第百十ニ話 「もう一つの物語」 あらすじは活動報告にあります
「お前な、高所…いや違うか」
眼下に過ぎ行く切り立った山々と、まばらに広がる森・湖。 結構な高度だ。
それに怯える様に羽毛に潜り込んでいるイスト…高所恐怖症だと思っていた。
が、それは違う、高さに怯えていたんじゃない。
俺は、空を見上げてイストに、アルセリアもケリアドも怒っちゃいねぇよ。
そう優しく答えた。 コイツは…歴史の中に消えた後。
奈落に落ちない最小限度で殺し続け、騙し続け、裏切り続けた。そして…
友すらも手にかけた、それに対してあの双星に顔向けできない。そう思い続けてきた。
コイツ自身もあの神に共感した奴だからな。
「…ワシは…やはり間違っていたのじゃろうか」
「さぁな。 だが…、セアドならこう言うと思うが?」
背中の羽毛から怯えた顔で、覗き込んでくるイストの頭を軽く撫で、俺は一言だけ伝える
罪と罰を背負った代行者なら立って歩けと。
「そうじゃの…。じゃが主はどうする? この眼前にある事実。
それを見て尚…主はアルセリアの代行者となるのか?」
…。コイツもセアドと同様二者択一かよ、日本人だろうが。だったら…。
イストの頭を鷲掴みにして、髪がグシャグシャになる程に引っ掻き回して遊びつつ、
俺はその答えに対して、俺達は無神論者…日本人だろうと答えた。
「そこが分からぬ…。確かにあの国は休日の暇つぶしや食い扶持にしかせぬ。
じゃが、それを持って答えを何と致す? あの二神に」
コイツはゲーム知識は疎いのか、…まぁいいか。
「さぁな。 授業で聞いた人という文字。ありゃ支えあってるとか先生がいってたがよ」
「…支えあっておらぬよな。 どう見ても片方が寄りかかっておる」
そのままイストの頭を羽毛に押し付けて、それが答えだ。 そう言うと近場にあった一際早い気流に乗る。
余りの速度に眼下の切り立った山々と森・湖や村が、線で書きなぐった様に見えている。
「はやっ…主、そこまで急く事はなかろうっ!」
「早いに越した事はネェ。 姐御が気付いたらレガとおっかけてくる。
レガの速度忘れたワケじゃないだろうが」
そう、大陸間移動を半日でやっちまう様な飛行能力を有したユニットだ。
ヘタしたら追いつかれる。 何より、水神にボスメテオは使えない。 地形もあるが…
あんな大花火上げたら、姐御に気付かせる様なモンだからな…。
…。 にしても考えたモンだなおい、この世界の魔術だけではあの神は倒せない。そう踏んで、
俺達の世界の知識。 二つの世界の異なる力を掛け合わせて強大な力とするか。
だが…、それは間違いでもあり正解でもある。 俺はそう思うが…。
「お前は物理的な知識はあるんだろ? なんで俺を呼んだんだ?」
ちょいと気になる事もあるので、潜り込ませたイストに尋ねると、この世界にそれを理解して、
実行する知識。 地形やら様々な土地に関する最低限の知恵を持つ者が居ないとの事。
…そりゃそうか、神頼みで彼女欲しい! で、願いかなったりなんて甘い事は無いと。
「つまり俺がここに来た理由、飛鳥の手伝いをする為ってか」
「じゃな。 然し、望みは叶ったじゃろ? ワシの娘と結ばれたんじゃ」
そう、メディは飛鳥の娘。 …。
「なんじゃ? 険しい顔をして」
「お前さ、実の娘にあんな仕打ちして…いや、なんでもない」
軽く誤魔化す様にイストを見ず、お前やっぱ強いわと笑いながら答えると、
獅子はわが子を~のアレを言いやがった。 千尋の谷どころか奈落に蹴り落としただろが!!
ったくなんちゅうスパルタ教育なんだよ。 …全くよ、お? 海が見えてきたな。
多分朝鮮半島あたりだろうか? そんな形っぽい…むお? 何かにしては地形が…。
「ここで、ケリアドを追い詰める時、ここで多くの者が犠牲となったのじゃ」
「そうなのか、…しかしこりゃ見事に」
どこがどこなのか、それは分からないが大きな入り江となっている部分が一つある。
それもケリアドの従属神だけであり、ケリアドはまだ無傷だったと、続けて教えられた。
凶悪過ぎるだろ、こんなモンどうやって倒すんだよ。
「この世界、人口が少ないじゃろ?」
「それ程までに壊滅的だったってことか…」
とんでもないな…。 地形一つ変えてしまう様な奴がワッサワサ出てきたら。
む、そろそろ気流変えておく必要あるな…。
軽く、対馬だろうそこに向けて行く気流にのり。向きを大きく変える。
水神が何処にいるかしらんが…。
「あ奴なら、四国で呑気に寝ておるぞ」
俺の顔から察したのか、場所を教えてきたな。 ヤマタノオロチなら別の所じゃないのか?
…呑気?どうやら良くわからないが気候的に四国が合うらしい。 ま、なら倒しやすいな。
少し高度を下げつつ、更に気流を移し変えて、本州へと向かいつつある俺達。
「ちなみに、どうやって倒すのじゃ? 目立たずに倒すとなると…」
「引力は使えないな。…が、幸か不幸ここは島国。 海に囲まれている」
答えが分かった、頷いて答えたイスト。 ヒントはコイツが津波をぶち消した所からなんだがな。
…然しコイツは。
「なんじゃ、ワシの顔をジロジロ見て」
「大根役者」
いでぇ!! 顔を蹴られた殴られた!! さて…最後の手伝いといきますか!!
