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再び森に行く日までの三日間

 三日後の調査終了後に、薬師ギルドで回復薬を生産納品する事で今日は一旦解放して貰った。妙な気疲れを感じて宿までの道を歩いていると、一台の馬車が通り過ぎて止まった。直後、馬車の窓から見覚えの有る男が顔を出した。

「クルト?」

「おチビちゃん、宿に行く途中かー?」

 肯定すると、途中まで乗ってけ、と言う流れになった。

 こいつがいるって事は王子も乗っているんじゃないかと思ったが、有無を言う間もなく馬車に乗せられ――現在クルトの膝の上に座っている。クルトの膝の上なのは、単純に座る場所がないからだ。

 大柄な男が四人も乗っている馬車に座るスペースが有るのかと、思い付かなかった自分を叱りたい。あとの祭りだけど。

 そのまま、宿に着くまで質問攻め。

 特に王子の治療についてしつこく尋ねられたが、『緊急時用に持っている振りかけるタイプの試作回復薬を使った』と回答して逃れた。実際に持っているから嘘は言っていない。売り物にしていないから市場に出回っていないだけだと言い逃れる。

 この世界の治癒術は『光属性』のみで、『水属性』の治癒術は存在しない。普段使っている治癒系の魔法は光属性なので、影は薄いが自分の水属性魔法で治癒術も行える。臨機応変に対応出来るように二つの属性で治癒術を開発したんだけど、これがまた扱いが難しいんだよね。

 水を掛けると負傷が治るって一見すると怪しい薬に見える。備えで持ち歩く際は、不透明な小瓶に入れている。

 元は『魔法行使が難しい場所でも回復出来る』か、『光属性の魔法を使う負担軽減』が目的だったけど、今の魔力量を考えると意味が薄れている。

 案の定、王子も訝しそうに見て来た。現物を見せて『使ったのは一本しか作っていなかった上級』と言い切った。微妙に信じて貰えなかったけど。やっぱ瓶が不透明だからか?

 宿に到着し、質問攻めが終わる。礼を言ってから馬車を降りる。去って行く馬車を見送り、宿に入った。

 受付で部屋を借り、一階の食堂でお昼を食べる。食べ終えたら部屋に向かう。部屋の鍵を掛けてベッドにダイブ。やる事が大量に出て来たので一先ず休憩する。

 森の調査同行に、薬師ギルドに回復薬納品。この二つに加えて、自ら首を絞めた形になったが、振りかけるタイプの回復薬も作らないと。

「いいや。明日やろう」

 一度休んで頭をスッキリさせた方が良い。

 そう考えて、眠りに就いた。



 翌日。

 薬師ギルドで一部屋を借り、諸々必要な必須品と器材を持ち込んで回復薬作りに励む。手持ち材料分で作れる量は作っておく事にした。

 人生何が起きるか分からん。備えは有って憂いはない。再び森に入り、使わずに戻ったら納品すれば良い。

 そう考えながら黙々と回復薬を作って行く。



 さて、忘れてはいないが現在作っている回復薬は『効果が最も高いもの最低でも十日の時間を要する』代物だ。それを一日で作るのは不可能。本来ならば。

 時間の問題を解決するのは――睡眠時間確保に主に使用し、何かと重宝する魔法具――時間伸長結界機具だ。一定範囲内の時間を引き延ばす効果しか齎さないが、結界内部の時間を外部の最大二十倍に引き延ばす。結界内に一日いれば、二十日分の時間は捻出可能となる。

 今回作成可能本数は各種類二十本程度。中級を作るので十日以上の時間は掛からない筈。掛かるとしても数日程度と見込んでいる。念の為に今日は十倍率にしよう。



 用意した三つの鍋に飲み水と洗浄した薬草を入れて火を点けて煮る。水から煮ないと薬草がヘタって駄目になるので、お湯から作れないのが難点。今度お湯から作るレシピを考案してみよう。

 木べらでは無く、水流操作の魔法で鍋の中身をかき混ぜる。水が沸騰するまで混ぜないとだから、木べらだと手が疲れるんだよね。魔法の精密な操作練習も兼ねてこっちでやっているんだけど・・・・・・あっ、微温湯(ぬるまゆ)から作れるかは試していないから今度試してみよう。

