第百二十一話 「準備」
典文に書かれていたレイヴァラントの、氷華雪原。そして真紅の薔薇。 一見すると、
氷極の姫君が薔薇を抱いて眠っている。 単純に考えるとそうなるが…。
アルセリア暦を定めたのがリーシャとして、あの典文の古い部分はリーシャが記している。
そう思えるワケで、絶対にストレートに読んだら答えが出ない。
氷華雪原を氷山地帯として、それに抱かれて眠っている真紅の薔薇…溶岩だろう。
どう見ても場所を特定させる為のモノだ。 で、それに該当するのはアイスランド。
確かあそこは、名前はアイスランドだが、火の国だった筈…。
「で、勝てるのかの? あやつに」
レイヴァラント目指して、今は海上でかなり早い気流には乗っているが…遠い!
それに準備もしないといけない。あの国は自然の驚異がモロだった筈だ…。
防寒もそうだが食料と水は必要不可欠。 森だのなんだのは無かった気がする。
そんなこんな考えている俺の背中から這い登って肩に回って覗き込んできたイスト。
どうも、アイツに勝てるかが疑問の様だ…。 確かに勝てる気がしないがフェンリルがいれば
それは別だ。 つかまぁ…確かに凍りつくわな…うん。
「ま、なんとかなる。 それよりも途中に街もあるだろうから、準備していくぞ」
そう言うと、少し高度を下げつつ遠くに見える島。緑も多く人が住んでいるだろう、
そこに急ぐ。 眼下に広がる海面が線を書きなぐった様に一緒に走っている。
結構な速度だが…まだ時間がかかりそうだ。 レガがいりゃすぐなんだがなぁ。
そのまま、なるべく早い気流に乗り換え乗り換え…数時間かけて島だろう其処へとたどり着いた。
上空から陸地を見下ろすと緑も多く、結構な大陸だが…寄り道している暇も無い。
少し離れた所に大きめの貿易港か、街があるのでそこの付近へと向かって降りた。
地面に降りて、リンカーフェイズを解きホークマンから人間へと。…さて。
周囲を見回すと、割と高いがセアドの森のあの気になる木程でもない。普通サイズの木々
が立ち並んでいる。 街へと続く道がありその所々に農家が見える。
また進化の過程で珍妙奇天烈な姿をした動物が放牧されている。 その道を歩いて街の方へと。
その道中、あのクァに似たアホ面のブサイクなドードーみたいな鳥が藁を積んだ荷を引いて
通り過ぎていった。 それを見て俺は藁に忍び込んでみたいとか思ったわけだが…余裕は無い。
引き続き、放牧されている牛みたいなガタいしてる癖に、羊みたいな毛をしている動物を眺めつつ
道を急ぐ。 暫くすると街がどんどん近づいてきて、全体的に木造建築だろうか、
所々石造りも見受けられる街の入り口へと。
「おー…活気あるな」
「アレが食べたいのじゃ」
こいつ…目に入ったのか、何かパン生地みたいなものに肉を挟んだヤツを売っている露天。
そこに走り出しやがった…遊びに来てるんじゃねぇってのによ。
俺も追いかけていくと、うほ…これはいい匂い。肉の焼ける香りと小麦粉の香ばしい香りがなんとも。
確かに移動中はマトモなもの食べてなかったしな…。 懐から銀貨を出してそれをいくつか買い。
紙袋に詰め込まれたそれを受け取って、その付近にある広場。円形で石畳が敷き詰められており、
真ん中に大きな噴水がある。 周囲は木々じゃなくて民家やらに取り囲まれているが、
これはこれで良いかもしれないな。 噴水の横にある木製の長い椅子に俺達は座り、
買ったものをイスト渡して、俺も口に運ぶ。 あー…普通にパンだ…懐かしい。
イグリスのはかじった瞬間にバキッて音するからな。 あれはあれでウマいが…。