この世界の物語。 この世界の主人公の手伝いを。
一速に四国へと向かい、高知だろうか…白浜というよりも岩場が続く海岸。
そこの隣にある山伝いにソレを探して飛びつづけ半日。 ソレっぽい奴が確かにいる。
うーわー…見事に八つ首。体も体でアーガートに匹敵するデカさ。
…神って信じて無いんだがなぁ、まぁ恐竜の亜種だろう。
ソイツの付近へと降り立ち、俺はソイツに尋ねた。
いきなり攻撃するのもいいが、聞いて見たい事があるからな。
何でタガラクの祖先を追い出したか…。いや、聞く必要も無いんだがな。
「…あの者達の…血縁か。 何、いう事を聞かないからな。
この地を蹴り出してやったまでだ」
…はぁ、だろうと思ったわ。 あんだけデカい穴がお隣で開く様な事になってんだ。
コイツなら生き残れても、タガラクは生き残れない。 コイツもコイツで…。
「アイツ等、相当怒ってるぞ? どうすんだよ」
「知らん。 で、貴様は私と戦いに来たのだろう? 楽しませてこれるのだろうな?」
不器用だなおい…。 俺は戦うのは構わないし、満足させてやる。
その代わり、戦う場所を変えてくれと頼んだ。 そう…海溝のあるあの場所に。
「何を考えているか知らんが、面白い。 だが…その前にどうだ?」
んだよ…うお。 コイツ器用だな…酒造ってやがるのか。 酒好きか…なる程。
俺は、そいつが器用に作っていた…流石に日本酒では無いが何かの果実から作った酒だろう。
それが、並々と一つ大きな泉になっていたそこの畔に座り込む。
入れ物は無いので、手ですくって呑むワケだが。 ソイツは口をかわるがわる突っ込んで呑んでいる。
気候…酒造るのに適した気候かよ!!! どんだけ酒好きな竜だよ。
「して、隣にいる者…」
「懐かしいのう。 逢いも変わらずの…のんだくれじゃな」
はぁ、コイツ等結局アレか? 俺を呼ぶ為に幾重も策を張り巡らせてたってか?
…いや、そうじゃないか。 ケリアドと戦った友だからこそ、意思が重なったというべきか。
イストと水神が、昔を懐かしむ様に話している。 …ここで一つ俺は真実を知った。
飛鳥がケルドになった理由だ。 繋がっていたが確証は無かった。
先ず、飛鳥が二人目の娘。つまりリセルだ。そいつらと一緒にケリアドと戦った。
そこから飛鳥に関する
記述がまるで無い。歴史の闇に消えていたからだ。
風の精霊に殺されてその間、何をしていたか…。
一度『この世界にある一つのモノを使って自分の世界の過去に戻っていた』
そこで、良く知られている神話の神に生まれ変わり、騙した…それもロキだ。
悪戯の神として知られ、思考をかく乱するにはもってこいの神。 そして…フェンリル。
何故、コイツを選んだのか。 気の遠くなる様な時を憎み続ける、強靭な精神力と強さ。
その二つを兼ね備えた奴が必要だったからだ …狼は一度狙った獲物は逃さない。
その為に、フェンリルと別の神…アルテミスを引き合わせて、安らぎを与え、奪った。
その憎しみの対象で在り続け、気の遠くなる時間を孤独に逃げ続け、騙し続けた。
その事が恐らくはフェンリルが神々を喰らい続けた事に起因したんだろう。
元々の神話を弄ったのか、それともこうなる事で魔狼となったのか。それは分からない。
…どんだけ永い時間をコイツは一人で…逃げて騙して、孤独に耐えて生きてきたんだよ。
懐かしそうに水神と話をしているイストを見ながら、泉から手ですくった酒を口に運び、寝転ぶ。
そして再び考える。 封印の楔になる為に自我を捨てなければならない。
リセルはあの現世と現世を繋ぐ力、それによって一度精神を壊した。だから耐えれた。
そこは分かるが、飛鳥だ。 コイツは何故耐えられたか。 …簡単だ。
二人を未来へ飛ばしたんだ。メディがユグドラシルの木の根に居た。
恐らくはソレが理由だろう。
リーシャが自らがゆっくりと若返り消滅する代償を持って、未来へ送り届けた。
だから、石像になってもケルドは意思を損なっていなかった。 そして…。
リカルドを騙し、封印を解かせた…。 その後、リセルをイグリスに送り届けた。
メディも…。後は、知っての通りだ。
俺達の敵となり、実の娘二人をも騙し続けて…。
アルセリアとケリアドの言い争い。それを止める為に足りないモノを待ち続けた。
「かなわネェ…」
言うのは簡単だ。 だが、俺に出来るのか? 愛した奴と別れて、味方を騙し続ける事が。
出来ない。 そこまでの覚悟は俺には無い。 …だが方法はある。
俺は無神論者だ、それ以外の何者でも無い。 けど…やっぱ。
「泣いているのか? 覚悟はまだ決まらぬか? 代行者」
「泣いて…ネェよ。 それに俺は代行者になるつもりはネェ」
俺は酒の泉に顔を突っ込んでおもっきり呑んで、声を荒げ目を回して倒れ込んだ。
「主、こやつの呑み方を真似せずともよかろうに」
「良い呑みっぷりだ。 今宵はゆるりとするが良い」