 そんな事を考えながら沸騰するのを待つ。待つ間に振りかける回復薬も作ろう。作ると言っても、水属性の魔法で生み出した回復水を小瓶に入れて行くだけ。使う魔法は『解毒・回復・治癒』の三種から、治癒を選択。追加で取り出した空の鍋に手を翳して魔法を行使。

「大地を潤す恵みの雨よ。草木を育むその祝福をかのものにも授けよ――甘雨(かんう)

 魔法で生み出した水が黒い鉄鍋に注がれる。これを透明な小瓶に注げば終わり・・・・・・となる筈だった。

「何でなの・・・・・・」

 キラキラと光り輝く金の粒子を見て、がっくりと項垂れる。

 忘れていた。普段から抑えているからとか、何時も不透明な小瓶に入れていたからとか、そんな理由だ。

 ぐちぐちと言い訳をしていると鍋の水が沸騰した。小瓶を邪魔にならない適当なところに置き、火を落として鍋に向き合う。ここからが勝負だ。

「ふぅー・・・・・・」

 軽く息を吐いて集中し、鍋の煮汁に霊力を抑えて魔力を注ぎ込んで行く。煮汁の色がそれぞれ『赤(体力)・青(魔力)・緑(異常解除)』の三種に変わるまで魔力を注ぎ込んだら、今度は自然に冷めるまで待つ。人肌程度にまで冷めたら再び火を点けて温め、沸騰直前になったら火を止めて再び魔力を注ぎ込む。この工程を何度か繰り返し、煮汁の色が澄んだものになったら最後に濾して小瓶に移せば完成となる。

 実は、この冷ます工程に最も時間が掛かる。何時も作る量だと冷ますのに半日以上の時間が掛かる。魔法を使って冷ますと効果が落ちる。鍋を移し替えれば少しは冷めやすくなるんじゃないかと思ったが、移し替え時に空気が混ざる事で微妙に効果が変ってしまい、泣く泣く断念した。

 この急激に冷ますと効果が落ちる特性を利用して『下級・中級・上級』の三段階の効果を持つ回復薬を作ったりもしている。今日作るのは中級だけだから、冷ます工程の半分は魔法を使って冷ます。移し替えると効果が変わるので出来ない。 

 冷ましている間に小瓶を手に取り、鑑定魔法で効果の程を確認する。

「ん~、霊力込みで中級か。幻術で粒子が見えないようにすれば行けるか? いや、駄目か」

 幻術の使用を考えたが、直ぐに却下する。幻術を掛けられるのは小瓶であって中身じゃない。

 昨日王子達に見せたものは不透明な瓶を使用していた。

 霊力を完全封印して、今一度回復水を生み出す。今度は透明な水になったが、効果は下級回復薬レベル。魔法の威力を上げる魔法を使用して再度生み出す。今度は中級となった。威力上げ魔法を多重に使用して上級回復薬レベルのものを生み出した。上級レベルを一本作るその過程で、中級レベルが大量に出来てしまったが、完全に失敗作と言う訳ではないので処理には困らないだろう。

 でも、光属性の回復魔法の方が使いやすいと言う事も在り、水属性の回復系は余り研究していない。故に効果は気休め程度。

 これを機に中級レベルの魔法の開発をするのも良いな。

 小瓶をケースに仕舞い、霊力の封印を通常に戻す。回復水を作っていたら鍋が大分冷めていた。作る量が少ないからかいつもよりも冷めるのが早い。火を点けるとくぅ~とお腹が鳴り、空腹感に襲われる。

 すっかり忘れていたが、最後に食事を取ってから結構な時間が経っている。色々と自覚すると、一気に疲労類がやって来た。

 沸騰するまでの間に、燻製肉と即席スープで取り合えず空腹を誤魔化す。うたた寝するにしても、火を止めてからじゃないと出来ないので眠気を堪える。眠気覚ましに軽く動く。

 そして、回復薬が出来上がった頃。窓から夕陽が差し込んで来る時間となった。

 出来上がった回復薬を道具入れに仕舞い、片付けと清掃を行ってから薬師ギルドから去る。回復薬については色々と聞かれたが、使わなかったら売ると言って強制的に話を切り上げた。だってしつこいんだもん。

