第百二十六話 「失国の破術師 Ⅰ」
フクロウか? それに近しい鳴き声が不気味に響き渡る深夜。
脂で火を灯した銀製のランタンが、外からの冷たい風にユラユラと揺れる。
木製の薄茶色の室内がやや赤暗く照らし出された室内に俺は居る。
机の上には大量の本が無造作に積み上げられ、その隙間を縫う様に木製のカップ
が湯気を立てている。覗き込むと、暖かいミルクが薄い膜を張っているようだ。
ボサボサの赤い髪を軽く掻いて、ミルクを口に運ぶと、歯に薄い粘膜が少しからみつき
飲み辛い感じはするものの…。
「汚いですわね。ミルクで口をゆすいで何してますのよ」
「リ…じゃねぇ。アティアかよ。ノックも無しに入ってくんな」
「別に気にしませんわよ?」
…それは俺の台詞では無いのか? 少し意地悪してやろうか。
カップを机の上に置き、振り返る。
「お前な、俺が恥ずかしい事してたらどうするつもりだったんだよ」
「恥ずかしいって何ですのよ?」
自分の股間に指さし、右手を軽く上下にシェイクした瞬間、爆音が室内に
響き渡り、机やら本が壁まで吹き飛んでしまった。
「んな…ななななななななな」
「だーかーらーノックしろと言ってるだろ。ったく、それに
風空自在を気安く人にぶつけるな! 殺す気か!!!」
俺とリセルは相変わらずの関係の様で、毎晩とはいかないが、良く
それも勝手に室内に上がりこんでくる。理由はまぁ、そうリーシャの件だ。
封印が解けていった理由。ようやく今日、資料が揃い謎が解けた所ではある。
「ま、それは置いといて。時間かかったがようやく解けたぞ」
「本当ですの? シアンさんに早速…」
「まてまてまて! お前はともかく俺はバレたら後々面倒なんだよ!!」
全く、頭良さそうで何気にイノシシだよコイツは。
取りあえず、吹き飛んだ椅子を拾い、リセルに座らせ答えを伝える。
封印事件は場所を線で繋いでいくと円になり、それが段々とあの大砂漠に
向けて小さくなっていると言う事である。
「成る程。水の波紋の逆…ですわね」
「その通りだ。円形をいくつも創り、その要所に封印を設ける」
「外側から封印が解けていけば、いずれ…リーシャに出会う…ですわね」
アイツは一体いくつもの布石を用意していたのだろう。まるで世界を意のままに
操っているかのように――破術師か。
「でも、リーシャは記憶を失いつつ体が若返り続け。でしたわよね?
記憶が無ければ、封印を順当に解くなんて…」
「だからだ。破術は進化。時消操術は退化。初めに仕込んでおいた封印が、
記憶を一定量失い、魔力が失われていくと自動的に解けていく仕組みにしてたんだよ。
勿論、失ってもただ封印が解けない様に、双生神の封印という保険付だ。
あの封印が解けなければ、逆波紋の封印はそのまま」
二つの術を相殺に近しい状態にし、更にその副作用すら利用する。恐ろしい子だよ。
窓から覗く薄暗い外の森の景色を覗き、リーシャの存在の大きさに溜息を付く。
それを見ていたアティアが何気に呟いた事がある。
「結局、リーシャって何者ですの?」
「確かにな、然しそれはアルセリア達に合わないと
判らない事だろう」
再び溜息を付くと、部屋の外からノックが聞こえる。
「アンタ達、仲が良いのはいいんだけど、あんまり夜遊びして風邪引くんじゃないよ?」
「判ってるって。ん? またその本持ってるね」
「ああ、行方知れずのヤドロクの唯一の手がかりだからねぇ」
ヤドロク言うな!!! つか、いい加減気づくと思ったんだがな。…そろそろ頃合か。
「ん?どうしたんだい。あ、こら」
「見せてみてよ。謎解き好きなんだよね。それにほら、封印事件の真相も
さっき突き止めちゃったしさ」
「…冗談は言ってないね? セア」
「シアン様? セアは嘘をつくとは思えないですよ」
リセルてめぇ…俺以外にはキャラ作って喋るよな。…それはおいといて、少し疑う様な
目で俺に真偽を尋ねてくるシアン。然し、結構年月経つってのに相変わらず若いままだな。
そんなシアンに当たり障り無い程度で、調べたリーシャの事と封印の点在地の事を伝えた。
「成る程ねぇ。時間経過による魔力と記憶の減退。それを引き金としたリーシャの封印術。
リーシャ・バーレ。人間とは思えないねぇ」
で、それよりもだ。納得したシアンの隙を狙い、脇に抱えていた本を取り、ちょっとした
謎解きのページ。白紙のページを開く。
「何か判るかい? 何も書いていないだろう? そこだけ」
「見えないインクとか。そう言った類の方向性で考えてみた?」
「そんなモノが存在するわけ…第一必要性が」
焙り出しというモノが無いのか。ま、好都合か。俺はランタンの蓋を外し、白紙のページ
を近づけ、文字を炙り出す。そして、それをシアンに手渡した。
「これは…こんな。あの馬鹿…」
「母さんやタガラクを騙したのは、彼等タガラクの祖先の地を守る為…だったみたいだね。
皆を連れて水神と戦えば、祖先の地は海の底に…」
「不器用な人ですね…」
リセル!お前が言うなお前が!! ま、結果的にタガラクは無事祖先の地に辿りつき、
水神と上手くやっているようではある。…いや、そうでなくては困る。
あの力は必要だ。アイツに勝つ確率を僅かでも上げる為に。
「それと、母さん。リーシャという人物に俺は会ってみたいんだけど…いいかな」
「リーシャにかい? ああ、けど無理と無茶はするんじゃないよ」
「あ、私もついていきますから大丈夫です」
何が大丈夫なんだよ何が。…ま、コイツもリーシャと会う必要あるだろうしな。
リセルに似たイストが術の継承っぽい事を言われてたしな。
その晩は、何事も無く。朝が来た。
朝日が少し高い位置に昇り、日差しも強く暖かいが、それは気温が低めの所為だからだろう。
家の前で寝そべる飛竜にのり、俺とリセ…いや、アティアはサルメアへと。
目的地まで俺はリーシャが何者なのか、ただそれのみを考えていた。
バーレ人の生き残り。恐らくは最高権力者、言ってみれば王様的な何かだったのだろうと…。