第百三話 「言視の神伐戦 ⅩⅠ」
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十三日目「サルメア大砂漠南部 スヴィア 深夜」
完全に日が落ち、身も凍る寒さの強い風が西方より黄砂を巻き込み吹いてくる。
視界も悪く、周囲に起した焚き火と、満天の星空の月明かりのみが周囲を照らす。
その中で姐御が交代の号令を出す。
タガラク勢が完全に撤退した後、レガによる大爆炎と溶岩の二種混合ブレスにより、
蛇神の巨大な体躯は焼け焦げ、広範囲に浅黒い肉片が飛び散る。
そして、復元能力で完全回復しきる前に、ヴァランの貫通性能の高い電撃ブレス。
そのブレスが傷口が完全に塞がる前に体を貫通・体内に強力な電流を残し麻痺させる。
瞬間、ビルでも倒壊したかの様な轟音と爆炎と爆風が巻き起こり、
小型の地殻津波の様なものが波状に広がってゆく。 火力というよりも最早、兵器といって良い。
爆心地から物凄い爆風と砂嵐が襲い来る中。ソレをものともせずに、
一人やたら元気に突っ込んでいくイグナさん。
「ようやく出番かい!! 待ちくたびれたよ!!!」
声もかき消されんばかりの爆風にもかかわらず、鮮明に聞こえてきた。 どれだけ大きい声だよ。
「じゃ取り合えず、尻尾切れたら全員で!!」
俺が言うと既にイストとリンカーフェイズしてホークマン状態になっている俺は、
翼で風を地面に叩きつけて上空へと。
眼下に見下ろすのは、推定全長5km強の蛇と鰻とムカデを混ぜた様な良くわからない生物。
レガとヴァランのブレスが効いているのか、
現在は大ダメージ…とはいかないまでもそれなりの傷が見て取れる。
が、それも見る見る内に塞がっていく。 しかし体内に残った電気のお陰で体は麻痺している。
これは嬉しい誤算。ヴァランに貫通性能の高いブレスがあった事自体知らなかったからだ。
本人も被害と、体力面も考えて使わなかったんだろう。
「さて、イグナさん達が待ちくたびれてる、さっさと切り落とすか」
「…じゃからっ。 高い所に往くなとっ…」
…。 高所恐怖症のイストは俺の背中の羽毛に潜り込んで隠れている。そこまで怖いのか。
俺は左腕に意識を集中して、内臓された水天を△状の紋様の上部へと出す。
そうすると、無形と言う名の形の無い寄生型魔精具。から、カニが泡を噴くかの様に泡立つ。
その直後、1m前後の長い水の爪が泡を突き破って出てくる。
単純に斬る性能もそれなりであるが…見た目に反して遠距離用の武器だったりする。
爪の先を一つに合わせて左腕を振り上げ、デカブツの分厚い尾目掛けて振り下ろす。
そうすると、高密度に圧縮された水圧カッター的なソレが、横一線に放たれる。
余りの切れ味の為だろうか、砂煙も立つ事無く幅こそ狭い、本当に一本の線とも言えるソレが、
周囲の砂漠を空間ごと両断したかに、一瞬だけ錯覚を引き起こした。
その直後、遅れてズルリ…とデカブツの尾が地面に轟音と砂煙を巻き上げて落ちる。
それを確認したイグナさんとラナさんが、真っ先に突撃して先ずはラナさんだろう。
彼女達二人は火の直系精霊術師。術師だがどう見ても近接戦闘を得意としている。
そんな一人、母親の方のラナさんが、早速使った火の精霊術。
名前はあるのか? 無いのか判らないが、ツルツルの火玉を尻尾にいくつか叩き込む。
一見威力が無さそうなソレは、溶岩の塊であり持続性ダメージを有する為、復元能力と相殺している。