 宿で夕食を取ってから部屋に戻る。

 ベッドにダイブしたら秒で寝落ちした。



 翌日。

 再度森に向かう前々日のお昼前。

 イェーガー辺境伯邸に赴いた。と言うか呼び出された。『用件はあとで教えるから取り合えず来い』と呼び出しに応じて赴いた。到着した辺境伯邸で挨拶もそこそこに、厳つい熊みたいなおっさんみたいな外見の辺境伯直々に案内された場所に着いたら――呼び出された用件は一目見てで分かった。だって案内された先が満員の病室だったから。目を僅かに眇めて睨むように辺境伯を見るのは許して欲しい。

「あー、済まん」

「ねぇ、あたしを便利屋か何かと勘違いしてない?」

 済まんじゃねぇよ。冒険者を何だと思ってんだよ。

 自分の心の声が聞こえてしまったのか、申し訳なさそうに辺境伯は目を逸らした。

「重傷の奴はいない。いても骨折程度だが、数が多くてな」

「タダ働きはしないって解ってるよね?」

「解ってるぞ。これが報酬だ」

 辺境伯はそう言って布袋を取り出した。取り出した際に金属音が響いた。幾ら入っているかは知らないが、三十人弱の軽傷者の治療費が金貨十枚以下って事はない。

 治癒魔法が使える奴は鑑定魔法が使える奴と同じぐらいに少ない。どちらも使えるから自分は重宝されるけど、同時に便利屋扱いされる事も多い。

 断られたくないから、あんな呼び出しの仕方をしたんだろうな。

 内心で嘆息しながら治癒魔法を発動させる。面倒臭いので一括で治してしまう。こう言う時、一定範囲内にいる人間を一括で治せる魔法が在ると凄く便利だ。耳目を引くけど。少量の金の粒子が混じった白い光が病室内に広がり、ものの数秒程度で消える。光が消えると同時に耳を塞いだ。

 直後、耳を塞いだにも拘らず、野郎共の大合唱が耳朶を打った。耳を塞いで良かったぜ。

 怪我が治って喜んでいる野郎共には悪いが、本当に煩い。危うく耳を痛めかけたので顔を顰めてしまう。顔を顰めたまま辺境伯に問う。

「これで全部?」

「ああ。ここに全員を集めたからな」

 臨時の仕事完了として布袋を受け取る。受け取った際に中身を確認する。中身は金貨三十枚だった。

 高額決済用の硬貨は白貨。金貨も準高額決済用と扱われているが、割と使える場所は多いので持っていても問題はない。貴族向け高級宿屋(一泊金貨数十枚)でなら白貨も使える。使えない場所は多いが宿屋などで使用して崩している。両替商のところに行くと手数料として幾ら引き抜かれるか分からないから行けないんだよね。

 布袋を道具入れに仕舞い、辺境伯と共に病室から離れる。

 宿に帰ろうと足を進めていたが、先の大合唱を聞きつけたブルーノが何故か現れた。王子一行はここに泊まっているのかもね。現れた理由はさっきの大合唱の説明を、と言う訳か。説明を辺境伯に押し付け今度こそ宿に帰った。

 食堂で昼食を取り、部屋で所持品を確認する。主に回復薬と食料品関係。昨日の回復薬作りで適当に摘まんだから再確認しておかないと。

 パン種、リエットやジャムなどのパンに塗るもの、コンソメスープ、ソースとケチャップとマヨネーズなどを始めとした自作調味料や購入した調味料、携帯食料代わりの燻製肉、漬物にした野菜、大量買いした根菜・・・・・・結構沢山の種類が在る。あ、小麦粉と塩が少ない。牛乳と料理酒代わりのワインも無いな。

 追加で作るものを紙に書き出し、所持金の確認を行う。

 白貨四十六枚、金貨三百六十八枚、・・・・・・結構有るな。銀貨と銅貨に至っては共に千枚以上も有り、面倒臭くなって途中で数えるのを止めた。

 買い物はするが、主に購入するのは食料品と生活消耗品(洗剤とか女の日の必需品とか)。衣類は大体着倒す事が多く、半年に一回の頻度で購入する。冒険者として最も高額な装備品類は自作するので費用はほぼ無い。治療薬も同様。宿はそこそこ料金が高めのところに泊まっているが、主に泊まる宿は冒険者ギルドが運営しているところなので、相場にもよるが金貨一~五枚で一ヶ月近くも泊まれる。利用した事は無いが、銀貨一枚で一泊出来る宿も存在する。

