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第百六話 「罪と罰」 

            


     俺は魔神阿修羅の社がある一際高い崖に座り、

     ここへ来た時の感動を思い出していた。 見渡す限りの大自然、澄んだ空気に澄み切った川。

    余りの空気の良さに、遥か遠くまでくっきりと見え、眼下にある川が日光で反射し素晴らしく美しい。

    そして…この高い崖から一望出来る星型の城壁に囲まれた赤茶色レンガで建てられた街並み。

     その中央にある一際大きい建物。 封印が破られて…一度は壊滅においやられた国イグリス。

    それが見事に復興している。ただ一つ違うのは、交易が盛んになり小翼竜が飛び交っている事だ。

     俺はある程度の事は伝えたが、それ以上は姐御に全て押し付けた。 一見無責任だが…。

    この国をここまで立て直したのは誰でもない、彼女と生き残った人々だ。

     俺はその間何もしていない、俺が表に立ってはいけない国だ。 …。

    軽くため息をつくと、この地を惜しむ様にただ眺めていた。 もうここに俺が居てはならない。

     これ以上、俺が居ては姐御が250年以上もかけて積み上げた物。ソレをいずれ潰す事になる。

    慢心でも過信でも無い、眼前にある真実。 あの時、俺を中心に囲っていた…姐御すらも。

     それに、俺の寿命は短いが…姐御はもっと長く生きている。伊達に竜族のハーフじゃないわけで。

    