それだけに収まらず、十数個を埋め込むと、片手で印の様なモノを結ぶと同時に
それらが一斉に爆発する。 俺的に見ると、溶岩球の爆弾という所である。
切れた尾が、面白い程に吹き飛び、吹き飛んだ一部が空を待っている。
それを確認した娘のイグナさんが今度は右の中指にはめている指輪。
これも火の直系魔精具であり、機能的には火の鞭であったが…。
リーシャの財宝からくすねてきた焔の瞳。かなり希少価値の高い補助石らしく、
その効力のお披露目となる。
「ちょ…、増えやがった!!」
余りの事に思わず言葉が漏れた俺。 以前は一本の鞭だったが…。
キャットオブナインテールという鞭、拷問用の鞭のソレに近い形状のソレが現れた。
それも長大というか…結構な距離まで伸縮自在の様だ、それを空中に舞っているデカブツの肉片。
それごと、上空から地面にまるでハエ叩きのソレの如く切れた尾と、体の一部を巻き込んで
叩きつけた。 その直後、複数に枝分かれした火の鞭が、先端部分から誘爆し出す。
爆発自体は極めて小規模であるが、数が数。恐ろしい程に細切れと化した肉片が焦げて飛び散る。
「…なんちゅう威力やねん」
思わず言葉が関西弁になってしまった俺の下では、三国のリンカーが勢い良く突撃してきている。
飛行性能のある翼竜系・悪魔系。 飛行性の無い地竜系・悪魔系・魔獣系様々である。
そんな高性能というか強力なリンカーが一気にデカブツを攻撃し、北へと押し込んでいく。
それを羨ましそうに見ている俺。 何故羨ましいのか。
俺の住んでいた世界に魔物なんて居ない。だから前世に魔物は存在しない。
…つまり高性能リンカーでは無いという事なのだよ…主人公だろ俺!!!
そもそも、フェンリルもフェンリルで我侭で中々手助けしてくれない。
仮にしてくれたとしてもだ。 今度は強力過ぎて俺が耐え切れず暴走する。
だもんで、俺はジャングルの王者よろしく動物パワーで戦うしか無いと。
そんなブツブツと愚痴を漏らした俺の視線に一つ気になるモノが目に入った。
何か後方に異物感というか…何。プレッシャー?
それに似た様なモノを感じたので振り返ると、ロドさんとセレンさんコンビ。
イグリスで二組しか居ない、金プレートのリンカー。 つまり国で最強と言っていいだろう。
そんな性能をモロに出していた。
「待てや!! 地割れの次はなんじゃそら!!」
駄目だ! 見た目は地竜のリンカーみたいだが、判別不能。
大地の怒りみたいな地割れがメインかとおもったら、砂を上空に巻き上げて巨大な塊を
作り出している…現在進行形であり、尚も増大中。
駄目。 何この能力、つか何の竜だよ!! ズルいっ!俺にもそんな目立つ力くれよ!!
相当な威力になるのだろう、尚も砂が巻き上がり増大している。
…。 いいなぁ、と指を咥えて見ていた俺の目に入ったの恋するファリア姫さんと、
その意中の王子様。 これはどっかで…黒い毛並みに狼ってか犬っぽい。
物凄い瞬発力で砂地を蹴り飛ばし、鋭い爪で分厚い粘膜ごと体の一部を切り裂きまくっている。
同時に、火を吐いた…ああ。あのオッサンと同じくケルベロスのリンカーかよ!!
見た目は他と違って地味だが、その攻撃速度と瞬発力。
それを活かして確実に分厚い粘膜を取り除いていく。そこを他のリンカーが攻撃していっている。
縁の下の力持ちって所だろう。 それを呆然と見ている俺に視線が突き刺さってくる。
その視線の先を確認すると、何ボケッとしてんだい!!
と言わんばかりに姐御が、両手を腰に当てて睨んでいらっしゃる!!!
