のシナリオの総仕上げだ。
「どうしたんだい、黙ってちゃ判らないよ」
「…く、くく。まだその気づきませんか…」
「気づく…?」
「この私の力、忘れたワケではありませんね? シアお嬢様」
確か、イストから聞いたシアンのケルドに対する逆鱗。
ここから始めればシアンは冷静さを欠く。そうイストが言っていた。
「…!!!」
「悪神ケリアドを倒す為、より強い力を求めるのは結構。
然しですね…それが必ずしも善人の手に渡るとは限りませんねぇ」
ケルドというよりも、リカルドの一挙一動を思い出し、紳士的に振る舞い。
尚且つ、激昂するシアンを煽る様にわざとらしく一礼する。
「いやいや、ありがとう御座います。お陰で疾風の力と竜の力すらも
手に入れる事が出来ました」
「判っていたさ…。だからこそ、オオミ君をアタシは求めたんだよ。
オオミ君の子を身篭れば、必ずお前は現れる…」
成る程。確かにその通りだわな。ん? まて、と言う事は…ちょ!!!
いきなり俺のシナリオ想定外!?
「セア…すまないね」
問答無用かよ!? 畜生、一足に飛び込みこちらの腹部を狙ってシアンの拳が
迫ってくるが、その拳に纏う風を掴んで弾き、間合いを取る。
「ち。無風活殺…打撃は通じないってワケかい」
「その通りです。残念ながら今のシアお嬢様の力では、私を倒す事は不可能。
何より、貴方の血と力も私は受け継いでいるのですよ?」
焦りか? シアンの顔色が少し青ざめる。彼女自身が使える力だけにその力の強大さ
を良く理解している様だ。少し予定が狂ったが、なんとかなりそうだな。
「シアお嬢様。今ここて゜貴方を殺す事は容易い。然し…私としましても、
この力がどれ程のモノか試してみたい」
「何が言いたい…」
「つまりです。シアお嬢様にも勝機がある機会を与えましょう。
これより一ヵ月後、場所はサルメア大砂漠中央部にてお待ちしておりますよ」
「大した自信だね。たった一神だけでこの世界全てを敵に回すつもりかい」
わざとらしく鼻で笑い、シアンに尋ねる。
「何かを忘れていませんか…? 消息不明となったオオミ君の行方など…」
「貴様…オオミ君を…スヴィアをどうした!!」
うーん、露骨に焦ったな。口ではケルドをおびき寄せる為とはいったが、本心では
そうじゃなかったのか?
ゆっくりとシアンに歩みより、彼女の右側にすれ違う。
「彼と戦い。そして。白銀のリンカーフェイズ…フェンリル。
神殺しの獣…確かに戴きましたよ」
「馬鹿な! そんな事が出来る筈…」
「私は神ですよ。かつては下級神ではありましたが、オオミ君、そしてシアお嬢様
お二人の力を手に入れ、最早その力は双生神にも匹敵するでしょう」
すれ違い、わざとらしく、俺は喜ばしく笑った。その直後、背後で地雷でも爆発したかの
ような振動と鈍い音。振り返るとシアンが地面を力任せに殴っていた。
…殴ってクレーター作るなよ。どれだけ馬鹿力なんだよ!!
「つまり…スヴィアは…」
「輪廻で戦い、彼の魂は消滅…というよりも融合に近いものでしょうか」
「スヴィア…」
「彼は強かった。ああ、遺言を預かっていましたね。
騙してすまなかった…と」
シアンは声を殺して下を向き、ただ何かに耐えている。これ以上は危険…か。
「さて、猶予は一ヶ月。悪神ケリアドに匹敵する大神の誕生を、
世界中の猛者達の血肉で祝いましょうか…それでは」
「ケルド…それが貴様の目的だったのかい」
「人も神も欲深い生き物に変わりはありませんよ? シアお嬢様。
良くも悪くも、行動の根幹には常に欲が存在しているものです」
そう言うと、俺はシアンに軽く一礼をし、世もふけた闇の中へと。
イグリスを一望する崖までの道の中、一つの事を思いつく。
それは…、もうシアンの所に戻れない=寝床が無い。と言う事である。
いや、行くべき所は…ある。
「よ!」
「…何で私の部屋ですのよ」
「いや、ここしかなくてよ」
そういや、コイツの部屋に入ったの初めてだよな。なんつーかこう…。
「性格に反して乙女な部屋だなおい。なんだこの人形の数」
「煩いですわ! 深夜に乙女の部屋に来るなんてありえませんわよ!?」
いや、男の部屋に平然と来るお前はどうなんだ。
つか、動物の人形すげぇ…ん?なんか一つ不恰好。つかへったくそなヌイグルミが。
「なんじゃこりゃ。これだけ人でやたらヘタックソだなおい。
まいいや、頼みたい事が…っておま!!!」
「あーーーーーーーーーーっ!!」
「な、なななななんだーーーーっ!?」
彼女の絶叫とともに部屋中にあるありとあらゆる物が飛んでくる。
人形、机、椅子、棚、皿、カップなどなど。それがことごとく俺にぶつかり
外に追い出されてしまった。…どうしよう、完全に行き場が無くなったぞ。
それに余りイグリスで目だった行動も出来ないしな…そうだ。
取りあえずセアドの森へ身を隠そう。
いそいそと、イグリスから離れ、セアドの森へと向かう道中である。
開けた道の両脇に大きな森があり、その中に暖かい光が一つ灯っている。
道をそれて光の所にいってみると家だな。誰か住んでいるのか…泊めて貰えるかも
知れない。そう思い、俺はドアを叩いた。
「誰じゃな、こんな夜分遅くに…」
不機嫌面で出てきたのは、俺と同年代ぐらいの女の子。
微妙に釣り目の黒髪ツインテール。
「いや、今晩だけでも泊めて貰えないかな…と」
「なんじゃ、旅人かの。よかろう…然しいくらワシが魅力的だからといって
妙な気は起すでないぞ?」
「あ、ありが…ワシ? ちょっとすみません。もしかして…イスト?」
目を丸くして俺を見た所、図星のようだ。ぶ…。
「ぶははは!! お前、女に生まれ変わらされたのか!?
