第百十九話 「吼竜の谷 Ⅵ」
「はやくせぬとっ!」
「わかってるっつーの!」
背後から溶岩ゆっくりとせりあがってきている…が時間はある。 そして前方の放水トラップ。
ぜってぇこれは水が出っぱなしにはならない筈だ。 したら下の溶岩と水を用意してある意味がなくなる。
…。リーシャの考えが大分読めてきた…恐らくは次の一つ。 それでほぼ確証が得られる筈。
この破術の副作用もその一つ…だ。 一度後ろを確認すると、じわりじわりと増えている。
これは明らかにこの先の温泉を抜ける為の時間を考慮しているだろ。 まぁ…考えるのは逃げ切ってからだ。
出口の中へ駆け出し、明らかにトラップだろうソレを思いっきり踏みつけると、
奥の方からゆっくりと鈍い音が聞こえてくる…そして、水の流れる音。距離はあんまりなかったからな。
俺達は慌てて溶岩のある所に戻り、横の壁にある蔦に掴まると、その少し後に水が大量に流れてくる。
…。 少しの間流れて止まる…やはりか、っぶわちっ!
「あつつっ! 主っ忘れておらぬか!」
「わすれてねぇ!」
煮え滾った油に水…冷水をぶち込むとどうなるか。 それの大規模版がかなり下の溶岩で起こっている。
パチン! じゃなくてドカン!とかもう爆発音なんだが…。 その飛び散った溶岩と水蒸気だろうかそれが
熱いってもんじゃねぇ!! …が、これで水の出てくる時間も分かった、もう一度熱いの我慢しなけりゃ
いけないが…。 再び出口に戻り、別の仕掛けを踏んで素早く溶岩のある所の壁にある蔦へと。
程無くすると、また大量の水が出口から低い音と共に流れ出て、下の溶岩へと落ちて行き…水蒸気爆発だったか。
それで爆発音と溶岩を弾けさせ、高熱の湯気の様なモンが際どい所まで上ってくる。
「熱いのじゃ!!」
ええい! 俺なんか足これ大火傷してるぞ絶対! 何かヒリヒリというかズッキーンとしてるわ!!
そう叫びつつ、蔦から出口に急いで戻り全速力でトラップを踏みつけながら走る。
この間に何で水が出てこないのか、この仕掛け自体にクールタイムがあるんだよ!
傾斜になったところを駆け上がり一気に抜けようとするが、あの鈍い音が聞こえてきた。
「やっべぇ!!」
上半身を前に倒し、更に駆け上がり見えた出口目掛けて頭から滑り…
「うら!!!」
「ほぎゃぁぁぁあっ!!」
背中に居るイストを捕まえて先に温泉の方へぶん投げる。それと同時に背中に大量の水がのしかかってくる。
何とか出口の壁に両腕を捕まえて耐えてるが…
「イスト! リンカーフェイズ解け!」
その瞬間、リンカーフェイズを解いて羽毛による水の抵抗を下げ、何とか…耐え切った。
顔を左右に強く振り、髪と顔から水分を取り払うと起き上がる。 その直後後ろで届いたんだろう、
爆発音が聞こえてきた。 ふう…。
「危ないというか…何故…」
「そいつは後だ! いくぞ」
イストの手を胸に押し付けて、鷹にリンカーフェイズして、翼を羽ばたかせ風を温泉に叩きつけて飛び上がる。
その後ろで一際激しい揺れと地響きが…ええい天井でもご丁寧に崩れたか?
振り返らずにそのまま次の出口目掛けて待っ直ぐに飛ぶ。 後ろ見ると嫌な予感するんで…ひたすら前を!
温泉とそこから覗いている岩を出来るだけ早く飛び抜け、次の問題の部分だが…
「イスト、次はゴリラだゴリラ!」
「何故そこでゴリラなのじゃよ」
ブツブツいいつつも、リンカーフェイズを解いて、ゴリラを引っ張りだしてきた俺。
よじ登るのに適した腕と足の造りをしているからに他ならない!
入り口に入り込み、四つんばいになってゴリパワーで一気に駆け上る…が、うおお!!
駆け上がっている最中、轟音と地響きと爆風と熱風が追いかけてくる。
「熱いのじゃっ!!!!!」
「あちぃぃぃぃぃぃいいっ!!」
やっぱかよ! 温泉つかまぁ温水だな、それが出来る程の熱源が真下にあり、その量が限界に来て…
あの温泉だか温水だか知らんがそれの底を突き破った!! つかマジで熱い!!!
