魔物肉の買取と当面の予定について
到着したのは解体所。指定された空きスペースに氷漬けにした魔物を出して行く。
森林魔豚十数匹、三つ目狼二十数匹、甲羅竜十数体を出して行き、ヴェーヌスとブルーノの顔が強張って行く。更に追加で体長五メートルの鱗猪三体、一抱えもある大きな灰色兎十二体その他にも色々と出して行く。
「これで全部。解体場所がなかったから自分で食べる分をここで解体しても良い?」
「構いませんが、この数と種類だと昇級ものですね」
「? 上がるの?」
「魔物の種類と数的に上がるでしょう」
何時も笑顔のヴェーヌスの顔がちょっと引き攣っている。
「ヴェーヌス。昇級するって事は王都の支部に行かないと駄目なんだっけ?」
「銀級か金級に昇格する場合は、各国王都のギルド本部に推薦状を送り承認を受け、『ギルドからの指定の依頼を三つ』もしくは『王家からの指定依頼を一つ』達成する事で昇級となります」
面倒だな。
「ギルドと王家のどちらからか依頼を受ければいいの?」
「ええ。そうですよ」
「両方でないだけ、まだマシな方か」
でも、熟す数を考えると王家からが良いけどそう簡単には受けられない。
ギルドからの指定依頼三つで良いかと決め、食べる分の魔物の血抜きを始めとした処理をする。肉と魔石以外も一緒に買取してくれるらしい。
食べる分は森林魔豚と亀甲蛇で良いかな。猪肉は硬いし、甲羅竜の肉は食べ飽きたけど、鶏肉に近い触感だから一体捌くか。
森林魔豚と亀甲蛇。この二種は地球の食材に例えると、高級豚肉と高級マグロになる。
亀甲蛇の見た目は『頭部に亀の甲羅を持った紫色の蛇』と言えばいいか? こいつの甲羅は亀裂を入れると一定方向に向かって綺麗に割れる性質が有り、非常に加工がしやすい。耐火能力が高く、防火壁や防火用の盾に加工される。殆ど防火壁に加工されるから盾は余り売られていない。
こいつの見た目は『毒持ってますよ!』と主張しているかのような鮮やかな紫色だが、この色は皮の部分だけ。身は白く、腹の部分の肉を火で炙ると脂が大量に落ちる。尻尾と頭に近い部分は逆に淡泊。バターでソテーして食べるとカジキマグロのようだった。
肉と魚がセットで手に入った。
食べる分を冷凍していると、背後から聞き覚えの有る、茫然とした声が上がった。
「凄まじい光景だな」
「こんなに狩って来たのかよ」
「領地内で捌き切れんな」
振り返ると、王子とギルド長にイェーガー辺境伯の茫然とした三名がいた。その後ろに唖然としているクルトとフリッツ他、お付きの面々が絶句している。
何しにやって来たんだ?
「殿下、話し合いは終了したのですか?」
「あ、ああ。ギルド長と詳細を詰めに来たんだが」
ブルーノの問いに歯切れ悪く返答する王子。
「俺も魔物はそれなりの量を倒して来たが、この量はないな」
王子が遠い目をしている。心なし、煤けているようにも見える。
「殿下。オルトルートは別格です。こいつを基準にしては駄目です」
心なし口元が引き攣っている王子の肩を叩いて、辺境伯が慰める。
「こりゃ、銀級に昇級確定だな。王都の本部に推薦状送らねぇと」
ギルド長は、仕事が増えたと、げんなりしている。別に昇級は今回じゃなくても良いんだけど。
自分の心の声は届かず、ギルド長が鑑定士や解体作業員に指示を飛ばし、ヴェーヌスを呼び寄せて指示を出し、移動を始めてしまった。
一旦ギルド長の執務室に戻り、王子と辺境伯とギルド長の三名が遠征用の食糧として魔物肉の購入についての商談を始めた。それを少し離れたところのテーブル席から眺める。値切り交渉を行う堅物王子と辺境伯。ちょっとシュールな光景だ。遠征費も有限だからしょうがないんだけど。
しかし、こうして見るとヴェーヌスが『熊みたいなおっさんの息子』だと言う事を忘れる。顔が母親似ってのも有るんだろうけど。
何故かクルトが淹れたお茶を啜りながら、終わりの見えない話し合いを眺めていると布袋を持ったヴェーヌスがやって来た。査定が終わったのか。
「こちらが今回の査定金になります」
ヴェーヌスが買取金をテーブルの上に並べた。
白貨三十二枚と金貨六十八枚。
日本円にすると、三千二百六十八万円前後かな? 金貨一枚で一万円と同等の価値だし。でも、物価は日本に比べると安い。高級品は滅茶苦茶高いけど。