ヤバイ!! そろそろ俺も頑張らないとな!! 俺は地面に降り立ってイストに声をかける。
「地面にきたぞ! 鷹だと不向きだから別のに入れ替わるぞイスト」
と、というと背中の羽毛からヒョッコリと顔を出してきた二頭身化しているイスト。
なんでリンカーフェイズすると、魔人がこんなミニマム化するのか不明だ。
そんなイストがフヨフヨと浮遊しながら胸元に回ってきて、短い右手を当てる。
「心拍同期…再接続!」
その直後、俺達は影につつまれて、輪廻に移動し生前の動物を引っ張り出してくる。
影を取り払う様に格好良く出てきたのは、オオミからスヴィアに変わる前に生まれ変わった奴。
パワーならコイツが現状一番!! …なんだが、周囲から失笑を貰っているこの姿。
顔は可愛い猫科。体がマンモスみたいにデカく虎模様の毛並み。というフザけた生物。
それの『一部のみ借りている』ので尚更マヌケ。
耳だけ獣とかそんなじゃない。顔は殆ど獣、そして妙に分厚い毛皮。
そこまで良い! 威圧感のある風貌をしている。…が!!
顔が妙に愛くるしいんだよコイツ!! 何この酷いリンカー…という視線が痛い。
明らかに周囲の奴等が笑いを堪えてコッチを見てやがる。 …くそう。
だが! 見た目はアレだが中身は凄いぞ。
そのまま砂地を鈍足で走り、麻痺しているデカブツの足元まで行くと、力任せに右手でぶん殴る。
数十人がかりでも少ししか移動しないデカブツ。
そのドテッ腹の一部をサッカーボールをつま先で蹴飛ばしたかの様にへこまし、
たった一発で数十センチ殴り飛ばした。 それを見た周囲のリンカーは声が出せないが笑いながら
コチラを見ている。 …笑うんじゃねぇ!!!!!!!
俺はその怒りの矛先をデカブツに向けて殴り続けた。 ガンガン押されていくデカブツ。
然し、当然ながら未だに復元能力は上回れない。 脅威を感じていないのか、
周囲の岩も押し潰す様な超重力場も形成してこない。 してこられるよりゃマシだが。
いつ来るか判らない恐怖も同時にあるワケで…。
そんな事を考えつつ殴り続けていると…。
「左右に散開!!!」
言視術のキーワードに引っかからない言葉で、散開の号令。
俺も鈍足移動で必死に避け、移動型の駐屯地からデカブツに向けて大きく道が出来る。
そこを、先程のロドさん組が作り出してい…ぎゃぁぁぁああっ!!!
お前等目立ち過ぎ!! 直径何十メートルあるんだそりゃ!!
大翼竜も小さく見えるぐらいの砂の球体が空中に浮いていた。
それを、両手を挙げて作り出していたロドさんがデカブツめがけて、振り下ろす。
…まてよ、アレはもう少し強化出来るな。 まぁいい。
それをデカブツ目掛けて投げつけると、大きく北へと吹き飛ぶと同時に砂が
四方八方に飛び散った。 周囲の奴等の事考えれ!!! 目や鼻や口に砂が!!
他の連中も両手を使って必死で払っているが、量が量だ。
飛行機能のある連中は飛んで逃げている。 ズルいぞテメェ等!!
…だが、ちょいと弄れば更に威力あがるなこれは。
よし。
俺は一度リンカーフェイズを解いて、鷹に戻り姐御の元に作戦を立て直す為、飛んで行く。
戻ってきてきているのを確認したのか、姐御も駆け寄ってきて声をかけてきた。
「調子良さそうだね。 で、どうしたい?」
「ああ。調子はいいが…、まだ無駄が結構ある様なんで、そいつを無くす為にちょい考えに」
それに軽く頷いて肩を叩いてくる姐御。
「そうかい。 まぁ任せたよ」
あいよ。 姐御はシンボルだからな、居るだけでいい。
その場で俺は両腕を組んで考え…組んだ両腕の上に座るなイストこら!!