フェンリル、ナイス復讐!!! 腹いてぇ!!!!」
「お、お主。スヴィアか。…これが罰ならば受けねばなるまい。
セアドに会いたいがのう…一体どんな顔して会えばよいのやら」
何だよ、そんなに会いにくい状態なのか。そういえばこいつの行動一切合切を聞いた
ワケでもなかったんだよな。折角だし聞いてみるか。
イストに招き入れられた室内の中央にはお手製なのか、少し形の悪いテーブルに椅子。
そこに座り、ホットミルクを飲みながら語り合った。
「…というワケでの」
「確かにまぁ、リセルの奴は感情の高ぶりが魔力の高さだからな。
然しお前、自分の娘にセクハラって…」
「いやぁ…悪乗りが過ぎたかのぅ。あの時のセアドは怖かったのじゃよ…」
嫁さんの目の前で実の娘にオイタしたらそりゃなぁ。
「まぁ、それよりもじゃな。ホレ、あの問いの答え、まだ聞いておらぬぞ」
「ん? ああ、人の文字が支えあっていないと言う事か」
「うむ。そう言うからには理に適った確かな式があるのじゃろうな…」
机に張り付いて疑った眼差しを送るな!!
「ああ、あるさ。俺のこれからの行動がその答えだし。
ま、そこいらで聞き耳立ててるアホ鳥のイライラ貯めさせても面白い」
「つまり…答えは内緒と言う事かの」
「そうなる。何、アルセリア達に会えば、答えよう。それもあと少しだ」
それに不満げに声を挙げた折、どこがで何かがイライラを何かにぶつけている
音が聞こえたが、気のせいだろう。
「さて、今は何と言う名じゃな?」
「ああ、セア、セア=イグニス。シアンとは正式に式を挙げてはいない。
んだもんでイグニスなんだよな」
「成る程のう。ワシは、シェリア=ルーター。シルヴァラントからわざわざここまで
来たのじゃよね」
うーわー…そんな遠くからかよ。ご苦労な事で…でも結局嫁さんに会わす顔が無くて、
駄目だ…笑いが堪え切れん。
「ぶははは!!! 遠路はるばるやってきて、結局踏ん切りつかなくて会わず仕舞いかよ。
しかも女だから…駄目だ。フェンリルお前酷すぎる!!!」
「笑うで無いわ!!! はぁ…全く。ああ、そういえばお主のシナリオを遂行するのに
必要不可欠な相方は見つかったのかの?」
「いや、それが…頼もうと思った矢先、追い出されちまったよ。お前の娘に」
頭抱えやがった、暫く沈黙の後、シェリアは一言。
「魔神阿修羅とフェンリル狼…中々良いタッグでは無いかの?」
「そういやお前も…いや女だしな。リンカーにゃなれんだろ。
リセルなら別として」
「そうじゃが、ワシならばお主の相方として不足はあるまい?」
ああ、確かにな。それにリセルはシアン側に居た方が良いな。
リーシャの秘術ならフェンリルに対抗出来るだろう。
「然しまぁ、世界を相手にするとか、馬鹿じゃのう…」
「うるせぇ。俺も破術師だ」
「じゃからどうした?」
「リーシャが世界を操ったなら。俺は歴史を操ってやるよ」
…笑われた。豪快に笑われた!! 俺がそんな事いったらそこまで可笑しいかよ!!!
「お主が? 歴史を操作する? どうやってじゃ?
そのツンツルリンのオツムでどうやってじゃ!?」
「お前、そこまで頭悪いか俺はよ!!!」
「お主は自分で頭良いと思っておったのか!? これは傑作じゃ!!!!」
うっがーっ!!腹立つ通り越して殺意を覚えるな。ケルドの性格は造りじゃなくて素だったの
かもしれないな。…ん? 急に笑いを止めて真面目な顔してなんだよ。
「では聞こう。お主は歴史を如何にして操る?」
「簡単じゃないか…考えても見ろよ。そもそも宗教間の争いは何が原因だ?」
「それは、時間経過による教えの枝分かれじゃろう?」
「そういうこった」
そいつを利用すれば、成立する。支えあうという利に適った記号が。
それを成すにはフェンリルの力が必要不可欠だ。
「ふむ…ま、楽しみにしておこうかの」
「ああ、さて。疲れたから寝させて貰うぞ」
「うむ。ゆるりと休むが良い。救世の悪神とでも呼べば良いかの…」
「いや、違うな。世界を救うつもりは無い」
今まで幾度も言った古臭い、陳腐で使い古された単語『魔王』
絶対悪、人道に反した所業を行い正義の味方に倒される存在。
昔、俺は感銘を受けた言葉がある。単純だがこれを初めて考えた人は
凄い。俺は心底そう思った。 その言葉が一つの平行世界を救う切欠になるだろう。
その言葉とは、RPGをやった事があるなら誰もが知っている台詞。
『この世に悪がある限り、我は必ず蘇る』…だ。
絶対悪にして永遠の敵対者であり、永遠の敗北者――魔王。
さて、総仕上げだ。待っていろバーレ最強の双生児。