 こうして考えると、あんまり使っていないな。都市や大きな街に入る際に取られる入場料は一人当たり銀貨一枚なので銀貨が多い分には困らない。

 買い出しに出る。

 国境沿いの領地なだけ在って、輸入品が多い。意外だったのはゲトライデ王国の特産品を取り扱う店が有った事。ちょっと高いけど、味噌と醤油と米と米酒を即座に購入。時間に余裕が有った時に手製の羽釜でご飯を炊くか。

 紙を見ながら色々と買って行く。珍しい事に小豆が売っていた。これも即購入し、砂糖と片栗粉を追加で購入。時間が有ったら羊羹モドキを作ろう。片栗粉は余っても使い道は多いから大量に有っても困らないな。唐揚げとかね。

 屋台で一本銅貨二枚の串焼き(見た目も味も焼き鳥に似ている)を数本購入して小腹を満たす。

 この世界の油は高価なので揚げ物の系の料理が少ない。串焼き系は種類が豊富だがどれも塩味で正直に言うと飽きる。タレが欲しいが、焼き肉用のタレはないのでこれも自作するしかない。醤油が手に入ったから今度作るか。ポン酢も忘れずに作ろう。柑橘系の果物を購入しなくては。

 宿に帰る道中に野菜と果物を購入。帰った宿で厨房を借り羊羹モドキ――材料と作り方的には餡子を使った片栗粉プリンモドキ(固め)――を作る。焼き肉用のタレとポン酢醬油の作成と甲羅竜の唐揚げの仕込みも忘れない。

 時間的にこれ以上厨房は借りられないのでここで一旦終了。宿の女将さんに見られないように気を使いながら、道具入れから出した冷凍庫に唐揚げの仕込みを入れ冷蔵庫に残りの二つを仕舞う。

 簡単に掃除をしてから女将さんにお礼を言い、部屋に戻る。購入した食料を保存庫に仕舞い直す。大分良い時間になって来たので食堂で夕食を取ってから共用の浴場を一時間貸し切り(別料金)にし、シャワーを浴びてから眠る。

 

 

 翌日。遂に森へ再出発する前日となった。朝食を取ってから冒険者ギルドに向かう。ギルド長に尋ねれば大体の事は解るだろう。午後に最終確認の話し合いが有ったとしても、夕方辺りに再度訪ねればいい。

 到着した冒険者ギルドの受付でギルド長との面会を求める。やって来たヴェーヌスの案内で、何故か駐車場に連れて行かれる。

「これから辺境伯邸で最終確認の話し合いが行われます。少々揉めているようなので一緒に行ってください」

「何で揉めてるところに入らなきゃならないのよ!?」

 抗議の声も空しく、馬車に押し込められた。馬車は無情にも出発し、辺境伯邸に向かった。馬車の正面斜め右に座る、揉め事のガードに自分を使う気満々なギルド長を殺気を込めて睨む。

「・・・・・・済まん」

「済まんじゃないでしょ!」

 ギルド長は心底申し訳なさそうな顔をしたが、こればっかりは許せん。

 二回食事を奢って貰う事で取り敢えず謝罪は受け入れた。許すとは言っていないから覚えていろよ。



 で、到着した辺境伯邸の応接室で行われていた打ち合わせは・・・・・・想像を上回るレベルで揉めていた。

 簡単に言うとこんな感じか。


・現地に王族がいたにも拘らず、対応していないのは外交問題に発展しかねないから、王子の騎士団も向かう。

・ここは辺境伯領だから、辺境伯で抱えている騎士団で対応する。部外者は引っ込んでいて欲しい。

 

 両者の言い分は平行線だ。(辺境伯)と王子の睨み合いが特に酷い。王子の側近三名は笑顔のまま威圧している。(辺境伯)側は険しい顔をして威嚇している。

 第三者としている自分達の居心地は悪い。数日前は普通に話していたのに何でこうなるんだか。

 どちらの言い分も納得は出来るけど、ここは国の対応を取るべきじゃないのか? 外交問題は面倒臭いんだぜ。仮の話、外交問題に発展したら辺境伯が対応するのか?

