第百九話 「破術 」
「無礼な、天子の御前であるぞ」
赤基調、金拍だろうそれで龍から何から色々と彫り込まれた贅沢な壁・天井。
壁には青龍刀っぽいのや、蛇矛みたいなものまでかけられているな。そして
無駄に広い大広間。 床は何かの木か、それが敷き詰められている。
それを両断するかの如く、赤い絨毯が中央に立つ俺から、天子と呼ばれたソレが居る
だろう、そこへと続く二十ぐらいか?それくらいの階段まで敷き詰められている。
その先に、姿を見ると目が潰れるとでも思っているのか? シルクだろうか、
それでかけられており、姿を見られない様にしている。アホ臭い迷信。
完全に始皇帝とかそのあたりだろう。 その俺の両脇から少し離れた所。
そこには一定間隔で並ぶ、これまた無駄に金拍を散りばめた紺の導師服を着た中年達。
あほくせぇ…。 天子だろうが精子だろうが所詮ただの人間だろうにったく。
いや、俺も人間だが。 …まぁ、そんなアホ臭い事に付き合ってられるかと、
あろうことかその天子様の御前で、ゴリラにリンカーフェイズしたまま
気だるそうに鼻糞をほじりつつ、ケツをかいている。
「貴様…」
怒りを露にしてその立ち位置から外れる事は無いが、右腕を軽く曲げ力を込めて震わせている。
それをなだめる者・無関心・俺の仕草を観察している者までいる。 …さて。
「テメェ等、俺の事何も知らずに呼んだのか?」
その場に座り込み、あぐらをかきだす。 それを見て耐えかねた一人が壁にかけてあった
青龍刀を手に取り切りかかってくる。 俺の右側面上部から振り下ろされてくる太い刀。
お久しぶりの無風活殺で、その刀の風を捕え叩き割った瞬間、その男がみっともなく腰を抜かし
その場から腕の力のみで引き下がり逃げようとする。 そして周囲を慌てて見回し殺せと命令している。
アホ臭い…。 相手にするのも、かったるいわこりゃ。 大きくため息を吐いて周囲をにらめつける。
それに周囲はたじろいだのか…まぁ、あの砂漠のボスメテオの一件もあるからな。
それを分かってこんな態度を取っている。 こいつ等には対等以上であるべきだ。
獣じゃないが、力の差という奴をハッキリと明確にさせておいた方がいい。
敵味方の判別がし易くなるからな…と、言うと俺を庇う様に例の一件を出して、
その天子様に進言しだした奴が一人。 それだけじゃ足らんだろう…が丁度いい。
「この国で最強のリンカーと戦わせろ。 そうすりゃ分かる」
セオザの脅威になりそうな者、この国を腐らせている者。そいつらだけ殺せば事足りる。
シルクの生地だろうソレの向こう側にいる奴が、少し頷いた様に見えた。
どうやら、力を見たいらしいな。 …俺は気だるそうに立ち上がると、誰に言われる
ともなく、その場を出て行く。 一部の周囲からモロに殺意が刺さってくるが…これでいい。
この殺意はアテにならない。それに、先ず殺すべきは誰か判った。
同じく赤基調と金拍の模様がある通路をゴリラ歩きで進むと、さっき俺を庇っていた奴が来る。
何やら俺の気分を取ろうとしているのか、準備が整うまで寝室へと案内された。
通路を進み、いくつか扉はあるが、一際大きい扉の前でその男が立ち止まり、
茶色に龍だろう、それが彫り込まれた豪華な扉を左右に押し開き、姿勢を低くして招いている。
それに何食わぬ顔で入り、周囲を見回す。 赤基調でまた金拍だろう龍の模様の壁と天井。
床は板が敷き詰められているが…一部、赤の絨毯。 壁際には色々と無造作に本が詰まった本棚が
いくつかあり、中央にテーブルと花瓶・椅子。白系の導師服みたいなモノを着た女が数人。
その後ろに一際大きい天蓋つきのベッド。 俺は女は要らんと男に付き返す。
それに不服そうな顔をしたが、睨み返して男ともども部屋から追い出した。
改めて周囲を見回す俺の肩から、イストが覗き込んできた。
屈み込んで何をしているのか気になっているんだろうな。
「何故ベッドの足を凝視しておる?」