    少し、それでも俺はこの地を去りたくないという理由は在る。 メディが居るからだ。

     これからも傍に居続けてやりたいが…、アイツも言う様に俺はもうオオミじゃない。

    スヴィアとして生きていかなきゃならない。 …そりゃ抱きしめてやりたいよ。

     が、メディが既に俺をスヴィアとして心配している。それはつまり見切りがついているという事。

    今後、人や魔人・竜族として生まれ変わってもメディを護る機会はあるだろうが…。

     不意に涙がこぼれてきたので、考える事をやめてその場に寝転び、空を仰いだ。


    そこに移りこんだのは、イストである。 俺を探していたのか? 心配そうな顔で覗き込んできている。

     あの後、双魔環をラナさんに渡して貰っていた。 本人いわく、疾風の直系魔精具の存在感で忘れていたと。

     こういう事もあるから尚更だ。 強過ぎる力は何かしらの判断力を誤らせる。 

    いかに姐御でもそれから外れる事は無い。 この国…いや多くの国をこれから考えていく必要がある。

     そこにこんな力があると判断を誤る事も必ずある。 だから…くそ。 出て行きたくネェ。

    幾度も幾度もこうしてここで、自分に言い聞かせる様に考えて…二ヶ月。 未だに踏ん切りがつかない。


    俺はタガラクと共に水神を倒した後、歴史の中に消えるべきだ。 俺の目的はあくまでケルドを追い詰める事。

     それがメディを助ける為に飲んだ条件。目的を見失ってはいけない。…手の届くとこにいるってのによ。

    右腕で両腕を遮り、歯を食いしばる。 覚悟はしていただろうが…地獄より苦しいって。

     体を震わせ必死で泣くのをこらえようと…。

           「返事せぬかこの虚けが!!!!!」

           「ブぎャぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

    人が感傷に浸りつつ覚悟決めてるっつのに、コイツは空気も読まず人のドテッ腹めがけて、

     全体重を膝にのせて乗ってきやがった!!内臓破けたかと思う激痛と、あまりの事に息が詰まってむせる。

           「げほぁっ…イスト…て…め…ころすき…か!!」

           「忘れたか虚け」

    んだよ。ったく…人の事も知らずによくもまぁ…。

           「ワシは主と共にある。 主が何を考えてるかは知らぬが、

              ワシはその…な、なんじゃ…ほれ」

    一応心配はしてくれとるのな、顔真っ赤にして俯き両手で指を弄り回しつつゴニョゴニョと。

     そんなイストの頭を軽く撫でる。

           「お前は伯母さんだったかいるだろ? …いや俺も親いるが。

              そっちの抵抗はまるで無いからな既に自立済み」

    それに、俺の横に座り込んで顔を覗かせ、それでも共にある。と言ってきた。

      はぁ…。 まぁ、俺もこれが良い切欠と思うべき…か。

    体を起し、再び目の前に広がる自然へと視線を移す。それを黙って一緒に見ているイスト。

     …そうだよな。 永久に会えないワケじゃない。 土地は離れるが別の方法で守ってやればいい。

     結局踏ん切りついて無い様な、そんな状態のまま、

      俺は立ち上がり、イストの小さい手を取って崖を降りていった。 


    それから数日が立ち、脇に一つの本を抱え、イストと共に姐御の私室。その前のドアに立っている。

     ドアを軽く叩くと、返事が聞こえたので茶色いドアを左右に押し開いて入る。

    相変わらず、広い割りに余りモノが置かれていない。左右に本棚と、正面に大きめの机。

          「おや、スヴィア君か。 どうかしたかい?」

    深く頭を下げて、姐御の前まで歩いていく。それを不思議そうに見ている姐御。

     横についてきているイストも意味は気付いたんだろう。 胸の金プレートを取り外し、

     姐御の目の前にある机に置いた。 薄々気付いてただろう軽く目を閉じて答えた姐御。

          「そうかい…。 で、どうするんだい」

    強いな。 いや、だからこそ安心して出て行ける。 俺は一冊の本を机に置いて答えた。

          「これからスイグトとの戦が必ず起こります。 

            考え得る限りの策と地形による相性と戦術。全て纏めておきました」 

    それを開いて目を通しつつ、俺にこれを貰っていいのかと尋ねてきたので俺は頷く。

          「スイグトにいけば、俺はそれなりの地位を与えられます。

            だがそれは俺を利用しようとしている奴だけでの話。

            俺を邪魔者と思う奴が、必ず俺にイグリスを攻めさせるでしょう」

    そう、与えられた地位を奪う為に必ずそうしてくる。 それはいい。

       その時には必ず負けないといけないからな。 それもただの負けじゃない。

          「あはは。 あんた…本当に悪党に対しては遠慮の欠片もないね」

    それに辛く笑い返して、アンタから学んだ事だよ。と言うと怒られてしまった。

      そのやり取りを不思議そうに見ているイスト。 これは正直見せたくないので内緒。

    ケルドの神慮思考とまではいかなくとも、あの国に似た様な所なら手口はモロに分かる。

     ソイツを逆手にとって逆に地位を叩き落してやるだけだ。 …ここから暫く悪人だな俺。

          「じゃあ、後はアタシに…」

    …忘れてた。 残さなきゃならんのだった。 それはまぁイストの前では言わないでくれ。

     そう目で訴えると、姐御も気付いたのか頷いた。

     用件は済んだので、 俺は深く頭を下げてイストを連れてその場を去るが、

      少し背中の視線が気になりつつも、彼女を見ずにドアを閉めた。

     締めたドアの前で、イストの方を向いて資料室でも行くかと尋ねると大きく頷いた。

      本の虫だからなぁ。まぁ…やっておく事はもう一つあるワケだ。

    俺達は足早に、赤茶色のレンガが敷き詰められている廊下を進み、

    一際大きく、豪華な彫り物が施された茶色い扉を押し開いて資料室へと入る。

    

    入った瞬間は外との光の加減の差からか、薄暗く陰湿な雰囲気に一瞬だけとらわれるが。

     先ず目に入る本棚の圧倒的な量と大きさ。 それに天井よりやや下から光が差し込んでおり、

     とても静かで居心地の良い雰囲気へと変わる。 そんな資料室入り口から正面すぐに

     カウンターがあり、そこに知的美人としか例えようの無いセレンさんが座っている。

    が、あれから誤解…いや誤解じゃないわな。 軽蔑されたままであり、

     そいつをなんとかしてから出て行きたいワケだ。 俺は意を決してセレンさんのいるカウンターへ。

    イストはイストで既に本棚の海へと。

          「約束を果たしにきたよ、セレンさん」

    軽く俺を見て、再び視線を何かしらの資料へと戻す。 が、俺はそれを気にせずに伝える。

     砂塵の霊宮の真実、何があったか、リーシャの事もだ。 それを俺が軽く話終えると、

    セレンさんはおもむろに立ち上がり、カウンターより後ろにある控え室へと入っていった。

          「あちゃぁ…」

    やっぱ駄目だったか? その場で立ち竦んでいると、セレンさんがお茶とお菓子を持ってきてくれた。

          「座って下さい。 リーシャの事、そして金を外して貴方がこれからどうするのか。

             宜しければお教えください」

    うっしゃ! ゴキブリを見る様な目から、あの憂いを称えた微笑みに戻った!!