 頭痛がして来たので(辺境伯)の息子のヴェーヌスにそんな内容の事を尋ねると、彼は頭を振ってから自分の両肩に手を置いた。

「脳筋な父がそこまで考えている訳ないでしょう」

「やっぱりか」

 ひそひそと話していたが、聞こえてしまったのか辺境伯(熊男)が小さく呻いて胸を押さえた。

「良いですか。脳筋過ぎて領主としての執務仕事の九割九部九厘を母に押し付けている父の頭に外交と言う文字が有ると思いますか?」

「流石に国境沿いの領地持ちなんだから有るでしょ。剣を振り回す以外に能がないって、どうやって辺境伯の爵位を継いだのよ?」

「うぐっ」

「母は王太子妃の候補に名が挙がる程に優秀な公爵家の令嬢でして」

「全て押し付けたのね?」

 呻く辺境伯を無視して、ヴェーヌスの言葉を先取りする。彼は深く頷いた。

「いかにもその通りです」

「成程。それでよく夫婦としての関係が壊れないわね」

「意外な事に両親は恋愛婚でして」

「やりたい事しかやらず、尻拭いを押し付けるしか能がない男と恋愛婚? 普通だったら愛想を尽かされるわよ」

「げふっ」

 再び呻き声が聞こえたが無視する。

「元々母は外交官を志望していた令嬢でして、女の身では外交官になれないと知ると外交官の夫人になる道を探し始めました」

「何で辺境伯家に嫁いだの? そのまま王太子妃を目指せば多少は外交に関われるでしょう?」

 過去の人生で経験した王太子妃業務を思い出す。男共の気が回らないところを気に掛けてあれこれと指摘したなぁ。外交関係になると、熱くなる王太子を宥めて、尻を叩いて、背中を押した。相手国の王妃や王太子妃とお茶会形式で色々と遠回しにギャンギャン言い合ったりもした。上手く仲良くなれないと、どこにどう響くか分からないから結構気を遣うんだよね。もしかして、フォローが嫌で外交官になりたかったのか?

「当時の王太子殿下、今の国王陛下と微妙に反りが合わないと愚痴を何度か零していましたね」

「方向性の問題か」

 何となく王子をチラ見する。この堅物系王子の父親のフォロー。何か面倒臭く感じるな。

「ええ。外交官の夫人になりたくとも、年齢の釣り合う方がいらっしゃらなかったそうです」

「自力で商会立ち上げて経営とかすれば良いのに」

「それは御両親に止められたそうです」

「それで最終手段として辺境伯家に嫁ごうって思ったのか」

「多分そうでしょうね。我が国の辺境伯家の御子息と見合いを繰り返して、十歳年上の父と気が合ったと言う訳です」

「いっちゃぁ、悪いけど。売れ残りとくっ付いたみたいだね」

「はははははは」

「そこは笑わないで否定しなさいよ」

 とは言え、意外な情報を聞いた。周囲が無音である事に気づくと打ち合わせは中断されていて、胸を押さえた辺境伯()が床に蹲っている。辺境伯の周囲には『しっかりして下さい。傷はまだ浅いですよ』と慰める男達が集まっている。一方、王子側は同情に満ちた視線を辺境伯に送っている。