「ん? ほれ、ここの絨毯ズラした跡があるだろ」
肩から降りて、ベッドの足までいき、覗き込んで確認した後、俺の方へ首を傾げてくる。
まぁ、密室殺人とかそういったモノの知識は俺も疎いが…。
「このベッドで以前誰か暗殺されたって事だよ」
先ず疑うべきは、親しく歩み寄ってくる奴。 犯人は殺人現場に舞い戻るとはよくいったもんで。
ヘタな殺人推理小説は、大抵主人公に近寄っている奴・人の良さそうな奴が犯人なんだよ。
意識…つかまぁ、読み手の意識からどれだけ犯人を消すか。
常套手段であり、それを考えて読むと大抵の安い推理小説は看破できる。
ちなみに楽しむのは犯人を見つける事じゃない。 殺人動機と、トリックだ。
とかなんとかを見た記憶がある。
と、イストに言うと首を更に傾げてしまった。 まぁそりゃそうか。
軽く、頭をかきつつその大きいベッドを軽く抱えて横に避ける。
そして、今度は絨毯をめくり上げると案の定、板の変色具合がキッチリ二つに分かれている。
一見、洗濯もするので何度かどける必要がある。 そう思えるが…。
「意識的にキッチリ二つに分かれてるのは、理由は二つ。
馬鹿みたいな几帳面か、何かを隠している」
何も隠す必要も無く、余程の几帳面でなければ…変色はまばらになっている筈。
が、本棚の整列を見る限りそれは無い。
「へったくそだなぁ」
余りにレベルの低いトリックの為、思わず大きくため息を吐いてしまう。
「ここで、誰か殺されたな。さっきの奴に」
「な…なんで分かるのじゃ?」
俺の顔を下から覗き込んできて尋ねてきたが…確かに不思議だ。
推理小説はニ・三回読んだ事はあるが…ただこう相手の術がわかる…成る程。
その場で四つんばいになり、その周囲の床を叩いてまわると、明らかに下が空洞が一つ。
見る限り、取っ手も無く、手で上げられる様には見えないが…。
俺は立ち上がり、テーブルの上においてある花瓶。その水で両手を濡らす。
そして、さっきの場所に両手をあてがって、手の平を少し浮かせて中に真空を作る。
そのままゆっくりと板を持ち上げると、ポッカリと四角い穴が口をあけている。
それも結構な大きさで、何か水の様なモノが貯めてあり、周囲にいくつか大小さまざまな穴。
成る程…そこの大きめの穴から何かがこの水に落ちる。
そうすると毒ガス発生ってか。で小さい穴はベッドの周囲の床に、
目に見えない程の小さい穴につながっていると。
…俺達が油断して寝た時に食らわすつもりだったんだろうが…。
その大きい穴を殴って埋める。小さい穴もきっちりと。 これで…と。
その四角い穴を塞いで蓋を閉じ、キッチリと絨毯とベッドを戻して再び周囲を見回す。
「なんじゃ? まだ何かあるのかの?」
「一応念の為にな」
壁などを見回して怪しい所を探す、特に目ぼしいモノも無いのでベッドに腰掛ける。
然し、見た目殆どゴリラにトリック看破されるって屈辱だろうな。
「もう安心なのじゃろうか?」
「部屋はな。 後は…まぁ秘密」
残念そうにしながらも、ベッドの上で飛んだり跳ねたりしているイスト。
壊すなよ…。 と、そういう馬鹿っぷりを見ていると、ドアを叩く音が響き、
左右に開く。そうすると、さっきの男が俺達を呼んでいる。
ああ、準備できたのだろう、俺達はベッドから降りて男のもとに。
何か話しかけてはいるが、視線は間違いなく絨毯に向いている。
ピッタリあわせておいたから見てもわからんつーのに。
まぁ、やってくるのは夜だろう。 そのまま招かれる様に通路を進む。
その時に、コイツの寝床を聞いてみると隣である事がわかった。
まぁ、そんな所だろう、コイツの心理的な部分分かった。 後は夜になるのを待つだけ。
そして、招かれた先は大きい中庭。 砂地が広がっており、結構な面積。
周囲は赤の壁で囲まれており、その周りを取り囲む様に柱で支えた通路。
そして丁度、俺の前方一際高い所に、シルクだろう生地の向こうに天子様だろう影。