文字通り尻に火がついた様な熱さと、温水である程度は下がってるとはいえ、
相当温度の高い蒸気が体を少し取り巻いてきた。余りの熱さにイストが俺の頭の上に逃げてへばりつく。
が! んな事気にしている余裕もネェ! ひたすら全力で四つんばいで駆け上りついに直滑降に近い所にくる。
今度は両手両足を左右の壁に目いっぱいおさえつけて、縦によじ登って行く!
死んでもカメレオンは使わん!! とばかりにゴリラらしく鼻の息を荒げて歯を食いしばって上っていく。
後ろは見ることは出来ない! 見たら間に合わないと、直感的にそれが分かる。
ひたすら上がってくる溶岩から逃げる様に上り、ようやく最後の出口…イグナぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!?
だーっ! 心配して戻ってきたのか!畜生!! 渾身の一撃ならぬ渾身の這い上がりで一気に縦穴を抜け、
地面に着地するとイグナを問答無用で担ぎ上げ、吹き抜け天井へと駆ける。
「イストーっ!! 鷹だ鷹!!!」
走りながらそれを言うと、イストがリンカーフェイズを解く、そして鷹に戻った状態で立ち止まっていたので
今度は翼を広げて羽ばたかせ風を地面に叩きつけて空中に飛び、一気に吹き抜けへと飛び上がる。
ここでまでくりゃ…一安心なんてのは無い! この先の地底湖の水が最大最後の起爆剤だ!!!!!
全力で天井の吹き抜けへと向かい、飛び上がる。 下なぞ見てる暇も無く!!
とにかくこの吹き抜けから少しでも高く遠くへ! 出来る限りの速度で飛ばし吹き抜けの出口。
それ一気につけ抜けると同時に背後で一際大きい爆発音が幾度も轟いている。
確かまともに水蒸気爆発起したら…量次第でダイナマイト何万トン? だったかの破壊力生むとか見た記憶がある
それから逃げるのに足りるのか時間!!! どんどん爆発音が激しくなり地鳴り音というか、
聞いてるだけで地面が激しく揺れているというソレが分かる。 それも更に大きくなり続け…
「どわぁぁぁぁぁぁあっ!!」
「なんじゃぁぁぁああっ!!」
「アンタ達なにしたんだい!!」
何の間の頭の中で言いつつしていると、ついに臨界点着たのか、耳を劈く大爆音と共に結構後方になっている
筈の吹き抜けのソレから巨大な火柱と溶岩弾?だったかソレと岩盤を吹き飛ばし、
その爆風が俺達を巻き込んで遠くへと吹き飛んでいく、兎に角イストとイグナを捕まえて抱き込み体を丸くさせて
翼を楯にはしているが、何度も何かにブチ食らわされた衝撃で激痛が走る。
まるで洗濯機の中にでも放り込まれたかの様に、上下左右の方向・平衡感覚が狂う! とどめに目が回る!
だんだんと、勢いが治まりつつあり感覚も取り戻したので、
ボロボロに傷ついた翼を広げて羽ばたかせ、なんとかホバリングに近い状態にすると、
眼前に広がっていたのは…。
「うおー…コイツが守護者だったか」
「凄いのう…」
「かーっ…谷どころかあたり一面吹き飛んでるじゃないか」
隠密で行く必要があった事もあり、吼竜の谷の全景を見る機会が無かったが…
「まるでナスカの地上絵の谷で描かれたドラゴン版だなおい…」
深部でいくつも用意されてたんだろう、火山だろうか、それの起爆剤の水。そしてスイッチがこの天石。
こりゃ不可避のトラップだったろうな。 これを見せる為の物。
いくつもの谷が一つの竜の形を取り、その顔…つか口の部分から空に向かって火を吐いている。
噴火の火もあってか、見事な赤竜になってるな。…これもだ、これも理由。
そして、その形が轟音・煙等色々含んでみるみる崩壊していく…。 成る程な。
これである程度納得がいった。 今までリーシャが関わった事に全て一連の意味がある。
封印が三つとかれた後の事もそう…。
姿形はそれぞれ違うが、捻くれた考えで隠されてはいるが…意味がある。
リーシャの真意が何か…。 そもそもにしてこの天石が何故わざわざ分けられているか。
破術にしても…そうだ。 俺に人に扱えない力だと分からせる為でもあるが別の意味もある。