この世界の通貨は白金銀銅の色の貨幣四種のみ。百枚刻みで貨幣の色が変わる。珍しい白貨は一枚で金貨百枚(日本円で百万円)に相当する。今回の査定金は三千二百六十八枚の金貨と言えばいいか。しかし、予想以上の結構な大金である。
「大量に持って来たから少し下がると思ってたんだけど」
「亀甲蛇がいただろ? あれの甲羅の値が、最近になって高騰してんだよ」
口から漏れた疑問に即ギルド長が解説を入れる。商談は一旦休憩らしい。王子と辺境伯もこちらのやり取りを見ている。
「亀甲蛇の甲羅二メートル四方で金貨五十枚にまで高騰しています。今回買い取ったのは全てが五メートル級。状態も良いですし、オークションに出したらあれ一つで白貨二枚超えは確実でしょう」
ヴェーヌスの補足を聞いて納得する。
普段は金貨三十枚前後の品が倍近くにまで値上がりしていたのか。
納得している自分とは逆に王子の表情はちょっと険しい。高騰の原因を知っているのだろうか。
「どこかで防火壁か防火盾を大量に作ってるの?」
「それは分からん。けど、今回の買取で少し落ち着くかもな」
「ふ~ん」
今後の展望も聞いたが、正直に言うと興味はない。
これ以上聞いても意味はないだろうと見切りを付けて、受け取った買取金を道具入れに仕舞う。お金の残金の確認は宿か何処かでしよう。
「川の調査は結局どうなったの?」
辺境伯を交えて話し合い対応を決める。
それで話は保留になっていた。やや不満げな顔をした辺境伯を無視して、結局どうなったかをギルド長に尋ねる。
「辺境伯と国側で、協同で調査に当たる。道案内をお前に頼む」
「案内だけで良いの?」
「ああ。黒以上の冒険者はお前だけ。他に頼める奴もいない」
これは調査依頼を受けた時にも言われた事。この辺りは辺境伯領と言う事も在ってか、中級以上冒険者の数が少ない。仮にいても黒の二つ下の紫だ。
了承してから、出発の予定を尋ねる。
目的地は街からだと、徒歩で半日少々の距離。片道でこの距離なのだ。往復するとなると、二泊か三泊野営をする必要が有る。
「出発は?」
「調査に出す辺境伯の部隊がここに戻るのが明日。休息を含めて、三日後」
辺境伯が淀みなく回答する。
「協同とは言え、事前に幾つか打ち合わせをしておく必要が有る。それを明日からの三日間で終わらせる」
「打ち合わせ以外にも二泊分の野営の準備をする必要が有るのでこの日数です」
王子とフリッツの補足が入る。
てか、二泊野営をするのか。
「分かった。それまであたしは、ギルド運営の宿にいるね」
ギルド運営の宿は二つ在るが、出発の前日にギルドに出向くと言えば情報の共有は出来る。
細かい話はそっちでやってくれと、自分は逃亡を図る。
三日後の集合場所と出発時間を、前日ギルド長に聞きに出向くと言って自分は立ち上がり、そう言えばと思い出し、ギルド長に尋ねる。
「そう言えば、薬師ギルドは今どうなってるの?」
「薬師ギルド? あそこがどうしたんだ?」
「いや、野営地で『辺境伯経由で購入した回復薬で薬師ギルドに良い顔されなかった』って、話を聞いたからさ」
視線をギルド長から辺境伯に移す。辺境伯は脂汗を流して視線を逸らす。
「薬師ギルドで何やったの?」
「あー・・・・・・、お前さんが納品した回復薬を買い占めた」
「おいっ」
「済まん」
まさかと思った推測が当たった事を知り、謝罪する辺境伯に突っ込みを入れる。
話の内容が判らないと言った王子と側近達から説明が求められたが、辺境伯に説明を押し付け、大急ぎで冒険者ギルドを出る。
行き先は少し離れたところに在る薬師ギルドだ。
受付に行って納品した回復薬の残数を尋ねると、見事に完売していた。買ったのは申告通り辺境伯。
思わず天井を仰ぐと、受付の誰かが知らせたのか、薬師ギルド長がやって来た。そのまま執務室に連行され、次の納品は何時か尋ねられる。
次の納品予定は不明。
そうとしか答えられない。材料は有るけど作っている時間がない。三日後にはもう一度森に行かねばならないのだ。
そこまで言うと薬師ギルド長は肩を落とした。
ここに卸したあの回復薬を同じ本数作るとなると最低でも十日掛かる。日数は掛るが一度に大量に作れる一品なので三百本以上も納品出来たのだ。
全て買い占められるとは思っていなかったけど。
再納品を頼まれ、薬師ギルド長と同じように自分も肩を落とした。
街に戻っての受難その二。
次回、エーベルハルト視点です。