第百十話 「破術 Ⅱ」
次の夜、俺達は晩餐へと招かれた。…今度は毒殺かよ、ったくありきたりな…。
ま~た、妙な晩餐会だなおい。 招かれた場所、一際大きい広間で周囲は突き抜けになっていて、
景色が360°一望出来る、なんつーのか、水墨画? あれによくありそうな山。
山ってより崖みたいな山。上れそうに無い直滑降の山々と、深い森。 そして、
木製の民家と農家がこの一際デカい屋敷を囲っている。 柱の合間合間から良く見えるが…。
視線を内部に移して見回すと、無駄にクソ長く豪華なテーブルと椅子。その上に並ぶ料理の数々。
で、何か贅沢で我侭そうなふてぶてしい猫みたいな、ぶっくり膨れたニャジラがいる。
そして、妙なと付けた理由。一箇所だけシルクだろう生地で隠す様に覆っている。
天子様だろうな、まぁそれはいい。 視線を料理や天子様とは別、周囲の奴等に気を張り巡らせる。
天子様の方をチラチラと見ている奴。 俺を凝視している奴、料理を早く食いたそうに、まるでそうだな。
飯のお預けを食らった犬みたいな顔をしている奴、様々だ。 さて…ここでは表立って殺せないが…。
紺の導師服を着た田奴らの中の一人が、食事の合図つーか何?音頭? それを取ると、全員が天子様に
杯を向けた。 イストも俺の肩で満漢全席だろうソレを凝視している、毒はいってっからやめとけと。
無理矢理肩周辺の羽毛に押し込んだ。 ちなみに今は鷹とリンカーフェイズしている。
「な…何をするのじゃ」
ったく、軽くイストを睨んで立ち上がると周囲が俺へと視線を向ける。 我知らずとそのまま天子様の方へと
歩み寄り、シルクで覆っているその中へ問答無用で入ると周囲から怒りの声やら、神を恐れぬ愚か者やらと、
神なら実際目の前で見たっつーの。 まぁ…こいつらのこの反応で、まだ神との戦闘経験は無いと確信した。
そのついでに、天子様の前の料理を目の前においてある奴以外全て蹴散らす。
そして、その皿を俺が手にし、シルクの覆いを出るときに天子様の容姿を確認。 案の定子供だ。
恐らくあの部屋は両親の部屋だったんだろう。 やけに豪華だしな。 それはいい。
俺に罵声やら、中には料理を投げつけているのもいる。 ここで再び確認、食い物を平然と投げつける。
下の事を何とも思わない奴、コイツも殺しておいた方がいい。投げた奴を睨みつけて顔だけ覚えておく。
で、手にした料理を、このふてぶてしいニャジラみたいな肉団子の口を無理矢理こじ開けておしこんだ。
動物は毒に対する嗅覚鋭いからな、無理矢理食わさないとそうそう食ってくれない。
直後、その肉団子は醜くのたうちまわった挙句、白目をむいて口から泡を噴き、体を痙攣させて死んだ。
何故、俺では無く天子様に毒か。 天子様より俺のが確実に世界を取れると踏んだ奴がいる。
この俺の存在感に乗じて天子様を毒殺して、別の代理を立てようとしているんだろう。
それはさっきチラチラ天子様を見ていた奴だ。 …そしてソレが俺を利用して実権を握ろうとしている奴。
そのまま俺は、無言でその場を飛び去り民家を確認しにいくと…。
こりゃ酷い有様だ、建物は痛んで良く建ってるなと思うぐらいに酷い概観。
壁に亀裂が走り、強く蹴ったら砕けそうだ。 屋根も瓦が殆ど無く、雨漏りも凄いだろう。
入り口にドアもなければ、家具もまともなものが無い。 中にはベッドじゃなくて、
藁みたいなものを敷いているだけのところもある。 人々もそうだ、服らしい服は着ているが、
破れて何ヶ月も洗濯していないようなに思える程に汚い。 顔も体も痩せ細っている。
赤子を抱いている母親も…出ていないだろう乳を赤子に与えようと吸わせている。
「ひどいのう…」
イストが余りの惨状に、青ざめ身を乗り出してみている。 こんな所だろうと思ったよ。
この国はそういう国だからな。 奥にいけば行くほど酷い。 俺の居た世界でもリアルで奥地に行けば、
子供を取られない様に他を警戒している所もある。 リンカーは戦力として徴収されるんだろう。
で、残されたのは戦えない奴等、女子供老人と。 貧富の差がまばらな所を見ると、
リンカーの質でかなり上下しているのも分かる。 大体の事を確認すると、俺は再び空中へと飛び、
今度は街の外へと行き獲物を探す。 俺もイストも腹減ってるからな…これからは自分の食い扶持は自分で取り、
ついでに暫くはこいつ等の食い扶持もある程度維持しておく必要がある。
この国を倒すのはセオザだが、同時に救うのもセオザでなければいけない。
それまで少し助けておく必要がある。
少し離れた所にスラクが二頭いたので、空中から強襲し、鷹の鋭い爪で二頭の首を掻き切る。
程無くして、出血多量でその場に土煙と轟音を上げて倒れ込んだスラク。 コイツは便利なもので、
結構広くに分布している…、体も大きく強いから、天敵も少なく生息地が広いんだろう。
今度は、イストにリンカーフェイズを解いてもらい、スラクへと。 運搬動物ならコイツが現状最強。
スラクを一匹担いで、地面に深い足跡を残しつつ、あの街へと戻り大きい広場に土煙と轟音と共に叩き落す。