それがリーシャの若返る原因であり、何故そこまでしてこの破術をアイツは取り留めておきたかったか。
コレまでの一連…飛鳥がこの世界に着てからこれは始まったわけじゃない…いや、…まだ確信が無いな。
まぁ、まだ確証は無い。まだ話すべきではない。
これも理由。 確信と確証を得るまでは口には出すな。答えは最後の一つを手に入れた時だな。
次の奴が予想通り、戦って倒す必要があるなら…それは確信になる。が確証は無い。
確証を得る為にも、この破術を捨てる必要があると…。 どこまで捻くれてんだよアイツは…。
確信と確証が得られたのは今の所はこれ、イストは破術を受け継いではいない、ただの一度も。
友とは言ったが…受け渡したなどといってないからな。 飛鳥には必要無かったが、俺には必要だと。
ムカツク話だが…、頭悪いと。これも破術を俺に渡した理由。
ったく…ま、全ての整理は全て終わった時にすりゃいい…か。 確信・確証が無いままで考えても無駄。
必ず誤訳が誤認が生まれる。 これを教える為でもある。自分でセレンさんと話した事を忘れてちゃ世話ネェや。
「どうしたのじゃ? ボケッとしおって」
「ん? この罠の仕掛け人がお前の友、
リーシャだが、守護者はこの谷そのものだったんだなと」
だんだんとその竜の形が崩壊して…竜ではなくなっていくが、溶岩が別の形…谷を埋め尽くしていき…、
ほぼ一枚の高地というかまぁ、平たいモノになってきている。 冷えるまで時間がかかるだろうが…。
それは見る必要は無さそうだ。
吼竜の谷から背を向けて、翼を広げ被害の届かない所まで二人を抱えて飛び、
此処に来る前に隠れていた亀裂へと…。 入り口に降り立つとイグナを下ろし、リンカーフェイズを解く。
「アンタ一体何がしたいんだい?」
ソイツはリーシャに聞いてくれと言いたいな。 腕を組んで尋ねてくるイグナに軽く笑って答えると、
そのまま亀裂の奥へと入り、焚き火を起し壁にもたれかかる様に座った。
「俺と飛鳥がこの世界に来た本当の意味。 それを伝える為にアンタ達と離れる必要がある」
そういうと、俯いて膝に顎をあてて休むと、隣にイストが座ってきてやはりそれについて尋ねてくる。
「そいつは、まだ答えられない。確信が無いからな…その為に俺の思考を阻害している。
いや、それもあるが複数の意味があるんだ。 俺に破術を授けた理由が」
そのまま、目を閉じて大きく溜息をはくと、反対側からイグナが同じく溜息を吐いた。
混乱というか困惑…いや八方塞り的な何かそれに近いモノ。 これも理由の一つ。
二人とも俺の傍で座り込んで、一緒に考えている…がその考えは別だろう。
それは分かる。 ただゆらゆらと揺れる焚き火を見つめて答えを見出そうとしている。
「二人の答えも俺の答えも、次で見つかるよ」
その言葉に納得したのか、俺の方に顔を向けて頷くと、イグナさんが姐御が身篭っていて、
その赤子を心配して俺を連れ戻そうとしていたと。 金は関係なかったらしい。
本を見て悩んでいるから、ストレスからくる悪影響したんだろう。…ぬかった。
「姐御に伝えてくれ、今は気付かなくていいと」
それに頷いて、立ち上がり亀裂を出て行った。 少々納得してなかった顔をしていたが…仕方ない。
俺も、間違った答えは伝えるつもりは無い。
「のう…結局リーシャは何がしたいのじゃ?」
「お前には教えておくか…破術は、術を破る。 その術中にある者全て…成す術がなくなる。
それが破術だ。 仏の手の平で踊らされてる様なモンだ」
「どんな術じゃ…最早それは神そのものでは無いか」
「神慮思考なんて可愛いモンだろ、これに比べたら」
そう…これも理由。 だがリーシャは神では無い。 ったく…ひねくれモンが。
頭痛が酷い…なんだ何か目からうげぇ…血かよ。それを見て心配したのか、イストが覗き込んでくるが、
その頭を軽く抑えて、俺は立ち上がり、最後の一つ手に入れに行くぞといい、鷹にリンカーフェイズして
確信を手に入れに…氷極の姫君に会いに…、夕日と溶岩で赤く染まる荒野の上空を高く飛び水平線の彼方へと。