ったく。 …でと、まずはイグナさんとラナさんだが、この二人は縛らない方がいい。
戦闘経験は、俺がどうこう口出し出来るレベルじゃないしな。
姫さん組は他のリンカーと相性が良いので現状続行…。
ロドさんだな、あの砂の塊を水泡で固めてしまえば、撒き散らない上に威力も上がるだろう。
更にそれを投げると同時に飛行機能のあるリンカー全員で後押ししちまえば良い。
攻城戦の城門をこじ開ける為の、丸太の要領だわな。
一度それを伝える為に、ロドさんの元へ飛んでいく俺達。
それに気付いたのかロドさんから声をかけてきた。
「おや? スヴィア君。 どうかしたかい?」
どんな時でも爽やかスマイル!! それに加えて色男と来たもんだ。 ちょい嫉妬を覚える。
「…」
…。 うわ…睨んでる所を見ると、まだセレンさんに軽蔑されてるのか、俺は!!
裸の美女っただけでここまで毛嫌いされたんだぞ! イグナさん抱いて繋ぎとめてる。
なんて知られた日にゃおい!! 殺されかねないぞ。
嫉妬とかそういう類じゃない、汚物として見られてんだよ。ゴキブリとかそういう類の。
と、兎に角。その痛い視線を無視して、ロドさんにさっき考えた丸太押しの事を伝える。
「良し、分かった。 君を信じているよ」
うーわー…、またクサい台詞を平然と爽やかに。 しかも似合ってるから悔しいワケで。
まぁ、それは良い。 俺は即座にその場を飛んで離れ、飛行型のリンカー達がいる周辺へと。
そこで、言視術のキーワードに引っかからない様に飛行出来るリンカーは一時撤退の号令を出す。
…が、それと同時に麻痺が切れたのか、暴れ出したデカブツ。
尻尾も完全に復元して、タイミングが悪かったか。
油断した飛行型のリンカーを結構な数の尾撃が襲った。
だがそれをイグナさんがすんでの所で、例の九尾の爆弾鞭。そんな感じの奴で
尾撃の勢いを弱めたお陰で、死者は出なかっただろう。 が、怪我人は多数。
数えてる暇が無いぐらいに、砂漠に叩きつけられた。
その場で戦闘を中断して、再生能力に全て回し始めた吹き飛ばされたリンカー達。
…余計な事考えなけりゃこうならなかったか?
失策だろうが、なってしまったモンは仕方無い!!
叩き飛ばされた数百の飛行型リンカー達の元に行き、デカブツに聞こえない様に、
内容を伝えると、全員がそれを口々に伝えていく。
全員が俺の方を向いたのを確認したので、俺は再びデカブツの元へと行き、
水天を上部に出し、水圧カッターでバッサリと切り落とす。
立て続けに出せたら細切れに出来るんだが…クールタイムみたいなものが非常に長い。
つまり、単発で威力は高いが復元能力の高い奴には不向きな力。
精々尻尾を切り落として、尾撃を封じるぐらいにしか使えない。
そして、その尾を再びラナさんとイグナさんが爆散させる。
それを繰り返している内に、水平線から眩しい朝日が昇ってきた。 暗かった周囲が急に明るくなり、
その朝日に目が少し痛い。 が、視界が良くなったので良好と言える。
その後も、交代まで押し続けるが、超重力場は形成してこない。脅威とみなされていないんだろう。
未だ劣勢には変わりない。
ユヴァの戦力と、残りのタガラクの主戦力。そしてアオシスの水。それによる持続性ダメージ。
そこで恐らく初めて脅威と感じるだろう、本能のみで暴れているとすれば。
そこからが、正念場だろうコイツの本気を出してくる。
失笑の的になりつつ、色々と考えて押し続ける俺…どう見ても悲惨じゃね?