それに何事かと街の連中が集まってきて、地面に横たわる巨大なスラクを見て目を丸くし、
口を押さえて驚いている。 多分に脅威でしか無く、食料としては取れなかっただろうそれを見てから、
俺の方へ歩み寄ってくる。 ココに着てからイストが通訳してくれるので助かっている。 本の虫だけあって
色んな言葉を知っている様だ。 俺達はこれを料理して食えと伝えると、再び鷹に戻り、空中へと。
そして、もう一頭のスラクをまた同じ事をして持ち帰る。 その頃にはスラクは解体されており、
結構な数…つかおい、一個の街でどんだけいるんだ。 数え切れない数の人が集まっている。
こりゃ二頭で足りたか? と思っていたが、誰も彼も腹いっぱい食おうとはせず、分け合っていた。
俺達は、人に退く様に言うと、また轟音と土煙を上げてスラクを地面に叩き落す。
周囲の視線が気になるがどうでもいい。 俺も解体を手伝い、一緒に夕食を摂る。
「さっきの料理おいしそうじゃったのう」
「毒殺されたいのかよ」
不満げにはしているが、毒は入ってる事は知ってるだろうイストの頭を軽く叩く。
不機嫌そうに叩くなと言い返して、顔を膨れさせている。 ったく。
その後、俺達は街の人に今後の食料と毛皮と建材を提供する代わりに、一つ情報を求めた。
それは、この地にある伝承とかまぁ…所謂、神とか魔物とかの封印だな。
イグリスにある典文である程度は確認しているが、地元の情報も必要だからだ。
神はいない…まぁ、神が天子だから当然か。 そのかわり魔物が封じられている山があると。
斉天大聖あたりだろうか? 巨大な獣らしい。 それと、黄龍と呼ばれている翼竜がここより10日程いった
先にある山に住んでいるとの事。 コイツは会いにいった方がいいな。
俺達は、軽く街の人に頭を…下げられた。下げようとしたら地に這いつくばって拝まれた。
んな事させるつもりもなかったが…まぁいいか。 それを無視して、再びあの屋敷の部屋へと窓から戻る。
そのままリンカーフェイズを解いて、ベッドに座り込んだ。
そのままベツドでまた跳ねながらイストは、俺に不服そうに風呂に入りたいと言ってくる。
風呂の水はどうしようもないからな、明日にでも泉を探しに行くから我慢しろと頭をベッドに押し付けて言う。
「何を…すぶっ」
見事に柔らかいベッドに顔をめり込ませたイスト。 …そのまま俺はベッドに倒れ込んで目を瞑る。
少々深夜に用事があるので、寝ておく必要があるからだ。 イストが暇そうに俺を弄り倒しているが、完全無視。
そのまま深夜を迎えて、イストを起す。 眠そうに寝癖で凄い頭をしたイストが目をこすりつつ、
俺は鷹へとリンカーフェイズして、窓から外へと出る。
そして一度上空から確認していた一番高い場所にある部屋。その窓へと入ると、子供が寝ている。
黒髪でおかっぱみたいな髪型をして、ちょいぽっちゃり気味の男の子だろう。 ソイツを突付いて起す。
俺を見て、慌てもせず恐れもせず、何か用事かと聞いてくる。 俺は失礼を承知で両親の事を聞く。
この辺りの確認が必要なんだよな、両親が亡くなってから、誰が一番この子の面倒を近くで見てきたか。
この手の話は総じてソイツが黒幕。 考える必要も無い、その天子様だろう子供が答えたので確信した。
「辛い事を言うが、お前の両親は病死じゃない。 毒殺されただけだ、
そのお前の信じている側近にな」
見も蓋も無い、いきなり物語の結末を叩きつける。 別に俺は物語を楽しむ気なぞ微塵もないからな。
さっさと伝えてさっさとソイツを殺す。それだけだ。
「毒から護った事もある。それは本当だろう、…ならば、誰を信じれば良い?」
突きつけられた事に、不安を隠せなくなったのか、俺にしがみ付いて尋ねてきた。
先程とは違う、ただの子供の顔になっている。
「知らん…が、お前自身だけは絶対にお前を裏切らない。 この国をどうするか、
ゆっくりと考えておけ」
コイツは殺すべきでは無い。 むしろ今のこの現状を見せて、考えさせるべきだ。
こいつが暴君になるか名君になるか…それは俺の知った所では無い。
俺は、ただアイツの意思を継がなくてはいけない。 それが…。
「とても悲しい目をしているな」
「ガキに言われちまったよおい」
覗き込んできた天子様の頭を軽く叩き、そのまま窓から飛び去る。 少しこの屋敷のてっぺんに行き、
そこに座り込んで空を仰ぐ。 最早、この結末は見えている…俺がどうなるか。
空に浮かぶ双星を見て、大きくため息をつく。
「まだやる事がある…アルセリアとケリアド。
もう少し、見ていてくれ。 俺は代行者になるつもりは無いが…」
「破術…便利そうじゃが不便じゃのう…」
肩にいるイストの寝癖だらけの頭を撫でて、空を仰ぎつつ俺は、リーシャの事を考えた。
アイツが何故、時消操術なるもので、そんな事をしなければならなくなったのか、
もう…全てが一つの事に俺の頭の中では繋がってしまった。 だが…。
それを行う前に、俺はこの世界を見て歩きたい、そして残りの石を集める必要もある。
「色々楽しみもあるが…。ま、もう暫く頼むわ」
そういって、俺はイストの頭を強めに叩いた。