      俺は先ずはリーシャの事を話した。

     彼女は盗賊では無く、自分の後継者を探していた破術師スレイワードであり、

     飛鳥の友であり、水天月晶石を護っていた守護者であったと。付け加えるにかなり捻くれた性格。

     そう遠くない内に、時消操術というモノの代償だろう、ゆっくりと若返り続け消えてなくなると。 

    そのリーシャから、俺が破術師。まぁつまり星の数程ある魔術を見破る術ってか知識だろうソレと。 

     イストがいずれ、その魔術全てを受け継ぐ事になると。

    結局俺は何? 目に見えた力つて水天ぐらいじゃね? 他全部来たときと何一つ変わってないんだが。

     ソレ思い起こして、肩を大きく落とす俺。

          「スヴィアさん。 貴方は強くなった…シアン様が頼りにする程に」

    …。 セレンさんに気付かされるとは。 確かに俺は最初酷かったからなぁ…。

     コボルド如きに追い掛け回されて、サザと初めて会った時なんか漏らしたぞ。

    少し自信を取り戻したのか、セレンさんに頭を下げる。 そして今後の身の振り方を告げる。

          「そう。 …愛しい人と離れる事はつらくないですか?」

     痛いところをついてくるな…。まぁ、それも含めた代償。

      メディを助ける為にアイツの罪と罰を俺が幾分か背負う。そう決めた覚悟だ。

          「アルセリアの教えですか…」

     ああ、確かにそうだな。…成る程、あの時セアドがリセルを助けた事。

      それは娘を助けた事に対しての礼だと思っていた。 今にして思えばそうでは無く、

      この罪と罰を背負う覚悟に対しての気持ちだったんだな。 そう思えた。

     その後もアレコレと話して、幾分か気が楽になった俺は視線をイストがいるだろう本棚の方に。

      相変わらず物色しているな。 こりゃ話しかけても無駄だろう。

     深くセレンさんに頭を下げ、一人で資料室を出て姐御の私室へと。

      ドアを軽く叩き、返事のあと左右に押し開いて入る。

         「来たかい。 じゃ、スイグトからの伝書だけど」

     机に置かれた一通の伝書。 既に何度か交渉をしている事は知っていた。

      予測していた通りつか、まぁあれだけデカい花火上げたんだ、何事か調べない筈も無い。

      隣国で正体不明の超火力出てんだからな。 で…内容がこれ、どうツッコミすればいい?


      『疾風の大精霊は元をただせば我が国が発祥である。その血族を直ちに返還せよ。

                  さもなければ総力を挙げて進軍を開始する』

     …さて、どう突っ込もうか。俺と姐御は苦笑いしつつ、暫く黙ってそのイカレた文書を見ていた。

      ぶっちゃけた話。あんな国軽く消滅出来る。 

      奇襲でイストの重力遮断で、巨大な岩を上空から落とし首都を真っ先に叩き落す。

       その後にタガラクがアーガート・レガを引き連れて攻め入れば簡単に勝負はつく。

     が、それをするとイストに大量の殺人の罪を魂に刻ませる事となる。それは避けないといけない。

      対ケリアドの切り札だからな。 俺にしてもそうだ、俺式コメットやらで叩き潰しても、

      俺が奈落に落ちればフェンリルとの約束も果たせない。 そもそもこの力は神に向けるモノ。

     人間に向ける為に手に入れたモノじゃない。いくら悪人になるってもそこの分別はしないといけない。

         「で、結局は暫くタガラクは足踏みって事になったね」

         「仕方無い。スイグトを回避して海からいくと、漁夫られるからな」

     漁夫の利は知らない言葉らしく、軽く首を傾げられたが、意味は伝わったらしい。

         「分かった。 じゃあ…一週間後に此処を出ると伝書を飛ばせるよ」

         「い…一週間も姐御抱けと…? 殺すつもりかよ」


     …竜並の生命力だから死なん! と、一笑に付された。

      まぁ、何があるか判らんし、姐御も対ケリアドの優秀な新しい種族だからな。 

       ここは割り切って種馬となるしか無い。 …イストにバレない様にしないとな。

       バレたらそれこそ…考えるだけで恐ろしいわ。        

 

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