肉汁のしみこんだソレを食べながら、街の周囲を見回していると妙に警備が物々しい。
が…、まぁ関係無いと。 イストに視線を移すと余程お腹が空いてたのか、単純にウマいのか。
あるいは両方か、両手でそれを押さえて食いついている。
ちょいと名前を呼んでコッチを向かせて見ると…、口の周りがソースだらけ。
少なくも俺より長生きしているだろう、だのになんという食べ方だよ。
懐に入れてある布をイストの顔に押し付けて、これでもかというぐらいグリグリとふき取る。
「やめぬかっ!」
「お前、なんでそんな食い方になんだよ」
良くわからんヤツだ。 いや…ああ、双魔環の所為か。 確か歳相応になるんだったよな精神まで。
再び視線を周囲に向けつつ、食べ物を口に運びながら道行く人を観察している。
生地の厚い服を着ている人ばかりで、薄着はしていない。 気温は…さこまで寒いとは思えないが。
まぁ、暑いから薄着ってのは間違いだからな。砂漠みたいな所だと逆に日光から守らなきゃいけない。
…て、ありゃイグリスの…。 貿易をここまで広げているのか。 順調そうだな。
まぁ、気付かれない様にこっそりとイストを連れて俺達は、雑貨屋だろう商品が立ち並ぶ古臭い店へと。
イストは色々興味をそそられる物が多いのか、店の奥へと入っていった。
「こういうのに弱いよなぁ、アイツは」
それはまぁ、仕方ないので必要なモノを探す。防寒具・寝具と…焚き火は自殺行為だろうが、
一応軽く薪になるものと…、ピッケルだったかあれっぽいヤツもあるな。
靴と手袋も買い換えて…。結構な量だが、軽装でいける様な所じゃない筈だと。
「すいません、これ全部…と」
抱えて持ってきたモノをカウンターにドサリと置くと、両手を擦ってニヤついた顔で爺さんが
金額を言ってきた。ちょい流石に高いな…が仕方なし。 金貨6枚置いておつりを貰い、
新しく買った大きいリュックに詰め込んで貰う。 これでよし…でイストはどこに。
また得体の知れない良くわからないモノを突付いて遊んでいる。
「イスト、買い物終わったからいくぞー」
「うむ」
頷きはしたが、名残惜しそうに周りを見ながらコッチに来た。 さて、次は食料と。
再び街中へと戻り食料を売っている店へと入り、なるべく脂肪の多い肉と干し肉、パンを買う。
寒いからな、脂肪の多いモノ買っておかないと。食料を買い再び街中へと。
「さて、後はシルヴァラントだったかに行くだけだな」
「じゃの、ここからならそう遠くも無いしの」
ここからはイストに道案内して貰った方が早そうだ。 俺達は街の外へと歩いていくと、
何やら人だかりが、ちょいと気になったので覗いてみると…ケンカかよ。
ツマンネ…と呟きつつその場を後にし、街の外に。
「さてイスト、鷹に頼むわ」
「うむ。 心拍同期…解析開始」
俺の胸元に手を当てていつものそれを言うと、足元から影が沸きあがり輪廻の中へ。
その直後、影を取り払いつつホークマンになった俺が出てくるんだが…。
「ぐえ!?」
「無様じゃな」
大きいリュックを買い背負っているので、翼の分後ろに引っ張られ脇が後ろに締め上げられた。
体をよじってなんとかリュックを下ろし、腹に荷物がくる様にして背負う…これ背負うというのか?
「鷹というよりもペリカンじゃな」
ペリカン便といいたいのか。 まぁそんな感じになっちまっている。
軽く笑うと、翼を広げ羽ばたかせて風を地面に叩きつけて、空へと飛び上がる。
準備は出来たが…さてド素人が辿り付けるのか氷山の最奥部…。 いやたどり着かないとダメだろう。
頭の上の乗っているイストの道案内で、あれは一際早い気流に乗りレイヴァラントへと。