…目の前にリンカーが一人。 見た目は竜のリンカーだろう。
何か魔精具を持っているが…気にするとか警戒するとかそういう必要が無い。
わざとらしく大きくあくびをして、ケツをかくと、目の前のリンカーが怒りを露にしている。
…ギアのオッサンの威圧に比べたら屁みたいなモンだわ。
何か、どこからかドラムの様なモノを叩いた様な音が響き渡った瞬間。
風天だけを右下に出すと、左腕の周りに中型の円盤がいくつも出てくる。
顔色変えず、左腕を振り下ろし、その風のソーサーで腕と足だけを切断した。
周囲に絶叫が木霊したが、その発生源の口を右足で踏みつけて、歯を全てへし折る。
その後、表情を変えずにゴリさんパワーでそのまま頭を踏み潰した。
目玉が足の両側から逃げ出す様に飛び出て、脳みそが砂地に飛び散る。
イストは、俺が右腕で抱き抱えている所為か必死でもがいている。 これは流石に見せられない。
いくら竜のリンカーでも脳みそ潰されたらどうにもなるまい。 そのまま俺は何も言わずその場を去る。
そして、勝手に部屋に戻りベッドに座る。
「はなせっ! 毛が硬くて痛いっチクチクするのじゃっ!」
あ、まだ抱えたまんまだった。 慌ててイストを開放した瞬間、
顔を短い足でパンツ丸出しにしながら蹴ってきた。ミニマム化しているとオムツだなこりゃ。
そんなこんな、あの後アチラがどう考えたかは、どうでも良い。 力は見せ付けた。
これで…二つ終了。 国内最強のリンカーを殺す事。 力を見せ付ける事。
何故力を見せ付けるか? 天子、つまり神と思い込んでるアホどもに、
神でも飼いならせない魔獣が存在する事を教える為だ。 これで俺にアホな事を迂闊には言ってこない。
自分が死ぬのが怖いからな、今頃はどうやって殺すか、どうやって利用するか考えてる所だろう。
後は、天子様がどういう奴か確認する事。 それを利用して実権握ってる奴の殺害…は最後になりそうだ。
で、俺が暫くは力でココを押さえつけて…。
そうだな半年もありゃ、セアザは力をそれなりにつけてるだろう。 それまでは天子…そいつ次第だな。
「さて、そろそろ解いていいぞ、イスト」
「む? わかったのじゃ」
まだベッドで遊んでやがるな…。 まぁいいか。 リンカーフェイズを解いて貰った俺は、ベッドに寝転がる。
そのまま天井の金拍の龍の模様を見ながら考える。
やっぱ詰めが甘いんだな。 巧い事姐御が、後押ししてくれていた事が分かった。 イストだが…。
俺が無理矢理連れて行ったという事にしたらしい。 さっきの男が俺を弁護していた時に知ったが…。
改めて思う。姐御なら巧い事これからセオザを導いていってくれそうだ。
それにいつか…必ずやってくれる筈。
アルセリアとケリアドの言い争いも止める。それも容易く感じる…
だがリーシャがそれを何故しなかったか。…いや出来なかった…か。
こいつもこいつで…。 破術。 便利だが不便なもんだな…。
ベッドで遊びまくるイストの頭を軽く撫でて尋ねてみようか。
「お前は何を考えているんだよ」
「ワシ? 主が何考えておるのかなと」
…ったく。 遊んでてそんな事考えてるのかよ。
まぁこれが終われば、…いや、その時が来るまで俺も気楽に生きるか。
その夜あの男は、俺の部屋を夜遅くに尋ねてきて、何かどうでもいいことを尋ね、すぐに出て行った。
…。確認しにきたんだろう。 が、その術が無い。 俺は相手が諦めて寝るだろう時間まで起きていた。
そして、イストと再びリンカーフェイズして、あの仕掛けのある所を再び開けると、
塞いだ大きい穴を取り除くと黒い何かの粉を固めた玉が来ていた。
隣の部屋にいる、穴がある。 つまり相手の苦しむ声を聞いて悦に浸るタイプ。
恐らくは今頃は寝ているだろう。蓋を閉めつつ、その黒い玉を何かの溶液に落とした。
翌朝、その男は原因不明の病死として処理され、俺は何食わぬ顔で部屋で寝転がっていた。
取り合えず、必要な事の二つ終了…と。