 遅れて気づいたヴェーヌスが、にっこりを笑顔を浮かべて父に尋ねる。

「父上。打ち合わせの最中に床に転がるとは何事ですか」

「誰のせいだと思っておる!?」

 がばっと辺境伯は起き上がり、息子に詰め寄った。

「大事な打ち合わせの最中に、何故父を擁護せんのだ!」

「私は彼女の疑問に答えただけですよ」

「余所でやれぃ!」

 肩を掴まれ、前後に揺さぶられてもヴェーヌスは笑顔のまま。今のやり取りを見ていたギルド長は部屋の端っこに避難している。

 収拾つかないな。しょうがないと、辺境伯に声をかけた。

「辺境伯。打ち合わせだけど、ギルドまで巻き込んでるんだから諦めなさいよ」

「だが!」

 辺境伯は息子の胸倉を掴んだままこちらを見る。胸倉を掴まれているヴェーヌスと視線が合うと、彼は辺境伯に見えないように頷いた。

「ギルドが動いた時点で、辺境伯家だけじゃ対処出来ていないって証明されたようなものでしょう」

「ぬぐっ」

 その程度は理解しろよと、言外に言えば辺境伯は言葉に詰まった。

「それに、外交問題に発展したら一体誰が責任を取るのよ? まさかだけど、協力不要と言った相手に押し付ける無様は晒さないよね?」

「うぐっ」

「大体さぁ、領地の事を考えて協力を拒む事自体がおかしい」

「な、何がおかしいと言うのだ!?」

「だって、外交問題に発展した場合の、領地の未来について何も考えてないんだもん。領主の自覚が有るのなら、己の矜持よりも領民の未来を取りなさいよ」

「げふんっ」

「幾ら夫人が優秀でも、外交部が出張らなきゃならないような問題を引き起こしたら、問題解決に動くのは夫人じゃなくて国の上層部だよ? 夫人がやりたかった仕事を、辺境伯が取り上げて黙って見ていろって言ってるようなものじゃない。下手したら夫人に愛想を尽かされるよ?」

「なっ!? マ、マルガレーテに愛想を尽かされたら、俺は・・・・・・」

 色々と言ったらショックを受けた辺境伯が再び床に膝を着いた。慌てて、周囲の男共が慰めに入る。王子側は『それはない』と言った顔をしていたが沈黙を貫いた。ブルーノとフリッツが『もう一声』とジャスチャーしている。

 もう一声か。何が良いだろうか。・・・・・・利用するようで悪いが、ここは心を鬼にしよう。

「ヴェーヌス。夫人を呼んで来て」

「母を? ・・・・・・ああ。分かりました。呼んで来ますね」

 言葉の意図が判らず首を傾げたヴェーヌスだったが、何かに気づいて了承した。クルリと辺境伯に背中を向けて応接室から出て行こうとする。

「まてぇい」

 辺境伯の野太い声が響いた。その声を聴いた瞬間、ヴェーヌスは一瞬ニヤリとした笑みを浮かべて間を開けずに振り返る。一瞬見えた笑みにギルド長が慄いた。

「父上。どうしましたか?」

 笑顔で息子に問われた辺境伯は、立ち上がると、キリッ、とした顔で言った。

「俺が見栄を張って妻に迷惑を掛ける訳には行かん」

 迷いを断ち切った顔をした辺境伯は王子に向かって頭を下げた。

「申し訳ありませんでした殿下。我が見栄と領民の未来を天秤にかけるなど言語道断。妻に迷惑を掛けない為にも、領地にとって建設的な話し合いをお願いしたい」

「・・・・・・解った」

 若干気圧されたのか、少々間を置いて王子は頷いた。

 見ているこっちとしては『それで良いのか辺境伯』と突っ込みたい。

 その後の打ち合わせは、これまでのいがみ合いが嘘のように進んだ。自分やギルド長が口出しする事もなく、非常にスムーズだ。

 打ち合わせは午前で終わった。帰りの馬車に揺られながら、ヴェーヌスに尋ねる。

「ヴェーヌス。辺境伯家ってこれで大丈夫なの?」

「母が確りとしていますし、嫡男の兄も中身は母寄りですから大丈夫だと思いますよ。婚姻し、子供も三人いますから」

「跡継ぎの脳筋脱却は出来ているのね」

「ええ。ただ、次兄が少し父寄りなので、少し心配です」

「たまにで良いから家に顔を出した方が良いわよ。あれは絶対詐欺師に会ったら騙されるって」

「今日のやり取りを見てそう思いましたよ。母一人では荷が重い可能性も有りますから、今後はたまに様子見をします」

 嘆息しながらヴェーヌスは頷いた。

 自分もあのやり取りで辺境伯が意見をコロッと変えるとは思わなかった。単純かつ脳筋だから騙せたとも取れる。

 このあと、途中のレストランで昼食をギルド長の奢りで食べて別れた。大衆レストランではなく、富裕層向けのレストランでコース料理を頼んだ。ギルド長が疲れた顔をしていたが、知らんぷりした。『午後のお仕事頑張って』と、体力を回復させる下級回復薬を渡した。ヴェーヌスの仕事はこれで多少は減るだろう。

 この日は手荷物の最終チェックだけをして、明日に備えて早めに休んだ。

慌ただしい三日間のお話です。

ポーション量産、怪我人治療、仲裁、さり気無く明かされる辺境伯の結婚秘話。辺境伯は恐妻家と書いて『愛妻家』と呼ぶ人物です。

本当は前編後編の二つに分けようかと悩みましたが、分けどころが難しかったので一つにしました。

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